グリーンの恋愛特訓
ブラックの武器特訓を終えたら(一応、剣や槍も教えてもらった)、次はグリーンの番だ。
体力・勉学・魔法・武器ときて、最後は何の特訓だろう? 正直、思い付かない。
訓練場所は室内だから、運動関係では無さそうだけど。
工作技術や料理とかかな?
異世界で料理無双とか、少し憧れる。生前はカップラーメンへお湯を注ぐことくらいしかしたことはないが。
特訓で腕を上げた僕の料理を食べた異世界人が「な、なんだ、この料理の味は!? 美味すぎる!」と驚愕するのを横目に、「これはビーフストロガノフという肉料理でして……」なんて得意気に語ってみたい。
料理の鉄人になった自分を妄想している僕に向かって、グリーンが言う。
「サブロー、僕は『貴方が望む事柄』の特訓をします」
「僕の望む特訓?」
「はい。異世界行きのために、貴方は何を上達しておきたいですか? やってみたい事を率直に述べてください。貴方が申し出た内容の訓練をします」
グリーンは何て親切なんだ! さすが、1人称が僕と被っているだけのことはある。他の4人の鬼たちとは全く違うね。
あの4人は、見た目も教え方も文字通りの鬼教官だったからなぁ……。
「さぁ、サブロー。遠慮は無しですよ。如何なる内容でも構いません」
千載一遇の機会だ。料理や工作の技術も良いけど、ここはやっぱり1番レベルアップしたい事柄について教えてもらうべきだろう。
僕は、思い切ってグリーンに望みを述べた。
「『恋愛の特訓』をしてください!」
一瞬だけ、部屋に沈黙の帳が下りる。
「『恋愛の特訓』ですか……」
グリーンは額の眉を顰めつつ、顎を右手で撫でている。
「あの、難しいでしょうか?」
僕は、グリーンが言い淀むのを見て不安になった。
「いえ、恥も外聞も無い要求だと思いまして」
酷いよ! グリーン。遠慮は無しって言ったくせに!
「では、恋愛特訓をすることにしましょう」
「あの、自分で言っといて何ですが、大丈夫なんですか?」
そもそも恋愛訓練の先生なんて、モテモテのプレイボーイにしか務まらないに違いない。
グリーンの鬼の中でのモテ度がどれくらいなのか、僕にはサッパリ分からない。もし、グリーンが『彼女いない歴=生きてきた年数』の鬼だとしたら、僕はとても残酷な要請をグリーンにしていることになる。
「大船に乗った気でいてください。サブローは、異世界でモテモテハーレムを築きたいんですよね?」
「いえ、そんなにまで高望みはしないと言うか……」
「そこで臆するからダメなんです。自分の欲望を率直に認めることは、『モテ道』の初歩ですよ!」
『モテ道』か……。何かグリーンが、たった今こしらえたっぽい名称だね。けど、言ってることに間違いは無い。
「ハイ! 僕は、異世界でモテまくってハーレムを作りたいです!!!」
僕の胸を張った宣言に、グリーンは(うわぁ、マジで言いやがった、コイツ。引くわ……)みたいな顔をする。
何なの、グリーン。僕に恨みでもあるの?
「モテるために最も必要とされる要素とは何だと、サブローは思います?」
グリーンの質問に、考える。
「顔ですかね?」
『イケメンはモテる』は、世の理である。
「顔も大事なファクターですが、最重要ポイントではありません。それに、顔は生まれつきです。いくら特訓しても、サブローの顔面偏差値は変わりません」
グリーンの指摘に、僕のライフポイントは下がりまくりだ。『グリーンは赤青黄黒の鬼たちより親切だ』などと思っていた僕が馬鹿だった。
グリーンこそ、ホンマもんの鬼畜だ(鬼だけに)。
「それなら、モテるための最重要ポイントとは何ですか?」
ふて腐れつつ尋ねる僕に、グリーンは断言する。
「金です」
「そんな身も蓋も無い……」
金、金って! そりゃ、そうだろうけど、少しは女性とのお付き合いに夢を抱かせてくれても良いじゃないか!
僕は女の子とデートしたことすら無い、ピュアボーイなんだぞ!
「『色男、金と力は無かりけり』って文句もあるじゃないですか」
「そんなもん、生活力のない男の妄想です。女性は夜間の街灯に寄ってくる蛾のように、お金に群がるんです。だいたいハーレムは、作るのにも、維持するのにも、莫大な経費が掛かるんですよ。所詮世の中、金を持ってるヤツが勝つんです」
僕の反論に、グリーンはやさぐれながら答える。
グリーンは、金銭関係で女性とトラブった経験でもあるのか?
「そうでなければ、なんでパープルは僕を捨ててゴールドのもとへ行ってしまったんですか!? 特訓地獄に送られてくる罪人の数が減って、僕の手取りが少なくなったのが原因としか考えられません!」
鬼同士の痴情のもつれなんて、知らんがな!
それにしても、ゴールドって名の鬼は全身が金色なのだろうか? ちょっと見てみたい気もする。
ゴールドは、ネーミングからしても肌の色からしてもお金持ちの匂いがプンプンするね。グリーンに勝ち目は無さそうだ。
「あの、つまり『恋愛の特訓』とは『お金を稼ぐ特訓』ということで宜しいんでしょうか?」
言ってて自分で悲しくなるな!
「サブローは、恋愛から夢を捨ててしまったんですね」
アンタが捨てさせたんだろうが。
「ですがサブロー、諦めてはいけません。世の中の女性全てがお金に目が眩むわけでは無いのです。愛に生きる女性も居るはずです。きっと、そうです。僕と一緒に信じましょう」
グリーンの何かに縋るような目つきが、ヤバすぎる。
僕はグリーンに『恋愛の特訓』を頼んだことを、心底後悔した。
次回、恋愛特訓実践編。