ギルドマスター登場!
前半はミーア視点です。
♢
「猪八戒だ――――!!!」
サブローの叫び声が室内に響きわたった。突然の事態にミーアの尻尾は毛を逆立てつつ山形に曲がり、室内の他の人々も仰天する。
スケネーコマピが詰問してくる。
「ど、どうなさったのですか? サブロー同志。ミーア様が動揺なされておられるではありませんか。単なる現世の組織のトップに過ぎないギルド長への応対は、なおざりでも構いません。けれど、至高・至上・至尊の存在にして輝ける太陽たるミーア様への不作法は、仮初めにもあってはならないことです。天も地も僕も、女神の安寧を脅かす不心得者を見付けたら、決して容赦はいたしません。愚物は即座に処断します。肝に銘じておいてください」
「あ、ハイ」
立て板に水を流すが如き、狂信エルフの圧迫的弁舌。サブローはたじろぎ、畏まる。
コマピの言動は、誰がど~見ても、上役のギルド長より新人冒険者(にすらなっていない)ミーアのほうを尊重しているとしか思えないものだった。彼の中でどちらの優先順位が高いかは、一目瞭然である。
が、ギルド長は、スケネーコマピのトンチキ振りを特に問題視していない様子。
寛容にも、程がある。こんなイカレポンチの職員、雇用し続けて大丈夫なのか?
「スミマセン」
姿勢を正し、ギルド長へ謝罪するサブロー。どっかのネジが外れているエルフと比較して、随分とマトモである。
「ギルド長様のお姿が、僕がリスペクトしてやまない英雄にそっくりだったもので、思わず感激のあまり……」
口籠もる少年へ、ギルド長は穏やかな眼差しを向けながら流暢な人間語で語りかけた。
「ぶう。それは光栄です。なんと仰る方なのですか?」
「ハイ! 尊名は〝猪八戒〟。聖人の供をして衆生救済の旅を成し遂げた、偉大な勇者様なんです!」
「へぇ。初めて聞くお名前だけど」
スケネービットが興味深げな顔つきになる。弟の狂態は、見て見ぬ振りで〝無かったこと〟にしてしまった模様。
「ひょっとして、サブローのお師匠様の1人なのかにゃ?」
ミーアは未だに〝隠れ里で複数の師匠から訓練を受けた〟というサブローの出任せを信じているのだ。
「あ~……うん。直接、指導してくれた先生じゃ無いんだけどね。僕の憧れなんだよ。あんな風な(無責任で怠惰な、ブ~たれた)生き方をしてみたいって、幼い頃より思っていたんだ!」
「そうなんニャ~」
「凄そうな方です、わん」
熱弁を振るうサブローに、ミーアとナンモ以外の人々は少し引き気味だ。
スケネービットが注意する。
「ちょ、ちょっと、サブローくん、落ち着きなさい。この場には、ギルド長様が居られるのよ」
「申し訳ありません。つい、我を忘れてしまいました」
「ぶっぶっぶ。気にしないでください。英雄とだぶらせて見てもらえて、悪い気はしません。……では、改めて自己紹介します」
ギルド長の名前は〝ゴノチョー〟。
辺境の街であるナルドットは、ベスナーク王国の中でも比較的寛容な土地柄だ。とは言え、獣人への偏見が一掃されている訳では無い。差別的な感情は、人々の間に未だ根強く残っている。
そんな困難な環境に置かれつつ、冒険者としての実績を積み上げ、獣人の身ながら、ついにはギルド長の座にまで昇りつめた傑物……それが彼、ゴノチョーなのである。
「ゴノチョー……八戒の本名は〝猪悟能〟だったはず。猪・悟能……悟能・猪……ゴノウ・チョー……ゴノチョー……これは、たまたま? それとも、『ギルド長を敬い奉れ』とのお釈迦様よりの啓示か?」
ゴノチョーの講話を聞きつつ、サブローがぶつぶつ呟いている。
ミーアは思う。
(今日のサブローは変にゃ。昨日の晩も、オリネロッテ様を見送りに行ってから、にゃかにゃか帰って来なかったし。《虎の穴亭》へ戻ってきた時には、厳しい顔にニャってたし。心配にゃ)
ちなみにミーアより見たスケネーコマピはいつも変なので、彼の奇行については、もう〝こんにゃモノ〟と割り切ってしまっている。
で。
ゴノチョーはミーアたち新人へ、自身の苦難に満ちた半生を語って聞かせた。その内容はかなり濃密なものであったが、彼の口調が軽妙なこともあって、押しつけがましさを感じさせない。聴衆の心へ、スッと通っていった。
スケネービットが口を挟む。
「ギルド長の腕前は良く存じておりますが、貴方様はもはや一介の冒険者ではございません。自重してくださらねば……」
「ぶぶ」
「私達に黙ったまま現場へ足を運ぶのは、もうお止めください」
「ブッヒッヒ。申し訳無い」
美貌の女エルフは、溜息を吐く。
「先日も、全身に緑の染料を塗りたくり、オークの溜まり場へお1人で潜入なされましたよね? あれには、胆を冷やしましたよ」
「ぶ~。オークどもは恐れるほどのことも無かったのですが、突如、オークの集団へ突っ込んできた女騎士には驚かされました。『オークは絶対殺す! 1匹たりとも逃しはしない。血祭り日和だ~!!!』などと喚きつつロングソードを振り回し、あっと言う間にオークを殲滅してしまいました」
「惨劇の後に関して、私も実見しました。オークはことごとく、細切れになったりペチャンコになったり……もはや、原形をとどめておらず……その暴虐無残な有り様に、戦慄したものです。ギルド長がご無事で、心底安堵しましたよ。乱入してきた凶悪犯……では無く、通り魔……でも無く、女騎士とは戦わずに済んだのですか?」
「ぶぶ。彼女、私がオークに変装していたにもかかわらず、一目見るなり正体を見破ってしまったのです。驚異的な眼力、もとい《オーク識別能力》の保持者と言えるでしょう。私に対してはとても礼儀正しく『ブタ族の方ですね。ここは私に任せて、この場から脱出してください』と口にしながら、生き残りのオークを目にするなり『さ~て、ミンチになる覚悟は出来たかな? 1匹ずつ、すり潰してやるぜ。嬉しいだろ?』と舌なめずりをしていました、ブヒ」
「バイドグルド家騎士団に、《オーク専用殺戮兵器》と噂される女性騎士が在籍されていると耳にしたことがありますが……」
「私も冒険者となって長いのですが、恐怖に震えつつ命乞いの涙を流すオークの姿なんて初めて見ました、ぶぶぶ」
ゴノチョーとスケネービットの雑談を聞き、ミーアは何事かに思い当たったようだ。
「にゃん、サブロー。あれって、片目さんのことじゃないかニャ? お名前は……たしか、リアノン?」
「何を言ってるの? ミーア。そんな人、僕は知らないよ」
ギルド長のスピーチが終わる。
「私が見聞きしてきた事、皆さんに伝えたいお話は以上になります。少しでも、皆さんの冒険者生活における参考になれば幸いです、ブヒ」
ゴノチョーは新人5人と順番に激励の握手を交わす。パピプ・プペポ・ナンモ・ミーア……最後に、サブロー。
サブローは、ゴノチョーのブヨブヨした手をガッチリと掴んだ。
「ギルド長様、素晴らしいお話でした! 感激しました! ギルド長様を目標に、立派な冒険者となるべく精進してまいります」
「ぶっふっふ。私など、たいした者ではありませんよ」
「いいえ! 僕は、ギルド長様のようになります! ブタのように強く、ブタのように賢く、ブタのように気高く、ブタのように優しく、ブタのように清潔で、ブタのように子沢山な冒険者に!」
とどまるところを知らない、サブローによるブタへの賛歌。憧憬の感情を真正面からぶつけられて、沈着なゴノチョーもさすがに喜びの感情を隠しきれなくなる。
「君の心意気、しっかりと受け止めましたよ。頑張ってください、サブローくん。是非、ブタのようになってください! ブヒ!」
「ハイ!!! ブタのように!!!」
「ブタのように!!! ぶっふっふ」
(それは、イヤだにゃん)
意気投合するサブローとゴノチョーを横目にしながら、ミーアは咄嗟に心の中で異議を申し立てた。
ミーアは、フィコマシーの〝白豚〟というあだ名を気にしたことはない。彼女の柔らかな身体と温和で上品な雰囲気は大好きだ。
しかし、〝ブタのようになったサブロー〟を見たいとは思わない。
(アタシは、サブローがどんにゃ姿になっても好きニャン)
でも、デブデブ太って『ブヒブヒ』言ってるサブローは……ちょっと遠慮したい。
♢
ギルド長がスケネーコマピさんと一緒に退室した。
いや~。いくら猪八戒のソックリさんに会ったからと言って、エキサイトしすぎてしまった。
締めの握手をした際には「ギルド長様! 今度、一緒に豚カツを食べにいきましょ~」「良いですね。私は、酢豚でも構いませんよ!」「豚汁も捨てがたいですね」「豚肉の竜田揚げも最高です、ブ~」「チャーシューは!!!」「ジューシー!!!」と盛り上がってしまったけど、ギルド長相手に、馴れ馴れしすぎたかもしれない。反省、猛省、とも食い厳禁。
それにしても、地獄の勉強特訓でブルー先生は『獣人のブタ族とモンスターのオークは、姿が似ている』って述べてたけど、実際のところは、それなりに違うみたいだね。外見的には〝トラとライオンほど遠くは無いが、ジャガーとヒョウよりは異なっている〟という感じかな。
博覧強記な先生もウェステニラへ直接出向いたことは無かったはずだし、机上の知識を鵜呑みにしちゃいけないってことか。
まさに、〝百聞は一見にしかず〟〝論より証拠〟〝似て非なるブタ〟だ。
僕が幾つかのことわざを想起していると、スケネービットさんが話しかけてきた。
「今日のサブローくんのクエストは、孤児院への慰問よ。子供達の遊び相手になってあげてね。お昼ご飯は、そちらで頂くように」
「孤児院?」
「ええ。教会に併設されているわ。訪ねたら、まず最初に孤児院を運営している教会の方へ挨拶してください。紹介状はコレよ」
おお! 孤児院! 教会! これは、期待できるシチュエーションだ。
地球で読んだ異世界ラノベでは、主人公による孤児院訪問は必須イベントだったからね。
元気な子供たち。世話係の可憐なシスター。脈絡も無く、孤児院の土地を奪いに来るチンピラども。そこにタイミング良く颯爽とヒーローが現れ、シスターと子供たちのピンチを救う…………良く考えたら、これ、地上げ屋とヒーローが裏で手を組んでいそうなストーリー展開だな。
余談はさておき、この実地研修も僕1人で行くの? 付き添いは、無し? ま、もう慣れたから良いけど。
ビットさんが、ミーアへと振り向く。
「ミーアちゃん、サブローくんに付いていってね。ミーアちゃんの今回の個別研修は、サブローくんと一緒よ」
「え! サブローと同じなにょ? ヤッタにゃん!」
ミーアが喜んで、ぴょんぴょん跳びはねる。僕も嬉しいな。しかし、念のために訊いておこう。
「それで、これより僕たちが訪問する教会は、どの宗教の聖堂なんですか?」
セルロド教以外の教義を排除している聖セルロドス皇国とは異なり、ベスナーク王国では信仰の自由が認められている。そのため、一口に〝教会〟と言っても、崇拝の対象となっている神様はいろいろなのだ。
最も有名なのは、王家が信仰している女神ベスナレシアだ。ベスナレシアを崇める教えは〝ベスナレ教〟と呼ばれ、ベスナーク王国において最大の信者数を誇っている。
やっぱり、クエスト先はベスナレ教の教会かな?
僕の問いを受け、スケネービットさんはやや俯く。それから、おもむろに口を開いた。
「……セルロド教の教会よ」
「え!」
絶句する。
セルロド教……獣人差別を教義としてるセルロド教!? 『獣人は穢れた存在』などという愚劣な思想を掲げている、そんな連中が居る場所へ、猫族のミーアと共に行けと言うのか?
ビットさん、どういうつもりだ?
読んでいただき、ありがとうございました。
物語はまだ続きますので、今後もどうぞ宜しくお願いいたします。




