流されたくないアイランド(イラストあり)
★ページ途中に、登場キャラのイメージイラストがあります。
ミーアとともに《虎の穴亭》へ帰る。
すっかり、辺りは暗くなってしまったな。もう、夜だ。
「ただいま戻りました」「ただいまニャン」
僕とミーアが宿屋のラウンジへ入ると、内部は沈鬱な空気に包まれていた。
親父さん・お袋さん・バンヤルくん・チャチャコちゃん。一家4人が全員難しい顔をしつつ、テーブルを囲んでいる。
10歳のチャチャコちゃんでさえ、深刻な表情だ。気のせいか、ピンクの髪が艶を失っているように見える。
「ど、どうしたんですか?」
「どうしたニョ?」
僕とミーアが揃って声を掛けると、バンヤルくんとチャチャコちゃんは僕の側へ、親父さんとお袋さんはミーアの側へ、音も無く寄ってきた。
恐い。
「あ、あにょ?」
バンヤル一家の異様な雰囲気に、ちょっぴり怯えるミーア。そんな彼女へ、親父さんたちは優しい口調で語りかける。
「ミーアちゃん。何も心配は要らない」
「さ、お2階へ上がりましょうね」
ミーアを抱え込むようにして2階にある僕らの部屋へ連れていく、親父さんとお袋さん。
ハッキリ言って、拉致っぽい。
「え? ちょっと、待ってください」
追いかけようとする僕の肩を、バンヤルくんがガシッと掴む。
「サブローには、ここで大事な話があるんだ」
「……そうよ、サブローお兄ちゃん。ミーアお姉さまには聞かせられない、重要案件なの」
チャチャコちゃんの声の音程が、極度に低い。とてもじゃないが、10歳の少女が出しても許される低音ボイスでは無い。
ビビる。
「え、な、何?」
「皆。出てきてくれ」
バンヤルくんの呼びかけを合図に、奥の部屋よりゾロゾロと大勢の男性が現れた。
「あ、マコルさん。それに、キクサさんとモナムさんも!」
獣人の森からナルドットまで一緒に旅をした、懐かしい面々だ。更に――
「ええ!? リラーゴ親方?」
2日前にトレカピ河の港でお世話になった、親方や人夫さんたちの姿も見える。他にも見知らぬ男の方が何人か……。
総勢十数人の人間が部屋一杯に充満し、息苦しさを覚える。誰も口を開かず、全員で僕を見つめている。
「あ……あの……」
何だ? いったい、何があったんだ? 僕が何かしたのか?
そして一際長身の人物が、僕の眼前に立つ。
え? ひょっとして、エルフの――
「スケネーコマピさんじゃないですか。冒険者ギルドに居られなかったので、気にしていたんですよ。何故、《虎の穴亭》に――」
「サブロー同志」
コマピさんが、ズイッと僕へ近寄った。
「は? え? 何でしょう……?」
「どうして僕たち一同が《虎の穴亭》へ集っているのか、その理由が、未だに同志にはお分かりにならないのですか?」
「…………」
マコルさん達。リラーゴ親方たち。加えてコマピさん。ついでに、バンヤルくんとチャチャコちゃん……。
彼らに、どのような繋がりが……?
僕は懸命に考える。早く、正解を導き出すんだ!
ヤバいよ、このムード。
僕を半円形で包囲している人たちから発せられている圧迫感が、ハンパなさ過ぎる。身の危険を感じてしまうほどだ。
マコルさん、リラーゴ親方、コマピさん、バンヤルくん。種族も年齢も社会的立場も異なる、彼らの共通点と言えば…………共通点と言えば……共通点……ま、まさか、ケ、ケモ、ケモ、ケモケモケモ……ケモナー……。
コマピさんが、その細い目を光らせながら僕へ宣告する。氷のように、冷たい声音だ。
「サブロー同志、君は……君という人は! 本日のつい先程、大胆にも公共の路上にて人目も憚らず、いと尊きミーア様の御身を抱擁するという、空前絶後の暴挙に及びましたね!」
「あ、それは……」
「言い逃れは、許しません! ナルドットの各所で活動している秘密諜報員の1人がその現場を目撃し、《世界の中心で獣人への愛を叫ぶ会》と《世界の片隅から獣人を愛でる会》の幹部会へ報告を上げてきたのです。そしてこの緊急情報は、《叫ぶ会》と《愛でる会》の各メンバーへと速やかに通達されました。僕も関係者の1人として連絡を受け……仰天しましたよ。サブロー同志が、よもや、そのような神をも怖れぬ不敬を働くとは……」
そうか。コマピさんは、いつの間にか《叫ぶ会》か《愛でる会》のどちらかに入会していたんだね。納得…………って、待て待て待て! それ、オカしくない? 僕がミーアを抱きしめたのって、コマピさん自身が口にしているように〝つい先程〟だぞ!
なのに、僕とミーアが冒険者ギルドに着くより早く、コマピさんへ話が伝わるなんて、ケモナーネットワークの情報伝達速度はどうなってるの? それこそ、光の速さなのか?
いや、コマピさんだけじゃない。この知らせは、マコルさん達にも、リラーゴ親方たちにも、バンヤルくん一家へも……。
リラーゴ親方が、肩をコキコキと鳴らしつつ述べる。
「ウホッ。サブロー。お前は、人として成してはならぬことをした……ウホホ。人間失格ウホ」
そんな……ゴリラに〝人間失格〟と告げられるなんて。
「サブローくん、残念です」とマコルさん。
「サブロー。お前は、許されざる一線を越えてしまった」とキクサさん。
「トゥー、バッド」とモナムさん。
「くそ~、羨ましいぜ! 俺も、ミーアちゃんをギュッってしたかった!!!」とバンヤルくん。
うっかり本心を表明してしまったバンヤルくんは、マコルさん・キクサさん・モナムさんの先輩3人によってお仕置きされた。
チャチャコちゃんが、悲痛な眼差しで僕を見る。
「サブローお兄ちゃん。イケナイことしちゃイケナイと、ワタシは思うの」
ごもっともです。
く! 10歳の少女(しかもツインテール)に責められると、さすがに心が痛む。
キクサさんが、重々しげな声でマコルさんへ語りかけた。
「この話、《飾りじゃ無いのよケモミミは~、あっは~会(仮)》までは届いていないんですよね?」
「ハイ。その通りです、キクサ。幸運なことに。……《あっは~会(仮)》は、ケモミミと尻尾を自分の身体へ装着するのに一瞬の躊躇いも覚えない――そんな過激派連中の集まりですからね。もしもサブローくんが《ケモノっ娘美少女ランキング》3年連続第1位の栄冠に輝くミーアちゃんへ不遜な行為に及んだことを、彼らが知ってしまったら…………興奮のあまり、何をしでかすか予想も出来ません」
マコルさんが、なんか良く分かんないけど哀れみの目で僕を眺める。
自分の首に、見えない縄が掛かっているような気がしてきた。締め上げられる前に、シッカリ反論せねば!
「皆さん、話を聞いてください! これには理由が」
「被告人には、自己弁護の権利は与えられていません」
僕の抗議を、コマピさん……イヤ、コマピのヤツが一刀のもとに切り捨てる。まさしく、中世の暗黒裁判。容赦ないね。
ぐるりと一同を見まわす、トンチキエルフ。
「それでは、お集まりの同胞諸君。採決を行いましょう。サブロー同志……いいえ、サブロー被告がミーア様へ行った狼藉・愚挙・悪行について……有罪か無罪か?」
「有罪」
「有罪」
「有罪」
「有罪」
「有罪ウホ」
…………「無罪」って言ってくれる人が誰も居ない!? チャチャコちゃんは、黙ったままだけど。
自身の信望の無さに、泣ける。それとも、彼らのミーアへの崇拝の念が、僕の推定を遙かに超えて強いのか?
コマピのヤローは追求の手を緩めない。
「決しました。サブロー被告は、有罪です」
ああ、そうですか。
「続けて、犯罪者サブローへ科すべき量刑について、同胞諸君にご意見があれば」
とうとう罪人扱いですか。酷すぎる。
「ハチジョウ・アイランドへ流罪でしょうか」
「サド・アイランドへ流罪だな」
「オキ・アイランドへ流罪」
「キカイ・アイランドへ流罪だぜ!」
「オキノエラブ・アイランドヘ流罪ウホ」
流罪ばっかじゃね~か!
まぁ、死罪じゃないだけ、まだ皆には僕への情が残っていると考えても良いのかな?
ベスナーク王国の南方は海に面しており、刑罰として島流しにされる罪人も居ると耳にしたことは、確かにある。が、それにしても僕の流刑先として挙げられている地名、妙に聞き覚えがあるような気も……。
日本史関連の記憶を掘り起こす。……思い出した。
なるほど。後鳥羽上皇(13世紀、隠岐島へ配流)や順徳上皇(13世紀、佐渡島へ配流)と同じ待遇とはね。僕も、偉くなったものだ!
「ふむ。流刑は一致ですね。では、流す先の選定に入りましょう」
淡々と酷薄なセリフを吐く、コマピマン。この野郎。いつかボコボコにして、細切れピーマン、略して《コマピー》に変えてやる。
絶体絶命の僕。頼みのミーアは現在2階におり、まさか1階でこのような闇の審判が進行中とは想像もしていないはず。
誰か! ヘルプ・ミー!
すると、そこへ救いの手が!
「皆様。少し落ち着いて」
穏やかな声で発言したのは《虎の穴亭》の看板娘、チャチャコちゃんであった。
いつもと違って、言葉遣いが凄く丁寧だ。〝お客様・接待モード〟というヤツかな?
「良くお考えください、皆様。もしサブローお兄ちゃんを島へ流したら、ミーアお姉さまもついて行かれてしまうのではないでしょうか?」
「うっ!」
「あっ!」
「グッ!」
「なっ! チャチャコ、お前!」
「ウホッ!」
「おおお!」
チャチャコちゃんの鋭い指摘を受け、愕然とするケモナーご一同。
「それに、目撃者さんのお話を思い返してください。確か報告によると、お兄ちゃんに抱きしめられた時、ミーアお姉さまは恥ずかしがってはいても、嫌がる素振りは全く見せていなかったのですよね?」
「ううっ!」
「ああっ!」
「ググッ!」
「ななっ! チャチャコ、お前!」
「ウホウホ!」
「おおおおおお!」
10歳の少女の一言に、並み居る男たちは全員、胸を押さえて崩れ落ちる。
「だいたい、ミーアお姉さまの日頃の態度をご存じないのですか? サブローお兄ちゃんへ、ご自身のほうから積極的にスキンシップを取りにいっておられるではありませんか?」
「うううっ!」
「あああっ!」
「グググッ!」
「なななっ! チャチャコ、お前!」
「ウホウホウホ!」
「おおおおおおおおお!」
そして、チャチャコちゃんはトドメの一撃を放つ。
「男の嫉妬はみっともないと、ワタシは思うのです」
「うううううっ!」
「あああああっ!」
「グググググッ!」
「なななななっ! チャチャコ、お前!」
「ウホウホウホウホウホ!」
「おおおおおおおおおおおおおおお!」
10人を超える数の男たちが悲哀と絶望の叫びを上げながら床を転がり回る光景は、壮絶かつ、かなり見苦しい。
無残なり。
僕が処刑される前に、ケモナーマンたちが余さず処刑されてしまったよ。
「結局のところ、ミーアお姉さまの1番はサブローお兄ちゃんですものね」
「…………う」
「…………あ」
「…………グ」
「…………チャチャコ、お前……」
「…………ウホ」
「…………おおお」
チャチャコちゃん。その言葉は、とても嬉しい。嬉しいが……死体蹴りは、もう止めてあげて!
ケモナー総員討ち死に状態だよ。みんな、息をしてない。
「仮にお兄ちゃんをアイランドへ流したら、そこがお兄ちゃんとミーアお姉さまの〝愛ランド〟になっちゃう可能性も」
「流罪は撤回しましょう」
「流罪は撤回ですね」
「流罪は撤回」
「流罪は撤回だぜ!」
「流罪は撤回ウホ」
「流罪など、慈悲深きエルフである僕は最初から考えていませんでした」
コイツ等こそ、まとめて島へ流したい。……イヤ、それはそれで、〝ケモナーアイランド〟が誕生してしまう危険性があるか。
♢
結局チャチャコちゃんが庇ってくれたこともあり、僕の罰には執行猶予がついた。『大天使ミーア様のお身体に触れる際には、事前にミーア様から許可を得ておくこと。許しを得ずに玉体へタッチしたら、執行猶予は取り消される。但し、ミーア様のほうより接触される場合はノーカウント』と僕へ言い渡す、ケモナー連合軍。
知らんがな。そんなアホな通告、守るのは今晩限りだ。
ちなみにチャチャコちゃんは弁護の見返りとして「ミーアお姉さまへ、時々で良いからワタシをモギュッと抱きしめてくれるようにお願いしておいてね、サブローお兄ちゃん」と言ってきた。「あ、兄ぃには内緒よ」とも。
これからは、〝ちゃっかりチャチャコちゃん〟と呼ぶようにしよう。
チャチャコのイラストは、Ruming様(素材提供:きまぐれアフター様)よりいただきました。ありがとうございます!
次回から、6章のクライマックスパートに入ります。