《オーク撲滅委員会》心得の条
ミーアに温かい水を飲ませてもらったり、シエナさんに濡れたタオルで顔を拭いてもらったりしているうちに、ようやく気分も落ち着いてきた。
冷静に思案できるようになってきたので、看護してくれている少女たちへチョット尋ねてみる。
「あれから……決闘の日から、どれほど経ったのですか?」
「ええっと……そうですね……」
僕の問いを受け、シエナさんが自身の指を折りながら数える。
「5日ほど、経過したでしょうか?」
「5日!?」
驚く。
そんなに僕は寝込んでいたのか。く! フィコマシー様とシエナさんの王都への帰還の日が近いにもかかわらず、思ったよりも日数を無駄にしてしまった。
焦る僕へ、リアノンが、からかうような調子で語りかけてくる。
「サブローが眠っている間、ミーアちゃんとシエナは、それはもう一生懸命にお前の世話をしていたんだぞ。果報者だな、サブロー」
「そうなんだ……ありがとう、ミーア、シエナさん」
よく見ると、ミーアの黒い毛並みはいつもの艶を失っているし、シエナさんの目の下にはクマが出来ている。おそらく、2人は殆ど寝ずに僕に付いていてくれたに違いない。
僕が礼を述べると、ミーアもシエナさんも微笑みつつ、軽く首を横に振った。〝そんなこと、なんでもありません。気にしないで〟という風に。
彼女たちの献身に胸を打たれる。
僕の容態を一通り確かめ、明るい表情になったシエナさんは
「そうだ! サブローさんが目を覚ましたことを、私、フィコマシーお嬢様へ知らせてきます」
と述べて、足早に部屋から出ていった。
ついで、リアノンがミーアへ尋ねる。
「ミーアちゃんは、オリネロッテ様の私室が屋敷内のどこにあるのかを承知しているよな?」
「にゃん」
ミーアが頷く。
「それなら手間を掛けて申し訳ないんだが、サブローの現状をオリネロッテ様へ伝えてきてくれないかな? オリネロッテ様は今の時刻、自室に居られるはずだから」
リアノンの頼みを受け、ミーアが僕へ顔を向ける。僕は目線で同意を示した。
「分かったニャ! オリネロッテ様のところへ行ってくるニャン」
ミーアはそう答え、軽快な足音を立てながら室外へと姿を消した。
んん? リアノン……前より、ミーアやシエナさんと仲良くなっているような――――
いずれにせよ。
部屋の中、僕とリアノンは2人きりになった。……なってしまった。
さて、どうしよう? 僕は……先ほどシエナさんたちに手伝ってもらって、上半身が軽く起き上がる体勢になっている。なので、このまま寝るのも何かもったいない。フィコマシー様が訪ねてくる可能性もあるし。それに今は、別に眠たくないし。
なんとなく、リアノンと見つめ合う。……彼女、いつまで眼帯をしているんだろう? まだ、物もらいの腫れは引かないのかな?
「…………」
「…………」
しばし、沈黙。
別段、気まずくは無い。でも、微妙な空気だな。……う~ん、話題話題。
「リアノンさん」
「サブロー、喋って大丈夫なのか? 大人しく寝ていたほうが――」
「平気ですよ。身体を動かすわけではありませんから」
それに話をしていたほうが、痛みの苦しみも紛れる。
「リアノンさんは、オリネロッテ様の専属護衛騎士になられたんですね」
「ああ、その通りだ。喜んでくれ、サブロー。長年の夢が叶ったよ」
嬉しさを、顔いっぱいに表現するリアノン。
……妙にモヤモヤするな。本来は祝ってあげるべきなんだろうけど、少しばかり引っ掛かりを覚えるね。
僕は、オリネロッテ様に対しては、ある種のわだかまりを感じている。フィコマシー様の辛い立場に関して、オリネロッテ様はやはり、〝責任無し〟とは言えないと思う。それに、あの正体不明な魅了の力……。
今回の決闘騒ぎで助け船を出してくれたことは、紛れもない事実だが……しかしながら、忘れちゃいけない。オリネロッテ様は疑いようも無く、危うい――警戒すべき人だ。リアノンが、そんな彼女の護衛騎士――配下になる。
不安。胸騒ぎ。もどかしさ。リアノンをオリネロッテ様に取られてしまったような……感覚。
「ど、どうしたんだ? サブロー。私の顔をジッと見つめて」
「いえ……おめでとうございます。リアノンさん」
「あ、ああ。ありがとう、サブロー」
リアノンがソワソワしだした。
「と……ところで、サブロー。今、この部屋には私たち2人しか居ないな」
「ええ」
「部屋の中に、年頃の女と男が2人きり……そうなれば、ヤることは決まっている。そうだな?」
なに? その発言。『2人きり』って…………あれ? リアノン、顔が赤いよ? それに息も荒い……ど、どうしてベッドに近づいてくるんだ? 興奮してる? は? え? まさか、ここから色っぽい展開になるの? 僕とリアノンで? 困るよ! そういうの、僕はリアノンには求めていないよ!
横になっている僕の側へ寄ってきたリアノンは、グイッと拳を振り上げ、意気込みつつ話しかけてきた。
「さぁ、サブロー。私とお前、2人きりだ。だったら、ヤることは決まっている。『如何にして、オークをこの地上より完全抹殺するか』について、心の赴くまま、満足いくまで語り尽くそうではないか! これこそ、女と男の共同作業!!!」
…………ああ、うん。やっぱ、リアノンはリアノンだね。なんか安心したよ。
僕とリアノンは、『オーク滅亡賛歌』の作詞作曲について話し合った。
……
…………
………………〝歌〟は良いとしても……本当は、ちっとも良くないが……〝賛歌〟?
説明を、求む。
リアノンによると、人間を始めとするヒューマン側の視点なので『賛歌』なのだそうだ。「オーク視点だったら、『哀歌』になるのかな?」と僕が訊くと、リアノンは「オークに哀しむ余裕なんて与えない! そんな贅沢は許さない! 即・絶・滅!」と力強く言い切った。
凄い。
あと〝歌詞作成の参考に〟ということで「《オーク撲滅委員会》心得の条・その112――〝オークの屍、拾う者なし!〟」って、リアノンは教えてくれたけど……オークさんが可哀そすぎる。せめて、屍は拾ってあげて! それと《オーク撲滅委員会》は心得の条が多すぎ!
夢中になって話を続ける、リアノン。
傾聴。
「《オーク撲滅委員会》心得の条・その134――〝オークキングも、ここでくたばれば単なるオーク!〟」
キング、気の毒。ナムナム。
「《オーク撲滅委員会》心得の条・その186――〝罪を憎んで、オークも憎む!〟」
オークへの憎悪が、ハンパない。
「《オーク撲滅委員会》心得の条・その210――〝オークは逃げても、浮かぶ瀬は無し!〟」
オークに逃げ場は無いのか……。
「《オーク撲滅委員会》心得の条・その226――〝切り捨ててもゴメンしない、オークへは慈悲無用!〟」
無慈悲。
「《オーク撲滅委員会》心得の条・その338――〝オークを倒し尽くして、天命を待つ!〟」
…………。
「《オーク撲滅委員会》心得の条・その457――〝一将功成りて、オークは骨も残らず!〟」
ホネホネ~。
「《オーク撲滅委員会》心得の条・その501――〝昨日も陽気にオーク狩り! 今日も元気にオーク狩り! 明日もノン気にオーク狩り!〟」
なんて、楽しそうなオーク狩り。紅葉狩りじゃ、あるまいし…………って、え? これ、まだ続くの?
「《オーク撲滅委員会》心得の条・その562――〝オークが歩いていたら、棒でメッタ打ち、剣でメッタ刺し、槍で〟」
――――コンコン。
リアノンの熱弁を邪魔立てするかのようなタイミングで、部屋のドアが外からノックされた。
ん? シエナさんやミーアが戻ってくるには早すぎる気が……。
リアノンが確認の声を掛けるより早く、ドアが開く。
「やぁやぁ、サブロー。キミの状態、凄く心配していたんだよ。無事に意識を取り戻すことが出来たみたいだね。本当に良かったよ」
許可も得ずに臆面もない態度で入室してきたのは――伯爵家の子息、アルドリューだった。
リアノンが一礼する。
「これは、アルドリュー様。いったい、どのようなご用件でしょうか?」
「お見舞いだよ、お見舞い。オレとサブローは親友だからね!」
アルドリューがへらへらした口調で述べた。
ふざけるな! 誰が親友だ!?
「親友? そ、そうなのですか……サブローとアルドリュー様が……いつの間に……」
リアノンも、あっさり信じないで!
「え~と、キミは……そうそう。決闘の時、サブローの付き添い役を務めていた騎士の人だよね」
「リアノンと申します」
「へぇ~。リアノン……じゃあ、〝ノンちゃん〟か」
「…………」
アルドリューの馴れ馴れしい声掛けに、さすがのリアノンも面食らったらしい。返事が出来ず、固まっている。
しかし、アルドリュー……いくら何でもリアノンのことを『ノンちゃん』と呼ぶのは、変すぎだろう。
「……自分の名は、〝リアノン〟です」
「それで悪いんだけど、ノンちゃん。今からオレとサブローは大切な話をするんで、席を外してくれないかな?」
相変わらずアルドリューのヤツは、他人の発言を聞かないな。
リアノンの、眼帯をしていないほうの目が細くなった。
「席を外す……〝部屋から出て行け〟と?」
「うん。オレとサブロー、2人だけにして欲しいんだよね」
「申し訳ありませんが、それは出来かねます」
キッパリと。
一考の余地も無く、アルドリューの依頼をリアノンは拒否した。
「…………ふ~ん。ノンちゃん、分かってる? オレはラダーメレ伯爵家の嫡男にして王太子殿下の側近、アルドリュー=セットンギアだよ」
「存じております」
「そのオレの〝頼み〟を……キミは断るんだ。それがどういう意味を持っているか、キミは結果について覚悟をしているのかな?」
揶揄するような物言いながら、しかし明白な脅しの言葉をアルドリューは口にする。
それに対してリアノンは
「結果など、知りません」
と淡泊に返答した。
「私はオリネロッテ様より『警護中は、何があってもサブローから離れるな』と命じられております」
「……ロッテちゃんが……ねぇ……」
「私はオリネロッテ様の騎士。私にとっては〝アルドリュー様の頼み〟より〝オリネロッテ様の命令〟のほうが、はるかに重いのです。ですから、私は部屋から出ません」
「貴族のオレの機嫌を損ねたら、一介の騎士がどうなるか? ……とか考えないの?」
「考えません」
「オレは、けっこう横暴だからね。侯爵閣下へ告げ口して、ノンちゃんを失職させちゃうかもしれないよ? いや、ひょっとしたら、それ以上の罰も……名誉の戦闘ならともかく、こんな日常業務に、職や、下手したら一命を賭けるなんて、馬鹿げているとは思わない?」
「騎士の任務遂行は、どんな時でも命懸けなのでは?」
不思議そうな顔になるリアノン。
「……ふふふふ。アーハッハッハッハ」
突然、アルドリューが大声で笑い出した。
「いやはや。クラウディといい、ノンちゃんといい、ナルドット侯爵家には本当に立派な騎士が揃っているね。これは、ラダーメレ伯爵家も見習わなくちゃならないな」
アルドリューは僕が寝ているベッドの側まで歩み寄りつつ、その一方、リアノンへの語りかけを止めない。
「ノンちゃんの騎士としての責任感については、尊重するよ。けど、オレもサブローとの話し合いを他人に聞かれるのは恥ずかしいんだよね」
「サブローとアルドリュー様は、恥ずかしい……話をなさるのですか?」
「そう。恥ずかしい話。男同士の密談」
「ムムム……密談……密談……恥ずかしい……蜜談……男と男の蜜……甘い……淫ら……とろとろベトベト……淫々……ベッドイン……」
リアノンがブツブツと呟いている。なんか、誤解してない?
「というわけで、ノンちゃん。部屋から出なくても良いから、せめて隅のほうへ行ってくれないかな? それくらいは妥協してよね」
「……り、了解しました。サブローとアルドリュー様がハ・ガクーレ的な……ミツミツ密通な仲になるのは納得も承知も出来ませんが、男同士のミツミツ密談の邪魔をするほど、私は不粋ではないつもりです」
そう述べると、リアノンはギギギッと、しゃちほこばった動きで部屋の隅へと移動していった。
「どうぞ、ごゆっくり甘々スイートな蜜談を」とリアノン。
確かにそれだけ距離を取れば、いくら室内とは言え、僕とアルドリューの会話を聞き取りづらくなるのは間違いないね。でもリアノン、僕らのほうをガン見しつつ、貴方の片目、めっちゃギラギラと光っているんですが。……え? アルドリューが、万が一にも僕に危害を加えたりしないように見張っているだけだよね? 考えているのは、それだけだよね?
「さて、やっと落ち着いてゆっくりと話せるね、サブロー」
アルドリューは口角を上げ、チラリと視線をリアノンへ走らせるや……軽く指を鳴らした。
その瞬間。
〝キーン〟という耳鳴りが僕を襲った。
な! コイツ、いま魔法を……それも闇魔法を発動した!?
「アルドリュー、お前!」
「おぉ! やっぱり気付いたんだ。さすがは、サブロー」
「何をした!?」
「そんなに恐い顔をしないでくれよ。別に、害のある魔法じゃないよ。闇系統の《認識阻害》さ。それも、聴覚限定。これでオレたちが何を話しても、ノンちゃんにはたわいも無い内容を喋っているとしか、受け取れないはずだよ」
《認識阻害》……知っている。視覚や聴覚など、知覚の1つを誤魔化せる程度の効果しかない魔法ではあるが……。
「それにノンちゃん……あの女騎士」
一瞬だけ、アルドリューの表情が真剣になる。
「頭の中身はさておき、戦士としての本能は極めて優れている。少しでもオレがサブローへ向けて殺気を発したら、即座に感づいて剣を抜くのは間違いないね。そして、一切の躊躇も容赦もなく、オレに斬り掛かってくる。ヤバいタイプだよ、彼女は」
リアノンは、本能特化型戦士。加えて、ヤバいタイプ。それは同感だが――
「だから、警戒を解いてくれよ。今日、オレは提案をしに来ただけさ」
「提案?」
「そう。改めて言うよ、サブロー。――〝オレの仲間にならないか?〟」




