リアノン、夢が叶う
7章スタートです。よろしくお願いいたします。
この回は、途中で視点の変更があります。
光を感じる……意識が、だんだんと浮かび上がってくる。
――そして。
覚醒した僕の目に飛び込んできた光景、耳へと届く声……それは、2人の少女のもの。
猫族の少女とメイド姿の少女――ミーアとシエナさん……だ。
「サブロー、良かったニャン。目を開けてくれて……アタシのこと、分かるよネ?」
僕の顔を覗き込んでいるミーアへ向かって、微かに頷いてみせる。安心したように表情を緩めるミーア……あ、今更ながら気がついた。僕はベッドに寝かされているな。
「サブローさん……サブローさん……」
シエナさんは……目にいっぱいの涙を浮かべている。良かった。彼女は無事だ。ケガもしていないし、服装も整っている。拘束されたりなど、罪人扱いされている様子も無い。
決闘による無実の証明は、キチンと履行されたみたいだ。
僕へ寄り添ってくるミーアと比べて、シエナさんの態度は控えめだ。やや距離を保ち、怯えているふうな仕草を見せている。
しかし彼女は躊躇いを振り切ったのか、意を決したように口を開いた。
「……サブローさん……私……私……本当に……ご」
ああ。
〝ごめんなさい〟――彼女は、そう言おうとしている。
それは違うよ、シエナさん。謝らないで。そんな言葉より、僕が欲しいのは――――
彼女へ僕の意思を伝えなくちゃ。……語りかけようとして、喉がつかえる。けれど、かすれながらも、辛うじて声は出た。
「……シ……エナ……さん……約束……」
「……約束?」
僅かに小首を傾げ、それから彼女は何かを思い出したようだ。ハッとした顔になる。
僕と視線が交わり、シエナさんの肩が上下した。
そう。
決闘の前日、屋敷の大広間において多数の騎士や魔法使いのムロフトと争った際に、僕とシエナさんは約束を交わしたのだ。
『この件が解決したら、謝罪では無く、お礼の言葉を聞かせてください』――という僕の頼み。
シエナさんの返事は『ハイ』――だった。
僕はシッカリと覚えている。
彼女も忘れてはいないはず。
シエナさんが喘ぎつつも頭を下げ、僕へ自身の気持ちを伝えてくる。懸命に。
「サブローさん……ありがとうございます……私の命を救ってくれて……私に……この先もフィコマシーお嬢様とともに歩んでいける、未来をくれて……」
シエナさんの目尻から頬へ、幾筋もの涙がこぼれ落ちる。彼女はゆっくりと一歩前に出て、寝具よりはみ出ている僕の手をソッと握った。
ミーアとシエナさん、2人の少女の温もりを感じながら、ようやく僕の思考は働き始めた。
……ここは、バイドグルド邸の一室みたいだな。
クラウディとの決闘から、どれほどの時間が経過したんだろう? 記憶を失う直前に、ランシスが抗議する声を聞いたような気がしたが……今の状況から推察するに、なんとか事態は上手く収まったらしい。
審判役を務めていたゴノチョー様のおかげかな?
未だに全身に痛みが走り、手足を自由に動かすことは出来ないけれど……もっと、重要なのは――生きている。何より、僕は生きている。息をしている。心臓が動いている――その事実だ。
クラウディの長剣《エターナルムーンライト》で左肩を断ち割られた時は、さすがに〝死の可能性〟が頭を過ぎったが……しかし、僕は事前にズルくも計算していた。アズキが――決闘の場には観客として、魔法使いのアズキの姿があった。彼女は光系統の回復魔法が使える。おそらく、いや間違いなく、僕の生命を救ってくれたのは、彼女。
アズキを……彼女の能力を、彼女の人格を、彼女との関係を信じ、それに賭けたのは正しい選択だった――心より礼を述べるよ、アズキ。この恩は、いつか必ず返す。
僕はまだ、やれる。頑張れるぞ。
安堵の息を漏らしそうになり…………ウッ。喉がつまる。呼吸するのも苦しいな。消耗感と疲労感が酷い上に、身体のアチコチがズキズキと激しく痛む。加えて、だいぶ熱っぽい。とてもでは無いが、自力でベッドから起き上がれそうに無い。
決闘で負ったダメージは相当なものだったし、まだ体力が回復していないのは確実だ。
周囲を観察する。専門の医師や看護係らしき人物の姿は見えない。今もって治療中の身とは言え、現在の僕の体調は、既に危機の状態を脱しているのだろう。
この部屋に居るのは、僕以外ではミーアとシエナさん……彼女たちは、気絶中の僕の世話をしてくれていたみたいだ。
フィコマシー様の姿は――無い。
まぁ、フィコマシー様は侯爵令嬢だからね。身分を考えれば、思いのままに動けるはずも無いか。それに、今はたまたま不在なだけかもしれないし…………って、彼女が僕を見舞ってくれるのが当然とか、思い上がっちゃいけないね。
フィコマシー様のことは置いておいて。
室内には、あと1人、人物が居る。壁に背を預けて、僕のほうを眺めている長身の女性。僕と目が合うと、彼女はニヤッと笑った。
「ようやく目を覚ましたか、サブロー。ミーアちゃんとシエナが、随分とお前のことを心配していたんだぞ。ま、私はお前があの程度のケガでくたばる訳はないと分かっていたから、焦ったり、慌てたり、不安になったりなど、少しも、ちっとも、これっぽっちも、しなかったがな!」
エラそーな口調、それでいて説得力が皆無な発言をしているのは……隻眼の女騎士、リアノンだった。
何で、ココに居るの?
僕の物問いたげな視線に気付いたらしい。リアノンは何故かドヤ顔になり、早口に説明してくれた。それによると――
♢
サブローとクラウディによる決闘終了後、その日のうちにリアノンはオリネロッテからの呼び出しを受けた。
令嬢直属のメイドであるヨツヤが、リアノンをオリネロッテの自室へと案内する。
「よく来てくれたわね。リアノン」
「ハ、ハイ! 私にご用件とのことで、何事でござりましょうか!」
自分同様、決闘が行われた訓練場では豪雨を浴びてズブ濡れになったはずなのに、今では完全に身だしなみを整えてしまっている――そんな美貌の侯爵令嬢を前にして、女騎士は緊張のあまりコチコチになった。
ランシスを相手にした際の勇敢な姿など、現在のリアノンには欠片も残っていない。なんと言っても憧れてやまないオリネロッテの私室へ初めて招かれ、足を踏み入れたのだ。
椅子に腰掛けたオリネロッテは、直立不動状態のリアノンへ優雅に微笑んでみせた。
「リアノン……貴方は前々から、私の専属護衛騎士になりたいと口にしていたわよね?」
「ハイ! その通りであります!」
「その気持ち、今でも変わっていない?」
「勿論です!」
何の躊躇も無く、即座に断言するリアノン。迷いを見せない女騎士を、オリネロッテはジッと熟視する。まるで、眼前の輝く石が、宝石か、それとも単なるガラス玉であるのか、鑑定するかのような眼差しで。
オリネロッテは一瞬だけ瞼を閉じて考え込み、おもむろに語りかけた。
「そう……良かったわ。だったら、入りなさい。私の護衛騎士隊に」
「――っ! あ、ありがとうございます!」
思いも掛けぬオリネロッテからの提案に、歓喜の声を上げるリアノン。が、そのあと我に返り、対面している銀髪の令嬢へ問う。
「私の入隊について、何方がご推挙してくださったのでしょうか? オリネロッテ様」
「他の誰でもありません。貴方を選んだのは、私です。私自身です」
「オ、オリネロッテ様、御自ら!? 恐縮です!」
女騎士は驚愕し、今にも踊り出さんばかりに浮かれ立つ。
興奮気味のリアノンへ、オリネロッテは誘うような、褒めるような、それでいてどことなく弄んでいるような、不思議な声音で話しかけた。
「リアノン……貴方は、剣の腕前については申し分のない力量を持っている。そして、その人柄も信頼に足る――私はそう判断しました。騎士団長のユグタッシュ様と貴方の世話役であったキーガン様からの許可は、既に得ているわ」
「なんと……畏れ多いことです」
「問題があるとしたら、貴方は先ほど護衛隊の隊長であるランシスと揉めてしまった件だけど……何か支障があるようなら、私から――」
「大丈夫です。ランシス様も、1人の騎士。私も騎士。殴り合えば、すぐに分かり合えます!」
「いえ。殴り合うのは、止めてちょうだい」
「そうですか……ならば、ランシス様と一緒にオーク討伐へ向かうことにしましょう。あ、言うまでもありませんが、お仕事は休みの日にですよ! 共にオークを血祭りに上げれば、私とランシス様は、あっという間に親友同士です! 血盟の友です!」
「…………」
オリネロッテはリアノンを自身の護衛騎士に任じたことを、ちょっと後悔する表情になる。
「もしもランシスが文句を付けてきたら、私に報告しなさい。クラウディの付き添い役を買って出ながら、いざ決闘の場面において、あれだけの醜態を見せた……そんな彼に、異議を唱えさせるつもりは無いから」
「よく分かりませんが、分かりました!」
「……それで早速ですが、リアノン。貴方に果たして欲しい任務があります」
「了解しました! 何でしょう?」
リアノンが勇みつつも、姿勢を正す。
「クラウディとの決闘に、見事に勝利したサブローさん……アズキの回復魔法や、その後の医師の手当てによって、彼はギリギリのところで何とか一命を取りとめたわ。とは言え、重傷を負って昏睡中――現在も寝込んでいる。如何なサブローさんでも、意識が無い状態で襲われたら、ひとたまりも無いはず。なので彼が目覚めるまで、側で守ってあげて欲しいの」
「今もなお引き続き、サブローを狙っている輩が居ると、オリネロッテ様はお考えで?」
オリネロッテの命令を受け、にわかに心身を引き締め直すリアノン。
「いえ。特に心当たりがある訳ではないのだけれど……」
侯爵令嬢が意味ありげに呟くと、彼女の背後に起立している長髪のメイドはビクリと身体を震わせた。
「でも、決闘があのような結果になったでしょう? 当家の関係者やどこかの伯爵家の子息など、不満に思う人間が現れないとも限らない――用心するに越したことはないわ」
「確かに、仰るとおりです」
「療養中のサブローさんの守り……本来はアズキに頼むつもりだったのよ」
「魔法使い殿に?」
「ええ。しかしながら、サブローさんへの緊急治療のために魔力を使いすぎて、彼女、現在はクタクタになってしまっているの。燃え尽きた石炭のように」
「了解いたしました。燃えカスとなっているアズキ殿に代わり、サブローを護衛する任務、私がキッチリと遂行いたします」
張り切る、リアノン。
オリネロッテの目元が和む。少しではあるが、胸のつかえが下りたらしい。
「ありがとう。サブローさんは目下のところ、当家お抱えの医師による手当てを受けているけど、おそらく数日は目を覚まさないでしょう。その間、貴方も付きっきりという訳にはいかないし、アズキが回復したら、彼女と交代しつつサブローさんを見守るようにしてね」
察しの良い者なら、感じ取ったに違いない。
――オリネロッテの言辞には、彼女にとって『〝サブローの護衛を安心して任せられる人物〟が、アズキと、たったいま護衛騎士にしたリアノン――その2人しか存在しない』という厳しい意味合いが込められていることに。
だが、リアノンは当然ながら気付かない。
「では、私は今からすぐにサブローが看護されている部屋へと向かいます」
リアノンが踵を返そうとすると、オリネロッテが呼び止める。
「あ、ちょっと待って、リアノン。1つだけ質問しても良いかしら? 少し気になっている点があって」
「オリネロッテ様が私にお尋ねしたいこととは……いったい何でしょう?」
「貴方、右目に眼帯をしているわよね?」
「ハイ」
リアノンが頷く。
「私の記憶違いで無ければ……去年、このナルドットで貴方を見掛けた際には、そのような物はしていなかったはずなんだけど……どうしたの?」
〝言葉を交わしたことなど無かったにもかかわらず、オリネロッテ様が自分を見知っておられたなんて!〟と感激する、リアノン。
「これですか」
女騎士は眼帯へ手を伸ばし、表面を指先で撫でる。
「実は困ったことに、数日前に物もらいが出来てしまいまして……」
「物もらい……」
「そのため、みっともないので隠しているのです」
「今も、瞼から腫れが引かないの?」
「いえ、もう治りました」
リアノンの発言を受け、オリネロッテが瞬きをする。
「それなら、何故貴方は未だに眼帯をつけているの?」
侯爵令嬢のもっともな疑問。
女騎士の返答は――
「それは……」
「それは?」
「黒い眼帯をつけている自分の姿が、カッコイイからです!」
「…………」
「カッコイイからです!」
「そ……そう。でも目を覆いっぱなしだと、視力に影響が」
「ご心配には及びません。人前に出ていないときは、眼帯を外していますから」
「…………」
「私は、頭が良いのです!」
「…………」
「賢いのです!」
「…………」
「用意周到・準備万端・熟慮断行・臨機応変なのです!」
「…………リアノン」
「ハイ!」
「サブローさんのところへ、行きなさい」
「行ってきます!」
リアノンが勢いよく部屋から出て行ったあと、ヨツヤが恐る恐るオリネロッテへ尋ねた。
「……オリネロッテ様。あのリアノンという騎士、護衛隊に入れても大丈夫なのでしょうか?」
「…………」
「大丈夫なのでしょうか?」
「もう、何も言わないで。ヨツヤ」
オリネロッテは溜息をついた。
♢
「そのような訳で、私はこの場に居るんだよ」
「そうです……か……。オリネロッテ様……が……」
リアノンの説明を聞き、僕はオリネロッテ様に感謝した。
…………リアノンにも、感謝した。




