小さな魔法使い、全力で笑う
魔法使いアズキの視点です。
♢
ナルドットの夜道を馬車が進む。行く先は、バイドグルド邸。
「サブローさんとの話し合いが無事に終わって良かったわ」
微かに揺れる馬車の中。
美しい姿勢を保ちつつ着席しているオリネロッテは、頬のみを僅かに緩める。
「サブローは、お人好しじゃ。間抜けの1歩手前じゃな」
「アズキ様。その言い様は、あんまりかと。サブロー殿は、道理を弁えている方なのですよ」
「そうよ、アズキ」
「正直、サブロー殿を見ていると、自分より歳下だとは思えぬ時があります」
サブローが座っていた箇所は、今は空席になっている。
オリネロッテ・アズキ・クラウディの3人は、揃ってその空いたスペースを見つめた。
アズキがクラウディを冷やかす。
「クラウディは、サブロー贔屓じゃの」
「そうでしょうか? サブロー殿の人となりに好感を持っているのは否定しませんが」
アズキからすると、クラウディはサブローへ過剰に肩入れしているとしか思えない。
(……無理はないかもしれんな)
クラウディは剣の腕前ばかり注目されるが、なかなか厄介な性格もしている。と言って、不良な点がある訳ではない。ただ、ちょっと異常なほど一途で職務に忠実なのだ。他者のミスや懈怠を見過ごせない質でもある。
そのため上役の受けは良いものの、同僚からは煙たがられやすい。同じように生真面目な性質の者とはどこかぎこちない緊張した関係しか築けないし、ふざけた性行の者とはそもそも上手く付き合えない。
オリネロッテの護衛隊の中でも、バイドグルド家騎士団全体で見ても、クラウディはやや孤立気味だ。
(サブローとの邂逅は、クラウディにとって予想外ながらも嬉しい出来事だったに違いない)
クラウディの視点で見れば、サブローは初めて出会った〝友人になれそうな同世代〟なのだから。
(サブローはあれでけっこう武芸に秀でておるし、性格は融通が利く。謹直なクラウディにも合わせていけるタイプじゃ。年齢に似合わぬ、社交性……多分、過去に並外れて変態的な連中と否応なく、交流するのを強いられた経験でもあるのじゃろうて。表面は柔軟じゃが、内実はシッカリしている。……ふむ。まさに外柔内剛な少年じゃな、サブローは)
実際のところ、サブローは内面もかなりフニャフニャなのだが。
アズキこそ、サブローを過大視しているのかもしれない。
「ふふ。私より先にサブローさんと仲良くなるなんて、クラウディはズルいわね」
「オリネロッテ様……」
オリネロッテのからかいに、クラウディが困惑気味な顔になる。
そんな若い騎士の表情を目の当たりして……アズキは、ふと気になった。
(クラウディは、オリネロッテ様のサブローへの執着をどう考えているんじゃろう?)
剣を捧げた己が主が、自分以外の男――それも新参の少年に強い関心を示している。主が男性であったら、特に問題が起こったりはしないであろうが……。
しかし、オリネロッテは15歳の少女。
オリネロッテへ向けるクラウディの思いは、純粋に忠誠心のみといえるのだろうか? もし仮に、少しでも恋慕の情が混じっているとしたら……クラウディがサブローへ嫉妬の感情を抱いたしても、オカしくはない。
オリネロッテは美しい少女だ。
アズキはそれなりに世慣れている。オリネロッテに従って、王都の学園や王宮へ顔を出したこともある。
多くの貴婦人や上流階級の令嬢をアズキは目にしてきたが、オリネロッテと並ぶ麗姿の淑女は誰一人として存在しなかった。
オリネロッテの美貌はあまりにも抜きん出ており、他の女性は比較の対象にさえならなかったのだ。
そんなオリネロッテが現在もっとも心を許している男性は――父親である侯爵をのぞけば、おそらくクラウディで間違いない。
自分の特権的立場が、もしかしたらサブローに奪われるのではないか? ……などと、クラウディが万が一にも考えてしまったら。
(馬鹿な。愚かな妾の妄想じゃ。クラウディは、そのような狭量な男ではない)
アズキの耳に、オリネロッテの呟きが届く。
「サブローさんとは、2日後にまた会えるのね。楽しみだわ」
(お嬢様……まるで、クラウディを煽っているような……。いや、深読みしすぎか)
洞察力に優れているアズキにも、オリネロッテの内心は読めない。
(お嬢様は、〝本物の宝石〟を欲しがっておられる……ならば、お嬢様にとって妾も、眼前のクラウディも、ただのガラス玉なのか?)
己のことは、別に良い。ガラス玉と見做されていても一向に構わない。
(妾に、それほど高い値打ちは無い)
けれど、オリネロッテに誠心誠意仕えているクラウディさえもガラス玉だとしか考えられていないのだとしたら……。
(それは、悲しい。クラウディが、あまりにも哀れすぎる)
アズキは、そう思う。
だが、クラウディはそんなアズキの心配を吹き飛ばすかのように、爽やかに笑う。
「サブロー殿は冒険者になられるようですが、彼なら瞬く間にレベルアップを果たすでしょうね」
「クラウディのサブローへの評価は、随分と高いようじゃな」
「勿論です。まだ、本格的に手合わせしたことはありませんが……」
「もし、剣を交えたとして、クラウディはサブローさんに勝つ自信はあるの?」
「お嬢様!?」
アズキはギョッとする。
その質問は、騎士であるクラウディに対して――――
(不躾すぎる。オリネロッテ様らしくもない)
己が騎士の技倆を疑っている――そう解釈されても、仕方がない発言だ。
しかし、クラウディは殊更に気にした様子を見せたりはしなかった。深々と頷いてみせる。
「当然、負けるつもりはありません。真剣勝負なら、一刀両断にしてみせますよ」
「ふふ。頼もしいわね、クラウディ」
微笑むオリネロッテとは対照的に、アズキは心の中で悲鳴を上げた。
(止めてくれ!)
クラウディとサブローが真剣を交えるど、冗談では無い。両人が本気で戦ったら……間違いなく、血みどろの殺し合いになる。そして、どちらかが確実に生命を落とす。
アズキの見る限り、死ぬのは十中八九、サブローのほうだ。
サブローは確かに強いが、様々な面でまだクラウディの頂きに及んでいない。剣の腕。実戦経験。なにより、相手を殺す覚悟。
「まぁ、サブロー殿とは戦ってみたいですが、あくまでそれは腕試しとしてです。実際に命を取り合うなど、御免です」
「あ、当たり前じゃ」
アズキが、せわしなく頷く。
「サブロー殿がオリネロッテ様に剣を向けたら別ですが。そんな事態は、決して起こり得ませんし」
「そう思う? クラウディ」
オリネロッテが、嬉しそうに両の掌を合わせる。
「ええ。サブロー殿は、オリネロッテ様の身辺の安全にあれほど気を遣っておられたでは無いですか?」
「そうね。その通りね」
(ふむ。妙に、オリネロッテお嬢様の言動が子供っぽいな……)
いや。この姿が、歳相応なのか。
アズキは話題の転換を試みる。
「オリネロッテお嬢様。サブローのヤツも申しておりましたが、夜中の外出はやはり危険ですじゃ。これからは、出来るだけお控えください」
「あら。今晩のお出掛けは、アズキも賛成してくれたのに」
「それは……! お嬢様とサブローの関係改善は、早いほうが良いと思いまして。こういう事は時間が経つほど、誤解の糸がもつれてしまうもの」
「アズキ様の仰ること、分かります」
「アズキも、サブローさんと仲良くしたいのね?」
「な! わ、妾は、歳下の男に興味はありません」
「けれども、アズキ様。見た目を考えると……」
「何か言ったか? クラウディ。見た目も、妾のほうがお姉さんじゃろ?」
「そうよ。アズキは立派なお姉さんよ」
「オリネロッテ様がそのように仰るなら、それが真実なのでしょう」
「何やら引っ掛かる物言いじゃな。クラウディ」
「クラウディは、そのあたりが天然なのよ。女性へ掛ける言葉には、もっと気を回さなくては。何でも素直に話せば良いというものでは無いのよ。私の騎士なら、反省して勉強しなさい」
「反省して勉強します」
「お嬢様の仰りようにも、妾は引っ掛かるのですが……」
馬車の中に穏やかな空気が流れる。
(どうやら、このまま何事もなく、お屋敷へ着けそうじゃな)
アズキがホッと肩の力を抜いたその時、オリネロッテがポツリと言の葉を漏らす。
「それにしても……ドラナドとエコベリは、本当に余計なマネをしてくれたわね。許せないわ」
空気が、凍った。
思わず、アズキはオリネロッテのほうを振り向く。
侯爵令嬢のエメラルドの瞳が、妖しく輝いていた。
「サブローさんが、あんなヤツらに後れを取った可能性なんて、千に一つもないけれど……これでサブローさんが私を嫌いになってしまっていたら……そう考えると、私、悲しくて」
「な、何を仰っているのです……か? オリネロッテ様。その件については、話は終わったはず。サブローも了解してくれました」
「ふぅ……ん。アズキは、ドラナドとエコベリをこのままにしていても構わないと思っているの?」
オリネロッテが、アズキへ無機質な眼差しを向ける。
アズキは喉に渇きを覚えつつも、辛うじて言葉を返す。
「あ……いえ。しかしながら、ドラナドたちの処罰を行うのは、あくまで騎士団でありますし……」
「そうね。おそらく、バイドグルド家から追放するところまでは、いかないでしょうね」
クラウディが、主たる侯爵令嬢へ問いかける。
「オリネロッテ様は、ドラナドとエコベリの姿を目にしたくないと?」
「ええ。見るのも不快だわ。アイツらは、自らのくだらない行動にヨツヤも巻き込んだのよ。最悪、ヨツヤがサブローさんの手に掛かっていたかもしれない」
「オリネロッテ様のお望みを、自分にお聞かせ願えませんか?」
「ねぇ、クラウディ……」
オリネロッテが、クラウディの精悍な顔へスッと手を伸ばす。令嬢の白い指先が、騎士の頬を撫でる。
クラウディは一切瞬きをせず、身体をピクリとも動かさない。
「片づけてくれない?」
オリネロッテの発言に、アズキは愕然となる。
(オリネロッテ様!?)
まさか、オリネロッテがこんなセリフを口にするなんて。
(妾は、オリネロッテ様のことを見誤っていたのか?)
アズキは、オリネロッテを崇拝してきたわけではない。むしろ、距離を保って観察し、客観的な目でその人柄を判断してきたつもりだ。――オリネロッテは意に沿わぬ状況に直面しても、冷静に思考し、適切な対応を取ることができる少女だと。
それなのに……。
アズキの知る限り、オリネロッテが他者への害意をこれほど明瞭にしたのは初めてだ。
(何が、切っ掛けじゃ? 何が、オリネロッテ様の怒りに火を付けた?)
騎士たちが自分の指示に従わず、暴挙に及んだこと? 手に入れたいと望んでいたサブローが襲われたこと? それとも、可愛がっていたヨツヤが体よく利用されてしまったこと?
一見、オリネロッテが醸し出している雰囲気は平静そのもの。腹を立てている気配は、全くない。物腰は落ち着いており……だが、口調は冷ややか。さながら、氷のようだ。
そして、告げられる願いは――――
「私、アイツらには、消えてもらいたいの」
「オ……オリネロッテ様」
アズキは声を絞り出す。
「なぁに?」
「いくら処分待ちの立場とは言え、ドラナドたちは歴とした騎士。彼らと揉めたりしたら、クラウディも侯爵様よりお咎めを受けてしまいます」
「大丈夫よ」
オリネロッテが笑う。
「私、言ったでしょう? アズキ。アイツらには、消えてもらいたいの――と」
「な!」
アズキは、絶句する。
「う~ん」
オリネロッテはクラウディの頬より手を離し、人差し指を自分の形の良い顎に添える。
「五体をバラバラにしてトレカピ河へ放り込んでしまえば、万事解決よ。河底に潜むモンスターたちが、汚れた肉体を一片残らず処理してくれるわ。誰も気付かないうちに、アイツらの存在はこの世界から消える」
「オリネロッテ様! あ、貴方様は、騎士であるクラウディに、手を汚せと仰るのですか!?」
「アズキが、やってくれても良いのよ。貴方なら魔法を使って、アイツらの身体を丸ごと消滅させられるわよね?」
あたかも、『ゴミを捨ててきて?』と頼むような気安さで。
オリネロッテは、〝人を殺せ〟と言ってくる。しかも、対象は自身の護衛隊に属していた騎士たち。
ドラナドたちは、思いの方向は間違っていたとしても、オリネロッテへ本心から忠誠を捧げていたのに――
(これは……誰じゃ? 妾の眼の前に座っている少女は、本当にオリネロッテ様なのか?)
恐怖のあまり、アズキの小さな身体が小刻みに震える。手足の指先が、冷たくなっていく。
単純な戦闘力で言えば、侯爵令嬢のオリネロッテは魔法使いのアズキの足もとにも及ばない。けれど、アズキは視線の先の少女の存在が心底怖ろしくなった。
クラウディが、温度を感じさせない声音で訊き返す。
「オリネロッテ様は、ドラナドたちに死んで欲しいと?」
「ええ」
躊躇せずに肯定する、オリネロッテ。
「わ……」とクラウディが口を開きかける。
(ダメじゃ! クラウディに『分かりました』と言わせては、いかん!)
そうなったら、オリネロッテもクラウディも戻って来られなくなる。
まだだ。まだ、2人は手遅れになっていないはず。
それともアズキの感知しないところで、オリネロッテもクラウディもとっくの昔に変貌し……闇の沼に足を浸してしまっているのか?
もしも、そうなら……。
アズキは、刹那に思う。
(逃げるか!?)
つい先日、アズキはサブローへ述べた。〝自分は、エゴイストだ〟――と。だったら、逃げるべきだ。バイドグルド家を辞去するのが、最も楽で安全な道だ。
ナルドットを去ったとしても、優秀な魔法使いであるアズキが次の職に困ることはない。いざとなったら、ベスナーク王国を飛び出してしまえば良い。気に掛けるべき家族や係累など、アズキには居ない。実家の男爵家とは、10年以上前に絶縁している。
(しかし……)
アズキの脳裏に浮かぶのは、オリネロッテの顔。目の前の……では、無い。日頃の、『あのね、アズキ』と穏やかな声で語りかけてくるオリネロッテの顔だ。
アズキは、オリネロッテが幼いうちより側に侍ってきた。侯爵家の奥方様が見守る中、フィコマシーとオリネロッテの姉妹が睦まじく暮らしていた日々を知っている。
そんなアズキから見れば、〝バイドグルド家の至宝〟と讃えられるようになった15歳のオリネロッテも、結局のところは単なる1人の少女に過ぎない。――肩肘を張って生きている……厳しく己を律しながらも、時折寂しそうな表情を浮かべる少女。
8歳にして母を喪い、仲が良かった姉とは今は疎遠。父からの過剰な愛情は、どこか歪で虚ろ。あれほど多数の賛美者に囲まれているにもかかわらず、オリネロッテは常に孤独だったのだ。
(妾には、その寂しさを埋めることなど出来はしない。それは、承知していた……)
アズキは家族の温もりを知らない。だから、それを他者に与える術が分からない。
オリネロッテの孤影を傍観するだけの日々。惰性で護衛の務めのみは全うし――少女の身体は守っても、心を守ってやれはしなかった。
歳月が過ぎる中、女性としての魅力が増すに従って、オリネロッテが被る仮面の厚みはどんどん増していった。
かつての天真爛漫な少女の姿は、既にカケラも残っていない。
現在のアズキには、オリネロッテは遠すぎる。どこまでが彼女の本音で、どこからが演技なのか、もはや見通すことは不可能だ。
アズキは諦めたのだ。
オリネロッテの虚実の複雑さに、付いていけなくなった。
けれど、今でも。
ヨツヤやクラウディが側に居るときには、オリネロッテは少しだけ素顔を覗かせる。微かにだが、確かに安らいだ表情――心の緊張を緩めていることが、分かる。
クラウディは19歳。ヨツヤは17歳。オリネロッテは15歳。未だ、10代の少年少女たち。
彼らが暗闇の中に沈んでいくのを放置して、己1人が逃げ出す?
(それは……それは……出来ぬ……な)
アズキは、己を嘲る。
要するに、自分は勇気が無いのだ。逃げ出す、勇気が。しかし、だったら今ここで踏ん張らねば……なけなしの勇気を、振り絞らなければ。
自分は、〝自分ファースト〟で〝己が1番大事〟で〝給料分の働きをするだけ〟で……。
それでも……それでも!
「あは……あはははははははははは!」
アズキは場違いなほど、大きな声で笑い出す。
小柄な魔法使いの突如の哄笑。
オリネロッテとクラウディは驚き、目を丸くする。
(笑え! 笑え! 笑え!)
アズキは懸命に己を鼓舞する。拳を固く握りしめる。
「オリネロッテお嬢様が、まさか冗談を口になされるとは。ビックリですじゃ。あはははははははははは」
自身の精神を薪にして、アズキは笑いの炎を燃やす。そして、まずオリネロッテへ。次いで、クラウディへ強い視線を向けた。
(今なら、戯れで済ませられるはず。そうじゃろ? オリネロッテ様。クラウディ)
「あはははははははははは! 可笑しい。可笑しいです。面白すぎですじゃ! あははははははははははははははは」
車内に響きわたる、アズキの高笑い。さながら狂ったかのように、力尽きるまで、声を張り続け……………………やがて、彼女の喉は嗄れる。
鉄さびの味。唾液に血が混じっている。喉の奥が切れたのかもしれない。
無言になる、3人。
……つかの間の静寂のあと。
オリネロッテが瞼を閉じ、ゆっくりと開いた。
「そう……ね。ごめんなさい、おふざけが過ぎたようだわ。クラウディ、戯れ言は忘れてちょうだい」
「……畏まりました、オリネロッテ様」
クラウディが、軽く頭を下げる。
心身ともに固くしたままの魔法使いを、侯爵令嬢は見つめ――――
オリネロッテの嫋やかな手が、アズキの拳を解く。露わになった小さな掌は爪によって傷つき、血が滲んでいた。
自身の白いハンカチーフで、オリネロッテはその血を拭う。
「アズキも……ありがとう」
「オリネロッテお嬢様……」
オリネロッテの緑の瞳とアズキの黒い瞳が向かい合う。
(お嬢様の、この眼差し……。感謝の思い? 戸惑い? 牽制? あるいは、失望? 分からぬ……な。いずれにしろ、妾を直ちに〝不用な者〟として切り捨てるつもりはなさそうじゃが……)
黒衣の下。冷や汗でビッショリとなった下着が身体に貼り付き、気持ちが悪い。
危機の回避に、自分は成功したのだろうか? それとも、僅かな猶予の刻をもらっただけ?
アズキが思いを巡らせているさなか、馬車の動きが止まる。
まだ、お屋敷へ到着する時刻ではないにもかかわらず。
「あら? どうしたのかしら?」
オリネロッテが首を傾げるのとは対照的に、クラウディとアズキは即座に事態を察した。
「アズキ様」
「うむ」
「殺気……とまではいきませんが、圧迫感を覚えますね。多数の不審者が、馬車を取りまいているようです」
クラウディが沈着に現状を分析する。
(……やれやれ。一難去って、また一難か)
アズキは、こっそり溜息を吐いた。




