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ハムスター専用回転車の如く 

 特訓地獄における鬼たちのシゴキは、連日連夜続いた。

 いや、地獄には昼も夜も無いんだが。


 睡眠も無ければ、休憩も無い。ここが現世なら身体をぶっ壊してアッと言う間にお陀仏だろうが、幸いというべきか不運というべきか、地獄の亡者はどれほどの責め苦を受けても死なないのだ。

 何故なら、もう死んでいるから。


 あれ? 僕、いま自分のことを『亡者』呼びしなかったっけ? 

 オカしいな。特訓地獄に来た当初は、異世界への限りない夢を抱いている若人(わこうど)を自認していたのに、いつの間に彷徨(さまよ)える亡者に成り果てているんだろう。


 レッドから始まりグリーンで終わる特訓のターンは、5回程度までは辛うじて耐えられた。

 我ながら、頑張ったと思う。


 10ターンを超える頃には心身ともに限界を突破し、泣きわめきつつの特訓となってしまった。

 我ながら、みっともない。


 20ターンを超える頃には疲労困憊のあまり、考える力を失った。流す涙も涸れ果てた。黙々と訓練を続けるオートメーションマシーンと化した僕。

 我ながら、人間を()めてるな。


 30ターンを超える頃には、特訓を受けるのが無性に楽しくなってきた。訓練中に笑顔を浮かべる機会が少しずつ増えている。

 我ながら、虚ろな笑みだが。


 40ターンを超える頃には、訓練が快感になってきた。もっと厳しい指導をして欲しいと鬼たちにお願いする。罵詈雑言や鉄拳制裁もウェルカムですよ! 

 自分の身体の中で、変なホルモンがドバドバ分泌しているのが分かる。我ながら、ヤバすぎる。


 50ターンを超える頃には、僕の胸の内で鬼たちへの感謝の思いが溢れだした。こんな惨めでヘタレで最低な僕に生まれ変われるチャンスを与えてくれて、ありがとう! 僕は必ず、みすぼらしいサナギから華麗な蝶へと脱皮してみせる。

 終わること無き訓練は、まさに僕にとって至福の経験だ。なんて幸運な僕! 

 我ながら……我ながら……。


 あれ? 何か僕の今の心理状態って、まさしく〝洗脳〟と称されるヤツじゃないのかな? 

 イヤイヤ、そんな馬鹿な……。



 レッドの体力特訓によって、僕はグラウンド100周を軽くこなせるようになった。今なら、フルマラソンにも出場できるだろう。

 しかし、良く考えると現世のマラソン選手たちは、こんな過酷な訓練を地獄に居る訳でもないのに当然のように行っているんだね。凄すぎるよ……。


 腹筋・背筋千回も、楽々さ! 


 但しウサギ跳びグラウンド100周に関しては、近代スポーツ科学の見解に基づいて中止を求めた。

 却下された上に、亀のごとき匍匐(ほふく)前進グラウンド100周を追加されたよ。

 レッドには、思考の柔軟性というものが欠けている。スポーツ指導者になるための適性は無いと、僕は判断した。


 ブルー先生の勉学特訓の成果は、ウェステニラの言語習得に顕著に現れた。人間・エルフ族・ドワーフ族・魔族の基本言語の他に、獣人族の各部族の言葉をも、僕は巧みに操れるようになったのだ。

 ブルー先生に「狐族と狸族が、どのような言葉を喋るか分かりますか?」と尋ねられたので、「狐族は語尾に『コン』を、狸族は語尾に『ポン』を付けるんでしょう?」と答えたら、「凄い! サブローは語学の天才ですね!」と褒められた。


 ちっとも嬉しくなかった。


 ちなみに獣人のブタ族とモンスターに分類されるオークは姿形がかなり似ているが、喋り方で見分けが付くそうだ。


「何も言わずに襲ってくるのがオーク、語尾に『ブー』を付けて友好的に語りかけてくるのがブタ族です」


 ブルー先生による心底どうでも良い雑学解説を聞きながら、その時の僕は〝ああ、豚カツが食べたい〟と思っていた。


 ウェステニラの通貨体系や度量衡についても、習う。一方で歴史や地理関連は『一から十まで何もかも知ってしまうと、転移したあとの楽しみが減ってしまう』とのブルー先生の考えにより、あまり詳しくは教えてもらえなかった。

 僕は旅行前にガイドブックをガッツリ読むタイプなんだけど、ここは先生の意見を尊重する。


 イエロー様による魔法特訓のおかげで、僕は光・闇・火・水・風・土という6系統の魔法を操れるようになった。イエロー様は、『魔素の濃い場所では強力な魔法を放てるが、魔素の薄いところでは魔法の威力が弱まるので気を付けるように』と注意してくれた。


 ウェステニラへ行った後は、魔法を攻撃手段としてよりも、生活する上でのサポート役に活用しようと僕は考えている。ウェステニラは、現代日本よりも科学技術面が遅れていることは確実だからね。

 そのために頑張って光系統に属する回復魔法を覚えたし、自在に指先に火を点したり、水を放出できるようにもなった。


 イエロー様の仰るところによると、火や水の魔法は別に指先にこだわらずとも、意識を集中させれば身体のどこからでも放てるようになるらしい。


「頭のてっぺんや口からでも魔法の放出は可能だ。訓練してみるか?」とイエロー様に提案されたが、丁重にお断りした。

 頭頂部より炎を噴き出したり、口から大量に水を吐き出すなんて、魔法使いと言うより手品師か下手すると変態扱いだよね?


 ブラックには、いろんな武器の使い方を教えてもらったなぁ……。

 剣・刀・槍・矛・弓それに鞭・縄・手裏剣から吹き矢などなど。金棒や石に関しては初めは戸惑ったけど、慣れてくると『これも、なかなか役に立つな』なんて思えた。

 シャベルは……アレは、無かったことにしよう。


 習得した武器の中で僕が最も気に入ったのは、棒だ。金棒じゃないよ、〝棒〟……長さが2メートルぐらいで、太さが均一のヤツ。

 棒の何が良かったのかって、『突けば槍、払えば薙刀(なぎなた)、持たば太刀(たち)』と言われるように汎用性が高いこと。それに、敵対相手を殺さずに制圧できる点。


 爺さん神は、『ウェステニラは人の命が軽い』って言ってた。


 ウェステニラへ行ったら、イロイロな揉めごとに出くわすかもしれない。

 その時、モンスター相手ならともかく人間と戦ったとして、僕には相手を殺したり大怪我させるだけの度胸があるかどうか分からない。


 別に僕は人道主義者じゃ無いし、ウェステニラの価値観にイチャモンを付ける気もサラサラないけど、人の命を奪わずにすむなら、なるべくそうしたいのだ。

 そのための武器として、棒は最適だと思う。

 ラノベとかで主人公が棒を主要武器にするのをあんまり見たことは無いけど、『西遊記』の孫悟空が使っていた武器も〝如意棒〟と呼ばれる棒だったし、棒は意外と由緒正しい武具だよね。


 あとブラックからは、包丁の武器としての扱い方も伝授された。正直、習うのがイヤだった……。

 同じ刃物でも剣や刀を振り回すのは格好良いのに、それが包丁だと途端に猟奇的になるのは何でだろう? 殺傷力は剣や刀のほうが大きいのに、変だよね?


 グリーンによる恋愛特訓は……うん……何て言うか……『鬼女相手に愛を囁きなさい』と言われてもなぁ……。

 無茶振りにも、ほどがあるだろう!!


「ブラウンの筋肉は、逞しいですね」

「オレンジの筋肉は、美しいですね」

「グレイの筋肉は、しなやかですね」


 と苦心惨憺、賞賛のセリフを捻りだしていたら、


「サブローは褒め方が下手ですね。別の女性へ述べたのと同じポイントを、賛美するなんて。お世辞では無く本心からであったとしても、女性への褒め言葉として、それはタブーですよ」とか単細胞(ミドリムシ)の野郎、ほざきやがった。


 鬼女相手に、筋肉以外のどこを褒めろと!?


 それでも訓練を重ねていくにつれ、それぞれの美鬼(ビキ)たちの違いがだんだん分かってきた。


 姉御肌のブラウンは、自分の強さに自信を持っている。

 ちょっとした加虐趣味があるっぽいオレンジは、比較的身だしなみに気を配るタイプで髪の手入れを欠かさない。

 グレイはユッタリした性格の持ち主で、人間のような弱い生物に対しても偏見があんまり無いみたい。


 僕はブラウン・オレンジ・グレイ、各々(おのおの)へ掛ける賛辞の内容に変化をつけてみた。

 もちろん、会話は1人1人、別のタイミングで行う。


「この地獄で、僕が頼れるのはブラウンだけです」

「オレンジの髪はホントに滑らかだね」

「グレイの側に居るとリラックスできるんだ」


 すると、どうだろう! 鬼女たちの僕に対する態度が軟化しはじめたのだ。

 え? なんで? これは、いったい……。


「サブローにはプレイボーイの素質がありますね。『モテ道』を(きわ)めることも、可能かもしれません」


 グリーンも、僕を評価してくれた。


「サブローのブラウンたちへの言葉に、嘘は無かった。だからこそ、相手の心に響いたのです。プレイボーイを目指すなら、〝女性に対する誠意〟と〝自己犠牲を恐れぬ勇気〟は必須です」


 恋愛特訓中、ひたすら自分に言い聞かせ続ける。

 ……やったぞ! このまま鋭意努力を続ければ、ハーレムを築ける男になれるかもしれない! 僕は、出来る男なんだ!


『僕って、地獄にまで来て何をやってんだろう?』なんて、ふと我に返っちゃいけない! 目前の美鬼を口説くために、思考をハムスターが転がし続ける回し車(ホイール)のごとく回転させるんだ! 余計なことは考えるな! 筋肉ムキムキの鬼女に囲まれながら、それぞれの個性に合わせて口説き文句を並べたてる自分を客観視しちゃダメだ! 鬼女との仲を深めつつある自分は、自分であって自分じゃない! 僕とは別の自分だ! つまりは、〝別人〟だ! 


 回し車(ホイール)を回せ! 回せ! 全力で回せ! 死んでるけど、死にもの狂いで回せ! クルクル。狂狂(くるくる)。クルクル。狂狂(くるくる)。頭がクルクル。くるくるパー……。


 なに? もう、止めろって? 頭がパーになるって? 現実を直視しろって? 大きなお世話である。逃避は、ときには最も有効な自己防御手段なのだ。


 恋愛の訓練を続けるぞ! 恋愛の・訓練を・続ける・ぞ! 恋愛の! 恋愛の。恋愛。恋愛……レ・ン・ア・イ………………。


〝恋愛〟って、何だっけ?

 サブローが壊れ気味ですが、異世界に行ったら治ります(多分)。

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生活魔法は便利なのかな? どんな魔法があるのか楽しみではあります〜! でも、トンカツが食べたいは酷いw (´ε`) 棒の選択は良いですね〜。刃先が無いから警戒されにくいし、リーチに優れて柄でも攻撃出…
[良い点] サブローの素晴らしい成長を見ることができてとても嬉しいです。普通に各能力を高められたようで偉かったと思います。訓練のしすぎで、ハイになるのもまた、私、そういうシーン見るの大好きです。とても…
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