ケモナー第3勢力
アズキ達と裏路地で別れる。
ドラナドはクラウディが、エコベリはリアノンがヒョイと担ぎ上げ、彼らは去っていった。
クラウディもリアノンも、スゴい力持ちだね!
「オーク転生はイヤだぁぁぁ!」と悲痛な嘆願の声を上げたエコベリを、リアノンは「オークに拒否権は無い。但し、黙秘権はある。黙ってブタ箱へ行け」と殴って失神させていた。
リアノンは、本当にオークには容赦ないな。エコベリは人間だけど……人間だよね?
ヨツヤさんはアズキの回復魔法の治療により、辛うじて歩けるまでに体調を戻していた。しかし、何事かをキツくアズキに言い含められ、最後まで俯き加減で僕と視線を合わせようとはしなかった。
彼女の目は常時前髪に隠れているため、視線を合わせるも何もないのだが……。
僕は1人で《虎の穴亭》に戻った。
宿の扉を開けるや、ミーアが「サブロー!」と飛びついてくる。
時刻は真夜中近くであるにもかかわらず、《虎の穴亭》の親父さんとお袋さんも起きて待っていてくれた。バンヤルくんも居る。
「サブロー。服が傷だらけにゃ!」
ミーアが心配そうに僕を見つめる。
ケガはアズキの回復魔法のおかげで治ったし、服に染み付いた血は水魔法によっておおかた洗い流したが、革鎧やズボンの破損は修復しようが無かったのだ。
僕はミーアを安心させようと微笑む。
「大丈夫だよ、ミーア。着ている物はちょっと汚れちゃったけど、身体はなんとも無いから」
1階のラウンジのような場所でワイワイやっていると、チャチャコちゃんが奥の部屋より瞼を擦りつつ出てきた。ピンク髪のツインテールが解けている。
眠っていたのに、騒ぎのせいで目を覚ましてしまったらしい。
「サブロー。いったい、何があったんだ?」
バンヤルくんの質問に対し、僕は開示可能な範囲内については正直に答えることにした。《虎の穴亭》の人達にも関わってくる問題だしね。
バイドグルド家の騎士2人とトラブルになった。小競り合いをしているうちにクラウディとアズキがやってきて仲裁し、『今後、騎士たちに手出しはさせない』と約束してくれた。……そういう流れを話す。
リアノンやヨツヤさんの名前まで出すとややこしくなりすぎるため、省略させてもらう。
「……ですので、これから何事もないとは思うのですが、僕が侯爵家の騎士とモメてしまったのは事実です。もしご迷惑なら、僕とミーアは明日にでも宿を変えます」
そう申し出ると、親父さんは僕へ向かって力強く断言した。
「宿変えの必要なんてないぞ。サブローくんとミーアちゃんは、何も気にせずウチに泊まってくれ」
「そうですよ。水くさいことを言わないで」
お袋さんも言い添える。
器の大きい方々だな。
僕もミーアも、揃って頭を下げた。
親父さんが、闊達な笑顔を浮かべる。
「それにクラウディ様が事態の収拾を行い、以降の安全を保証してくださったんだろ? だったら、懸念するには及ばんよ」
「クラウディ様をご存じなのですか?」
「うむ。あの方は王都に多く居られてナルドットへはあまり顔をお見せにならんが、その高潔な人柄と誉れ高き武勇のほどは、街中の者なら皆、知っている」
「1年前でしたかしら。トレカピ河を渡ってタンジェロへ赴き、単独でマンティコアを討伐なさったんですよ。あの折には、街を挙げてのお祭りムードになりました」
お袋さんが、懐かしそうに眼を細める。
マンティコアって、顔は人間の老人・身体はライオン・尻尾はサソリの怪物だよね? コウモリのような翼も生えていたはず。一説では、ドラゴンに匹敵するほど強大な力を持つモンスターだとか。
それを魔法無しの状態で、1人で退治したのか。クラウディって、どんだけ腕が立つんだよ? 戦わなくて、正解だった!
「もし御領主様の家来が来ても、ミーアお姉さまに酷いことするようならワタシが追い返すわ! だから安心して、ミーアお姉さま!」
チャチャコちゃんが、ミーアに引っ付く。
「う……うん。ありがとさんなのニャ」
「遠慮しないで! 2人っきりの姉妹じゃないですか!」
10歳の女の子に「ワタシが貴方を守ってあげる!」と告げられて、ミーアは複雑そうな顔をしている。
あと、チャチャコちゃん。いつの間にミーアと姉妹になったの? それから、さり気なく実兄であるバンヤルくんの存在を消去するのは、いくら何でも、可哀そすぎると思う。
「サブローのことはど~でも良いが、ミーアちゃんの身に何かあったら一大事だ! 俺も力になるぜ!」
バンヤルくんが勇ましく宣言する。
悪い予感しかしない。
「取りあえず、《世界の中心で獣人への愛を叫ぶ会》と《世界の片隅から獣人を愛でる会》の同志に声を掛けて……」
止めて止めて。
ケモナーの大軍が『ミーアの護衛』と称して《虎の穴亭》へ押し寄せる未来を想像し、僕は恐怖で震え上がった。
「そうだ! 第3勢力にも支援を求めよう」と張り切るバンヤルくん。
第3勢力? あ、手作りの尻尾やケモ耳を装着しているケモナーさんたちね。《叫ぶ会》や《愛でる会》より手遅れ度が進行していると言うか、闇が深すぎると言うか、可能な限り近付いてきて欲しくないんだが。
「今日仕入れた情報によると、アイツ等は団体名を決めて勢いに乗ってきているそうだからな」
ど~せ、しょ~もない名前に違いない。でも、一応訊いておくか。
「どんな団体名なの?」
「《飾りじゃ無いのよケモミミは~、あっは~会》」
最低だ。
「ま、これは仮の名らしいけどな。もう1つの有力候補名として《シッポをつけても、シッポはつかまれるな会》ってのもあるとか」
最悪だ。『尻尾はつかまれるな』とか、どこかの犯罪組織の合い言葉みたいだ。
ケモナーによる助勢は心底有り難迷惑なので、丁重にお断りする。
バンヤルくんは渋っていたが、ミーアが「気持ちだけ受け取るにゃ」と述べると、「ミーアちゃんは、なんて慎み深いんだ!」と感激しつつ即座に了解した。
うん、バンヤルくんはそういうヤツだよね。
そんなこんなで、夜も更けているため、会合はお開きとなった。
僕とミーアは2階に上って、予約していた宿泊部屋へと入る。
ナルドットにいる間、この部屋に滞在することになる。あまり広くはないが、こざっぱりとしていて快適な空間だ。
「サブロー」
入室すると、ミーアが語りかけてくる。
僕はミーアの肩にポンと手を置き、それから今夜なにがあったのか、細かい点まで一切隠さずに打ち明けた。
「サブロー。アタシは、サブローのこと、信じてるニャン。でも、無茶は出来るだけしないで欲しいのにゃ」
ミーアの声色が少し湿っている。やっぱり、相当に気を揉ませちゃったらしい。
「うん、ゴメンね、ミーア。今晩のことは、いささか見通しが甘かったかもしれない。自戒するよ」
それから僕はミーアに『バイドグルド家ではフィコマシー様とシエナさん以外では、リアノンとアズキが頼りになる。あと、ヨツヤさんには極力、近寄らないように』とのアドバイスを行った。
ミーアが点頭する。「片目さんとアズキんね。分かったニャ」
……その呼び名は…………ま、良いか。
「さ、もう夜も遅いし、寝ようか。明日は朝から冒険者ギルドで研修だ」
え~と、寝台は……。
ここでベッドは1つしか無く、「え! ミーアと同じベッドで寝るの!?」とアタフタしてしまう…………などというベタな展開は無かった。ちゃんと寝台は2つ用意されている。《虎の穴亭》に抜かりは無い。
ベッドの1つは長方形で、部屋の壁側に。
もう1つのベッドは小さめの正方形で、部屋の反対側の壁の隅に。
出来る限り2つのベッドの距離が遠ざかるように設置されている点に、バンヤルくん、もしくはチャチャコちゃんの作為を感じるのだが。
そんでもって、どうして正方形?
戸惑う僕をよそに、ミーアはさっさとスクエア・ベッドに跳び乗り、その上で丸くなってしまった。……なるほど。ミーアは猫なので、隅っこで丸くなると落ち着くのか。
「おやすみなさいニャ、サブロー」
「おやすみ、ミーア」
♢
翌日、僕とミーアは朝早くに冒険者ギルドへ出向いた。
本日から新人研修が始まるのだ。この仮登録期間内に行われる研修をクリアすると、ギルドカードが交付される。そうなれば、晴れて冒険者だ! 最初は見習いだけど。
朝方はギルド内が冒険者達のクエスト受付で混むため、それより更に1ヒモク(1時間)ほど早くやって来るようとに昨日の時点で伝えられている。
「おお、良く来たな。サブロー、ミーア」
建物の中に入るとギルド職員である熊族のゴンタムさんが出迎えてくれた。
熊さんが研修室へと案内してくれる。
「すぐに講師が来るので、待っていてくれ」
「研修を受けるのは僕らだけなんですか?」
「いいや。サブローとミーア以外に、あと3名ほど受講者が居るぞ」
そう述べて熊さんは退出した。
しばらくミーアと2人だけで待機していると、誰かが部屋へ入ってくる。
おや? 犬族の男の子だ。獣人の年齢は分かりにくいんだが、おそらく10代半ばだろう。おっかなびっくりという様子で僕らに話しかけてくる。引っ込み思案っぽい。
『ワ、ワン。あの~、研修を受けに来られた方々ですかバウ?』
『そうにゃ! アタシはミーアにゃん! こっちはサブロー。宜しくにゃん』
ミーアが元気よく挨拶すると、ホッとしたようだ。僕も犬族語で語りかける。
『僕たちは同期になる訳だねワン。一緒に頑張って、立派な冒険者になろうバウ!』
『あ! 犬族語が話せるんですねバウ。ボクは、ナンモと申しますワン』
ナンモくんは茶色の体毛で、秋田犬っぽい雰囲気の犬族だった。ムシャムさんを思い出すね。
にしても、犬族語と猫族語って、やっぱり普通に通じてるよな。
『ナンモくんは、獣人の森出身なのかワン?』
僕がそう尋ねると、ナンモくんは首を横に振った。
『いえ。ボクは生まれも育ちも、ナルドットですバウ』
そこで、一呼吸置くナンモくん。
「ですから、人間の言葉も話せますよ」
おお、ミーアよりも流暢に人間語を喋ってるぞ。まぁ、ナルドットで生活するなら、獣人と言えど人間語による会話能力は必須だよね。
「凄いニャ! ナンモ!」
ミーアが手放しで褒めると、ナンモくんは尻尾を振った。照れたらしい。
パタパタ。
パタパタパタ。
パタパタパタパタ。
パタパタパタパタパタパタパタパタ。
おい! ちょっとばかり、尻尾を振りすぎだ!
「あ、ありがとう。ミーア……ちゃん」
「アタシ、今、人間さんの言葉を一生懸命勉強している最中なのにゃ!」
「そうなんだ。人間語、とっても上手だよ! ミーアちゃん」
「そうかニャ~? きっと、いつも側に居てくれるサブローのおかげニャン」
「ミ、ミーアちゃんは、サブローさんとはどういう関係……?」
ナンモくんが、変なことをミーアに訊いているぞ。くそ! 純真そうなワンちゃんだと思ったのに。油断も隙も無い!
ミーアの身の周りにうろつかせちゃいけない要警戒対象は、ケモナーや馬鹿騎士やカラーマン・エルフだけじゃなかったみたいだ。
ナンモくんのミーアを見つめる眼差しが、妙に熱い。
知ってるぞ、この目つき! 《彼女欲しいよー同盟》の一員であった僕を舐めるなよ! これは、あれだ! ちょびっと異性に優しくされただけで、『もしかして、この娘、僕に気があるの? チャンス到来? 春、遠からじ!?』と勘違いしちゃった童貞少年の目だ。
ナンモくんには、ミーアと親しくなって欲しくない。ナンモくんは早く立派な冒険者になりなさい。そして桃太郎のお供をして鬼ヶ島へ鬼退治に行くのです。島では、レッドやブラックやイエロー様が金棒を振り回しつつ待ち構えていることでしょう。
その場合、桃太郎が南無たろうに、ナンモくんが南無モくんになりそうだな……。
僕がナンモくんの輝かしい極楽的な将来に思いを馳せていると、ガチャッと部屋のドアが開く音がした。今度は1組の人間の男女が研修室に入ってくる。
浅葱色の髪の少年と、萌葱色の髪の少女だ。仲良く互いの腕を絡ませ、更に手を繋ぎ合っている。
カップルなのかな? うんうん、良いね~。僕と同世代だろうに、早くも恋人同士か。いや、羨ましくなんかありませんよ! 僕の心は、サハラ砂漠くらい広いので。乾燥しきってますが。
それはともあれ、感じが良い少年と少女だ。双方とも爽やかな笑顔。2人の間に漂う、ほのぼのとした雰囲気がこちらにまで伝わってくる。ハートフルだ。青春だね。心から、応援するよ! 頑張って!
「研修室はここみたいね、パピプくん」
「うん。いよいよ僕たちは冒険者としての1歩を踏み出すことになるんだよ、プペポちゃん」
「私、不安だわ! パピプくん!」
「心配しないで、僕がついているよ! プペポちゃん!」
「頼もしいわ! パピプくん!」
「全て僕に任せて! プペポちゃん!」
「格好いいわ! パピプくん!」
「可愛いよ! プペポちゃん!」
「愛してるわ! パピプくん!」
「僕もだよ! プペポちゃん!」
「ダーリン!!!」
「ハニー!!!」
…………………………………………うぜぇ。
やっと、コメディーに戻りました。




