スケスケバトル
ミーアの次に目標を発表したのは、ナンモくんだ。
「ボクは冒険者になってお金を稼ぎたいです、わん!」
う~む。純朴そうな外見に似合わず、リアリティー感が溢れている夢だ。堅実的ではあるけどね。
「それで、一軒家を購入するんです!」
ナンモくんの尻尾が、ピーンと斜め上を向いている。
おお! 一軒家! 大いなる野望!
「目指すは、庭付きの犬小屋なのです! わんわん!」と、誇らしげな顔つきで言明するナンモくん。
う~ん、犬小屋……犬小屋ねぇ……。
そりゃ、ナンモくんは獣人の犬族なんだからして、住まいを『犬小屋』と称しても別に何ら問題は無いんだけど……〝犬小屋〟という表現が……。なんか、ペットのワンちゃんのために庭に設置されるドッグハウスを連想してしまう。
三角形の屋根。出入り口の上部には《ナンモ》と記されたネームプレート。小屋の前に置かれたドッグフードの皿……。
こんなイメージを持ってしまうのは、僕が地球の日本出身だからかな? 聴衆の皆さんは、普通に拍手している。
目標発表の締めを務めるのは、パピプくんとプペポちゃん。
あ~、聞きたくないな。パ&プーの極楽コンビが述べそうなセリフは、おおよそ見当が付くし。
「僕は冒険者となり、出世して、プペポちゃんと結婚するんだ!」
「私はパピプくんと一緒に冒険者として頑張って、お嫁さんになるの! きゃ! 言っちゃった、恥ずかしい!」
け! こんな公衆の面前でノロケかよ! ノロケとか、喋ってる方は楽しいだろうが、聞いている側は、ただただ苦痛なだけなんだよ! その証拠に、見ろ! 観衆の皆様は、シラケきっておられるじゃね~か!
…………あれ? 皆様、平然と拍手してますね。ニコニコしている人も少なくない。ミーアは「素敵だにゃ~」、ナンモくんは「応援します!」とか発言してるし。スケネービットさんは「若いって、良いわね~」と微笑んでるし。
パピプペポに批判的なのって、僕だけ? 僕が、オカしいの? 僕が、間違ってるの?
そんな、馬鹿な! 皆様、目を覚ましてください!
こんなバカップルは、公序良俗紊乱罪で即座に逮捕すべきではないですか? 粛清すべきです! 収容所で思想改造を施すべきです! 穴を掘らせて、その穴を埋める作業を、延々とやらせるべきです。そうは思いませんか?
孤立を恐れる僕は、懸命になって聴衆を見まわした。と、ヒゲ面のおっさんの存在に気が付く。おっさんは、パピプペポへ必殺の眼差しを向けていた。
〝必殺〟と書いて、『必ず・殺す』と読む。
分かる、分かるぞ! 彼は、僕の同類だ! 先輩にして朋友だ! 世を憂える志を持つ、貴重な人材だ。
おっさんの熱い思いが、痛いほど理解できる。『カップルは、全員滅びろ』と考えているのだろう。だが、憂国の志士が絶望のあまり無謀な行為に走ってもマズい。ここは、キチンと忠告すべきだ。
おっさんに『こっち向け~』と念を送っていると、僕の気持ちが届いたようだ。ヒゲ面と、目が合う。
おっさんと、心が通じ合ってしまった。
無言のまま、目と目で語り合う僕とおっさん。
『先輩!』
『おお! 坊主も、俺と同じ思いなのだな! 坊主も、〝彼女無し〟か?』
『ええ、その通りです』
『ならば、後輩よ。するべき事は、分かっているな? 俺と共に、ヤツらに天誅を加えようぞ! 正義の鉄槌を下してやるのだ!』
『先輩! 早まられてはダメです』
『何だと!? 後輩は、ヤツらの傍若無人な態度を許せるのか? 俺は、もう我慢できん!』
『先輩! 先輩の苦しみは、僕の苦しみでもあります。しかし、忘れてはなりません。僕らは、〝選ばれし者・エリート〟であるということを!』
『俺たちが、〝エリート〟だと!?』
『そうです。彼らカップルは、所詮は平民。されど、僕らは貴族!』
『――っ! 確かに、俺たちは貴族!』
『そう、僕らは誇り高き〝独身貴族〟!』
『独身貴族!!!』
ヒゲ面のおっさんは泣いた。僕も泣いた。
「サブロー、ど~して泣いているのにゃ?」
「ち、違うよ、ミーア。泣いてなんかいないよ。これは、目にゴミが入っただけさ。嬉しくても哀しくても、貴族は涙を流したりはしないのさ」
「サブローは、平民にゃよね?」
そんなこんなで、お昼ご飯の時間になった。
スケネービットさんは、僕らを街の食堂へ案内してくれた。
新人5人が〝生き晒し〟の刑を受けた十字路の近くにある店舗だ。なかなかに繁盛している。
ギルドにも食事処は併設されていたけど、わざわざ外のお店に連れて来てくれるとは……気を遣ってくれたのかな? ナルドットに住んでいるナンモくんたちも初めてくる飲食店なんだとか。
テーブルにつくや、ビットさんが宣言する。
「さぁ、皆さん。好きな品を注文して良いわよ。私の奢り」
「本当ですか!? わん」と驚くナンモくん。
「ええ。但し、メニューは1つだけよ」
教育係のエルフが、茶目っ気たっぷりにウインクする。
おお! 太っ腹だ!
いや、ビットさんはスタイル抜群の細腰ですけど、太っ腹だ。
「そんな……悪いですよ」
「ええ。そこまでビットさんに甘えるなんて、私……」
おや? パピとプペが殊勝な言葉を述べているぞ。2人とも、案外に謙虚な性格みたい。
厚顔無恥なハレンチカップルだと思い込んでいたが、早合点だったかな?
「パピプくんとプペポちゃん。遠慮しないで。ここは、お姉さんに任せなさい」
お姉さん? まぁ、ビットさんは長命のエルフだからね。推測年齢90歳のお姉さんか……。
「でも……」
「けど……」
「さぁさぁ、気兼ねは無し無し」
「分かりました! 店員さん、このお店で一番高いメニューをプペポちゃんに!」
「パピプくん!」
「ハッハッハ。プペポちゃんには、いつでも最高のご馳走を食べて欲しいからね」
「私、嬉しい! 店員さん。同じく、一番高い品をパピプくんへ」
「プペポちゃん!」
「私だって、パピプくんには美味しい料理を口にしてもらいたいの!」
「プペポちゃん! 君って人は……なんて優しいんだ!」
モギュッと抱き合うパピプペポ。赤の他人の財布で、互いに奢り合う恋人達。
ダメだ、コイツら。
バカップルどころか、糖分高すぎ・糖質制限違反者だ。恋愛産業廃棄物だ。誰か、病院か処分場へ輸送してくれ。
それにしても、お店で一番高額のメニューを2品も要求されたのに、ビットさんは全然動揺していないな。支払いは、大丈夫なのか?
ビットさんの懐具合は水が入った洗面器のようなものだと、僕は予想しているのだが……。底が、透けて見える。
「は~い、承りました~」
パピプペポに、店員さんが明るく返事する。そして、厨房へ声を掛ける。
「ご注文が入りました~。超・超・超・激・激・激辛ドラゴンスープ麺を2丁~」
「は?」「え?」
パピプペポが、固まる。
「あ、あの……超・超・超・激・激・激辛ドラゴンスープ麺とは?」
恐る恐るパピプくんが尋ねると、店員さんは朗らかに答えてくれた。
「うちは、どのメニューも一律銅貨6枚の定価なんですけど、超・超・超・激・激・激辛ドラゴンスープ麺だけは超特殊な激辛薬味を使用するため、特別に銅貨7枚のお値段で提供させていただいているんですよ~」
そうか。メニューは全部(超・超・超・激・激・激辛ドラゴンスープ麺を除いて)同じ価格なのか。
確かウェステニラの銅貨1枚は、日本の100円くらいの価値だったはず。
だから、ビットさんは『何でも好きな品を注文して良いわよ!』などと豪語したんだな。姑息だ。
やがてテーブルに超・超・超・激・激・激辛ドラゴンスープ麺が運ばれてきた。
灼熱の赤い汁がドンブリの中に満々とたたえられている。時々、ボコッボコッと大きな泡が浮上してくる。あたかも、活火山の火口におけるマグマ溜まりのようだ。
「パパパパパパピプくん!」
「ププププププペポちゃん!」
パピプペポは、2人揃って顔を真っ青にしている。スープの赤と、対照的な色だ。
「プペポちゃん! 僕たちの冒険者生活も、いよいよ終わりの時を迎えたようだね」
まだ、始まってもいないがな!
「パピプくん……私、怖い!」
「大丈夫、僕がついているよ。最後まで、一緒さ!」
「うう……」
プペポちゃんが涙目でプルプルしている。
ぷるぷるプペポ。
あんまり可哀そうだったので、僕が注文した品と交換してあげた。ちなみに僕が頼んだのは、普通のトンコツスープ麺。
「感謝するよ、サブローくん。でも、プペポちゃんは絶対に君には渡さないからね!」
「ありがとう、サブローさん! けれど、ごめんなさい。私には、パピプくんっていう心に決めた大切な人が居るの」
告白する気なんて欠片もなかった子に断られてしまった。
何故か、心にダメージを感じる。理不尽だ。
あと、超・超・超・激・激・激辛ドラゴンスープ麺は、超激辛かったです。
危うく、炎のドラゴンブレスを吐くところでした。
それから僕たちはいったん、冒険者ギルドへ戻った。
ゴンタムさんら職員が喝采しつつ出迎えてくれる。新人5人全員の生還を祝福してくれているらしい。さながら魔王討伐に成功した勇者一行の如く、僕らを丁重に扱ってくれる職員たち。
ただ街角で喚きちらし、ランチを食べてきただけなんですけどね!
研修室で、休憩タイムとなる。
部屋には、スケネービットさんと新人5人。
コマピさんは、朝方に昇天して以降、姿を見せないな。あのまま天国に永住してしまったのだろうか?
それならそれで、一向に構わないが。
「午後からは、個別研修に移ります。皆さん各々、ギルドが指示したクエストを受けてください」
ビットさんの言葉に、僕は改めて心身にカツを入れ直す。どんなクエストかな?
「と、その前に……今ここで、集団研修の本日最後の課題をこなしてもらいますね」
え? まだ何かあるの?
ビットさんは椅子を6つ、円状に並べた。ビットさんを含め、僕らは車座になる。
「では、これより、順番に『今までの人生における極めて恥ずべき行為、あるいは深刻な失敗談』を何か1つ、打ち明けてもらいます」
なんだ??? その羞恥プレイ!!! 冒険者ライフと、いったい何の関係が!?
「冒険者として生きていくためには、〝勇敢な心〟が欠かせません。さぁ、勇気を振り絞って告白ターイム!」
なんて嬉しくない、告白タイムだ! それに、勇気の重要性は分かるが、使いどころを根本的に間違えている気がする。
だいたい、僕は人生において〝恥ずかしい行為〟も〝重大なミス〟も犯したことはありませんよ!
僕は完璧な男ですからね。
地球温暖化現象に直面している、北極海の氷に匹敵するほど完璧なんです。
新人5人は戸惑ったりモジモジしたりして、誰一人として口を開こうとしない。恥という感情をお母さんのお腹の中に置き捨ててきたとしか思えないカップル、パピプペポも、さすがに気後れしてる。
そんな僕らの様子を眺め、ビットさんは溜息を吐く。
「そうですね。いきなりの告白は、さすがにハードルが高すぎましたか。仕方ありません。私が口火を切りましょう」
ふむふむ、スケネービットさんの失敗エピソードか。これは、興味を惹かれるね。
「そう……あれは、私がまだ駆け出しの冒険者だった頃……」
「何百年前の話ですか? わん」
素直な疑問を口にしただけなのに、ナンモくんはビットさんにメチャクチャ怒られていた。可哀そう。
スケネービットさん、ナンモくんに「お座り!」とか言っちゃってるけど、彼は最初から着席してますよ?
「私は、『タンジェロの荒野に、スケルトンが貴重なお宝を隠し持っている洞窟がある』との噂を耳にしたの。仲間に相談してパーティーで向かえば良かったんだけど……私も、未熟だったのね。大手柄をあげて、知り合い皆をビックリさせようなんて考えちゃって……」
「トレカピ河を渡って、タンジェロへ1人で行かれたんですか?」
パピプくんが、ビットさんに質問する。
「ええ。皆さんは決して私のマネはしないでね。クエストで指示が出ている場合は別にして、モンスター討伐に向かう際は、基本的に可能な限り単独行動は慎むように。やむを得ず1人で赴く際は、ギルドなり、知人なりに、今後の方針を告げておくこと。自分の予定が、周りの誰にも知られていない状況は最悪よ。万が一の事態が起こっても、助けは絶対に来ないんだから」
ビットさんのアドバイスに、新人5人は頷く。
「それで、目指す洞窟に入るとね、スケルトンがわらわらと出てきちゃったのよ。複数居たとしても、せいぜい数匹だけだと思い込んでいた私が馬鹿だった」
ビットさんが自らの愚行を振り返る。
「スケルトンって何なにょ?」
小首を傾げつつ、僕に尋ねてくるミーア。
獣人の森にスケルトンは居ないのかな?
「全身が骨で出来たモンスターだよ」
「骨だけなにょ?」
「そう、骨だけ。魔力で体を動かしてるんだ」
スケルトンとどのように戦ったのかを、ビットさんが話す。
スケルトン退治には〝切る〟や〝刺す〟より、〝叩きつぶす〟のが有効な手立てであるとのこと。
どちらかと言うと、エルフにとっては相性の悪いモンスターだ。エルフは弓矢が得意だし、風魔法の攻撃は切断系が多いからね。
そのためビットさんは予めメイスを用意して、いちいちスケルトンを潰してまわったそうだ。風魔法によって、身体を素早く動かしながら。
メイス……柄の先が丸く膨らんでる、棍棒の一種だよね。殴るのに特化した武器というイメージが強い。
以前に読んだファンタジーノベルでは、僧侶やドワーフなんかが良く使用していた。ウェステニラでも、同様らしい。
洞窟の中で、メイスを勢いよくブン回している美貌の女性エルフ……。不似合い感が、物凄い。異様な光景だ。
にしても、スケネービットさんがスケルトンと戦ったのか。
スケネービットVSスケルトン。スケスケバトルだね。
「スケルトンたちは、なかなか手強かったわ。お宝を守るためか、必死になって私に挑んできた。屈強な戦士達。どいつもこいつも、根性があった。骨のある敵だった」
「骨のモンスターだけに、骨があったんですね」
「むしろ、骨しかないニャ」
僕とミーアが親切にツッコんであげたのに、ビットさんはスルーしてしまった。
「多少時間は掛かったけど、私はようやく洞窟内のスケルトンたちを一掃することが出来た」
おお! スケネービットさん、強い。
「そして、最後に残った1匹のスケルトンにお宝の隠し場所まで案内させたの。宝が入った箱が、3つもあったわ!」
「ど、どんなお宝が入っていたんですか?」
プペポちゃんがワクワクしつつ問いかけると、それまでキラキラしていたスケネービットさんの瞳がいきなり曇った。口調や物腰も、ドンヨリする。
「1つ目の宝箱を開けると、中には湿った布がたくさん詰まっていたの。『これは、何なの?』と捕まえているスケルトンに訊いたら、アイツ、意気揚々と答えやがったわ。『これは、温湿布だ!』と」
意味が分からない。
「『ど~して、宝箱の中に温湿布が入ってるのよ!?』と私は詰問したの。スケルトンのヤツ、『我々にとって、温湿布は憧れのアイテムなのだ。いつの日か湿布を貼れる体になることが、我々の見果てぬ夢なのだ』と返答したの」
骨の夢……。泣ける。
「2つ目の宝箱の中にも、湿った布がたくさん詰まっていたわ。『これは、何なの?』と捕まえているスケルトンに訊いたら、アイツ、得意気に答えやがったわ。『これは、冷湿布だ!』と」
……………………。
「『ど~して、宝箱の中に冷湿布が入ってるのよ!?』と私は詰問したの。スケルトンのヤツ、『我々にとって、冷湿布は憧れのアイテムなのだ。いつの日か筋トレしすぎて、筋肉痛に悩むことが、我々の見果てぬ夢なのだ』と返答したの」
無理じゃね?
「3つ目の宝箱には……」
なんか、もう聞きたくないな。飽きてきた。
「湿った布がたくさん詰まっていたわ」
やっぱり。
「私はガッカリしたわ。けれど3つ目の宝箱に入っていた布切れは、温湿布でも冷湿布でもない、魔法の湿布だったのよ!」
ほぉ。
「この布の正体! なんと船の破損箇所に貼ると、その部分が自動修復される不思議アイテム!」
なんで、船?
「マジックアイテム名は、シップ湿布」
ああ……船は〝SHIP〟だから……って、ダジャレかよ!?
「でも、思ったよりお金にならなくて。布切れで覆える面積が小さいから、意外に実用性が低かったのよ。船舶関連の人達に紹介しても、あんまり買い手がつかなかった」
さようで。
「まったく、骨折り損のくたびれもうけだったわ」
「骨を相手にしただけに」
「骨身を惜しまず働いたのに」
「骨を相手にしただけに」
「私の単独行動を、ギルドの誰も評価してくれなかった。骨を拾ってくれなかった。後始末は、全て自分がしなきゃいけなかった」
「骨を相手にしただけに」
「コマピにも、叱られちゃった。自分の迂闊さが骨身にしみたわ」
「骨を相手にしただけに」
「しばらく、クエストは受けないことにしたわ。骨休めすることにしたの」
「骨を相手にしただけに」
くそ、僕がこれだけツッコんでるのに、ことごとくスルーするとは! スケネービットさんが、イケずすぎる。
この恨み、骨髄に徹したぞ!
「私の恥ずかしい失敗談は、こんなところ。皆さんには、どんな経験があるのかしら?」
ビットさんが、皆の顔を見まわす。
ここまできたら、なにかヘマした話をしなきゃダメだよね。
弱ったな~。僕には恥ずべき過去など、ただの一点も存在しないのに。
ホ~ネ~。




