真美探知機能をゲットせよ!
……赤青黄黒緑、5人の鬼たちがそれぞれ僕へ施した地獄の特訓を振り返ってみると、特段に過酷だったのは、言うまでもなくグリーンによる『恋愛特訓』である。
〝言うまでもなく〟……って、変な表現だよね?
なんでラブやハートやロマンに関するトレーニングが、体力特訓や武器特訓よりハードなんだろう? 理不尽すぎる。
しかし不可解ではない。
だって、考えてみて欲しい。筋肉ムキムキで目が血走り、口は耳まで裂けている鬼女3人に包囲されつつ、彼女たちを毎回褒めあげなければならないのだ。それも、心の底から。
身体以上に、精神の疲弊度が大きい。ケージの中のハムスターになった気分。
回転車が、くるくる回る~、止まらない~。
刻々と神経をすり減らし憔悴していく僕を見かねたのか、グリーンがアドバイスしてくれた。
彼の提言は、僕に決定的な影響を与えることになる。
♢
「サブローは、ブラウンたちを美女だと未だ認識できていないようですね」
そんなん、当たり前だろうが!
「何故ですか?」とグリーン。
だって……彼女たち、鬼だし……ぶっちゃけ怖いし……。
僕が不満を口に出さずに内心でグチグチ文句を付けていると、グリーンが「はぁぁ……」と溜息を漏らした。
ムカつく。
「再度、確認します。サブローは異世界ウェステニラへ行って、たくさんの美少女たちと出会い、ハーレムを築き、ウハウハしたいんですよね? そうなんですよね?」
何度もしつこく念押しされると、僕がまるでアンポンタンのアン太郎か、オッチョコチョイのチョイ助みたいなんですが。
「サブローは、美少女とはいったいどのような存在だと思いますか?」
え? 今更、なに言ってんの? このミドリガメ。
「それはやっぱり、文字通り〝美しい少女〟ということなのでは……?」
「では、美しさとは? 美を測る物差しは、時代によっても地域によっても、それこそ個人ごとによっても異なります。ある人から見れば美少女であっても、別の人にとってはそうでは無いケースは、ザラにあります。逆もまた然り。容姿に関する美の基準とは、実にあいまいなモノなんです」
「確かに……」
平安時代や江戸時代の美女が現代日本に顕現しても、美人さんとは見做されないに違いない。
現代の地球でも、唇のでっかさが美人を測る尺度になっている事例が地域によってはあったりするし。
所詮、美とは幻なのだろうか?
「サブロー、ガッカリしてはいけません。時代や地域などの境を乗り越えて光り輝く……そのような普遍的な美も、世界には間違いなくあります」とグリーンが力強く宣言する。
「そ、それは何ですか?」
「内面の美です」
グリーンの答えに、僕は落胆する。
あまりにも平凡な正解だ。
「無論、外見を軽んじる訳ではありません。けれど、内面を無視して美少女を語ってはならないのです。その少女が美しいかどうかは、性格や仕草、容貌、趣味、嗜好、知性と教養、他者との付き合い方、周囲の評判、過去や未来など多くの要素を総合的に考慮した上で判断することを、サブローには勧めますよ」
そんな無茶な!
「性格なんて、外からは分からないじゃないですか」
「それは、サブローが未熟なせいです。モテ道の達人は、《真美探知機能》を有しています」
真美探知機能?
グリーンが、またまた怪しげな単語を持ち出してきた。
「真美探知機能とは?」
「女性の真の美しさを見抜く能力です。このスキルを持つ男性は、女性の本質、すなわち『真・善・美』を発見することが可能となるのです!」
グリーンが滔々と述べる。
……胡散臭い。
だいたい『真・善・美』とか、ヨーロッパの哲学概念でチョイチョイ出てくるワードだよね。プラトンやカントといった、偉い哲学者の思想の中に散見されたような……。
それを、さも自分固有の専門用語の如く口にしている時点で、詐欺師っぽい。
しかし現状のままで恋愛特訓を続けていても、身体はともかく精神は遠からぬうちに潰れてしまうに違いない。
ここはグリーンの口車に乗ってやるか。
「それで、真美探知機能を備えたら、どうなるんですか?」
「『真美』とは、『心美』であり、『審美』であり、『信美』です。貴方の目には女性の〝心〟の美しさがそのまま映り、美の本質を〝審〟らかに出来るほど成長し、至上なる美の価値を〝信〟じられるようになるでしょう。さぁ、サブロー。今こそ、美の探求者となるのです!!!」
「いや、言ってる意味が分からないし。そもそもどうすれば、その真美探知機能は身につくの?」
「鍵は、想像力です」
「想像力?」
理解不能。
「人類史上、最も真美探知機能の保持者を多く生み出した階級は、日本の平安時代における貴族層だと推論されています」
「ハ?」
話が、アサッテの方向へ飛んだぞ。
「平安貴族の男性は、女性に求愛しようとしても滅多に彼女たちの尊顔を拝することは出来ませんでした。貴族の姫君は屋敷の奥に住み、常に几帳の裏に隠れ潜んでいたためです」
「うわ~、大変だ」
「願いが叶い、恋人になったとします。けれど、そこでも当時の習慣が壁として立ちはだかります。男性は女性の家へ夜に通い、朝が来る前に帰らなければなりませんでした。つまり、女性とのラブラブ逢瀬は、ズッと暗闇の中で進行する訳です。かくも難儀な状況下で、平安貴族の男性たちは女性との恋愛に励んだ……。その結果、彼らの真美探知機能は異常な発達を遂げました。女性が贈ってくれる和歌、筆跡、部屋の調度品、仕えている女房のレベル、几帳の端よりチラリと見える衣装の袂など、僅かな手掛かりから想像力を最大限に駆使して、美女・美少女を〝発見〟していったのです」
グリーンが、僕に無理ゲーを要求してくる。
「真美探知機能所有者として名高いのは、光源氏です」
「また『源氏物語』ですか」
「光源氏の最愛の妻は、紫の上と呼ばれる女性です。源氏は紫の上のことを『年齢を重ねるとともに、ますます美しくなる』と評しています。普通、容色は歳を取るにしたがい衰えるもの。しかも、紫の上は30代で大病を患います。にもかかわらず紫の上の美女レベルが上昇しつづけている事実を看破できたのは、源氏が『真の美しさとは何か?』を熟知していたからに他なりません。光源氏は紫の上以外の女性に対しても、容姿や年齢に囚われることなく愛情をそそぎました。彼が真美探知機能を有していた、何よりの証です」
なるほど。でも……。
「『源氏物語』は、つまるところフィクションでしょう?」
「フィクションは、リアルの反映ですよ。それに、実在の平安貴族の中にも、ちゃんと真美探知機能を保持していたと思わしき人物はいます」
ほう。
「誰ですか?」
「10世紀に生きた、藤原一門の朝光という貴族です。容貌は優れ、性格も良く、歌才にも恵まれ、女性にモテまくりました」
「まさに、リアル光源氏」
「そんな朝光には、美人で若い奥さんが居ました」
「羨ましい。リア充すぎる」
「ところが朝光は、自分の親くらいの年齢の未亡人にゾッコンとなってしまいます。この未亡人、色黒で顔にシワがあり、髪もチヂれている。平安時代の基準で言えば、紛れもなく醜女です。但し、彼女は賢明で気遣いに満ちた人柄でした。真美探知機能を有している朝光には、彼女が並びなき美女に見えていたのでしょう」
語気を強める、緑の男。回転ミキサーに入れられて、グリーンアップルジュースになれば良いのに。
「サブローも想像力を高め、真美探知の性能を磨くのです。そうすれば、異世界へ行っても〝真の美少女〟に巡り会えること間違いなしです! 良いですか、『真・善・美』ですよ。それ! しん・ぜん・び! シン・ゼン・ビ! SIN・ZEN・BI!」
グリーンの助言を胸に秘め、恋愛特訓に再チャレンジする。
僕を囲む、毒々しいほどに色鮮やかな鬼女たち――ブラウン、オレンジ、グレイ。
彼女たちの内側に隠れている、真実の美を見出すんだ!
真美探知機能、発動!!!
真・善・美! それ、しん・ぜん・び! シン・ゼン・ビ! SIN・ZEN・BI!
……………………出だしでは、何の変化も無かったのである。いくら目を凝らしたところで、感受性を高めたところで、妄想に身を委ねたところで、ブラウンたちが美女や美少女に変身したりなどはしなかった。
彼女たちの性格の良さはそれなりに把握できても、外見は依然として筋肉モリモリの鬼女のままだった。
けれど、僕は諦めなかった! 不撓不屈。七転び八起き。日々、これ精進!
真美探知機能獲得へ向けて弛まぬ努力を続けた結果、ついにブラウンたちが美女にメタモルフォーゼする奇跡の瞬間を、僕は体験したのである!
最初は、目の錯覚かと思った。しかし、違う! 刹那だが、僕はハッキリと見通し、そして悟った。彼女たちは正真正銘、美女だ!
ブラウンは、栗色の髪の頼り甲斐あふれる美女。
オレンジは、橙色の髪の勝ち気そうな美女。
グレイは、鈍色の髪の柔和なタイプの美女。
相変わらず長身でマッスルムキムキであるが、3人とも人間の女性に見える。
皮膚は、普通の肌色。目は充血していないし、口もとから牙が剥き出しになってもいない。額に角はあるけど鬼女の際のように凶悪な雰囲気は無く、チョコンとお茶目に突き出している。
ゴックン。と、唾を呑み込む。
こ、これが真美探知の能力か! 素晴らしい!
僕は驚愕した。感動した! 光源氏の偉大さを改めて実感した。
これなら、ベリーハードな恋愛特訓を難なくクリアできるぞ!
「グリーン、僕はとうとう真美探知機能を会得したよ! ブラウンたちが美人さんに見えるようになった!」
「エークセレント! 良くやりました! サブローは、彼女たちの中にある真実の美しさを読み取れるようになったんですね。恋愛の師として、僕も鼻が高いです!」
え!? グリーンって、僕の〝恋愛の師匠〟なの? 失恋男なのに? ミドリムシでミドリガメでミドリンゴなのに?
納得いかないなぁ……。
ま、良いか。
僕は前途を楽観し、安堵した。
ハーレム構築へ向けて、今こそモテ道一直線だ!
しかし、真美探知機能を思い通りにコントロールするのは至難だった。気を抜くと、すぐにパワーダウンする。
人間の美女に見えていたブラウンたちが、アッと言う間にもとの鬼女に戻ってしまうのだ。
ビフォーとアフターの落差が酷い。
そこで、真美探知機能を長時間操れるようになろうと、僕は一生懸命に工夫したり、精一杯尽力したりした。
が、機能発動より10分も経たないうちに、毎回、深刻な頭痛・目まい・吐き気に襲われる。
しょっちゅう、気絶寸前の状態に陥る僕。
不眠・不休・不死が当然の地獄において気を失いそうになるなど、本来あり得ない緊急事態だ。
グリーンが僕へ忠告する。
「サブロー。残念ながら、貴方はまだまだモテ道の初心者。真美探知機能の発動と維持に、大量のエネルギーを必要とするようです。機能の運用による、気力・体力・精力の消耗と枯渇……ここは地獄なので死ぬことはありませんが、現世で真美探知機能を無分別に使用すると、命にかかわる怖れがあります。安易に発動しないようにしてください」
真美探知機能って、そんなにヤバいのか!
「仮にサブローがモテ道の達人となり真美探知機能を継続して使えるようになったとしても、多用してはいけません。機能が暴走する危険性があります」
「ぼ、暴走するとどうなるんですか?」
「機能が常時稼働しつづけます。女性の外見について、真美状態の姿しか認識できなくなってしまうでしょう」
それは。
「何かマズいんですか?」
「本人にとっては、別に不都合はありませんよ。しかし、いささか外聞は悪くなります。サブローは『狐の嫁入り』を知っていますか?」
ああ、日本の昔話に良くある異類婚姻譚ね。
男が気まぐれに狐を助ける。恩返しのために、狐が美女に変化して男のところへやって来る。男と美女が結婚。仲睦まじく暮らしていたが何かの切っ掛け(犬に吠えられるなど)で、狐の正体が男にバレる。泣く泣く、狐は山に帰る。とかいったストーリー。
「あれは、真美探知機能がノンストップとなったケースの寓話なのです」
「と言うことは……」
「ええ。男には狐が美女に見えていますが、第三者の目には狐は狐のままです」
赤の他人からすると、男が平然としながら狐と結婚生活を営んでいるとしか思えないわけか……。
恐怖のシチュエーションに僕は震え上がった。
「暴走のリスクが、サブローにも理解できたようですね」
「ど、どうすれば良いんですか?」
「そうですね。真美探知機能の稼働時間は、最長でも5分に限定しましょう。それ以上は、危険領域です」
時間制限ありか。そのほうが、安心かも。
僕は頑張って、真美探知機能を自在にON・OFF出来るようになった。
すなわち平常ではブラウンたちが鬼女に見えているが、機能をONにすれば人間風の美女に、OFFにすれば元どおりの鬼女になるという寸法だ。
♢
ある時、僕は魔法特訓の最中に真美探知機能を発動させてみることにした。
イエロー様の真の美しさはどのようなものか、気になってしまったのだ。
ブラック曰く、「イエローは〝これほどの〟美女」らしいからね。
普通に眺める限りでは、単なる角つきボディビルダー超進化形としか思えないんだが……。
真美探知機能ON!
ピカー! シャラララ~! パッキーン!!!
絶句する。
…………美しい。キュートな2本の角。波打つ山吹色のロングヘアー。スラリとした長身。白磁の肌。エレガンスな筋肉。切れ長の艶っぽい眼差し。瞳はイエロー。
これまでお目にかかったことが無い、類い希な美女が、僕の眼前に佇んでいたのである。
しかも、その美姫は寅縞ビキニ姿!
彼女は惜しげも無く、その抜群のプロポーションを披露してくれている。
胸はあんまりないけど……それはさておき、なんというサービス精神。まさに、鬼っ娘の鑑!
イエロー様は、鬼女なんかじゃない! 天女様だ!!!
「どうした? サブロー。ボ~として」
「……スミマセン。イエロー様のあまりの艶やかさに、我を忘れて見とれていました」
「な!」
イエロー様の顔が、みるみる赤くなる。
「い、いかんぞ! サブロー。お前は修行するために地獄に滞在しているのだ。色恋にうつつを抜かすヒマなど無いはず。如何に私が色っぽかろうと、美しかろうと、魅惑的であろうと、教師と教え子の垣根を越えてはならんのだ! まして、サブローと私とでは種族が違う。鬼と人では……」
イエロー様が慌てふためきながら、何やら早口で述べている。
アワアワしているイエロー様は可愛いなぁ……。ああ、このままズッと彼女を眺めていたい……密室の中で2人きり……永遠の至福……胸の中が熱くなり……ドキドキドキドキ……………………って、スト――――ップ!
僕は、急いで真美探知機能をOFFにした。
イエロー様の姿が、生来の鬼女に戻る。
ふぅ、危なかった。間一髪のピンチ脱出、生還劇だった(死んでるけど)。
もし真美探知機能が制御不能の暴走状態に陥ったら、僕はイエロー様の並外れた美貌に目が眩み、彼女への恋に落ちてしまったかもしれない。
イエロー様とカップルになった、自分の行く末を思い浮かべる。
白無垢を着たイエロー様の隣で微笑む、花婿姿の僕。ちなみに、イエロー様の2本の角は、花嫁衣装の頭部における飾りの定番〝角隠し〟に隠れている。
角を隠す、〝角隠し〟。……名称、そのまんまだね。
で、僕らを祝福するレッドたち。
幻聴が聞こえる。
「おめでと~」「おめでと~」「オメ~デト~」「オメ~はDEAD」
……ブルブルブル! 主観は幸福の絶頂だが、客観ではあまりにも微妙かつ凄絶だ。
「ダメだ、サブロー! そのような手軽な口説き文句で落ちるほど、私はチョロい女では無いぞ。……しかし、サブローはなかなか将来有望な若者。最近は、異種族間結婚も増えていることだし……」
ブツブツと自問自答しているイエロー様を放置しつつ、僕は真美探知機能の効用と危うさについて改めて思いを巡らせた。
♢
どれほどの時間が経過しただろう……。ついに、『地獄の特訓』が終わるときがやって来た。
天女様、ご登場です!
…………即、退場です!