騎士の誓約
頭の中が過熱する。ククリの柄を握る掌に力がこもる。
《虎の穴亭》にドラナドの一味が向かっている?
ミーアの身に危険が迫っている?
ミーア!!!
胸の奥で沸き立つ焦燥感。駆け出したくなる我が身を、懸命に抑える。
「宿屋へ行った俺様の仲間は手荒なヤツでな。あの猫族は今頃、さぞかし酷い目に遭っているだろうよ。まぁ、貴様なんぞとつるんでいた報いだ。小娘の自業自得だな」
ドラナドが嘲る。
ヨツヤさんがヨロヨロと身を起こした。着用しているワンピースは色が黒なので目立たないが、鮮血でビッショリ濡れているに違いない。肩口と脇腹の無残な裂傷が、イヤでも目につく。
あれほどの大怪我を負っていながら、まだ動けるのか!
彼女は、いったい何者なんだ?
脳裏に焼き付いて離れない、ヨツヤさんの赤い瞳――到底、普通の人間とは思えない。
記憶を探る。
……そう、タントアムの旅館でフィコマシー様の寝室へ侵入してきた男。アイツの眼は通常は青鈍色だったが、一瞬だけ赤色に変化した。あれは確か、男へ『お前、魔族だろ?』と魔族語で問いかけた時のはず。
よもや――
疑心にかられる僕をよそに、ヨツヤさんはドラナドのほうへ顔を向けた。長い前髪に隠れて表情は読めないが、戸惑いを覚えているらしい。狼狽しているようにさえ見える。
ドラナドの発言は、おそらくヨツヤさんにとっても意外なモノだったのだろう。
しかし僕へと対峙したヨツヤさんは、普段モードの冷徹な口調で語りかけてきた。
「サブロー様。ミーア様の身の上を案じられるのでしたら、これ以上の手向かいはなさいませんように」
…………落ち着け。冷静になれ。惑わされるな。
ヨツヤさんは、オリネロッテ様への忠義に己が命を懸けているメイドだ。その彼女が、ミーアに危害を加えるようなマネをするだろうか? オリネロッテ様は、ミーアに対して終始、好意的な態度だった。
加えてミーアの無邪気な性格――将来を視野に入れたとしても、ミーアの存在がオリネロッテ様の脅威になりうるとは考えられない。
ヨツヤさんがミーアを排除する意図を持つ可能性は極めて小さい――そう推測するのが、妥当だ。
ヨツヤさんの与り知らぬところで、ドラナドたちが勝手にやったケースも考えられなくはない。
けれど、ドラナドは騎士だ。それも、オリネロッテ様の専属護衛という栄誉ある地位についている。いくら短慮者とは言え、最低限の誇りとモラルはあるはず。この闇討ちにおいても、ともかく真っ向勝負を挑んできている。
ヨツヤさんの奇襲は……まぁ、戦法としてはギリギリ許容範囲だ。
しかし、誘拐や強請となると、訳が違う。『ミーアを人質に取る』のは僕への牽制としては有効な手段かもしれないが、あまりにも卑怯すぎる。
そこまで悪辣な方法を選択するか?
それに、もし本当にミーアの身柄を押さえているのなら、もっと早い段階で僕へ告げるのではないか? ドラナドとヨツヤさん、2人がここまで重傷を負った状況で初めて打ち明けるのは、不自然すぎる。
おそらく、この情報はフェイクだ。僕を動揺させるための出任せに違いない。
頭の働きをクリアにしろ! 隙を敵に見せるな! ミーアは大丈夫だ!
必死になって頭を冷やす。だけど、万が一……脳内の隅でチリチリと埋み火が熱を発して止まない。
「どうした、小僧? もうしばらくしたら、猫族の小娘の良い鳴き声を聞かせてやるから、楽しみにしてな」
「サブロー様と親密な仲であった、ミーア様が悪いのです。お気の毒ですが、仕方ありません」
ドラナドとヨツヤさんの声が、耳に響く。頭の中の埋み火が、灼熱の炎へと変わる。
……ああ、そうか。これが、〝殺意〟か。
ドラナド……それと、ヨツヤさん。貴方たちは、終わったよ。貴方たちは、僕の中の地雷を踏んだ。
嘘だろうが真実だろうが、僕への脅しの材料としてミーアの身を持ち出してきた時点で、もう許すことは出来ない。ミーアの未来への障りになると分かったからには、消えてもらう。
ククッ……と、口角が上がる。まさか、ここに至ってヨツヤさんの思考に共感を覚えてしまうとはね。
なるほど、『大切な人が歩むであろう道は綺麗に掃き清めておきたい』……ね。納得だよ、ヨツヤさん。
ドラナドの眼が、油断なく動いている。自己が投げ掛けたセリフの効果を見定めているようだ。
僕の心の乱れに乗じて、攻勢を掛けてくるつもりなのだろう。その飽くなき勝利への執念、根性だけは認めてやる。
「小僧、今更命乞いしても遅いぜ。小娘ともども、仲良くあの世へ行きな。そう言えばあの猫族の小娘、名前は何と言ったか……」
が、お前の薄汚い弁舌はこれ以上聞くに堪えない。ミーアの名を、お前如きが口にするな。
跳躍する。太腿の痛みなど、知ったことでは無い。
刹那に、ドラナドとの間合いを詰める。
敵とゼロ距離で、ククリを一閃。ドラナドは悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちた。
「な!」
驚愕したヨツヤさんが大地を蹴って、僕から離れる。同時に、彼女は左右の腕を死に物狂いで振り回す。
宙を乱舞する鋼の糸。〝一糸必殺〟の念がこもっている。触れるだけで大怪我、身体に巻き付けば致命傷間違いなし。
四方八方より迫ってくる奇怪な凶器。回避するのが極めて困難な、恐るべき攻撃だ。
けれど、もう関係ない――――
僕の体内で、魔素を魔力へ変換する作業は既に終わっている。
魔法発動。
「《風刃》!!!」
鋭い風の刃が、ヨツヤさんを襲う。
風は糸を容易にすり抜ける。鋼の糸で防ぐ術など皆無。
風魔法の直撃を受けて、ヨツヤさんの細い身体は空中を舞い、もんどり打って大地へ倒れ込んだ。両断はしなかったものの、さすがにもう再起不能だろう。
僕はドラナドの側へ寄り、屈み込む。もはや虫の息となっている男の首元を掴んだ。
「おい」
「……な、なんだ」
ヒューヒューと、苦しげな呼吸音がドラナドの喉より漏れる。一声発するだけでも苦しそうだ。目の焦点も合っていない。視界がぼやけているらしい。
死にかけだな。僕が魔法を使用したことに気付く余裕など無かったに違いない。
「お前等、本当にミーアの身に手を出しているのか?」
「…………」
「《虎の穴亭》に仲間を向かわせたのか?」
「そ、それは……」
「サッサと、答えろ!」
ドラナドの首を締め上げる。このまま、窒息させてやろうか?
「ぐ、手、手を緩めてくれ」
「甘えるなよ……。お前を殺したくて、ウズウズしているんだ。だが、正直に話せば、命までは取らない」
「本当か?」
「約束する」
僕の本気を悟ったのか、喘ぎ喘ぎしつつドラナドが白状した。
「猫族の娘のもとへ仲間が向かっているという話は、嘘だ」
「間違いないな?」
「ああ。この襲撃に参加したのは、俺様を含めてこの路地に居る3人だけだ」
3人……ドラナドとエコベリ、そしてヨツヤさんか。
「よし……それでは、死ね」
ククリを振り上げる。肉厚の刃が、月光を反射して不気味に輝く。
「お、おい! 命は奪わないと!」
「嘘は、お互い様だろ?」
薄く笑う。ミーアの周辺にうろつきそうな害虫を、僕が放っておくとでも? 殺人に、躊躇いは――無い!
「待ってください! サブロー殿!」
今にもククリを振り下ろそうとした瞬間、鋭い制止の叫びが僕の脳天を貫いた。無視できぬほど、強烈な威圧。
振り返ると、路地の先に1人の騎士が立っていた。
凜とした姿勢。オレンジの髪。紫の瞳。バイドグルド家最強の騎士――クラウディ。
「やれやれ、今晩は全く以て千客万来ですね」
僕はドラナドを地面へ叩きつけて気絶させ、クラウディの方向へ身体を向けた。彼は何のためにこの場に来た? 僕の敵としてか?
クラウディと僕が相対していると、更にフワリと誰かが天より下りてくる。風魔法による空中浮遊か? その者は地面へ突っ伏しているヨツヤさんのもとへ慌ただしく走り寄った。
「ヨツヤ! ヨツヤ! しっかりしろ! この傷では……」
アズキだった。黒いマントを身につけた黒髪の魔法使いは、瀕死のヨツヤさんへ焦りながら手を翳す。
「ヨツヤ。しばしの間、堪えてくれ」
アズキの掌より溢れ出す光。回復魔法を施しているらしい。
光と風、複数系統の使い手とは……。アズキは、思っていた通り、極めて優秀な魔法使いであるようだ。
ところが意外なことに、アズキの魔法を受けたヨツヤさんは「うぁぁぁぁぁ!」と悲鳴を上げた。それにおっかぶせるようにアズキは「我慢じゃ、ヨツヤ。其方の傷を塞ぐには、この方法しか……」と励ましの言葉を掛けている。
どういうことだ? 光魔法による治療をしてもらっているにもかかわらず、苦痛の声を漏らすなんて……。
ヨツヤさん。彼女は、いったい如何なる体質なんだ?
アズキの応急処置が功を奏したのか、ヨツヤさんの叫びは次第に小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。
さて。
「それで、クラウディ様は何をなさりにいらっしゃったのですか?」
クラウディを見据える。
正直、もうクラウディと戦う余力など残ってはいない。けれど、弱気は見せられない。
紫眼の騎士は、思い掛けない行動に出た。腰に帯びていた剣を鞘ごと外し、右手で持ったのだ。戦意が無いことを示しているのか?
続けざま、僕へ陳謝する。
「この度のドラナドとエコベリの暴挙、申し訳なかった! サブロー殿へ、お詫びする」
ドラナドたちは血塗れになって路地に転がり、僕はククリを片手に佇んでいる。
なのに、クラウディは僕を責めない。ドラナドたちに非がある成り行きを瞬時に察したのか、驚くほど低姿勢だ。
慧眼だな。
しかしながら、クラウディの聡明さとドラナドたちとの決着は別問題。
「それは、バイドグルド家騎士団を代表しての謝罪ですか?」
「……個人としてです」
「そうですか」
なら、意味は無いな。
僕は、気を失って地面に倒れているドラナドへ目を遣る。早く、コイツにトドメを刺さなきゃ。
「サブロー殿! サブロー殿の怒りはごもっともながら、ドラナドたちの命だけは助けてくださらないだろうか?」
「ドラナドとエコベリは僕を殺す気で襲ってきたのですよ。この期に及んでの助命嘆願は、虫が良すぎませんか?」
「まったくだ」
背後より、リアノンの声が聞こえる。
振り向くと、隻眼の女騎士が歩み寄ってきていた。ボロボロになったエコベリを、片手でズルズルと引きずっている。
ボコボコに腫れ上がったエコベリの顔は、もはやオークと見分けがつかない。
即席オーク(元騎士)は、朦朧としつつ謎めいたセリフを呟きつづけていた。
耳を澄ます。「自分はオークです。人間では無くて、スミマセン、スミマセン……」とか「いつの間に自分はオークに……? これが、噂の異世界転生か?」とか、どうにも解釈しがたい譫言を口にしているね…………彼とリアノンとの間では、どのような戦闘が行われたのかな? 知らないほうが、良さそうだ。
リアノンは、ピンピンしていた。鎧に多少の傷はついているものの、身体自体にダメージは見受けられない。
彼女の無事な姿に、ホッとしてしまう。高まりきった感情が、少しだけクールダウンする。
それにしても、リアノンってメチャクチャ強いんだね! 彼女が敵として現れた際にオークたちが覚えるであろう恐怖は、想像を絶するに違いない。
「騎士同士が、互いの命を賭けて決闘に及んだのだ。神聖な戦いに横から口出しするのは、如何にクラウディ殿と言えど無粋なのではないか?」
リアノンが僕へ加勢してくれる。有り難い。
僕は、騎士ではないけど。
「リアノン殿の仰ることは、正論」
苦渋のあまり、端正な顔を歪めるクラウディ。
「だが、ここは曲げてご了承願いたい。オリネロッテ様の護衛騎士が、このような不名誉な死を迎えるなどあってはならないことです」
クラウディは再び頭を下げる。
「ドラナドとエコベリには厳しい処罰がくだるように、自分が必ず取り計らいます」
「妾からも頼む、サブロー」
ヨツヤさんへの取りあえずの手当てを終えたのか、アズキが話に割って入ってきた。
「衝動的なところはあれど、ヨツヤはオリネロッテ様の大切なメイド。ヨツヤの身に何かあっては、オリネロッテ様が悲しむ」
「勝手な言いぐさですね」
腹が立つな。
所詮、クラウディもアズキも、あっち側の人間なのだ。
「ドラナドとエコベリ、それにヨツヤさんは僕の命を狙っただけじゃない。リアノンさんへも攻撃を仕掛け、加えてミーアの身の安全を脅迫材料にしたんですよ。見逃すことなど出来ません!」
「なんだと、ミーアちゃんのことまで持ち出したのか! 不埒千万! 許せん、許せんぞぉ!」
リアノンが憤慨する。
あれ? リアノンがミーアを〝ちゃん〟付けで表現したのは、これが初めてじゃないかな?
最初は「猫族」、次いで「ミーア」と呼び捨てにしていたのに……。おそらく心の中では『ミーアちゃん』といつも呼んでいて、それが興奮のあまりポロッと口より出てしまったに違いない。
ミーアの隠れファンが、ここにも1人。
「そもそも、どうしてクラウディ様とアズキ殿はこの場へ?」
僕の問いに、アズキが答える。
「オリネロッテお嬢様が、『ヨツヤの挙動が気になる』と仰ってな」
アズキが、クラウディを見上げた。2人の身長差のせいで、親子に見えるな。もちろん、アズキは子供。
実際は、アズキがクラウディより6つも年上なんだが。
「ヨツヤの行方を探っていたところ、クラウディと顔を合わせたのじゃ。クラウディはクラウディで、ドラナドたちの動きに不安を覚えて調べはじめていたとの事。話し合った結果、もしかしたらドラナドやヨツヤがサブローへ悪意を持って、何かを仕掛ける気になっているのではないかと……」
「サブロー殿が居られる宿へ、アズキ様と向かっていたのです。すると、近場より戦闘が行われている気配が感じられたため、確認しに来たという訳です」
この路地は《虎の穴亭》より、かなり離れているのだが。
それほどの遠距離でも、クラウディは戦いの空気を感じ取ることが出来るのか。彼の戦士としての能力は、いよいよもって桁外れだな。
「今後、彼らがサブロー殿やミーア殿の身に危害を及ぼすことは決してありません。自分がさせません。約束します! なので、ここは一旦引いていただけませんか?」
「サブロー、お願いじゃ」
クラウディとアズキ、必死だな。ドラナドたちの身を心配しているというよりも、バイドグルド家の名誉、それ以上にオリネロッテ様の心の平穏が、彼らにとっては重要なのだろう。
尤も、アズキは先程、ヨツヤさんに光魔法による治療を行っていた。ヨツヤさんのことも、気に掛けているのは確かだが。
「もし、僕がイヤだと言ったら……?」
「その時は、やむを得ません。力尽くでも……」「すまん、サブロー」
クラウディが剣入りの鞘を、右手から左手へ持ち替える。いつでも、抜剣できるように。アズキも、姿勢を固くする。周囲に漂う魔素を吸収し、身体の中で魔力へ変換しているらしい。
エコベリを放り投げたリアノンは、僕の隣に並んだ。クラウディたちと敵対する気のようだ。
あくまで僕に味方してくれるのか……。ありがとう、リアノン。
ここで、クラウディやアズキと戦えば、100パーセント負ける。しかも、その敗北にリアノンを巻き込んでしまう。
ここら辺りが、矛の納め時だろう。
「分かりました。ドラナドたちへの処罰と再発防止を、約束してください」
僕がそう述べると、緊迫しきっていた雰囲気が緩んだ。特にアズキは、安心したみたい。プシュルルル~と、彼女の身体より空気が抜けていく音が聞こえるような気がする。
〝敏腕魔法使い〟といった感じの格好いいオーラを放っていたのに、たちまち通常のあんころ餅仕様に戻った。
クラウディも微笑む。
「サブロー殿の寛大な対応に感謝します」
「いえ」
「クラウディ殿と真剣勝負できる、千載一遇のチャンスだと思ったのに……」
リアノンがブツブツ文句を言っている。
おい、この隻眼の戦闘狂! 場をややこしくするのは止めてくれ!
アズキが焦ったように、僕の側へやって来る。
「よく見れば、サブローも傷だらけではないか! すぐに治してやる」
ついさっきヨツヤさんに回復魔法を施したばかりだというのに、アズキは僕のために光魔法の連続使用をしてくれた。
治療を受けつつ、アズキへ小声で話しかける。
「ヨツヤさんとの戦いで、僕は風魔法を使いました」
「そうか……。やはり、サブローは魔法使いじゃったのか」
アズキが、僕へ囁き返す。
「ヨツヤさんがオリネロッテ様へ報告するのは止められないでしょう。ですから、オリネロッテ様とヨツヤさん、そしてアズキ殿以外の人間に秘密が漏れないよう、口止めをお願いします。僕が魔法使いである事実は、あまり公にはしたくないので」
「了解した」
アズキがコクコクと首を縦に振る。
「それと、ヨツヤさんは……」
彼女の正体をアズキへ訊こうとして、けれど思いとどまった。今は、まだ下手に詮索しないほうが良い――直感が告げる。『藪をつついて蛇を出す』というコトワザもある。
「ん? なんじゃ? サブロー」
「え~と、ヨツヤさんの容態は?」
「大怪我しておるが、命に別状はない。ヨツヤは、人一倍強健な体質なのでな」
「…………」
体調が回復したのち、僕はクラウディと向かい合った。アズキとリアノンは、ドラナドたちの手当てや監視を行っている。
クラウディの姿を改めて視認する。長身・イケメン・剣の達人と三拍子揃った若者。彼もオリネロッテ様へ忠誠を誓っている1人だが、ドラナドたちやヨツヤさんのような盲目的・狂信的な気質は少しも感じられない。
クラウディはその若さにもかかわらず、理性的で思慮深い性格のようだ。そして、おそらく義理堅い。
「クラウディ様。今晩この場は譲りますが、ここは1つ、〝貸し〟ということで宜しいでしょうか?」
「〝貸し〟ですか?」
「ええ。今後、僕が何かをお願いした際、1つだけ無条件で引き受けて欲しいのです」
ずうずうしい頼みだろうか? が、クラウディは快く頷いてくれた。
「承知しました。但し、あくまで自分の騎士たる誇りに反しない範囲での受託となりますが」
「それで、構いません」
「では、騎士として誓約いたします」
クラウディは腰に提げていた剣をちょっとばかり抜いた状態で、鍔の部分を差しだしてきた。僕もククリを同様にし、互いの鍔を打ち合わせる。
血の臭いが籠もる裏路地に、心地良い金属音が響く。
武士の誓約、金打だ。まさか、ウェステニラの騎士の間において、そっくりな風習があるとは思わなかった。
僕とクラウディは笑いあう。初めて、ほんの少しではあるが、クラウディと心が通い合ったような気がした。
クラウディとの約束は、僅か4日後に果たされることになる。僕もクラウディも、予想もしなかった形で。