波止場のゴリラ
さて、午後からの個別研修である。
ウェステニラは1日25ヒモク(時間)なので、午前と午後の境目が曖昧だ。一応、正式には13時まで午前の範囲なんだけど、実際は12~13時の間は「午前でも午後でも無い、お休みタイム」みたいな扱いになっている。
今はもう、14時。
僕ら新入りの5人はスケネービットさんの指示に従って、個別の研修を受けることになった。各々の能力・性格に合ったクエストを用意してくれているとか。
配慮が行き届いている。ような気がする。のは錯覚か? と考える。
……いかん。午前のトンデモ研修のせいで、だいぶ疑い深くなっているな。
僕はミーアに「頑張って!」と励ましの言葉を掛けた。ミーアが「アタシ、頑張るにゃん! サブローもシッカリ!」と応じてくれる。
ナンモくんとも、エールを送り合った。
パピプくんとプペポちゃんは……「私、パピプくんと一刻の間でも離れたくない!」「プペポちゃん。僕だって、そうだよ! けれど、これは冒険者になるために、どうしても乗り越えなくてはならない試練なんだ。大丈夫! 僕らの絆は、時間や距離なんかには負けないさ!」「そうね! 私達の絆は」「鋼鉄製!」…………どうでも良~か。
ただ老婆心ながら忠告すると、絆にはもう少し柔軟性を持たせたほうが宜しいかと。ポッキリ折れたら、修復不可能ですよ? 鋼鉄製だと、ロープみたいに結び直したりも出来ませんし。
♢
スケネービットさんが、僕に一通の紹介状を手渡す。彼女の直筆だ。あと、ギルドが臨時発行した身分証明カードも呉れた。
「サブローくんは、この紹介状とカードを持って、トレカピ河にある船着き場……ええと、これがナルドットの街の簡易地図よ。そうそう、ここに行ってね。向こうの人には、話を通してあるから」
「え! 僕1人で行くんですか?」
研修生の他の4人には、ギルド職員や先輩冒険者がサポートに付いていたみたいだが。
「なぁに? サブローくん。1人だと心細いの? ひょっとして、私に付いてきて欲しいとか?」
ビットさんがニヤリと笑って、僕に腕を絡めようとしてくる。
「いえ。ご遠慮します」
スッと、ビッチエロフより距離を取る。
美人局オペレーションを未だに続行しているんだな。騙されないぞ!
ビットさんが、ちょっと真面目な顔になる。
「私達ギルド側としては、サブローくんなら『単独で、研修クエストに向かわせても心配ない』と判断しているのよ」
そうか! それだけ、信頼されているんだな。これは、頑張らないと!
「とても特殊で困難なクエストだけど、励んできてね」
不安を煽るなよ!
♢
そんなこんなで、やって来ました、トレカピ河。ナルドットの街の北側を悠々と流れる大河だ。
満々たる水。緩やかな流れ。おお……向こう岸が見えない。
日本列島にある「川」とは、だいぶイメージが違うね。地球なら、長江とかアマゾン川とかガンジス川とか、大陸を流れる大河がこんな感じなのかもしれない。
雄大な景色に、少しばかり圧倒されてしまう。が、感動ばかりもしていられない。早く、クエストに取り掛からないと。
地図を片手に、目的の場所へ進む。……あった。この埠頭だ。かなり大きな波止場で、大型船が行き来している。船に乗り込むお客や、荷物を扱う人夫さんで混雑しているね。
僕は、休憩中の人夫さんに声を掛けた。
「あの……スミマセン。冒険者ギルドより派遣されてきた者ですが、リラーゴ様は居られますか?」
「リラーゴ? ああ、親方のことか。お~い、親方! ギルドからの手伝い人が来たぞ!」
人夫さんの呼び声が聞こえたのか、どしどしと地響きを立てつつ何かが歩み寄ってくる。
巨大な体格。分厚い胸板。丸太のような腕。がに股。ヒゲまみれの厳つい顔。短髪。赤銅色の肌。荒い鼻息。ゴリラ? ゴリラ族の獣人? ……あ、いや、人間の方ですね。しかしながら、何故上半身が裸なんでしょうか?
ゴリラ……じゃ無かった。リラーゴさんが口を開く。
「冒険者ギルドが寄こしたのは、坊主か? ウホ!」
割れ鐘のような大声だ。あと、『ウホ』?
「ハイ。そうです。宜しくお願いします」
「ひ弱そうな坊主だな。力仕事なんか、やれるのか? ウホ?」
リラーゴさんが、でっかい掌でバンバンと僕の背を叩く。痛いです!
「お? 意外と筋肉がついてるな。冒険者を目指すだけのことはあるみたいだな、ウホホ」
ウンウンと頷く、リラゴリラさん。違った。リラーゴさん。
あんまり『ウホウホ』言わないで欲しい。混乱する。まぁ、獣人のゴリラ族が話す言葉の語尾は『ゴリ』なんだが……。
「ギルドの職員から、ここでクエストをこなして来なさいと言われたのですが……」
リラーゴさんに身分証明カードを見せ、更に紹介状を渡す。
紹介状を一読したリラーゴさんが、豪快に笑い出す。
「ウホホ! 『ギルド期待の新人』と書いているぞ! ウホ」
そうなんだ。ビットさん、ありがとう!
「名前は、サブローか。ウホ。存分にこき使ってくれとも、書いてある」
おのれ! スケベービッチ!
「俺は、リラーゴだ。この船着き場における、人夫たちのまとめ役をしている。ウホ」
「坊主も、リラーゴさんのことは『親方』と呼びな」
人夫さんの1人が言い添える。
「分かりました」
「それじゃ、サブローには早速仕事に掛かってもらうとするか! ウホホ!」とリラーゴ親方。
いよいよか!
僕の冒険者(正式には未だなってないけど)としての初クエストだ。忘れられない記念、思い出になるに違いない。
スケネービットさんは『とても特殊で困難なクエスト』って言っていたな。
でも、僕は負けないぞ! 如何に難しいクエストであっても、やり遂げてみせる!
「サブローは、あっちの倉庫にある荷物を、皆と一緒に船に積み込んでくれ。ウホ」
…………それだけ? え? これ、冒険者ギルドが指定したクエストなんだよね? それが、ただの運搬作業?
「どうした? サブロー。さっさと取り掛かれ! ウホ」
「り、了解しました!」
倉庫に入ると、そこには多くの麻袋や荷箱が山積みになっていた。人夫さんと協力しながら、それらの荷物を指示された船へと運び込む。
麻袋は1人で、荷箱は2人掛かりで。
「坊主は、見掛けによらず、力持ちだな。頼りになるぜ!」
人夫さんたちが、称賛してくれる。
ふっふっふ。地獄の体力特訓では、赤鬼レッドに鍛えまくられましたからね!
今こそ、努力の成果を披露する時!
エッホ、エッホ、エッホ。持ち上げて、運んで、下ろして、また持ち上げて~。フォークリフトの様に~。ふぉー!!!
「ウホウホ! サブローは、やるな! これなら、良い人夫になれるぞ!」
やった! 親方が、僕の頑張りを認めてくれたぞ!
半裸のリラーゴさんが、サムズアップのポースを決め、剥き出しの白い歯をキラリ~ンと輝かせている。『ハンサムゴリラ』と、お呼び申し上げたい。
エッホ、エッホ、ホイサッサ。
重労働も、なんのその! 仕事でかく汗は、男の勲章! 川面を揺らしつつ吹き抜ける風が、火照った身体を心地良く冷やしてくれる。精神にみなぎる充実感! 素敵な職場だな~……………………って、ちょっと、待てぇぇぇぇ! え? 僕、何やってんの? これが、僕の初クエストなの?
僕が目指すのは、立派な冒険者! 港湾労働者になりたい訳じゃないよ!
まぁ、与えられた仕事は、ちゃんとしますけどね!
荷物の運び入れ先は、とても大きな帆船だ。全長は2サンモラ(100メートル)ほど、マストが3本もある。
何処へ行く船だろう?
僕の疑問を察したのか、親方が教えてくれる
「ウホ。この船は、聖セルロドス皇国へ向かう」
「え……」
聖セルロドス皇国? そう言えば、トレカピ河を下ると、皇国に着くんだよね。
「サブローが戸惑うのも、分からんではない、ウホ。現状、ベスナーク王国と聖セルロドス皇国の外交関係は良くないからな。だが、お上がどう考えていようが、大切なのは民の暮らしだ。交易はこうして、しっかりと続けるのさ。ウホ」
なるほど。いずれの世界に於いても、商売人は逞しいと言うことか。
夕暮れになる。
あらかたの荷物は船の中へと運び込んでしまった。
出港は、明朝だったはず。となると、後は……倉庫の奥に、数個の箱が残ってるね。貴重品が入っているのか、厳重に密閉されている。
「あの箱は、どうするんですか?」
「ウホ。あれは、密輸品だからな。係の者が、船から直接取りに来る」
密輸品!? このゴリラ! トンデモナイことを、サラッと述べやがった!?
「み……密輸品とは!?」
「表向きは、皇国側が受け取りを拒否するんでな。ウホ。正規の手続きを経ずにコッソリ輸送するんだよ」
リラーゴさん……人夫の親方と見せ掛けて、実は犯罪組織のボスとか? ボスゴリラだったのか!?
半ヌードは、伊達では無いらしい。半裸ゴリラという、これ以上無いほど怪しげな外見を目にしていたにもかかわらず、なんで警戒を怠ってしまったんだ! 僕の馬鹿!
「親方。〝密輸品〟と聞いて、僕は黙っている訳にはいきません」
だって、密輸品って言えば、いかがわしい薬とか偽金とかだよね?
「ウホ。サブロー、どうする気だ?」
「冒険者ギルドへ報告させてもらいます」
「この密輸は、冒険者ギルドも黙認しているぞ。ウホ」
なんですと――――!!!
冒険者ギルドめ! やっぱりブラック企業なだけに、闇の組織とつながりがあるのか! 許せん。
「おいおい、坊主。そんなに興奮するなや」
1人の人夫さんが、ぽんぽんと僕の肩を叩く。
「確かに、これらの密輸品に問題が無いとは言えない。皇国で公然と人目に晒すことは出来ないからなぁ。しかし、決して悪い品じゃないぜ。皇国の人達も内心では欲している物なんだ。ですよね? 親方」
「そうだ、ウホ。ベスナーク王国では、普通に街中で売られている物ばかりだ」
「自分たちは、皇国の民衆にとって必要な物を届けているだけなのさ。それは、喉が渇いている人間に水をプレゼントするのと寸分変わらぬ行為。いわば、善意の贈り物さ」
誇らしげな顔をする、人夫のオッサン。
う~ん。僕の想像していた品とは、ちょっと違うみたい。
王国ではありふれているが、皇国では禁じられている物なのか。
『皇国は、王国より宗教における戒律が厳しい』と耳にしたことがある。もしかして、アルコール関係かな? 地球でも、飲酒が禁じられている国があったはず。
だが如何に『飲んべぇは、世界共通』と言えど、アルコール禁止の国にお酒を持ち込むのは……やっぱり、良くないことのような気がするなぁ。現地の法や習慣は尊重しないと。
「サブローは、納得がいっていないようだな。ウホ」
親方が掌でアゴを撫でる。ジャリジャリとヒゲをさする音。思案するリラーゴさん。考えるゴリラ。
「良し。サブローに箱の中身を見せてやれ、ウホ」
「親方。宜しいんですかい?」
「ああ。サブローはいきなり割り振られた単純作業を厭いもせず、一生懸命に働いた。ウホ。一旦腑に落ちれば、口が固い人間だよ」
親方……信用してくれるのは嬉しいが……。
「坊主、こっちに来い」
人夫さんの1人が差し招く。僕が近付くと、密輸品が入っている箱の蓋を慎重な手つきで開けてくれた。
どれどれ。中には何が……え? 本?
箱の内部には、書籍がいっぱい詰まっていた。
「その……手に取ってみてもいいですか?」
「構わんぞ、ウホ」と背後から親方の声。
それでは、遠慮なく。
まず、変なイラストが表紙に描かれている本……女騎士とオークが仲良さげに手繋ぎしている……タイトルは《オークと、しっぽり一晩中・女騎士のオークナイト》…………リアノンにぶっ殺されるよ?
他には、少年と少女が熱く見つめあっているイラストが描かれている本。タイトルは、《初めての熱帯夜・眠っちゃ、ヤ!》。
貴婦人のイラストの本……タイトル《王国最強の精鋭部隊・貴婦人にムチで、ぶたれ隊》。
メイドのイラストの本……タイトル《メイドさんに心より感謝! 「メイドありがとうございます!」》
魔女風の衣装を着た女の子が、何故か片手に包帯を持ちつつ、足にはハイヒールを履いて大男を踏みつけている。そんなイラストが表紙に描かれた本のタイトルは……《魔女っ娘・ハイ治癒》。
密輸品って……厳格な宗教国家である聖セルロドス皇国より、これらの本が平然と街中で売られているベスナーク王国のほうがヤバいんじゃ……。




