✕✕一族秘伝のお団子
ナルドットの朝。街路をミーアと並んで歩く。
今日は、冒険者ギルドの新人研修3日目だ。僕にとっては、講習最終日となる。ミーアの研修期間は確か10日だったはず。
無事に仮登録期間を卒業できれば、晴れて正式な冒険者になれるのだ。まぁ、最初は見習いからのスタートだけどね。ミーアの先輩になるためにも、本日のクエストを手堅く乗り切らなきゃ。
……昨晩は、いろいろあった。
アルドリューとの契約については、あれが最善手であったかどうかは未だに分からない。全力でアルドリューを潰しに掛かったほうが、良かっただろうか?
イヤ。様々な人物の欲望や計算が複雑に絡み合っているのだ。ここは一旦頭を冷やして、情報を整理・分析するべきだ。
アルドリューが僕との約束をキチンと守るか否かに関しては、先行き不透明だ。そのことが、不安の種ではある。すぐに破棄するようなマネはしないと思うが、時間が経てばどうなるか……。
それに、正面きっての合意破りはしてこないとしても、裏でアレコレ画策することは可能だ。アイツは小知恵が回るようだし、油断しないようにしなくちゃね。
……今更、くよくよ悩んでいても仕方がないな。
ともかく、一刻も早く研修を終え、正規の冒険者となろう。そしてばりばりクエストをこなして、フルスピードでレベルアップするんだ。
僕が出世して、より高位の冒険者になればなるほど、他者と取り決めを交わした際に与えられる強制力も高まるはず。
契約の中身は同じでも、交渉相手が無名と著名とでは、その重みが違う。
僕は気合いを入れ直しつつ、ミーアと一緒に冒険者ギルドの建物を訪れた。
いつもの集合部屋には、パピプくんとプペポちゃんの他に、犬族のナンモくんも顔を見せている。ナンモくんと会うのは、研修初日以来だ。
「あ、ミーアちゃんとサブローさん。2日ぶりです。わん」
ナンモくんがミーアのほうへ顔を向けながら、嬉しそうに尻尾を振る。
「ナンモ。おはようニャン」
「やぁ、ナンモくん」
ナンモくんは2晩連続で、泊まりがけの個別実地研修を受けてきたんだよね? どんなクエストだったんだろう。
パピプくんが、興奮気味に僕とミーアへ語りかけてくる。
「今、ナンモくんの体験談を聞いていたんだ。なんと! ナンモくんはオーガと戦ったんだそうだよ!」
「ええ!」
「にゃにゃ!」
僕とミーアは、揃って驚く。
オーガは、〝鬼〟のような姿をした狂暴な人型モンスターだ。身長は4~6ナンマラ(2~3メートル)くらい。群を作らずに単独行動することが多いらしいけど、ゴブリンやオークよりもズッと強い種族だと耳にしたことがある。
そんなモンスターと、ナンモくんは戦闘したの? この秋田犬を彷彿とさせるナンモくんが?
いかに秋田犬も狩猟犬の1種とは言え、いきなりオーガとバトルさせるなんて無茶すぎない? ナンモくんの見た目がドーベルマンやブルドッグみたいだったら、それなりに納得できる話かもしれないが……。
ナンモくんが、慌ててパピプくんの発言を訂正する。
「ち、違いますよ! ボクはあくまで、オーガ退治へ赴いた先輩冒険者のお供をしただけなのです、わん」
「そうなんだ」
頷く、僕。
「ハイ。先輩は1級冒険者で、とてもとても強い方でした。ボクは先輩とオーガの戦いを遠くから眺めていたのみで……でも、すこぶる為になる、貴重な経験をさせてもらいました、わん」
先輩冒険者の活躍振りを思い出しているのか、ナンモくんの瞳がキラキラと光る。
狩猟犬としての血が騒いでいるのかな?
「だからって、まだ研修中のナンモくんを危険な戦場へ引っ張っていくなんて、その先輩さん、ちょっと強引だと私は思うの」
「そうニャ。ナンモが無事で良かったにゃん」
プペポちゃんの主張にミーアが同意する。
「お心遣い、ありがとうございます。ミーアちゃん、プペポさん。けど、誤解しないでください。先輩は充分な配慮してくださいました、わん」
「そもそも、どうして、その先輩はナンモくんを連れてったんだ? オーガをやっつけるところを見学させるためか?」
パピプくんの疑問にナンモくんが答える。
「先輩は、オーガ退治の専門家なのです。先祖代々、オーガ征伐を生業にしている一族のご出身なんだとか……数々の、厳しい掟が存在するのだと伺いました、わん。その項目の1つに『オーガ誅伐へ出向く折には、必ず犬族・猿族・雉族の戦士を供として連れて行かなくてはならない』というものがあるらしくて……」
え?
「奇妙な掟だな」
パピプくんが、しきりに首を捻っている。
「通常のオーガ関連クエストでは、犬族・猿族・雉族の正式な冒険者が、同行なさっておられるんだそうです。けれど今回はたまたま、いつもパーティーを組んでいる犬族の方が不在で……」
「それで、ナンモくんに声が掛かったのね」
「その通りなのです、プペポさん。先輩にも、猿族・雉族の方々にも、クエスト中は大変親切にしてもらいました。『研修生のお前は、戦わなくても良いぞ。俺たちのやり方を見て、よく勉強するんだ』と仰って、3人掛かりで1匹のオーガをボコボコにするシーンをじっくりと視聴させてくださったのですよ。先輩たちの総攻撃を受けたオーガは手も足も出ず、『オー。マイ、ガーッ』と悲鳴を上げていました、わん」
オーガの泣き言はどうでもいいが、冒険者一行のチーム編成には聞き覚えがありすぎる。
「あ、あのさぁ……ナンモくん」
「どうかしましたか? サブローさん」
「……その、オーガ退治を専門にしている先輩冒険者の名前は何て言うかのな?」
ナンモくんに訊いてみる。
「あ、ハイ。チタロー様です、わん。ピー一族のご出身だそうです」
ピー一族のチタロー……ピー・チタロー……ピーチタロー……桃太郎……桃太郎の鬼退治……。
「サブロー、大丈夫? にゃんか、目がグルグルしているニャン」
「……平気だよ、ミーア。偶然と必然の境界線を見極めようとしているだけだから」
「にゅ?」
「気にしないでね。心配してくれて、ありがとう。それで、ナンモくん。ひょっとして、クエストの途中でチタロー先輩からお団子を貰ったりしなかった?」
「頂きました」
やっぱり!
〝浦島太郎〟と言えば〝亀〟。
〝金太郎〟と言えば〝鉞〟。
〝桃太郎〟と言えば〝キビ団子〟!!!
「なんでも、ピー一族秘伝のお団子なんだそうです、わん」
「〝キビ団子〟って品名だったでしょ?」
「いえ。特に、お団子に名前はありませんでした」
あれ? 違ったのかな。桃太郎が犬・猿・雉を買収するのに使うアイテムは、キビ団子のはずだけど……。
それにしても、〝ピー一族〟という名称。響きが、妙にヒワイ……そんな風に感じてしまうのは、僕の頭の中が桃色すぎるせいなのかな? しかしながら、どう考えても〝✕✕一族〟って〝放送禁止用語ばっかり喋っている人たちの集まり〟っぽい。
う~ん……でも、〝ピー一族〟を〝禁じられた一族〟と言い換えたら、ちょっとカッコイイかも。
「そのお団子には、不思議な効能がありました。食べると身体中に力がみなぎり、キビキビと素早く動けるようになったのです! お団子パワーで、《俊敏》《快速》《尻軽》スキル獲得です! 先輩は、述べられました。『この団子さえあれば、いざという時、お前も負け犬にならずに済むぜ』……と。わんわんわん!」
「手は早くなるし、逃げ足も速くなるし、尻軽にとっては垂涎の団子だな」
パピプくんが感心している。
そうか。身体をキビキビと動かせるようになったのか。〝キビキビ効果〟があるお団子なので、つまるところは〝キビ団子〟…………深く考察するのは止めよう。研修開始前なのに、疲れてきた。
あと、ナンモくんとパピプくん。ここで〝尻軽〟を持ってくるのは、ワードのチョイスとしてオカしいよ。
パピプくんは、彼女であるプペポちゃんに「尻軽はダメよ」とお尻を抓られていた。
そんなパピプペポ漫才コンビが、自分たちが受けた昨日の個人研修について、その内容をこもごも語る。そして、僕へ話題を振ってきた。
「それで、サブローくんのクエストはどんなのだったんだ?」
「私も、聞きたいわ」
「……昨日、僕は暴虐非道な怪獣の護送を行ったんだ」
「凄いです、サブローさん。わんわん!」
ナンモくんの僕への眼差しが、畏敬の念に満ちている。気分が良い。
パピプくんやプペポちゃんも、僕を褒めてくれる。
「街中における凶悪生物の連行だからね。一瞬たりとも気は抜けなかったよ」
「やるな~。サブローくん」
「途中で怪獣が暴れるという、ハプニングもあったんだ。しかし、僕は怯まなかったよ! 僕がこんこんと世の道理を教え諭すと、ソイツは次第に大人しくなった」
「サブローさんの真心が通じたのね、素敵!」
「ちゃんと任務をやり遂げて、最後は監視員の手へ引き渡したよ。監視員は温厚な人でね。怪獣に、ご飯を食べさせてあげてた。怪獣のヤツ、(ギャルギャルと)鳴きながら、飯を食ってたな~」
「泣きながら、ご飯を食べるなんて……。その怪獣さん、改心したのね」
「サブローくんと監視員さんの思いやりが、怪獣を正しい道へと引き戻したんだな」
「素晴らしいお話です、わんわんわん!」
パピプくん・プペポちゃん・ナンモくんの3人とも、感動しているみたい。
ふふ。上手いこと、話せた。……僕、嘘は吐いてないよ?
「ニャ~……サブロー……サブロー……」
なんか、ミーアの僕への視線が……冷え冷えとしている……。
僕に対するミーアの信頼感が急低下しているような気がするけど、きっと錯覚だよね?
バン!
と、大きな音を立てて扉を開き、エルフのスケネービットさんが入室してきた。
「皆さん、おはようございます! 今日も元気良くまいりましょ~!」
朝っぱらから、ハイテンションだ。ビットさん、血圧が高そうだな。
「本日の午前中、皆さんにはギルド長の講話を聞いていただきます。ギルド長と顔を合わせる機会は滅多にありませんので、一言も聞き漏らさないようにしてくださいね」
ギルド長……ってことは、冒険者ギルドのマスターか! うわ~、どんな方なんだろう?
通常の異世界テンプレだと、ギルド長は《威厳のある、お年寄り》《筋肉タイプの高ランク冒険者》《なんでか知らんが、エルフ(頭が良さそうだからかな?)》の3択だ。でもエルフだとスケネー姉弟が、お年寄りだと猫族の村の長老が既に居る。
キャラかぶりは、極力避けたいところだ。僕の勝手な願望だけど。
となると、筋肉タイプか? しかし、それに関しても先日の波止場のゴリラが……むむ、悩ましい。
ど~でもいいことで僕が苦悶していると、色男のスケネーコマピさんに先導されつつ、ギルド長が研修室へと入ってきた。
人間では、無い。
突き出しだ鼻。大きな耳。ツルツルの頭頂部と、うぶ毛が生えている後頭部。つぶらな瞳。丸々とした体躯。短い手足。ピンク色の健康そうな肌。
簡素ながらも、趣味の良い衣服を着用している。
♢
「え? オーク……!?」
「違うわ! パピプくん、不注意なことを言っちゃダメ! よく見て。オークとは、肌の色も瞳の輝きも異なっているわ。短足だし。ハゲだし。マヌケそうなお顔だし。体も筋肉質じゃなくて、プヨプヨしてるし。服も一応、上下を着てるし。間違いなく、ブタ族の方よ」
「プペポちゃんも、けっこう失礼だよね」
「優しそうな方です、わん」
「ブタ族さんに会うのは、久しぶりニャ。ブタ族は、猫族と仲良しさんなのニャン」
「……………………」
黙りこくるサブローを、ミーアが訝しむ。
「にゅ? プルプル震えて、サブロー、どうしたにょ?」
「…………ちょ」
「ちょ?」
「猪八戒だ――――!!!」
ちなみに、原典『西遊記』の猪八戒は黒豚です……。
貝人様、早寝早起き様、あおば様より、本作へのレビューを頂きました。なんと、1週間ものうちに3つのレビュー! 一足早いクリスマスプレゼントに感激です!
貝人様、早寝早起き様、あおば様、本当にありがとうございました。




