誇り高き女騎士
リアノンが僕の側に付いてくれた。
……何だろう、この気持ち。とっても嬉しい。
単純に自分にとっての戦力が増強されたことのみが理由じゃ無いな。リアノンの心意気に、僕は感動しているのだ。
彼女は立派な戦士だ。誇り高い女騎士だ。
例え、物もらいにかこつけた眼帯詐欺師だとしても。例え、見開かれた左眼が物騒きわまりない光を放っているとしても。例え、頭の中身がポンコツだとしても。例え、パニックになると喋り方が幼児返りするとしても。例え、女っ気の欠片も感じさせない物腰だとしても。例え、オーク絶対殺すウーマンだとしても。例え、ビキニアーマーを着用する可能性が皆無だとしても。そもそも、ビキニアーマーが微塵も似合わないとしても…………うん、これ以上は止めよう。
リアノンの振る舞いに、ドラナドは呆気に取られてしまったらしい。
「リアノン。お前は、その平民に味方するって言うのか?」
「その通り」
胸を張り、堂々と表明するリアノン。
「なんでだ? 平民に味方して、お前にどのような得がある? ……まさか、リアノン。貴様、その平民の小僧に惚れているのか?」
「バ、バカなことを言うな! 騎士たる私が、そのような浮ついた要因で戦いに関する行動を決定したりなど……愚かな選択、やるはずが無い!」
リアノンが、大声で反論する。
そうだ! ドラナド、リアノンを侮辱するな! ……暗闇で良く分からないけど、リアノンの顔、赤くなっているような気がするな。錯覚に違いない。
「確かに、父上と母上へサブローを紹介する日程については頭を悩ませているが……」
リアノンが、僕のほうへ振り向く。
「なるべく早いほうが良いかな? それとも、吉日を選ぶべきかな?」
そんなの、知らんがな!!!
リアノン、ど~して語調をウキウキさせてんの? え!? 僕、リアノンの両親に会いに行かなきゃならないの? 何のために? リアノンの両親に「え~、先日お宅の娘さんに剣で真っ二つにされそうになったサブローと申します。今後は娘さんを僕の周囲、半径20ナンマラ(10メートル)以内には近寄らせないようにしてください。それが無理なら、檻に入れてください。頑丈な檻に。あ! 僕ですか? 僕は現在、無職ですよ。 ……違います! 誤解しないでください! 娘さんのお給料を当てになんかしてません! 僕は近いうちに正式な冒険者になる予定でして……」と自己紹介するの?
妙にモジモジしながら「あ~、う~、縁起が良い日は~、でも『思い立ったが吉日』とも聞くしな~」とブツブツ呟いているリアノンに、ドラナドがドン引いている。僕も、ドン引きだ。
……ここに、もしシエナさんが居たら、血の雨が降るかも。そんな予感。
リアノンの捕食対象となっている僕を、敵サイドのもう1人の騎士であるエコベリが見る。〝可哀そうなヤツ〟を眺める眼差しだ。
く! これより、剣を交えるであろう相手に同情の視線を向けられるとは。耐えがたい屈辱!
ドラナドは気を取り直し、僕らを改めて睨みつけてきた。
「まぁ、そんなことは、どうでも良い。リアノンと平民の小僧が交際しようが、恋人になろうが、両親公認となろうが、結婚しようが、子だくさんになろうが、俺様には関係ない。興味もない」
「自分もだ」
エコベリが同意する。
残念そうなリアノン。
「そうか……ドラナド殿とエコベリ殿は、私と共にバイドグルド家への忠勤に励む騎士。しかも、御両者いずれもオリネロッテ様の専属護衛。是非とも、私とサブローの仲を祝福して欲しかったのだが……」
……おい、ドラナドとエコベリ。あとリアノン。お前ら、い~加減にしろよ。なに、当事者である僕を無視して勝手に話を進めてるんだよ。
バイドグルド家の騎士って、こんなヤツばっかりだな。キーガン殿やクラウディのような真面な人間は少数派なんじゃ……。
「リアノン。どっちみち、貴様と小僧に明日はない。貴様らは、今晩この路地で仲良く揃って死体となる運命なんでな」
ドラナドが腰に提げていた長剣を抜き放つ。エコベリも同様に剣を構えた。両人の剣身が、月光を反射して闇夜に煌めく。
「ドラナド殿、エコベリ殿。何故だ!? 何故、私とサブローの子だくさんの将来を邪魔するのだ!?」
リアノンの発言内容がオカしい。
「決まっている。貴様と小僧がオリネロッテ様の敵だからだ」
「私は、オリネロッテ様をこの上もない程に敬愛している。オリネロッテ様に敵対するつもりなど、これっぽっちも無いぞ」
ドラナドのつけてくる難癖に、リアノンが反駁する。僕も、言い添える。
「リアノンさんの仰るとおりですよ。僕だって、オリネロッテ様に害をなしたりは絶対にしません」
アズキとの約束もあるしね!
「ハ!」
僕とリアノンの申し立てを、ドラナドは笑い飛ばした。
「貴様等のご託など、耳を傾けるだけ無駄だ。平民、貴様はあの白豚の味方だよな? そして、リアノンは白豚の味方である平民の小僧に加勢する道を選んだ。白豚の味方は、すなわち、オリネロッテ様の敵だ。しかも白豚づきのメイドと違って、貴様等は腕も立つ。この世から、排除しなきゃならん」
……ドラナドのセリフに違和感を覚える。
フィコマシー様の味方は、オリネロッテ様の敵!? どうしてだ? 姉妹の関係は、確かに尋常では無い。しかし、お2人が敵対しているとか、家督を争っているなどという話は聞いたことが無いぞ。
そもそも、フィコマシー様の侯爵家における実質的立ち位置は、オリネロッテ様より遥かに低い。あらゆる人が援助を惜しまないオリネロッテ様と比べて、フィコマシー様を手助けする人間はごく僅か。フィコマシー様がオリネロッテ様と勢力を競ったところで、勝ち目など無い。
それなのに、何故ドラナドはこんなにもフィコマシー様を警戒しているんだ? 執拗なまでにフィコマシー様を孤立させようとする?
「ドラナド殿は、いったい何を仰ってるのかな? 私がオリネロッテ様に悪意を抱くことなどあり得ないのに……私が、オリネロッテ様の敵? ……う~ん、良く分からん。ともかく、ドラナド殿もエコベリ殿も剣を収めてはくれないのだな。ならば、戦うまでだ」
リアノンは、うんうんと頷きつつ1人で納得し、抜剣した。凄い、割り切りかただ。
なんでリアノンが今までフィコマシー様をまるっと〝居ない者〟として扱っていたのか、ようやく理解できたよ。リアノンは、分かんなくなったら、考えるのを止めちゃうんだ。『ま、良いか』って、思考を放棄しちゃうんだ。
時々居るよね。『思い出せないな~。ま、良いか。思い出せないってことは、ど~せ大した案件じゃないだろ』とアッサリ結論づけしちゃうタイプの人。
ぐじぐじ思い悩む傾向がある僕としては、羨ましい限りだ。
でも、本当に良いのかな? ドラナドやエコベリはリアノンの顔見知りだよね?
「リアノンさん。味方してくださるのはとっても有り難いんですけど、相手にしなくてはならないのは、バイドグルド家の騎士様がたです。リアノンさんの同僚でしょう? 大丈夫なんですか?」
リアノンへ、小声で語りかける。
バイドグルド家でのリアノンの立場が悪くなっちゃはないかな? それに何より、仲間と戦うことに、リアノンは躊躇や気後れを感じないのだろうか?
「これまでの経緯はどうあれ、剣を構えて向かい合ったからには、敵同士だ。互いに遠慮は無用。手加減するなど、むしろ先方への侮辱だ。攻撃してくる相手は、全力で叩きつぶすのみ。オークは絶対殺す」
リアノンが、格好良すぎる。男らしすぎる。惚れてしまいそう。抱かれたい。あと、オークは関係ありません。
僕の眼に映じる現在のリアノンは……〝頼れるお姉さん〟って感じ。やや派手めの、美人さん。
あれ? ……ああ、そうか。
うん。間違いない。少しばかり、真美探知機能が働いているね。
リアノンの隻眼の容貌が、キラキラと輝いて見えるよ。凜々しい。『美男子かと思えば、美女』『美女かと思えば、美男子』……いわゆる、〝ハンサムウーマン〟って、やつだ。
リアノンが女騎士だからって、『全然、ジャンヌ・ダルクっぽく無いよ! 〝ペテン女騎士〟だ!』なんて考えていた、過去の僕が浅はかだった。
今、思い当たった。リアノンのイメージに近い歴史上の人物は、源平合戦で活躍した女武者、巴御前だ! もとより、ジャンヌ・ダルクは関係なかったんだ。
巴御前については、『平家物語』に「色白く髪長く、容顔まことに優れたり。一人当千の兵者なり」みたいな記述があったはず。
リアノンの肌は色白では無く、こんがり焼けていますが……加熱したパンのように。
美味しそう。……彼女の香りは、トーストの匂い。マーガリンを、塗りたいです。
宇治川の合戦において敵将の首をアッサリねじ切っちゃった、巴御前。
真美探知機能を通して眺めるリアノンの姿は、巴御前に1歩も引けを取らぬ〝美女〟にして〝猛女〟にして〝敵兵絶対殺すウーマン〟。笑顔で、対戦相手の頭をもいじゃいそう。
実際、彼女と出会ってしまったオークは軒並み、《パラダイス行きの特急トレイン》に無条件で乗車させられるそうだし。バイドグルド家の騎士達の間では、有名な話のはず。
にもかかわらず、ドラナドとエコベリは引く気を起こしてはくれないらしい。『貴様等は必ず殺す』と言わんばかりの剣呑な雰囲気が、2人から漂ってくる。
遺憾だが、戦いは避けられそうに無い。
「了解しました。僕はドラナドと戦います。リアノンさんには、エコベリの相手をお願いします」
「心得た」
2つの月が見守る裏路地で、2対2の戦闘が始まった。
僕はククリを抜いて、ドラナドと対峙する。
正眼に構え、油断なく敵の力量を測る。ドラナドは僕へ向けて絶え間なく殺気を放っている。しかし、そこにクラウディほどの凄みや圧迫感は、存在しない。
ドラナドが練達の騎士であることは明瞭だ。けれど、僕だって伊達に地獄の特訓をくぐり抜けてきた訳じゃないぞ。
深呼吸…………よし、勝てる! 手足は熱く、頭は冷静に。
僕とドラナドは、同時に攻勢を仕掛けた。激しく斬り合う。
2合、3合。闇の中、火花が散る。
ククリの猛撃によって、ドラナドはたちまち壁際へと追いこまれた。
手心を加えている余裕なんて無い。勝負は早めに付ける。
リアノンがエコベリと戦っているのだ。ドラナドを戦闘不能にして、すぐにでもリアノンに助太刀しなきゃ。……リアノンが心配だ。エコベリは、何と言ってもオリネロッテ様の専属護衛騎士の1人。手強い対手であることは、間違いない。
僕の耳に、リアノンの叫び声が飛び込んでくる。
「キェェェェイ!」「どりゃ!」「こなくそ!」「よっしゃあああ!」「頭をかち割ってやる!」「オークは、死ね!」
リアノンは元気いっぱい。助けにいくどころか、むしろコチラのほうが励まされる。
でも、もう少し音量を抑えないと、ご近所迷惑だよ?
意気軒昂なリアノンとは対照的に、エコベリは「む!」「ぬ!」「くそ!」「これが、狂犬リアノンの真の実力か!」「聞きしに勝る、凶悪ぶり!」「このままでは、自分も《リアノン被害者の会》に強制加入させられてしまう!」「会員特典は〝仲間からの同情〟だけだと聞くぞ!」「〝出血大サービス〟など、受けたくは無い!」とかいった弱音を漏らしている。
……なんか、リアノンがエコベリを圧倒しているみたい。気遣いは無用っぽい。エコベリが妙に引っ掛かる単語をいっぱい発しているけど。……スルーしよう。
しかしながら、リアノン。出来れば頭をかち割るのは止めて、手足を叩き折るくらいで済ませてくれないかな? それと、エコベリは人間でオークじゃ無いよ?
ドラナドは壁へ背を預けて、荒い息を吐いている。集中力が乱れているのか、隙だらけだ。
次の一撃で、決着だ。
僕はククリを振りかぶった。
――その瞬間。
僕の背後へ、頭上より何かが降ってきた。
ゾクッと、背筋に寒気が走る。首に、正体不明の細い物体がまとわりつく感覚。
悟る。
コレが僕の首を締め上げたら、僕の命は終わる。死ぬ。
反射的に、思いっきり身を伏せる。頭を可能な限り低く。同時にククリを右手に持ち、後方へ全力で振り切った。遠心力によってスピードを増した斬撃。しかし、何者かは軽々と躱す。
プツンと。
僕の髪の毛が数本、宙を舞う。
なんだ? 何が起こった?
僕の身体から切り離されたのが頭髪のみで済んだのは、幸運だった。もし僕の反応があと一瞬でも遅れていたら、首が胴体よりサヨナラしていたかもしれない。
地面を転がりながら、もと居た地点より距離を取る。
迂闊だった。敵はドラナドとエコベリだけでは無かったのだ。彼らがリアノンを連れてきたことで、ドラナドたちが力添えを頼んだのはリアノン1人だと安易に早合点してしまっていた。路地裏に立ち並ぶ建物の屋上に、別の人物が潜んでいたとは……。
ソイツはタイミングを見計らって、僕へ奇襲を掛けてきたに違いない。危なかった。
僕は身を起こし、体勢を立て直す。
でも、惜しかったね。見事な奇計ではあったけど、結果は失敗だよ。
新手が何者かは知らないが、覚悟してもらおう。
ククリを構える。切っ先が指し示す敵は2人。
1人は当然ドラナド。もう1人は……黒ずくめの背後霊……では無いよね。黒いワンピースを着用した女性だ。ヨレヨレの長髪は闇夜に溶ける濃紺色。垂れ下がった前髪が目元を完全に隠している。
月光に照らし出された人物……その正体は、ヨツヤさんだった。
オリネロッテ様づきのメイドである彼女と、こんな形で再会するとは。
「サブロー様……オリネロッテお嬢様を悲しませる罪人……貴方様には、冥土へ赴いていただきます」
冥土なメイドさんは、僕へ告げた。ポツリポツリと聞き取りにくい音声で。




