老婦人のペット
冒険者ギルドの新人研修2日目。
朝方、ギルドの研修室には僕・ミーア・パピプくん・プペポちゃんの4人が集まった。
おや? 犬族のナンモくんの姿が見えないね。もしかして初日の研修の内容が酷すぎるあまり、逃亡してしまったのだろうか?
気持ちは、分からなくも無いが。
しばし、雑談。
「昨日の午後、僕はギルドの指導員から武術の手ほどきを受けたんだよ」とパピプくん。
「私は、先輩冒険者と一緒にモンスター退治に行ったの」とプペポちゃん。
僕とミーアは驚く。
「ええ! 研修1日目にモンスター退治!?」
「プペポ、大丈夫だったのニャ?」
プペポちゃんが、自信たっぷりに答える。
「ええ、勿論よ。サブローさん、ミーア」
「ハッハッハ。僕のプペポちゃんが、モンスター如きに後れを取るわけないだろ?」
「んモウ! 恥ずかしい事を言わないで! 私のパピプくん」
「僕のプペポちゃん!」
「私のパピプくん!」
ミーアとプペポちゃんが、互いの名前を呼び捨てにし合っている。冒険者を目指す2人の少女は種族の垣根を越え、早くも仲良しになったみたい。素晴らしいことだね!
バカップルのイチャツキは、ど~でも良いけど。
プペポちゃんの説明によると、彼女は強大なパワーを持つ1匹のモンスターと遭遇。3ヒモク(3時間)にも及ぶ壮絶な激戦の末に、先輩冒険者の助けを借りつつ、ようやく討伐に成功したとのこと。
プペポちゃんは如何にも〝女の子!〟って感じの外見だけど、なかなか根性があるね。見直したよ。
それにしても冒険者ギルドも、僕やパピプくんでは無く、プペポちゃんをいきなり実戦へ放り込むとは、かなりのスパルタ教育主義だ。
「本当に、手強い敵だったわ」
「プペポちゃん、よく頑張ったね。そんなプペポちゃんが、僕は誇らしいよ!」
「ありがとう、パピプくん。スライムをやっつけ終えた時には『ああ、私は冒険者になるんだ!』って実感しちゃった」
え、スライム? プペポちゃん、1匹のスライムを相手に3ヒモクもの時間を掛けて死闘を演じたの? ……う~む。ま、まぁ、屈強なスライムだった可能性もあるし……。
「先輩は、『群からはぐれた、最弱クラスのスライムだ』って仰ってたわ」
そうですか。
パピプくんが、訊いてくる。
「ミーアさんは、薬草採取のレッスンだったんだって? それで、サブローくんは何をしたんだい?」
来たな! ちゃんと、回答は用意してある。
パピプくんやプペポちゃんに同情の目で見られるなんて、まっぴら御免だからね。
「僕は昨日の午後、トレカピ河にある埠頭へ行って」
「そうか、トレカピ河へ!」とパピプくん。
「うん、うん」とプペポちゃん。
「そこで、人間とも獣人とも見分けが付かない、奇怪な生物と面会したんだ」
「おお!」
「いったい何者なのかしら?」
「そして、その生物と協力し合いながら、貴重な文化財の数々を秘密組織へと引き渡す緊急任務を遂行したんだよ」
「ほえ~、サブローくんのクエストは超難度だったんだな」
「サブローさん、凄いわ!」
「……にゃ~」
パピプペポコンビが、感心してくれた。《僕、嘘は言ってないよ作戦》は大成功だ!
ミーアがジト目になっているような気がするけど、そんなはず無いよね。
ガチャッと、扉が開く音。
スケネービットさんが怪しからん色気を振りまきつつ、部屋に入ってきた。
朝っぱらから、ご苦労なことである。
「皆さん、揃っていますね」
「ナンモが、居ないにゃん」
「ナンモくんには、泊まり込みのクエストを受けてもらっています」
そうだったのか。
良かった。ナンモくん、尻尾を巻いて逃げ出したわけじゃ無かったんだ。
「本日の午前中、皆さんには先輩冒険者の体験談を聴講していただきます。今後の活動の参考にしてくださいね」
ビットさんが合図すると、数人の冒険者がぞろぞろと入室してきた。
年齢は20~40代、男性も女性も居る。獣人の方は居ないようだが。
現役冒険者の生の声を聞けるとは、有り難い。確かに、為になりそうだ。
先輩たちは、いろいろな話をしてくれた。
「クエスト終了のあと、俺達のパーティーは報酬の分配をめぐってケンカになってしまった。ギルドが仲裁に入ってくれて、助かった」
「……私と彼女のコンビは、そうやって、村の近辺に出没していたゴブリンどもをキチンと駆除したのよ。ところが村長のヤツ、礼金の後払い分を出し渋ったの。冒険者ギルドがシツコク督促して、ようやく完済したのよ。本当に、冒険者ギルドの存在は天の恵みよ」
「僕たちが、旅をする商人たちの護衛任務を引き受けた際、クエスト料金の調整が難航したのさ。こちらへの支払いアップを認めさせる決め手になったのは、やはり商人たちの冒険者ギルドへの信頼だろうね。信用は、とても大切だ」
「クエストで得た収入の一部は、ギルドへ預けて積み立てておくと良いぞ」
「冒険者ギルドは、保険業務もやっているのよ。ケガしたときや病気になったときのことを考えて、医療保険への加入をお勧めするわ」
「家族を持ったら、生命保険」
「剣が折れたら困るだろう? 万一に備えて、武器保険はどうだ?」
…………なんか、金の話ばっかのよ~な。あと、やたら冒険者ギルドの宣伝をしてくる。保険業務の過度なPRとか、胡散臭すぎる。
冒険者たちから少し離れた場所で、ビットさんがニコやかに微笑みつつ佇んでいる。どこぞの悪徳セールスマンたちを束ねる、元締めのようにしか見えない。
ナンモくん。今こそ、出番ですよ! 犬のお巡りさん、早く来て! 闇企業のエルフ・レディーを逮捕してください。
♢
お昼ご飯は、冒険者ギルドの食堂で頂いた。
そして、午後の個別研修。
「はい、地図よ。サブローくんは、ここに1人で行ってね」
悪の組織の女幹部が、いけしゃあしゃあと述べる。
「また、僕は単独で出向くんですか?」
ミーアたちには、指導員が付き添うのに。
「冒険者ギルドとしては、それだけサブローくんを信頼して……」
もう、騙されないぞ! ギルド側の狙いは、把握済みだ。
新人研修におけるサポート役を減らせば、それだけ人件費を節約できる。『サブローの研修は、テキトーで良い。アイツは、1人でウロチョロさせておこう。経費は、出来るだけ削らなきゃな』とか考えているに違いない。
僕のことを、容易く言いくるめられる、チョロい新人だと思っているのだ。舐められたモノだ。
「今回は、簡単なクエストよ。サブローくんなら、楽々とこなせるはず」
スケネービットさんが僕の手を軽く握り、自分の胸へと押し付ける。
むにゅ!
わわわわわ! くそ、ここは慌てちゃいけない。クールに決めるんだ、クールに。
ビットさんめ! 手抜き研修の問題点を指摘されないよう、エロフ・パワーで僕を惑わす気なんだな。
悩殺されて、たまるか!
僕が〝チョロくない男〟であることを示さねば。
けど、掌に伝わってくるオッパイの感触で頭が混乱する。思考が、まとまらない。
ええと、ええと……キチンと、抗議しなきゃ。
口が勝手に動く。
「任せてください! ご期待に応えてみせます」
あれ?
「頼もしいわね、サブローくん」
ウットリ気味な、スケネービットさん。
よし! 全然良く分かんないが、僕がどれほどタフネスであるかは、理解してもらえたようだ。
ビットさんが「ふっ。他愛もない。チョロいわ。チョロ男だわ。これは、〝特訓場行き〟も考慮しないと……」と呟いたような……幻聴かな? 寒気がする。
そう言えば、精神修養のための特訓場を、冒険者ギルドは山奥に設置していたっけ。瞑想とか断食とかを訓練生にやらせて、強制的に悟りを開かせるとか何とか。
ま、所詮、僕とは無縁の施設だ。関わりを持つことなど、あり得ない。
過酷な地獄の特訓を経て、僕は既に涅槃の域に達しているからね。解脱しているのですよ。
色即是空、空即是色。煩悩退散!
スケネービットさんのボヨヨンから、手を離す。ご馳走さまでした。
名残惜しくなんか、ありませんよ!
♢
ビットさんより渡された地図を見ながら、ナルドットの街を歩く。目的地は街の東側区域、高級住宅街である。
東地区に入る。
この辺のエリアには、富裕な商人たちが住んでいる。
更に進んでバイドグルド邸の近くまで行くと、建ち並ぶ屋敷の持ち主の殆どは貴族や騎士になるけどね。
あった。この家だ。
そこそこ大きな館だが、さすがに侯爵様の邸宅よりは、はるかに小さい。どことなく庶民的な雰囲気もあるし、おそらく住人は貴族では無いだろう。
僕が玄関の呼び鈴を鳴らすと、使用人が出てきて、家の奥へと先導してくれる。
応接間で待っていたのは、上品な物腰の老婦人だった。ソファに腰掛けている。彼女が、今回のクエストの依頼主らしい。
「あら。可愛い冒険者さんね」
老婦人が、ホンワカした優しい笑顔を見せる。
まさか、この僕が『可愛い』と言われる日が来るなんて。
彼女にお孫さんが居るとしたら、僕と同じくらいの年齢なのかもしれない。
「僕は、まだ正式な冒険者ではありません。研修中の身です。お役に立てますでしょうか?」
「もちろんよ。宜しくお願いするわね。実は、ペットの散歩を頼みたいの」
ペットの散歩! 何て、お手軽な仕事だ! まるで、〝子供のお使い〟じゃないか。
ビットさんは確かに『簡単なクエスト』と述べたけど、程度というモノがあるだろう!?
「ペットの名前は、〝ティラ〟と言うの」
ティラ? これまた、やけにキュートな名だね。ティラミスの〝ティラ〟かな?
ウェステニラに、ケーキのティラミスがあるかどうかは不明だが。
「ティラちゃんは少しばかりヤンチャだけど、普段はすこぶる聞き分けが良いのよ。私にとっても懐いてくれて、もう家族同然なの」
老婦人は、ペットのティラを大変可愛がっているようだ。
「以前は、私が散歩に連れていっていたの。けれど、私は先月、腰を痛めてしまって……」
それで、冒険者ギルドへ依頼を出したのか。でもペットの散歩ぐらい、家族や使用人に任せても良さそうなものだが……。
「ティラちゃんはお庭に居るのよ。会ってあげてね」
老婦人は杖をついてゆっくりと立ち上がり、自ら僕を庭へと案内してくれた。
どんなペットなのかな?
常識的には、犬だが……ここは、異世界ウェステニラ。ある程度の心構えはしておこう。地球で言えば、インドネシアに生息するコモドオオトカゲとか、アフリカ北東部やアラビア半島に分布しているマントヒヒみたいなヤツかもしれない。
ま、心配は要らないだろう。
何と言っても、僕は昨日、半ヌードの霊長目ヒト科ゴリラ属と互角に渡り合ったほどの強者だ。今更、ヒヒやトカゲなど、怖れるほどの事もあるまい。
杞憂の可能性もあるしね。案外、チワワっぽいのが、プルプル震えているだけだったりして。
「あの子が、ティラちゃんよ」
婦人が指さす方向に、1匹のペットが居た。
爬虫類? イヤ、違う。そんな生やさしい生物じゃない。
地面から頭頂部までの距離は4ナンマラ(2メートル)くらい。僕より、でかい。皮膚は全身灰色。極端なまでに前屈みの姿勢。頑健な2本の後ろ足で立っている。前足は比較的華奢で、指は2本。極太の尻尾を大地につけず、宙に浮かせている。顔面は大きく前に突き出ていて、開かれた上下の顎には無数の鋭い歯がビッシリ……。
ソイツは、叫ぶ!
『キシャァァァァァァ!!!』
「あらあら。ティラちゃんったら、お客様がお見えになったので、はしゃいでいるのね。困った子」
『困った子』じゃ無~よ! コイツ、どこからどう見ても、恐竜のティラノサウルスじゃね~か!
〝ティラ〟ノサウルスだから、『ティラちゃん』ってか!?
禍々しい首輪からリードが下に垂れている……やはり、コイツ、ペットなの? こんな凶悪なペットを飼っても、心が癒されるどころか、ささくれ立つぞ!
さすがに地球の過去に存在していたティラノサウルスよりは、かなり小さいが……ひょっとして、ティラノサウルスの子供? いや、このふてぶてしい、世を舐めきった態度。間違いなく、成竜だ。
ガチン!
アブねぇ! この恐竜モドキ、僕の頭に食いつこうとしやがったぞ。目はぎらついているし、殺気満々だ。
「こらこら。ティラちゃん、おイタはダメよ」
この老婦人。おっとりしているようで、感覚がズレまくりだ!
な~にが、『おイタはダメよ』だ。噛みつかれて痛くなるのは、コッチだっつ~の!
「家族や使用人は、どういう訳か、ティラちゃんとお散歩するのを嫌がるの」
当たり前ですね。
「ティラちゃんは、こんなに愛らしいのに」
ションボリする、老婦人。
ティラの野郎が『ウッシャ、ウッシャ』と喚き散らす。
婦人の意見に『そうだ、そうだ』と同意しているらしい。太い首をやたら上下に動かしている。
「それで、1ヶ月ほど前から冒険者さんにお散歩を頼むようにしているのだけど……」
婦人が言い淀む。
「それなら、前任の方が居られたんですね」
『ウシャシャシャシャ』とヨダレをぼとぼと大地へ落とす、ティラ。
このお散歩クエスト、やりたくない。可能なら、見も知らぬ先輩冒険者に押し付けたい。
「ええ。貴方が、ティラちゃんをお散歩へ連れていってくれる、7人目の冒険者さんよ」
「7人目!?」
どういうことだ?
「ティラちゃんと冒険者さんがお出掛けしたら、何故か、毎回ティラちゃんだけが家に帰ってくるの。それで、次のお散歩には別の冒険者さんに付き添いをお願いして……その繰り返し」
「…………」
「お散歩のたびに、担当の冒険者さんは、どこへ消えてしまわれるのかしら?」
婦人が不思議そうな口調で述べる。
それって、散歩の途中で、この野郎に喰われたんじゃ……。
短編コメディー『恐竜フレンズわくわくランド一の料理恐竜』を投稿いたしました。
ティラノサウルスつながりです(本作のティラちゃんと直接的な関係はありませんが……)。
頭をからっぽにして読める作品です。良かったら、見てみてください。




