ベスナーク王国の書籍事情
今回のお話は作者の趣味全開になってます。サラッと流してください。
箱の中は、怪しげな本で一杯だった。パラパラとページを捲ると、さすがに漫画ではなく、ウェステニラ文字で書かれた小説となっている。
いや、そもそもウェステニラには、〝漫画〟という表現形式は存在しないんだっけか?
けど、どの本にも、でっかい挿絵がついている。
イラストを確認する限りは、そんなにエッチィ内容では無さそうなんだが……この『貴婦人にムチで背中をぶたれながら、恍惚の表情を浮かべている屈強な男(上半身は裸)のイラスト』などは、子供に見せちゃいけないような気がする。純真無垢な若者が読書体験によって、アブナイ性癖を開花させてしまったら、大変だ。
と言うか、コンナモノを宗教統制が厳しい聖セルロドス皇国へ持ち込んで、大丈夫なのか?
僕の疑問にリラーゴ親方が答えてくれる。
「皇国で一般に流通している書籍は、セルロド教関連か、実用書ばかりなんだ。ウホ。市民は、娯楽本に飢えている。なので、いざ、これらの本が王国より入ってきたら、争うように人々の間で回覧されるそうだぞ。ウホホ」
ふ~む。人間が生きていくには、やっぱり日々の楽しみが欠かせないんだね。『人は、パンのみで生きるには非ず』だ。
「役人や宗教関係者、敬虔なセルロド教信者にバレないよう、注意する必要はあるがな。ウホ。そいつ等に見付かったら、即座に没収されると聞いた」
「没収して……どうするんでしょうか?」
「容赦無く、焼却処分してしまうらしい。ウホウホ」
なんだと! それは、良くない!
〝ライトノベル愛好家〟の僕は、断固として抗議するぞ!
娯楽本を敵視する、皇国の方たち。寛容の精神を忘れてはなりません! 『〝焚書〟は亡国への道』ですよ!
僕は、改めて密輸品の本へ視線を向ける。いろいろなタイトルが目に飛び込んでくる。
……え~と。
《キミはボクの女王様》
《女マホー使いのイケナイ実験》
《ヒメサマのヒメゴト》
《エルフに丸耳を求めるのは間違っている》
《ドワーフ娘とロリッ娘の混同は許されない》
《アナタの剣は太すぎる》
あと、《お年頃・3部作》なんてのもある。
《逮捕されたい、お年頃》
《検挙されたい、お年頃》
《摘発されたい、お年頃》
ストーリーは……パッと見開いたページには、以下のような文章が。
『いよいよ、告白のタイミング。胸がドキドキ、ハートがキュンキュン。熱烈な取り調べで、私はついに落とされちゃった!』
犯罪者が自供する場面だよね? しかもこのゴロツキ、言葉遣いの可愛さに反して、爺だ。お歳を召したゴロツキだから、〝オトシ・ゴロ〟ってか!?
長いタイトルのも、あった。
《睡眠不足の眠り姫。今夜は君を眠らせない! ハッスル王子は、船を漕ぐ》
《人魚姫のスイスイ泳げる、政界遊泳術。努力を水の泡にしちゃダメ! 恋に溺れず、為政者を目指そう!》
《親指姫のライバルたち! 「目立ちたがりの人差し指姫、ウザイ」「モデル体型の中指姫、キライ」「婚約指輪を自慢する薬指姫、イヤミなオンナ」「小指姫は恐るるに足らず! おトモダチになってあげてもヨロシクってよ」》
…………火魔法の《火炎放射》で1冊残らず、焼き払っちゃおうかな?
「ウホ。サブロー、何を難しい顔をしているんだ?」
「いえ。いくら娯楽とは言え、本の内容が偏りすぎている気がして……」
「そうか? ウホホ?」
僕の意見表明は、親方の賛同を得ることが出来なかった。
人間とゴリラ、一見似ているようで違う。相互理解への道程、遙かなり。
僕の側に立っている、人夫さんが述べる。
「密輸する本は、娯楽物ばかりじゃ無いぞ。純文学や古典だって、あるんだ」
おお! そうなのか。早合点してた。ゴメンナサイ。
純文学、古典か~。
地球で言えばダンテの《神曲》や、ドストエフスキーの《罪と罰》みたいなもんかな? どちらもキリスト教の影響が強いが……。僕は両書(無論、日本語訳)の読破に挑戦して、いずれも1ページ目で挫折しました。
「純文学の書籍は、こっちの箱に入っている」
人夫さんが、別の箱を開けてくれる。
ふむふむ。どんなタイトルがあるのかな~?
お! 立派な装幀の本ばかりだ。重厚な雰囲気。期待が持てる。
…………ん?
《風と共にサリーヌ》
マーガレット・ ミッチェルの《風と共に去りぬ》に似ているね。
《ロミ男くんとジュリ子ちゃん》
シェークスピアの《ロミオとジュリエット》っぽい。
《荒らしが居った》
何だコレ? あ、エミリー・ブロンテの《嵐が丘》か。
《鈍器放って》
セルバンテスの《ドン・キホーテ》?
《偏屈王》
デュマの《巌窟王》?
…………ダジャレばっかのよ~な……。ウェステニラと地球って、交流はナッシングのはずだよね?
爺さん神は確かに、『ウェステニラへ送られる地球人は、お主が初めて』って僕へ言ったよ。
まぁ、タイトルの類似は、単なる偶然だろう。他の本を見てみれば……。
《秘蜜の花園》
バーネットの《秘密の花園》? でも、何かが微妙に違う……。
《リア充王》
シェークスピアの《リア王》か。リア充は敵だ! リア充キングめ。王座より、引きずり下ろしてやる。
《風の股サブロー》
宮澤賢治の《風の又三郎》からかな? 僕の名前が入っているね。けど〝股〟はイヤだ……。〝2股サブロー〟とか〝3股サブロー〟になったら、最悪。
《不倫した》
ヘッセの《車輪の下》?
《お気に召すママ【マザコン推奨書籍】》
シェークスピアの《お気に召すまま》か。あと、〝マザコン推奨〟って……。
《シスター・ウォーズ【シスコン推奨書籍】》
《スター・ウォーズ》は映画だよ?
《裸・性・悶》
ウェステニラ文字で、〝裸〟〝性〟〝悶〟と書いてある。芥川龍之介の《羅生門》が頭に浮かぶ、僕がオカしいのか?
《妄想・サトミちゃん発見伝》
滝沢馬琴の《南総里見八犬伝》!
《10日以上夜っぴて猥談》
鶴屋南北の《東海道四谷怪談》!
《カナデちゃんにチューするんじゃ》
は? …………ピコ~ン! 分かったぞ。歌舞伎の《仮名手本忠臣蔵》だ!
……………………なに、連想ゲームやってんの? 僕。
本のタイトルは…………ただの……偶然……たまたま、似てるだけ。そうに……違いない……はず。
僕が虚ろな瞳になっていると、親方が「ウホ! ベスナーク王国が誇る古典の数々を目にし、サブローは感激しているようだな」と満足げに唸る。今にも、ドラミング(ゴリラが胸をたたくヤツ)せんばかりの勢いだ。
なんか、もう疲れた。
でも最後にあと1つだけ、気になることがある。
取りわけ厳重に密封されている箱があるのだ。
如何にも、『重要アイテムが中にあります!』と言わんばかり。
「親方、これは?」
「ウホホ。それに関しては、迂闊に教える訳にはいかん。特殊な本が収められているのだ。ウホ」
今までの本も、充分に特殊だと思うが……。
僕への説明がてら、親方と人夫さんの1人が深刻な表情で語り合う。
「それらの本は、聖セルロドス皇国では特別第1級有害指定を受けている。ウホ。もし皇国内で所持していることが露見したら、重い刑罰を科されてしまうのだ。なので渡す相手も、厳選せねばならん。ウホホ」
「皇国でこれらの本の価値を理解してくれているのは、本当にごくごく少数の人たちですからね」
「ああ。レジスタンスのみだ、ウホウホ」
「我が王国でも、これら貴重本の良さは、まだまだ受け入れられていませんので。セルロド教の宗旨を信じる皇国の民衆が忌避するのも、無理からぬことです」
「少しずつ、啓蒙していくしかないな。ウホ」
「先行きは険しいですが、諦めるわけにはいきません」
皇国のレジスタンス……ベスナーク王国でも受容されていない……あ、イヤな予感。
「サブロー。その箱に保管されている、お宝本の詳細を知りたいか? ウホ」
「いえ、知りたくありません」
「そうか。どうしても、知りたいんだな、ウホホ?」
『知りたくない』と言っているのに! 人の話を聞けよ、ゴリラッパ!
人夫さんが、箱の蓋を外した。
秘密の箱の中にあったのは……。
まず、最初の1冊。
《ケモナーになろう!》
やっぱり。
《ケモノっ娘大全》
《猫っ娘と、ランチタイム》
《犬っ娘に、おアズけ》
《蛇っ娘に、巻かれたい》
《キツネっ娘に、騙されたい》
《タヌキっ娘に、化かされたい》
《サメっ娘のサメ肌がタマらない》
《キリンっ娘の帰りを、首を長くして待つボク》
《ゾウッ娘のお色気に、鼻の下が長くなるボク》
《セイウチっ娘の抜群のプロポーション。まるでキミは丸太のようだ!》
目まいがする。
「俺が睨んだとおりだ、ウホ。サブローは、〝分かっている〟男だ、ウホホ」
何故か、自慢げなゴリラ。やはり、親方はゴリラ族の獣人なのか? いや、ひょっとすると……。
訊いてみる。
「その……親方は、もしかして《世界の中心で獣人への愛を叫ぶ会》か、《世界の片隅から獣人を愛でる会》に所属しておられるのでしょうか?」
「ウホホ。俺は《叫ぶ会》の正式メンバーだ」
なんか、周りの人夫さんたちも頷いている。
怖い! 社会のあらゆるところに隠れ潜んでいる、ケモナーのヒューマンネットワークが怖い!
「ウホ! サブローも《叫ぶ会》の会員なのか? だがサブローに会ったのは、今日が初めてだな。ウホ~、そうか! サブローは《愛でる会》の会員……」
「違います!」
冗談を口にするのは、止めてくれ!
「友人が、《叫ぶ会》のメンバーなんです! バンヤルくんっていう……」
しまった! バンヤルくんの名前を漏らしちゃった。
「おお! バンヤルか!」
親方が、満面に笑みを浮かべる。
「バンヤルは、将来が有望な少年だ。いずれ、《叫ぶ会》の幹部となること、間違い無しだ」
そうなんだ! バンヤルくん、凄いね。《虎の穴亭》の親父さんとお袋さんは、きっと泣くだろう。
♢
日が暮れる。
夕闇に紛れるように、倉庫の中へ複数の人が入ってくる。船より下りてきた、皇国の人たちだ。
彼らは親方たちに軽く会釈すると、書籍が密封されている数個の箱を受け取り、そそくさと去っていった。
全く、言葉を発しなかったな。
しかも服装が、いかがわしさ満点。顔を覆う三角巾と丈長のガウンを着用しており、色は灰色に統一。目のところだけ2つの穴を開け、外気に晒していた。
何処からどう見ても、秘密結社の集団だった。
素顔を僕らに見せなかったのは、身バレの危険性を念入りに排除しようとの思惑からに違いない。万が一、個人情報が皇国側に伝わってしまうと、帰還した後に大変な目に遭ってしまうかもしれないからね。
聖セルロドス皇国における偏狭な宗教政策や獣人迫害は、かなり深刻なようだ。
ウェステニラでの冒険の舞台にベスナーク王国を選んで、本当に良かったよ。
こうして、僕の研修初日は終わった。
♢
《虎の穴亭》1階のカウンター前は、小さな食堂になっている。そこで、僕とミーアは遅めの晩ご飯を頂いた。
もちろん、僕とミーアは一緒のテーブルで食べる。
何故か、バンヤルくんとチャチャコちゃんも同席している。
「それで、ミーアちゃんは今日、どんな研修を受けたんだい?」
バンヤルくんが、ミーアへ尋ねる。そんな実兄を、横目で見るチャチャコちゃん。
「兄ぃ。前は全然、家に寄りつかなかったのに、ミーアお姉さまが宿泊するようになったら毎晩帰ってくる……」
さすが、バンヤルくん。
「アタシ、今日は先輩の冒険者に薬草の探し方を教えてもらったのニャ」
ミーアが嬉しそうに言う。
ミーアは先輩冒険者と連れだって、街の外へ出たとの事。
ナルドットの街の東側は野原や湿原になっている。
ミーアは森の薬草については少し通じているが、その他の地形に生えている薬草に関する知識は皆無だったはず。
「東の門より、ナルドットの外へ出たのにゃ。野っ原でにょ薬草摘みは、とても勉強になったにゃん」
ミーアを指導してくれたのは、女性のベテラン冒険者。「馬に2人乗りで、スピード移動したりもしたんにゃ!」とミーアが興奮気味に語る。先輩は人間だけど、ミーアに親切にしてくれたみたい。
冒険者ギルドが選んだ指南役なんだから、当然と言えば当然かな。
ミーアが、今日覚えた薬草の種類や生態、効用について、いろいろな話をする。
僕とバンヤルくん、チャチャコちゃんの3人は楽しく、ミーアのお喋りを聞いた。
「それで、サブローは今日の午後、何をしたんニャ?」
「え、僕?」
「にゃ」
「そうだ、サブロー。お前の話も聞かせろよ」
「サブローお兄ちゃんは、どんな事を学ばれたのですか?」
「僕……僕は……」
「にゃん」
「ふむふむ」
「わくわく」
「トレカピ河にある港へ行って」
「港にゃ!」
「ほぉ」
「波止場ですね」
「半裸のゴリラに会った」
「……にゃん。港で、ゴリラさん?」
「上半身を露出している、ゴリラ似の……。もしかして、リラーゴ親方か?」
「兄ぃの同類さんね」
「それから、船荷の積み込み作業をやった」
「……にゃむ」
「…………」
「…………」
「終わり」
「え! それだけにゃ?」
「それだけなのか? サブロー」
「それだけなの? サブローお兄ちゃん」
「それだけ」
ミーアとチャチャコちゃんは黙り込んでしまう。バンヤルくんが労りの眼差しとなり、僕の肩へソッと手を置いた。
「泣くな、サブロー」
泣いてないよ! 目にゴミが入っただけだよ!
「リラーゴ親方は、獣人の森に住むゴリラ族と、ベスナーク国民との友好関係樹立に力を尽くしている偉大なお方だ。《世界の中心で獣人への愛を叫ぶ会》の中でも、尊敬を集めている」
心底、どうでも良い情報だ!
「親方は、トレカピ河の水運にも大きな影響力を持っているし、知り合えたことは、今後のサブローの冒険者活動にとって大きなプラスになるよ。きっと」
そうなのか。ありがとう、バンヤルくん。僕を思い遣ってくれる、君の気持ちが嬉しいよ。
「だから、涙をふけ。サブロー」
泣いてないってば! これは、涙じゃ無いよ! 心の汗だよ!
「男が他人に涙を見せても良いのは、財布を落とした時と、《ケモノっ娘美少女ランキング》の投票期日を勘違いして、1票を無駄にしてしまった時のみだ」
「それは、兄ぃ限定」
チャチャコちゃんが、キチンとバンヤルくんへツッコんでくれた。
妹の鑑である。