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異世界で僕は美少女に出会えない!? ~《ウェステニラ・サーガ》――そして見つける、ヒロインを破滅から救うために出来ること~  作者: 東郷しのぶ
第六章 雨中の決闘

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白鳥の仲裁

 クラウディと正対する。紫の瞳――彼の眼差しは、この期に及んでも平静だった。しかし姿勢は厳しく、付けいる(すき)を全く見いだせない。


 理解する。今日、これまでに戦った10人以上の騎士たち全員を足し合わせたより――クラウディ1人のほうが、強い。 

 クラウディがユックリと腰に()げている剣へ手を伸ばし、(つか)を握った。もしも僕が火の魔法――《火炎放射フレイムラジエーション》を放とうとしたら、彼はすかさず攻撃を仕掛けてくるに違いない。


 それは、おそらく稲妻の如き威力と速度。

 僕が炎を(まと)った左腕を振り下ろすより早く、彼の抜き打ちは、眼前の敵――僕の身体を切り裂くだろう。


 けれど、クラウディは動かない。


 刹那(せつな)、ナルドットに来てからのクラウディとの交わりを振り返る。

 彼とは、それなりに良い関係を築けていたように思える。出来れば、僕を殺したくない――もしかしたら少しだけ、そんな迷いが彼の中にはあるのかも。


 しかし、それにもまして、クラウディは侯爵の身を案じているのだ。万が一の確率ではあるが、僕の反撃が成功する可能性も無いではない。その場合、ナルドット候は炎の渦に包まれてしまう。


 クラウディはバイドグルド家の騎士。主の身を危うくするような勝負は、避けたいはず。


 僕と目線を交えつつ、クラウディが口を開く。


「……サブロー殿。魔法も使えるとは……貴方には、本当に感服いたします。けれども、これ以上の狼藉(ろうぜき)は控えてください」

「僕も望んで、このような真似をしている訳ではありませんよ。クラウディ様」

「背後のメイドを、どうあっても(かば)うと?」

「……シエナです」

「え?」

「彼女の名前は、〝シエナ〟です」


 僕はクラウディの強さに敬意を、その人柄に好感を抱いている。だからこそ、彼にはシエナさんのことを〝名も無き召使い〟として認識して欲しくない。


「……なるほど」

 クラウディが頷く。


「しかしながら、サブロー殿。忘れては居りませんか? シエナは、バイドグルド家の奉公人です。彼女の処遇を決める権限を持つのは、当家です。貴方は、部外者に過ぎません」

「それは……」


 言葉に詰まり……僕は苦笑する。


「もっともな(おっしゃ)りようですね」

「納得いただけましたか? でしたら、シエナを引き渡してください」

「それは、出来ません」

「サブロー殿!」

「クラウディ様……僕は、こう考えるのです。〝人を救うのに、理由は要らない。道理なんて、後からついてくる〟――と」

「貴方という人は……」


 クラウディは、嘆息(たんそく)する。


「サブロー殿。そのシエナは、貴方にとって、己が命を、名誉を、未来を懸けるに(あたい)するほどの人間なのですか?」

「勿論です」


 躊躇なく、肯定する。


「サブロー殿のほどの方が、どうしてそのように思い詰めてしまわれたのか……自分には、分かりませんね……」

「そんなことは無い(はず)です、クラウディ様。僕にとってのシエナさんは、貴方様にとってのオリネロッテ様……」

「オリネロッテ様?」


 クラウディが、いきなり殺気立つ。目つきが鋭くなり、物言いに剣呑(けんのん)さが混じる。

 ――シマッタ!


「……サブロー殿。貴方はオリネロッテ様と、そこのメイドが、同等の存在だとでも言いたいのですか?」


 迂闊(うかつ)にオリネロッテ様の名を口にするなんて。我ながら、(おろ)かにも程がある。


 クラウディの騎士としての誇りに不用意に触れる――地雷を踏んでしまった。

 く! 凄い、圧迫感(プレッシャー)だ。


「サ、サブローさん……」

 背後から、シエナさんの怯える声。


 たじろぐな! 守るべき人が居るんだ。毅然(きぜん)としろ!


「同じ……とは、申しません。しかし僕は、優劣をつけるつもりはありません。オリネロッテ様もシエナさんも、等しく――」

「等しく……?」


 これは……告げても良い内容なのか? クラウディは、オリネロッテ様の専属護衛騎士。普段は思慮深い人物ではあるが、オリネロッテ様のこととなると――


 いや、退()けないな。話をしている相手がクラウディだからこそ、誤魔化しは無しだ。

 彼とは正々堂々、向き合いたい。それが結果として、命がけの衝突へ発展するとしても。


 僕がクラウディへ語りかけようとした、その時。


「クラウディとサブローさん……楽しそうなお話をしているのね。私も交ぜてくれないかしら」


 一片の汚れも感じさせない、澄み切った声が耳を貫く。

 僕の炎環によって上がった、室内の温度。その熱気が急激に冷めていく――そんな錯覚を抱いてしまうほどの、玲瓏(れいろう)たる響き。


 僕とクラウディは、声の方角へ顔を向ける。2人揃って、慎重な動作で。

 見ないうちから、誰が居るのか悟る。


 予想に(たが)わず。

 僕の瞳に映ったのは、『バイドグルド家の宝石』とまで呼ばれる美貌の令嬢――――オリネロッテ様だった。こんな修羅場へ足を踏み入れているにもかかわらず、(いささ)かも優雅な物腰を崩してはいない。


 なんで、彼女がココに――?

 オリネロッテ様の隣には、ミーア。2人の少女の後ろに、アズキとヨツヤさん。


 ミーアがオリネロッテ様を連れてきたのか? 今より更に、状況が悪化するのを防ぐために? 

 侯爵邸の内部においては現在、間違いなく、厳しい警備体制が敷かれていただろうに。


 ミーア……僕とシエナさんを救おうと、危ない橋を渡ってくれたのか……。


 僕がミーアへ感謝の視線を送ると、彼女は嬉しそうにコックリと頷いた。


 けれどオリネロッテ様がどのような心積もりなのかは、未だ不明だ。白鳥の戦場への降臨――それは吉と出るか、凶と出るか……?


 フィコマシー様が、オリネロッテ様へと振り向く。

「オリネロッテ、来てくれたのね! ……ありがとう」

「お姉様……」


 オリネロッテ様がフィコマシー様へ歩み寄ろうとし――足を止める。側へ寄りたいのに、近づけない……そんな雰囲気を感じる。


 金の髪に碧玉(へきぎょく)の瞳の姉。

 銀の髪に翠玉(すいぎょく)の瞳の妹。

 侯爵家姉妹の間には、まだ僕の知らない何かがあるのだろうか?


 侯爵が叫ぶ。

「オリネロッテ、何故このような場所へ来た! お前には謹慎を命じていたはず。すぐに自室へ戻れ」


 ナルドット候……僕が魔法を発動して事態が切迫し、自身の命が際どい局面になった時でさえ、彼は冷静な言動を保ちつづけていた。しかしオリネロッテ様の登場に、その語調は乱れる。

 一方、次女は、父親に叱られても全く焦りの色を見せない。落ち着き払っている。


「あら、お父様? この騒ぎには、先日私が襲われた事件も関係しているのでしょう? 私も、自分が(さら)われそうになった原因について知る権利はあると思うの」


 オリネロッテ様の発言を受け、騎士団長がすぐさま見解を述べる。


「その問題に関しましては、首謀者はキドンケラ子爵、手引きしたのはフィコマシー様づきのメイドであるシエナということで、真相は判明しております」


 フィコマシー様が怒りの声を上げる。

「そのような事はあり得ないと、何度言えば――!」

「お姉様」


 妹が手を軽く上げ、姉の激情を制する。


「ユグタッシュは、こう言ってるけど……そうなの? シエナ」


 オリネロッテ様の問いかけに、シエナさんは咄嗟に反応できない。僕の背後に居るため、直接その様子を確かめた訳ではないが……彼女は動揺――いや、戦慄(せんりつ)しているな。


 ……シエナさんの気持ちが、少し分かる。

 一見、オリネロッテ様はシエナさんへ助力を申し出ているかのようだ。


 けれど。


 オリネロッテ様の天真爛漫(てんしんらんまん)な表情、無邪気な話しぶり――妙に現実離れした彼女の態度は、暴力のニオいが満ちている室内の状況に余りにもそぐわず――どこか異様だ。


 自身が興味を惹かれる事柄以外には、まるで価値を認めていない。

 大空を舞う白鳥が、地上における虫同士の争いを冷笑しつつ眺めている。


 ――――そんな印象を受ける。


 シエナさんは、真っ直ぐで堅実……常識的な感性の持ち主だ。

 歯車が微妙にズレているかの如きオリネロッテ様の振る舞いに、安心よりも、むしろ恐怖を覚えてしまったに違いない。


「わ、私、は……」

「シエナさんは、無実です」


 満足に口がきけないシエナさんに代わり、僕が答える。


「あら? サブローさん」

 オリネロッテ様は驚いた顔になり、軽く胸へ手を当てた。あたかも、僕が居ることに初めて気付いたふうな素振(そぶ)りを見せ――続けて、面白そうに目を(またた)かせる。


「サブローさんは強い剣士であり、その上、魔法使いでもあったのね。火の魔法を見事に操って……ふふっ。本当にサブローさんは凄い人ね。でも、この部屋は、ちょっと暑すぎではないかしら。炎を消してくださらない?」

「それは……」


 僕が言葉を(にご)していると、オリネロッテ様はクラウディへ眼差しを向けた。


「クラウディ」

「ハ!」

「貴方は、少し下がって。構えを緩めなさい」

「…………」

「ほんの僅かな時間で良いの。私に、この場を預からせて」


 オリネロッテ様の頼みを受け、僕とクラウディは互いの進退を注意深く(うかが)い合う。

 緊張の一瞬。そして―――

 クラウディが剣の(つか)から手を離すと同時に、僕は左腕を下ろした。火魔法の発動も、一旦収める。


 大広間に張り詰めていた空気が、やや緩和される。

 とは言え、問題解決への糸口が掴めていない情勢に、何ら変わりは無い。


 オリネロッテ様は少し(うつむ)き、考え込む。それから、おもむろに口を開いた。

「シエナは濡れ衣を着せられている――〝冤罪(えんざい)〟だと、サブローさんは主張しているのね?」

「その通りです」

「挙げ句、サブローさんはシエナを庇って、我が家の騎士たちと戦った……命懸けで……シエナは、サブローさんのお気に入りなのね。ちょっと羨ましいかも」


 クスクスと笑う、オリネロッテ様。

 シエナさんが身体を固くする気配が、背後より伝わってくる。


「オリネロッテ! ふざけている場合では無いぞ!」

「興奮なさらないで、お父様。私は、別にふざけてはいませんわ。本心から、そう思っていますのよ。……それで」


 オリネロッテ様は侯爵のほうへ向き直り、口調を改めた。


「お父様やユグタッシュは『シエナが、お姉様と私、どちらへの襲撃事件にも関与していたのは間違いない』――そのように考えているのですね?」

「こちらには、キドンケラ子爵の証言という、有力な証拠がある」

「キドンケラ子爵……」


 珍しく、オリネロッテ様が不快そうな表情になる。


「あの方の証言など、そもそも信用できるのですか?」

「しかし子爵の口から、〝シエナ〟というメイドの名前が出たのは事実だ」

「でも、不自然だわ。シエナが、私に(・・)対しては(・・・・)ともかく(・・・・)、お姉様の身を危険に(さら)すような真似をするはずは……」

「あのね、ロッテ(じょう)。なんかアチラ側の計画が実行される段階で、イロイロな手違いがあったみたいなんだよ。いやはや。何に限らず、予定通りに進むってことは、なかなか無いもんだよね」

 

 アルドリューが、父娘(おやこ)の会話に口を挟んでくる。

〝ロッテ()〟……か。さすがに厚顔なアルドリューも、ナルドット候の前で、彼の愛娘(まなむすめ)であるオリネロッテ様を、なれなれしく『ロッテちゃん』と呼ぶのは自重せざるを得なかったらしい。


 オリネロッテ様の緑色の瞳と、アルドリューの青鈍(あおにび)色の瞳。

 双方の目線がぶつかる。


「……アルドリュー様。そうね。何事も(・・・)、思い通りになるなんてこと、ある訳ないわよね」

 オリネロッテ様が意味深(いみしん)に呟く。


「ねぇ、サブローさん」

「なんでしょう? オリネロッテ様」

「サブローさんは〝シエナは無実〟であると、信じておられるんですよね?」

「無論です」

「それならば、シエナの身の潔白を、サブローさんが証明してください」

「え! 今、ココで――ですか?」

「ハイ。今、ココで。そうしたら、私もシエナの助命を、お父様へお願いしてみるわ」


〝良いアイデアでしょう?〟と言わんばかりに、オリネロッテ様が純真無垢な笑顔を向けてくる。が、その提案の中身は――――

 彼女も、そんな解決方法は実現不可能と分かっているはず。


「サブローさん、頑張って」

 (ほが)らかな、オリネロッテ様の声。面白がっている?


 くそ! 彼女は裁判を、無実の証明を、それが出来なかった末に起こるであろう殺し合いを、単なる遊び――オママゴトだとでも思っているのか!?


 ……まてよ。オママゴト――?

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― 新着の感想 ―
ここまでハッキリ言ってしまうと、シエナルート確定コースですね〜。 シエナがその気になって行動した時に「実は違う」なんてやったら最低ですし、刺されても文句は言えないの。ヤッタネシエナ! (・∀・) 声…
[良い点] 何かひらめいたようですね、この先がとても楽しみな幕引きでした。そして、オリネロッテ様は本当に読めない(笑)クラウディも正気か狂ってるのか微妙で、駆け引きがとても面白かったです。 [一言] …
[一言] 白鳥の仲裁 オリネロッテさま、本当に一筋縄じゃいかない……かかってるのがフィコマシーさまの命だったら違ってたんだろうけど、シエナは彼女の心を動かさない オママゴト。これが冤罪をはらすためのヒ…
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