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異世界で僕は美少女に出会えない!? ~《ウェステニラ・サーガ》――そして見つける、ヒロインを破滅から救うために出来ること~  作者: 東郷しのぶ
第六章 雨中の決闘

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最低の私

 前半はシエナ視点、後半はミーア視点です。


(死にたくない――――!)

 (まぶた)を閉じ。

 心の中で、そう叫びつつ。

 鋭い刃が己が肉体に食い込む苦痛を、シエナは覚悟した。


 が、痛みは襲ってこない。代わりに感じたのは、側面よりぶつかってくる大きなモノ(・・)。いきなりで。でも温かくて、頼もしくて――

 ギュッと。

 彼女の身体は、誰かに力強く抱きしめられた。それと同時に、物凄い勢いで横っ飛びに宙へ浮く。


(え! 何が起こって――?)

 混乱する、シエナ。


 衝撃。

 床に身体を打ち付けたようだ。しかし、痛くない。自分を抱擁した誰かが――――


(私を庇う体勢で、落ちた?)


 こんな真似が出来るのは――

 こんな事をしてくれるのは――

 それは、たった1人――


 シエナは目を開く。

 すぐ間近に、サブローの顔があった。


「大丈夫ですか? シエナさん」

 サブローが微笑む。


(ああ……サブローさん……)


 事態の急転に頭が回らないシエナを腕に抱いたまま、サブローが素早く立ち上がる。そして、サッと警戒の構えを取る。少女を背後に守護し、彼の視線が向かう先は――――


「サブロー……という名だったか? 自分が何をしているのか、理解しているのか?」


 ランシスは低い声で語りかける。振り下ろした剣が空を斬ったことに、怒りを感じているらしい。


「ええ。充分に承知していますよ」

「今なら、まだ軽い罰で済むぞ。背後の女を、こちらへ差し出せ」

「お断りします」

「哀れみか? 同情か? ……それとも、英雄ごっこのつもりか?」

「そのいずれでも、ありませんよ。強いて言うなら、義憤(ぎふん)でしょうか」

「義憤だと?」

「ハイ。無実の女性が殺される……そのような非道をむざむざ見過ごすなんて振る舞い、とても僕には出来ませんでした」

道化(どうけ)だな」


 嘲笑(あざわら)う、ランシス。


「そうかもしれませんね。けれど、僕の故郷には『()を見てせざるは、(ゆう)無きなり』という格言(かくげん)がありましてね」

「ほう」

「まぁ、早い話が〝ヘタレにはなりたくない〟ってことです」


 サブローは殊更に軽い口調で述べている。

 今、シエナの目に映るのはサブローの背中のみ。しかし、彼女には分かった。


(サブローさん、緊張している。それも、極度に)


 当たり前だ。シエナを庇ったことで、サブローは公然と侯爵家へ歯向かった形になっている。しかも現在、向かい合っているランシスが剣を構えているのに対して、サブローは素手。少年のほうが、圧倒的に不利だ。


(お屋敷へ入る際に、サブローさんは武器を取り上げられてしまったはず――)


 自分は、このままサブローに守られているだけなのか? それで、良いのか?


 シエナは身体を、僅かに横へずらす。

 こちらへ向かって長剣を突きつけているランシスの姿が、視界に入った。さすがに、練達の騎士だ。シエナもレイピアの訓練に励んできたから、イヤでも分かってしまう。

 気を引き締め直したのだろう。彼の姿勢には、一分(いちぶ)の隙も無い。


(いくら、サブローさんでも、素手では……)


 冷たい眼差しをサブローへ向けつつ、ランシスが侯爵へ問いかける。

「侯爵様。如何(いかが)いたしましょうか?」

「構わん。罪人を庇い立てする者は、同様に罪人だ)

「かしこまりました。この少年も、まとめて処分いたします」


(な――――)


 シエナが息を呑んだ次の瞬間。ランシスが、猛然たるスピードでこちらとの距離を詰めてきた。そして長剣を振るい、斬りかかってくる。標的は、サブロー。

 少年に〝剣を()ける〟という選択肢は無い。背後には、守るべき少女が居るのだ。


 サブローは対抗し、上段蹴りを放つ。腰を回転させながら、真正面へ向かって右足を振り上げ――


(無茶よ、サブローさん!)

 シエナは心の中で悲鳴を上げる。サブローの足が、ランシスの剣によって切り落とされてしまう。そんな無残な結果しか、少女には予想できない。


 だが――

 少年の戦闘能力は、少女の想定を軽々と超えてきた。


 剣の(つか)を握りしめる、ランシスの両拳(りょうこぶし)。宙を切り裂くサブローの足先は正確に、その一点を狙っていた。

 サブローの鋭い蹴りを受け、ランシスの両腕は頭上まで跳ね上がる。


「ぐ――小僧!」

 剣撃は(はば)まれた。よろけはしたものの、剣を手放す醜態までは見せないランシス。けれど屈辱を覚えたのか、騎士の顔面は紅に染まっていた。


 体勢を立て直そうと、ランシスが1歩後ろへ下がる。それと呼吸を合わせるかのように、サブローも後退する。


(え? サブローさん?)


 サブローがシエナのほうへ後ろ手に、左腕を差し伸べてきた。視線は以前、ランシスへ向けたままだ。


(サブローさん……私に、何かを渡せと要求している――?)


 そこでハッと気付いたシエナは、己が袖の中に隠し持っていた暗器の縫い針を取りだし、サブローの手に握らせた。

 シエナの指先が、微かにサブローの掌に触れる。少年の肌の熱さを、少女は感じた。


 サブローは一瞬だけ振り向き、シエナへ優しく笑いかけ――――前方へと走り出した。


 待ち構えていたランシスがタイミングを見極めて、斬撃に出る。ランシスとて、武勇に優れた騎士。もう、油断は無い。


 疾走するサブローの身体は、前傾(ぜんけい)だ。これなら、容易に蹴りは放てない。(こぶし)を繰り出してきたところで、自分の剣が届くのが先だ。――そう、騎士は考えたに違いない。


 しかし。

 サブローの狙いは、今度も同じ箇所。凄まじい速度で襲ってくる剣を間一髪で(かわ)し、敵の(ふところ)へ飛び込む。そして躊躇なしに、巨大な縫い針をランシスの拳に突き立てた。


 騎士は籠手(こて)()めてはいない。無防備な手の甲を、針が(えぐ)り、鮮血が飛び散った。


「グッ!」

 ランシスが苦痛の呻き声を上げる。

 構えを崩す敵の騎士へサブローは体当たりを喰らわすや、すかさず、対手(たいしゅ)の握力減少に乗じて剣を奪い取ってしまった。


 そのあまりにも見事な手技(てわざ)に、侯爵も、室内の騎士たちも驚愕する。表情を変えなかったのは、僅かに2人――アルドリューとクラウディのみ。一方はニヤニヤと笑い続け、もう一方は冷静な顔つきを保つ。


 失態を演じてしまったランシスは、徒手(としゅ)であるにもかかわらず、なおもサブローへ立ち向かおうとする。そんな彼へ、騎士団長が〝待った〟の声を掛けた。


「ランシス、下がれ!」

「ユグタッシュ様……ですが!」

「命令だ。これ以上、無様(ぶざま)な真似を晒すな」

「ハッ!」


 悔しげにサブローを睨みつつ、ランシスが引き下がる。彼の右手からは、血が溢れて床へ(したた)り落ちていた。


 サブローは、ランシスより奪った剣を構える。とは言え、サブローのほうから敢えて攻撃を仕掛けるつもりは無いらしい。切っ先を下へ向けている。あくまで、シエナを守ることに徹している。


 つかの間、大広間を沈黙が支配した。


 少年が、おもむろに口を開く。今しがたの衝突を忘れたかのような、落ち着いた声音(こわね)だ。


「侯爵様。お考え直しくださいませんか?」

「何をだ? サブロー」


 サブローからの問いかけを無視するかと思いきや、意外にも侯爵はサブローへ言葉を返す。


「シエナさんに対する罰を撤回してください。先程も述べたとおり、彼女は無実。濡れ(ぎぬ)を着せられただけです」

「ふん。仮にそのメイドが潔白だったとして、どうやって証明する気だ? こちらにはキドンケラ子爵の自白という、有力な証拠があるのだぞ」

「それは……」

「無実の証明など、出来ぬだろう?」


 侯爵とサブローが問答を交わしているさなか、騎士たちの多くは移動していた。いつの間にか、サブローを半円形に囲んでいる。

 サブローの実力を目の当たりにし、彼らは警戒レベルを最高度に上げている。数を(たの)んで(あなど)るような雰囲気は、全く無い。足並みを揃え、集団で襲いかかってくるつもりなのだろう。


 抜剣してサブローの周囲に展開する、バイドグルド家の騎士たち。その中に、リアノンの姿も見える。相変わらず、右目に眼帯をしている。


「リアノンさん……」


 サブローが穏やかに話しかけると、長身の女騎士は苦しそうに顔を歪めた。


「サブロー、お願いだ。投降してくれ。私は、お前とは戦いたくない」

「投降したとして……どうなります?」

「今だったら、きっと、何とかなる。私が、どうにかするから! 一緒に、侯爵様へ謝ろう。な?」

「僕はまだ良いとして……シエナさんは?」

「メイドは……」


 リアノンは途方に暮れる表情になった。帰り道に迷う、幼子のよう。


「リアノンさんも、シエナさんに罪があると思っておられるのですか?」

「…………」


 リアノンは返答しない。しかし、シエナにはそれだけで充分だった。バイドグルド家の騎士であるリアノンが、〝シエナに罪あり〟とした侯爵の判断を肯定しない。その行為がどれだけの重さを持っているかは、同じバイドグルド家に仕えるシエナには理解できる。


 けれど、サブローはその機微(きび)を察することが出来ないようだ。リアノンを更に問い詰める。

「どうなのですか? リアノンさん」

「…………」

「このままでは、シエナさんは殺されます。僕は、それを看過(かんか)できません」

「そうだな。サブローは、そういう男だったな……」


 リアノンは(あえ)ぎ、それでも言葉を絞り出す。


「……だが、私もバイドグルド家の騎士。侯爵様の命を受けた上は、退くことなど出来ん。〝分かってくれ〟とは言えないが……」

「分かりませんね。僕は、バイドグルド家から恩を受けた身ではありませんので…………好きにさせてもらいます」

「どうしても……か?」

「どうしても……です。リアノンさんが『〝メイドのシエナ〟を見捨てたところで、己の騎士道に照らし、なんら恥じることは無い』と心底信じておられるのなら、遠慮なく掛かってきてください」

「――――っ!」

「お偉い騎士様は、平気で知り合いのメイドを見殺しに出来る……勉強になりますね」

「あ……う……」

「さ、どうぞ。ご自慢の剣を振るってください」

「…………」

 

 黙り込み項垂(うなだ)れてしまう、リアノン。

 サブローのセリフは、異常なまでに辛辣(しんらつ)だ。 


(いつものサブローさんらしく無い……)

 シエナは(いぶか)る。


 リアノンは、剣を不器用に構えたまま身体を固くしている。顔を上げるが、その隻眼に迷いの色が見え始めた。

 

(――そうか!)

 シエナは悟った。

(サブローさんは、リアノンさんと戦いたくないんだ。それで、敢えて手厳しい言葉を投げつけることで、リアノンさんの戦意を()ごうとしているんだわ)


 サブローにとっては、会話も戦闘の1手段なのだろう。

 実際、少年の言葉責めによって女騎士の闘志は(しぼ)んでしまっている。


 しかしながら、これはリアノンがサブローやシエナへ親近感を抱いているからこそ効果を発揮した戦法。

 他の騎士には、通用しない。


「――――斬れ!」

 騎士団長の断固たる掛け声を受け、サブローを取り囲んでいた騎士たちは――ただ1人、リアノンを除き――一斉に斬りかかってきた。


 右に左にと、サブローは絶え間なく襲いかかってくる刃をことごとく弾き返す。


 室内に響きわたる、剣戟(けんげき)音。サブローの剣は、騎士たちの剣の数倍の速さで動いている。多数で攻撃している騎士たちのほうが、ともすれば1人の少年に圧倒されているかのようにさえ見える。


 けれど。


(そう。それは、ただの錯覚)

 武芸の修練においてサブローや騎士たちにはるかに及ばないシエナにも、実状は分かる。


 単独で戦うサブローには、刹那(せつな)の気の緩みも許されない。

 対して、人数に余裕のある騎士たちは、入れ替わり立ち替わり攻勢を仕掛けられる。


 かつてサブローは、ナルドットへ向かう街道上で、10人近くのバイドグルド家の騎士たちを一度に相手したことがある。あの時、サブローは長棒を自在に操り、剣を掲げて攻めてきた者たちを瞬く間に制圧してしまった。それほどに、サブローは強い。


 しかし、今回は状況が違う。

 あの折より敵対する人数は多く、更に騎士の顔ぶれも異なっている。現在サブローが戦っている相手は、バイドグルド家騎士団の中でも特に腕が立つ精鋭揃い。加えて侯爵の御前(ごぜん)であり、騎士たちは通常以上に勇み立っている。


 それでも、サブローは(ひる)まない。果敢に善戦する。


 幸い、バイドグルド家最強の騎士であるクラウディは持ち場に留まっている。騎士団長やキーガン、呆然と(たたず)んだままのリアノンも、攻撃に加わる様子は見せない。


 サブローの剣さばきは、敏速にして峻烈(しゅんれつ)。既に数人の騎士が手傷を負い、退却へと追い込まれた。サブローもシエナも、未だ無傷あるにもかかわらず。


 が、所詮は多勢対1人。しかも、足手まといのシエナを守りながらの戦闘。

 いずれ、サブローが力尽きてしまうのは確実だ。


(そうなったら――)


 サブローは、斬られてしまう。死んでしまう。


(私のせいで)


 そんなこと、許されない。

 そんなこと、絶対にあったらダメだ。


 騎士たちの攻勢が止む。

 サブローの奮闘に直面し、一旦退いて、包囲の陣形を作り直そうとしているらしい。


 シエナは、サブローの背中を見つめる。

 少年の両肩が、呼吸のたびに激しく上下する。


(滅多に弱みを見せないサブローさんが……。疲労を隠せなくなっているんだわ……)


 使える時間は、僅かしか無い。

 今がおそらく、サブローを助けられる最後のチャンス。


 シエナはサブローへ語りかけた。

 感謝と謝罪の気持ち、秘めたる恋慕の想いを声に込めて――


「サブローさん……サブローさん。もう良い……もう、良いのです」

「シエナさん、何を……」

「もう、充分です」

「充分?」

「これ以上、サブローさんを巻き添えにする訳には……。私が……を、受け入れてしまえば」 


 さすがに『死を(・・)、受け入れる』とは口に出来ない。


「そう……私が……を受け入れてしまえば、お嬢様の身の上も、取りあえずは(つつが)なく……」

「…………」

「私の身を、侯爵様たちへ差しだしてください。そうすれば、サブローさんへのお(とが)めも軽くなるはず……」

「…………」


 少女の切々とした訴えに、少年は返事をしない。


「こんな私のために、ここまで一生懸命になってくださって……ありがとうございます。心より感謝しています。本当に……本当に私、貴方に会えて良かった」

「…………」

「ですから、サブローさん」

「黙れ」

「え?」

「黙っていろ! シエナ!! 黙って、全部、俺に任せろ!」


 サブローが、怒鳴る。


 サブローがシエナに怒ったのは、初めてだ。

 シエナの名を呼び捨てにしたのも、初めてだ。


「俺が、お前を救ってやる。だからお前は、ただ俺を信じていろ!」


 普段のサブローからは想像も出来ないほどの、傲慢(ごうまん)なセリフ。

 シエナの身と心が、震える。


(……酷い女。私ったら、最低だ)


 サブローが、自分を叱ってくれる。

 サブローが、自分に怒ってくれる。

 サブローが、自分の名を呼び捨てにしてくれる。

 サブローが、自分のために必死になってくれている。


 それが――それが、こんなにも(・・・・・)嬉しいなんて(・・・・・・)



 サブローが騎士たちと対峙する中。

 ミーアは、フィコマシーの側に居た。マコルがそこへ、導いたのだ。室内の状況は混乱しきっている。侯爵令嬢の近くに寄ったほうがミーアの安全は確保できる――そのように、マコルは思案したに違いない。


(サブロー……シエナ……アタシは、どうしたら良いのニャ)

 ミーアは懸命に考える。尻尾の先端部分が、ピクピクと動く。


 シエナを助けたい。

 サブローの力になりたい。


 しかし、良い知恵など浮かぶはずもない。ミーアは自分の無力さが、もどかしかった。

 そんな焦り気味の猫族少女へ、侯爵令嬢がソッと(ささや)きかける。


「ミーアちゃん……ミーアちゃんに頼みがあるの」

「ア、アタシに?」

「そう。ミーアちゃんにしか出来ないこと」


 フィコマシーは、わざとミーアのほうへ顔を向けていない。

 自分がミーアへ話しかけていることを、周辺の騎士たちに悟られたくはないのだろう。けれど固く握りしめられた白い拳から、その真剣さは(うかが)える。


 ミーアは、フィコマシーの人柄を知っている。その優しさを、信じている。

 即座に了承した。


「アタシは、何をすれば良いニョ?」

「ミーアちゃんは、オリネロッテの私室を訪れたことがあるのよね?」

「うん。サブローと一緒に。お屋敷の2階だったニャン」

「今、オリネロッテは、その2階の部屋に居るわ。お願い、ミーアちゃん。オリネロッテを、ここへ連れてきて」

「オリネロッテ様を?」

「この場を収められるのは、オリネロッテしかいないわ。でも、(わたくし)は動けない。だからミーアちゃんが……」

「……分かったニャ、フィコマシー様。アタシ、頑張るニャン」


 ミーアが、コクリと頷く。……ミーアは、オリネロッテのことを嫌ってはいない。そもそもミーアに〝誰かを嫌う〟という感覚は無い。

 しかし、苦手ではある。

 あの吸い込まれそうな緑の瞳に見つめられると、ミーアの胸の中はいつもザワザワする。そして、(ほの)かな怖れの念を抱いてしまう。フィコマシーの青の瞳には、こんなに親しみを感じるのに。


 したがって猫族の少女は、侯爵家の次女に積極的に会いたいなどとは思わない。けれど、今はそのような個人的な感情は棚に上げてしまうべき時だろう。


『サブローとシエナのピンチを救うのに、オリネロッテの力が必要だ』

 ――そう、フィコマシーが言うのなら。

『オリネロッテを、ここに連れてきて』

 ――そう、フィコマシーが自分に願うのなら。


 ミーアはその頼みに全力で応えるだけだ。


 サブローと騎士たちとの戦闘が再び始まる。

 もはや、一刻の猶予も無い。


 とは言え、フィコマシーとミーアの周りにも、未だ数人の騎士たちが立っている。彼女らを見張っているのだ。もしミーアが妙な動きをしたら、たちまち彼らに取り押さえられてしまうに違いない。


(どうするニャ?)

 如何なる方法で大広間を抜け出せばいいかミーアが迷っていると、彼女の肩へポンと誰かが手を置いた。

 見上げると、そこにはマコルの顔が。ニッコリと笑っている。


「ミーアちゃん、心配しないで。私に任せてください」

 どうやら、マコルはフィコマシーとミーアの会話を聞いていたようだ。


「ニャ? でも、マコルさん――」

 ミーアはマコルへ、その意図を尋ねようとする。


 しかし、マコルは口角を上げながらフィコマシーとミーアへ目配せをし、更にゆっくりと首を横に振って――――突然、大声を上げた。


「うわあああああ! なんで、なんで、こんな事に。私はただの商売人です。事件とは何の関係もありません」


 商人の男は見苦しく喚き、大広間から逃げだそうと駆け出す。ドタドタと足音を立てながら。


「私は、帰らせていただきます。訳の分からない騒動に巻き込まれて死ぬなんて、まっぴらゴメンだ!」

「お、おい。商人、落ち着け」


 ミーアたちの近くに居た騎士たちが、マコルを追いかける。

 マコルは出入り口に到達するや、閉じられている扉の取っ手を素早く掴み、ガチャガチャと動かした。興奮状態の商人に困惑し、まずもって(なだ)めようと、騎士たちが周りを囲む。


 それが、より一層、事態を悪化させた。


「ぎゃああああ! 騎士様がた、お願いです。殺さないで~」

「おい、静まれ。お前を殺すわけ無いだろ」

「ひいいいいいい!」


 パニックに陥っているとしか思えない、マコルの狂態(きょうたい)

 フィコマシーとミーアは、マコルの目論見(もくろみ)を察する。身を屈め、音も立てずに走り出すミーア。


「ひゃあああああ! 助けてください。死ぬのはイヤだぁー!」


 大げさな言動で騎士たちの注目を集めつつ、マコルが強引に扉を開く。その瞬間、黒猫の少女はスルリと開口部分の僅かな隙間を通り抜け、大広間の外へ飛び出してしまった。

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― 新着の感想 ―
凄いエピソードで、シエナは悦んでしまってますね。 それだけサブローに助けられたことが嬉しいのでしょう。 (*´ω`*) サブローは内心、いっぱいいっぱいなんでしょうけど。 (。ŏ﹏ŏ) 白熱の戦闘…
[良い点] 緊迫した屋内戦闘、良いですね。とても楽しませて頂きました。それぞれがこの苦境をなんとかしようと必死な姿に、グッと引き込まれます。とても面白かったです。 [一言] 上手くまとまるのかしらと思…
[一言] 最低の私 わかる。最低だって思うけど、でも嬉しいよね! だから死なないで。諦めないで、シエナさん!! そしてケモナー、ナイスアシスト✨ さすがミーアの第一使徒!w
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