白いカチューシャ
決闘当日。
僕とクラウディとの戦いは、侯爵邸の近くにある訓練場で行われることになった。
時刻は、ウェステニラの太陽が中天に差し掛かる3ヒモク(3時間)ほど前。
朝食を頂いた後に客室で待機している僕を迎えに来たのは、リアノンだった。
リアノンに連れられ、決闘の場所へと出向く。
「……落ち着いているな、サブロー」
「意外ですか?」
「そういう訳でもないが……」
「〝サブローのヤツ、勝負に怯えているに違いない〟――とでも?」
リアノンがそのように考えていたのだとしたら、心外だな。
「イヤ。てっきり、クラウディと真剣でヤりあえる喜びに浮かれていると思っていた」
そっちかよ!
あいにく、僕は貴方のような戦闘狂では無いのですよ。リアノンさん。
♢
訓練場に到着する。
かなり広い敷地だね。演習の一環として騎士が馬を走らせることもあると言うから、当然か。
決闘のための準備は既に大方、整えられているようだ。地面は均され、天幕も幾つか張られている。
まずは、武装を済ませないと。
バイドグルド家の召使いが近寄ってきて、預けていたククリを返却してくれた。慣れ親しんだ重みを手に感じ、言いようのない安心感を覚えてしまう。
天幕の中へ入るや、リアノンが僕に尋ねてきた。
「今日の決闘には、その刀で臨むのか?」
「勿論です。僕の愛刀ですからね」
「そうか。それにしても、カッコイイ刀だな」
リアノン、ちょっと羨ましそう。自慢しちゃおうかな。
「でしょう? ミーアの父上から、譲り受けたんです。頑丈で、しかも凄い切れ味なんですよ」
「何だと!? 少しばかり、触らせてもらっても?」
「良いですよ」
女騎士が嬉しそうにククリを握って眺め回している間に、僕は手早く鎧を着込んだ。
「サブロー。防具は、革鎧だけなのか?」
危ぶむ顔になる、リアノン。
「ハイ。僕は、金属製の鎧は着たことがありませんので」
「しかし、脚部を無防備にするのは……せめて、革製のグリーブやキュイッスくらいは……」
グリーブやキュイッス?
ああ。確か、脛当ての鎧を〝グリーブ〟、太腿当ての鎧を〝キュイッス〟と呼ぶんだったか? あと、膝当ての鎧は〝ポレイン〟って言ったっけ。
「決闘では、防御力よりも動きやすさを優先したいと考えていますから」
でも、リアノンが僕を思いやってくれる気持ちは嬉しいよ。
「そうか。サブローが納得しているのなら、構わないよ。下半身を丸出しにして、頑張ってくれ」
ちょ! リアノン。貴方の言葉遣いは相変わらずオカしいですね。僕は、ちゃんとズボンを履いているでしょ!?
……よし、僕のほうの用意は終わった。クラウディは僕とほぼ同時に訓練場へやって来ているみたいだし、彼に挨拶しよう。
僕が近づいていくと、天幕の外に出ていたクラウディはすぐに気がついた。
「――クラウディ様」
「サブロー殿。昨日の疲れは、取れましたか?」
「ええ。体調は上々ですよ」
「それは良かった」
なごやかに語り合う、僕とクラウディ。お互い、相手への観察は怠らないが。
クラウディは、鎖の鎧を着ている。それに薄い金属製の脛当てと太腿当ても、しているな……。僕よりは防備に重きを置いているが、〝重装備〟という訳では無い。頭部も、特に何かで保護するつもりは無いようだ。
彼も僕と同じく、速さを重視しつつ戦うつもりなのだろう。
………そう、思ったのだが。
何だ? あの剣。
クラウディが手に持っている剣を見て、驚愕する。
途方も無く、長い。
通常、ウェステニラの騎士達が戦闘で使用する剣――その刃の長さは、大凡1.4~1.6ナンマラ(70~80センチ)程度だ。僕のククリも、同じくらい。
けれど、クラウディが現在握っている剣の刃は、その2倍、いや3倍ほどの長さがある。遠目では、槍と誤認しかねないぞ。
いわゆる〝グレートソード〟と呼ばれる長剣か? しかし儀式用ならともかく実戦用でこれ程の長さとは、とてもじゃ無いが信じられない。
しかもクラウディは、この極めて重いであろう剣を片手で持っている。柄の長さから考えるに、当然ながら両手で扱うことを想定して作られている筈なのに。
僕が注目しているのを悟ったらしい。クラウディが、説明する。
「ああ、この剣ですか。自分の剣――〝久遠の月光〟ですよ」
名称つきの剣なのか。
「名付けたのは、この剣を自分へ贈ってくださった刀匠です」
「名高い刀鍛冶が、わざわざクラウディのために作ったんだ。こんなに長大な剣を自在に扱える騎士は、ベスナーク王国でもクラウディくらいだからな」
クラウディの背後に立っていたランシスが僕に刺すような視線を向けつつ、それでいて少し得意げな口調で述べる。
「前にタンジェロ大地へ赴いた際にモンスターのマンティコアをぶった切ったのも、この剣だったよな? クラウディ」
「そのことは、もう良いでは無いですか。ランシス様」
気恥ずかしげな表情になる、クラウディ。
その話は、宿屋の親父さんに聞いた。
マンティコア――ドラゴンに比肩するほど恐ろしいパワーを持つと噂される伝説的なモンスターを、クラウディは単独で征伐したんだとか。
そうか。あの長剣でマンティコアを倒したんだな。
秘かに、クラウディの剣の銘を口中で復唱する。
《エターナルムーンライト》――〝久遠の月光〟とは、随分と雅やかな響きだ。
だが。
……ふと、その名前の示唆するところに気づき、ゾッとする。
昼間、月は存在を消している。月の光を永久に輝き続けさせるためには、どうすれば良い? ――そう、正解は『夜明けを無くしてしまう』だ。
つまり、この剣が振るわれる時、敵は生命を確実に断たれ、永遠の夜の中で決して覚めない眠りに就かせられる――――故に、《久遠の月光》。
「エターナルムーンライトは咄嗟の際に抜剣しにくいので、普段は持ち歩かないのですよ。しかし、本日の決闘では、この剣を使わせてもらいます。サブロー殿、貴方は……強敵ですから」
クラウディとともに、ランシスも僕を見据えてくる。
「ふん。小僧……いや、サブローよ。お前が手練れなのは認めてやるが、マンティコアほど強い訳もあるまい。貴様もあのメイドも、あと数刻の命だな」
「ランシス様。自分の付き添い役になってくださったことには感謝しますが、余計な口出しはお控えください」
ランシスは、クラウディの上司。にもかかわらず、クラウディは臆したりせずにランシスを窘めた。
クラウディの生真面目な性格については、ランシスも分かっているらしい。肩を竦めるのみで、特に反論しようとはしない。
……ランシスの様子を窺うに、昨日僕が彼の右手に負わせた傷は既に治っているようだ。回復薬を用いたのか、あるいはアズキが光魔法で治療したのかもしれない。
クラウディが真剣な眼差しを向けてくる。
「サブロー殿。自分は、全力で貴方と戦います。宜しいですね?」
「無論です。僕も、同様ですので」
「魔法を使われても、差し支えありませんよ」
クラウディが、さりげなく口にする。おそらく僕が魔法を用いて攻撃してきても、充分に対抗しえる自信があるのだろう。
実は、騎士の決闘において魔法を使用する行為は禁止されていない。
その理由は――一般に『武力と魔法、2つの才能を人間は両立し得ない』と考えられているためだ。ウェステニラでは騎士と魔法使いの社会的役割が明確に分かれており、誰も疑問を感じたりはしない。両者の距離感の大きさに関して、日本での職種や肩書きを参考にするなら……スポーツ選手と芸術家みたいなものかな? それぞれへ向いているタイプも、活動領域も、相当に異なっている。
ウェステニラで魔法の適性を持つ人間は貴重であり、年少の頃より魔力の訓練のみを行う。この場合、将来に対する本人の意思は全くと言って良いほど重視されない。
騎士を志す者は、武芸の習得に専心する。魔法使いになれる資質があるかどうかは、早いうちに確認済みなのだ。
したがって〝魔法を扱える騎士〟の存在自体、想定外と言える。
けれど人間とは異なり〝武力と魔法を両立させている〟種族も、この世界には居る。エルフや魔族だ。
魔法を使える騎士の登場も『絶対、無い』とは断言できない。そのため万が一のケースに備えておいたのか、決闘における規則の中には、魔法に関連する項目も加えられている。
1つは、勝負に先立って『魔法を操れる』という事実を対戦者や審判へ申告しておくこと。
もう1つは、決闘開始前に魔力を体内で練り上げて魔法を発動する準備を整えておかないこと――である。魔素の取り入れや、その魔力への変換は、戦いが始まった後に行わなければならない。
要するに、予め火の魔法を身に纏っておいて、決闘が始まった直後に《火炎放射》を敵へ目掛けて放つ……といった手段をとることは許されないのだ。
こうなると、たとえ魔法が扱えたとしても、決闘で用いるのが有利とは言えなくなってくる。魔素吸収から魔法を放つまでのタイムラグ、気力・体力の減少、注意の分散、敵への対処が疎かになること――むしろ、剣技に集中したほうが良いとさえ考えられる。
まして、僕の決闘の相手はクラウディ。一瞬の気の緩みが、命取りになるのは明白だ。
しかし、わざわざ、こちらの手の内を明かす必要は無い。
「魔法については……まぁ、適宜に扱わせて頂きます」
「了解しました。いずれにせよ、自分は負けるつもりはありません」
クラウディが、言い切る。
そうだ。僕には僕の、クラウディにはクラウディの信念と立場がある。僕も彼も、譲ることなど出来やしない。
だが……思い返せば……この決闘は僕が彼へ頼み込んで成立させたものであり……戦えば、2人のうちのどちらかが必ず倒れ、死の深淵へと――――
不意に思考が鈍る。
頭の中に影が差す。
昨日から、困難な出来事の連続だ。急傾斜の坂道を上っているような錯覚に陥る。
一晩の熟睡を経たはずなのに。
――精神の消耗が激しい。
――苦しい。
――息が切れる。
一旦、休みを…………いいや! この期に及んで弱気になるな! 迷うな、サブロー! 歩みを止めれば、その瞬間に真っ逆さまに坂下へ転げ落ちるぞ。
足を動かせ! 見るのは前方のみ!
目指す先は、1つ――僕は、クラウディと戦う。そして、勝つ! 勝って、シエナさんを救うんだ!
決意を固め直す僕を眺め、クラウディは破顔一笑した。
「良い表情です、サブロー殿。戦い甲斐があります」
「……ええ」
少なくとも現在、僕よりクラウディのほうが、余裕があるのは間違いないらしい。……くっ!
クラウディへの対抗心で僅かに強ばってしまった僕の肩を、誰かがポンポンと優しく叩く。
「大丈夫だ。心配するな、サブロー。私が付いている」
リアノンが、ソッと僕の耳元で囁いた。
「リアノン……」
彼女が、こんなに細やかな配慮を示してくれるなんて。
感激した僕が礼を述べようと振り返ると、リアノンは……首を横に向けていた。あっという間に、意識が僕から逸れている。
は?
彼女の関心は、もう別のことに引かれちゃっているようだ。
感動して損した。
……で、リアノンは何を見てるのかな? アッチは、僕とクラウディの決闘を観戦する人々が集まっている場所だけど――
隻眼の女騎士が左目をギラつかせながら、声を荒げる。
「ひょっとして、あれはオーク!? おのれ、オークめ。こんなところにまで現れるとは! サブローとクラウディ殿の邪魔立てをし、神聖な決闘を汚すつもりか? そうは、させんぞ! すみやかに切り刻んで磨りつぶし、ミンチにしてやろう」
セリフが物騒すぎる。
オークさん、逃げて! ……じゃ無い。
「リ、リアノン。よく見て。オークでは無いよ。ブタ族の方だよ」
「……あ。た、確かに。まさか、この私がブタ族とオークを見間違うとは。どうやら私も、自分で思っていたよりも平静さを欠いているみたいだな。《オーク撲滅委員会》のメンバー失格だ」
項垂れる、リアノン。
《オーク撲滅委員会》……そんなの、あるの?
訓練場には、既に多数の人が姿を見せている。殆どはバイドグルド家の騎士や小姓たちだが、その中に何でかブタ族の獣人が1人交じっていて、ひときわ目立っているのだ。あの人は…………ええ!? ギルド長!
僕の目に飛び込んできたのは、冒険者ギルドのトップ、ゴノチョー様のブタ顔だった。傍らには、エルフのスケネービットさんが立っている。何故、彼らがココに!?
ゴノチョー様とスケネービットさんの元へ急いで駆けつける。
「ギルド長!」
「ぶぶ、サブローくん」
「どうして、こちらの訓練場までいらっしゃったのですか?」
「今日行われる、貴方と騎士クラウディ殿の決闘。その審判を務めるためです、ブー」
「え! 審判!?」
「ぶぶぶ、見届け人も兼ねています」
ギルド長の思いも掛けぬ発言に驚く僕へ、ビットさんが声を掛ける。
「昨日、冒険者ギルドへ〝マコル〟と名乗る商人の方がお見えになったのよ。御領主様の執事と騎士を同伴して」
「マコルさんが……」
「ミーアちゃんの推薦状を書いてくださった方よね。マコルさんは今回の決闘において『侯爵家の騎士であるクラウディ様と部外者のサブローくんが戦うのだから、万が一にも〝勝敗の判定に肩入れがあったかもしれない〟などといった疑いが掛けられないように、バイドグルド家とは関係の無い人物が審判をするべきでは?』と御領主様へ訴えたのだそうよ。御領主様は、当初は騎士団長あたりに審判をさせるつもりだったらしいわ。でも、マコルさんの主張に正当性を認められたの。それで、依頼がギルド長に回ってきたというわけ」
「ぶっふっふ。侯爵様直々の頼みですからね。この勝負にも大変興味がありましたし。快く、引き受けさせて貰いましたブー」
ギルド長が、穏やかに笑う。
マコルさんの心遣い……そのあまりの有り難さに、胸を打たれる。
「マコルさんから、サブローくんへ伝言よ。『私は決闘に立ち会うことは出来ませんが、サブローくんの勝利を心より願っています』と仰っていたわ」
「スケネービットさん……感謝します。マコルさんの言葉、確かに受け取りました。ギルド長も、ありがとうございます」
「まったく、貴方ときたら……」
ビットさんは呆れたように少しだけ天を眺め、それから僕へ視線を向けた。
「ギルドの新人研修ではあれだけ慎重に、ある意味では狡猾に振る舞っておきながら、正式な冒険者になれる見通しが立ったとたんに、いったい何をしているの? 御領主様のお屋敷で大立ち回りを演じるわ、私たちには隠していた魔法を躊躇なく放つわ、挙げ句の果てに決闘ですって?」
「スミマセン」
「まぁ、事情を伺えば無理もないとは思うけど」
優しい眼差しになる、エルフの美女。
「立ちはだかる壁は高いけれど……こうなった以上は、必ず乗り越えてみせなさい。私は、貴方とミーアちゃんが冒険者として成長していく姿を見るのを楽しみにしているんだからね」
「ハイ」
僕は、頷く。
決闘に立ち会う人々は基本的に全て、バイドグルド家の関係者だ。考えようによっては敵地とも言える場所に、ギルド長とビットさんが来てくれた。もちろん2人は僕に加勢してくれるわけでは無いが、それでも心強さを覚えずにはいられない。
♢
いよいよ、決闘の刻限となった。
微風が頬を撫でる。
空模様は曇り。……雨が降り出しそうな気配がするな。
ざわめきが、耳へと届く。
決闘を見守る人の数が、いつの間にか数十人規模にまで膨れあがっている。是非ともクラウディの戦いぶりを実見しようと、バイドグルド家の騎士や小姓、使用人たちが集まってきたようだ。ただ、侯爵家と関係の無い街の人々は来ていない。
騎士の決闘は、時には大衆の娯楽の1つとして、お祭り騒ぎのような状態になることもあると聞く。しかし今回は、あくまで〝バイドグルド家内部のトラブル〟という形に収めるつもりらしい。
一段高くなっている観客席に、侯爵やオリネロッテ様、アルドリューが居る。
フィコマシー様の席が侯爵たちから少し離れた位置に用意されていることは痛ましいが、おかげでミーアが彼女の側に居ても文句を付ける者は現れない。せめてもの慰めだな。
そして、シエナさん……。彼女はメイドの身だが、目立つ場所に準備された椅子に座らせられている。シエナさんは、この決闘での最重要人物だ。なんと言っても、僕とクラウディは彼女の名誉と生命を賭けて戦うのだから。
負けられない。決闘に勝利し、シエナさんの無実を証明するのだ。彼女の人生はフィコマシー様とともに、明日も、明後日も、その先もズッと続いていく……それを邪魔する者は、僕が力尽くでも取り除く。
緊張で身体をカチカチにしているシエナさんのところへ、足を運ぶ。それから、彼女の前で片膝を地面につけた。
表情は可能な限り柔らかくし、動作は意識的にユックリとさせながら顔を上げる。
「サ、サブローさん……?」
「シエナさん。何か1つ、貴方が身につけている品を僕に下さいませんか?」
貴婦人が持ち物を、自分のために戦う騎士へと与える――決闘における有名な作法だ。
「あ、ハイ!」
シエナさんが、慌てて己が身をまさぐる。ハンカチを貰うのが、無難ではあるな。でも……。
「その髪留めをお願いします」
「え!」
シエナさんがいつも髪を整えるのに使っている、白いカチューシャ。それを望む。特に凝った作りでは無く、素材も単なる布きれなんだが……う~ん、どう表現すべきか。――――そう。一生懸命、メイド仕事に励むシエナさんを象徴する品のような気がするのだ。
「承知しました」
頭に巻いていたカチューシャをシュルシュルと外す、シエナさん。そして、僕へ手渡してくれる。
微かに震えるシエナさんの手を握って勇気づけたくなる思いを、グッと堪える。代わりに彼女の琥珀色の瞳をシッカリと見つめた。
蒼白だったシエナさんの顔に、生気が戻る。
まだ彼女の温もりが残っている、白い帯状の髪留め。
受け取ったカチューシャを己が右腕の肩近くに巻き付け、固く結ぶ。お守り代わり――という訳でもないけれど。
息を吸って、サッと立ち上がる。
今一度シエナさん――続けてフィコマシー様とミーアへ顔を向け、微笑し、僕はクラウディとの戦いの場へと踵を返した。
「カチューシャ」あるいは「カチューム」という呼称は日本独自だそうです。ここでは「布製のヘアバンド」と解釈してください。




