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異世界で僕は美少女に出会えない!? ~《ウェステニラ・サーガ》――そして見つける、ヒロインを破滅から救うために出来ること~  作者: 東郷しのぶ
第五章 冒険者ギルド・鉄格子の向こう側

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シエナ、サブローを理解しようとする(イラストあり)

 シエナ視点です。

★ページ途中に、シエナのイメージイラストがあります。


 ミーアが話してくれた『冒険者ギルドにおける、サブローの本日の行状(ぎょうじょう)』。それは、想像を絶する内容だった。

 シエナの頭は、パンク寸前。


『サブローが、ドーテーを卒業した』

『ゴブリンが初体験の相手』


 信じられない。信じたくない。信じたら、お終いだ。


 でも、告発者はあの(・・)ミーア。

 正直者にして純真無垢を絵に描いたような、猫族の少女。


 嘘であるはずが無い。サブローも慌ててこそいるものの、否定はしなかった。


(私、これからどんな顔をしてサブローさんと向かい合っていけば良いの?)

 シエナは悩んだ。脳内がヒートアップし、頭より湯気が立ちのぼるほどに。


 この世に生を受けて以来、シエナは今ほど苦慮(くりょ)したことは無かった。


 シエナには、武芸の心得(こころえ)がある。数年前、王都の侯爵家の屋敷において、女剣士とスナザ(ミーアの叔母)より、レイピアを始めとする武器の扱いや体捌(たいさば)きの方法を仕込まれたのだ。

 現役の冒険者であるスナザと彼女の相棒である女剣士は、当然ながら〝ドーテー〟という隠語(いんご)やその示すところの意味を知っていた。けれど、わざわざシエナにその種の言葉を教えようとはしなかった。


 シエナの本業は、あくまでメイド。 

 いざと言う時、フィコマシーお嬢様を護れるだけの技倆(ぎりょう)を身につけておく――それこそ、シエナが戦闘訓練に励む目的。


『冒険者ギルドや特定の騎士団で使用されているスラングなど、年少のシエナに敢えて伝えるほどの重要事項では無い』と世慣れた2人の女性は判断したのだ。

 従って、シエナはミーアが口にした〝ドーテー〟なる単語の概念を正しく解釈することが出来ない。そのまんま、『ああ……童貞なんだ……』の〝童貞〟だと思っている。


 女剣士とスナザの配慮が、裏目に出た格好だ。


 ちなみに冒険者業界における隠語としての『童貞』は〝人間あるいは人型モンスターの息の根を自ら止めた経験が無い男性〟を指しており、冒険者が女性の場合は『生娘(きむすめ)』と呼ばれる。


 17歳のシエナは、現在どちらの意味でも『生娘』だ。


 もし、サブロー以外の男性が『俺は、ゴブリンを相手に初体験を済ませたぜ!』などと誇らしげに語ったとしたら、シエナは即座にその人間との関係を断つだろう。

 以後、フィコマシーお嬢様と自分の半径40ナンマラ(20メートル)以内には断じて近寄らせない。


 しかし、当のサブローが、僅か1日のうちに接触絶対禁止の変質者に成り果てていようとは……夢にも思わなかった、まさかの事態。


(サブローさん。高潔で良識に富む人格者である貴方が、何故そのような特殊性癖(せいへき)を……)

 シエナは嘆く。


 ゴブリンで童貞卒業している時点で、高潔も良識も無いのだが。


挿絵(By みてみん)


『サブローと縁を切る』という選択肢は、シエナの中に存在しない。


(フィコマシーお嬢様の明るい将来に、サブローさんは欠かせない)

 シエナは、そう思う。

 彼女自身にとっても、サブローは〝何があっても決して離れたくない人物〟だ。


 サブローと出会えたことは奇跡だ――とシエナは信じている。


 けれど……如何に言い訳しようと、サブローは〝ゴブリンとヤッちゃった〟人間。本来であれば、〝目を合わせちゃいけない〟男性の筆頭だ。


(今後、どのようにサブローさんとお付き合いしていけば良いのかしら? 皆目(かいもく)、見当が付かないわ)


 シエナの心は折れそうになっていた。


『異性とお付き合いする』という行為の難易度が、これほど高いなんて!

 シエナは、男性と恋愛・結婚関係にある世の女性全てに対し、深い尊敬の念を抱かざるを得なかった。


 そして思い出す。

 シエナの武術の師匠である女剣士は、『恋愛の達人』を自称して(はばか)らなかった。更に、やたらと教え子であるシエナへ〝恋愛に関するアドバイス〟をしたがった。

 ありがた迷惑としか思えなかった、それらの助言――ひょっとして、現在の難局打開に活用できるのでは?



「シエナ。アタイは、今までたくさんの男と付き合ってきた」

 女剣士が、自慢げに述べる。


(それって詰まるところ、数多くの男性と交際したけど、誰とも長続きしなかったってことじゃないのかな?)

 シエナ(10代前半)はそう推測したが、賢明にもその考えを口にしようとはしなかった。


「多くの男性と上手に付き合うコツは、なんだと思う? シエナ」

「分かんない」

「フッ。それはね、〝理解と共感〟さ」


 ドヤ顔の女剣士。


「理解と共感?」

「男ってのは、単純だからね。『この女性は、自分の考えを理解してくれる!』とか『自分のセンスに共感してくれる!』と思ったら、コロッと参っちゃうものなのさ。逆に言うと〝自分の考えを理解してくれない〟あるいは〝自分のセンスに共感してくれない〟女性とは、男性は付き合いたがらない」

「…………」

「取りわけ重要なのは、〝共感〟よりも〝理解〟だね。男の考えやセンスが、あまりにも自分の常識から遠すぎると、とてもではないけど〝共感〟するのは難しい。無理に〝共感〟を演じても、嘘っぽくなる。でも努力すれば、〝理解〟は辛うじて出来るはずなんだ。その男性との交際を続行したいのなら、〝共感すること〟は出来なくても、〝理解すること〟を放棄しちゃいけない。〝理解すること〟を諦めたら、お付き合いは其処(そこ)でジ・エンドだ」

「う~ん。やっぱり、良く分かんない」


 首を傾げるシエナ。


「男と付き合ったことのないシエナには、高度すぎる話だったかな?」


 再びドヤ顔の女剣士。ムカつく。


 殴りたい、その気持ち悪いニヤニヤ顔。

 砕きたい、その恥知らずのアイアンハート。

 潰したい、その根拠なき増上慢(ぞーじょーまん)


「幼いシエナちゃんには、特別にアタイの経験談を開陳(かいちん)してあげよう。アタイは、恋愛体験が超・豊富だからね。将来の参考にしてくれ」

「ふ~ん」

 

 シエナが〝大道芸人を見る目つき〟になっていることに、女剣士は気付かなかった。


「そうだなぁ……3年前に付き合った男には、変わった(くせ)があった。ソイツ、自分の部屋に戻ると必ず全裸になるんだ。『衣服は、所詮は拘束具(こうそくぐ)。裸にならないと(くつろ)げない』とか言ってな」

「変態だ」

「でも、アタイはその男の癖を〝理解〟してあげた。共感は出来なかったけどね。心の中で、その男のことを『ゼンラーマン』と呼んでいたものさ」

「へぇ~」


「2年前に付き合った男は、オカしな信念の所有者だった。『女性はみんな、ミニスカートを穿()くべし!』ってのが、ソイツの主張。常々『膝より(すそ)が下になるスカートは、スカートにあらず! 単なる布製の(つつ)だ!』と熱く語っていたっけ」

「変態だ」

「でも、アタイはその男の信念を〝理解〟してあげた。共感は出来なかったけどね。心の中で、その男のことを『ひざ小僧』と呼んでいたものさ」

「先生も、ミニスカートを着たの?」

「いや。アタイは、ズボンを愛用してた」

「…………」


「1年前に付き合った男も、困った習慣を持っていたよ。毎朝、(ひげ)の手入れに3ヒモク(3時間)以上の刻を費やすんだ。口髭(くちひげ)顎髭(あごひげ)頬髭(ほおひげ)を如何に美しく見せるかに、己が全人生を懸けていた」

「変態じゃないけど……でも、交際は遠慮したいかな……」

「アタイはその男の習慣を〝理解〟してあげた。共感は出来なかったけどね。心の中では、その男のことを『ヒゲ()ちゃん』と呼んでいたものさ」

「まぁ、前の2人よりはマシかな?」

「あと、ソイツはつるつるのスキンヘッドだった」

「…………」


「どうだい? シエナ。男性と付き合う上で、〝理解〟はとても重要だろう?」

「それで、先生。その男の方たちとは今……」

「別れた」

「…………」


(何ソレ?)とシエナは思う。


「あの、先生。お話を伺った限り、結局のところ〝理解〟しても、無理なものは無理、ダメなものはダメなんじゃ……」

「そうじゃない!」


 女剣士は、大声を出す。


「アイツ等の(ゆが)んだ性根(しょうね)をアタイはちゃんと〝理解〟してやったのに、アイツ等がアタイの気高い望みを〝理解〟してくれなかったんだ! だから、ダメになっちゃったんだ! 全くもって、心の狭いヤローどもだ」


 悔しそうな女剣士。


「先生の望みって?」(『歪んだ性根』とか言っちゃうんだ……。全然、理解してあげてないよね)

「『剣士とフードファイターという、2つの職業(ジョブ)を続けたい』ってのが、アタイの願いなのさ」


 女剣士は、フードファイターでもあった。


「ヒゲ美が『君は、わが(はい)と黒パン100個、どちらが大切なんだ?』と訊いてきたので、『もちろん、黒パン100個』って即答したことがあったんだ」

「…………」

「『わが輩、悲しい。サヨナラだ』とヒゲ美のヤツ、ほざき(・・・)やがった。理解力の足りない男は、これだからイヤなんだ」

「私、ヒゲ美ちゃんのほうに共感しちゃうな……」

「ふん! アタイはいずれ、〝冒険者としてのアタイ〟も〝フードファイターとしてのアタイ〟も受け入れてくれる、心の広い男性を見付けるんだ」


 女剣士とシエナがグダグダ駄弁(だべ)っている場に、スナザがやって来る。


「アンタと10日以上交際を続けるのは、ベスナーク王国の領土と同じくらいの広さの心を持ってる男じゃないと不可能ね。なんで、そこまでフードファイターにこだわるの?」

「そんなの、決まってる。アタイは、〝食べること〟が好きだ。そして〝戦うこと〟も好きだ。だから、フードファイターであり続けるんだ!」


 誇り高く言い放つ、女剣士。

 鼻で笑う、猫族女性の冒険者。


「別にフードファイターにならなくても、日常生活で普通に美味しいものを食べれば良いだけじゃん。シエナちゃん、こんな〝無意味で無価値でお馬鹿なこだわりを持つ大人〟になっちゃダメよ」

「なんだと~! 男と付き合ったことが1度も無いスナザに、言われたくはないぞ!」

「50回連続でフラれているアンタよりはマシよ」


 女剣士とスナザがいつものようにバトルを始めたので、シエナは黙って退避した。



(サブローさんと疎遠になるなんて、イヤ! 確かに〝ゴブリン相手のドーテー卒業〟はショックだったわ。けれど、諦めたら、それまで。……私、頑張るわ。サブローさんの考え・趣味・感性などに関して、〝共感〟は無理でも、〝理解〟はしなくちゃ!)


 悲壮な決意を固めるシエナ。チャレンジャー過ぎる。


(敵情偵察(ていさつ)……じゃ無かった。危険度調査……でも無かった。〝サブローさん情報〟の収集作戦開始よ)


 シエナは、サブローへ質問した。

「その……サブローさんの卒業相手となったゴブリンは、冒険者ギルド側が用意したんですか?」

「ええ、仰るとおりです」と答えるサブロー。


「では、サブローさんの〝卒業〟はギルドが強制した結果なんじゃ……?」(そうであって欲しい!)

「いえ、それは違います。ギルドは選択肢を提示したのみです。卒業は、どこまでも僕の意図に基づくものです」


 断固とした口調のサブロー。

 何故か彼の顔が凜々(りり)しく見えてしまい、シエナはドキリとした。


(どうして、サブローさんを格好良く感じてしまうの? そりゃ、ゴブリンで卒業するなんて、(はがね)の精神じゃなきゃ実行できない。サブローさんは、特殊な意味で〝強者(つわもの)〟だった……男らしくもあった……そんな事実が証明されたとは言えるけど。でも、アブノーマルな雄々しさにトキメキを感じちゃうとか、私、間違ってるわ!)


「サブローさん………サブローさんは、前々からゴブリンのメスに関心を持たれてたんですか?」(そうなの? サブローさん。人間の女の子より、ゴブリンのメスに興味があるの?)

「僕が相手したのはオスですよ、シエナさん」

「……………………え」


 絶望。

 シエナは、たった今、世界が終焉の時を迎えているような錯覚を抱いてしまった。


 ドーテーの卒業相手がゴブリンであることは、100歩譲って、まだ許せる。いや、本当は許せないが、心の底では許せないが、正直に言えば許せないが、敢えて目をつぶってみせる。しかし、ゴブリンのオスで初体験したとなると……。

〝共感〟どころか、〝理解〟さえ、不可能だ。〝理解〟してしまえば、シエナは人間の女として終わる。大事な何かを、決定的に失ってしまうに違いない。


「僕は、ゴブリンのオス2匹を同時に相手したんです」


 沈痛な表情の少年。

 メイドの精神は、オーバーヒートでブラックアウト。あと、ハートブレイク5秒前。


「ゴブリン……オス……2匹同時……檻の中……ギルドの職員が見ている前で……」

(無理よ! 〝理解〟できない! 頑張って〝共感〟しようとしたら、目の前は真っ暗、頭の中は真っ白になっちゃった!)


 シエナが機能停止状態に陥っているさなか、突如フィコマシーが椅子より立ち上がった。そしてヨロヨロとした足取りで、サブローへ近付いていく。


「お、お嬢様!?」


 シエナは驚く。

 覚束(おぼつか)ない歩みとは対照的に、フィコマシーの瞳が力強い光を(たた)えていたためだ。


 フィコマシーが、ソッと優しくサブローの手を取る。

「申し訳ありません、サブローさん。そんな事(・・・・)までさせてしまって……」


 いたわりの感情に満ちた、フィコマシーの声。


(えええええ!!! お嬢様が、サブローさんを〝理解〟した!?)


 どのような思考回路をたどれば、サブローの経験を〝理解〟できるというのだろう?


(不可能を可能にする、スペシャルな自己欺瞞(ぎまん)法でもあるのかしら? お嬢様! 私にも、是非ご教授ください!)


「フィコマシー様。これが、僕の選んだ道なんです」


 サブローが、キッパリと述べる。


「でも……(わたくし)のせい……」

「そうではありません!」


 自らを責めるフィコマシーに対し、サブローは否定の言葉を発する。


「冒険者になって成り上がりを望む以上、遅かれ早かれ、この種の体験は経なくちゃいけなかった。僕は、自己意志によってドーテーを卒業したんです。他人に責任転嫁するつもりは、全くありませんよ。まして、フィコマシー様のせいにするなど、あってはならないことです」


 熱を帯びる、サブローの語り。


「臆病者になるのは、良い。〝弱虫〟呼ばわりされても。構わない。けれど、僕は卑怯者になるのだけは御免です」


「サブローさん……」

「サブロー……」

 サブローの右手をフィコマシーが、左手をミーアが握る。少年を左右両側から見つめる、2人の少女。


 無言で(たたず)む3人の姿は、一幅(いっぷく)の絵画のよう。

 シエナだけが、蚊帳(かや)の外。ボッチなメイド。


(どうして!? なんで、フィコマシー様も、ミーアちゃんも、サブローさんの不健全すぎる性癖を〝理解〟できるの? だって、ゴブリンを相手にしたドーテー卒業体験よ! 理解できない私がオカしいの?)


 シエナは心の中で悲鳴を上げ、更にあることに気付き、愕然とする。


(ううん、違う。これは、〝理解〟じゃ無いわ。3人の間に今あるのは〝共感〟よ。フィコマシー様とミーアちゃんは、サブローさんに〝共感〟しているんだわ)


 懊悩(おうのう)するメイド。


(全然、分からない。付いていけないわ。フィコマシー様やミーアちゃんは、《女としてのレベル》が、私とは丸っきり異なるのかしら?)


 シエナは進退きわまった。泣きたくなった。


(上位レベルに達するための条件が、『ゴブリンのオスでドーテー卒業した男性を受け入れること』だとしたら……私、レベルアップなんてしたくない。でも、このままじゃ、私だけが、サブローさんと余所余所(よそよそ)しい関係になっちゃう……)


「心配しないでください、フィコマシー様。ありがとう、ミーア。こう見えても、僕はけっこう逞しいんですよ。〝ふてぶてしい〟と言ったほうが良いかな?」


 サブローが爽やかに笑う。


「大丈夫です。ゴブリンやオークなど……人型モンスターを手に掛ける行為に、僕はおそらく、すぐに慣れます。褒められた話ではありませんが。…………『これは正義だ!』などとは、口が裂けても言えませんね。今より僕は、冒険者としてのクラスを上げようと、進んで彼らの命を絶っていくんですから。僕の所業は、私利私欲を満たすための〝殺し〟に他ならない。その事は、自覚しています」


 フィコマシーとミーアが、気掛かりそうにサブローを見守る。


「それを踏まえた上で、僕は既に覚悟を決めました」


 凜然(りんぜん)と立つサブロー。


「フィコマシー様やシエナさん、それにミーア……掛け替えのない人たちを守るためなら、僕は敵に容赦しない。場合によっては、人間だって(あや)めてみせます」

「……サブローさん!」

 感極(かんきわ)まるシエナ。


 メイドの少女は、少年の胸へ飛び込んだ。限界突破、ブレイクスルーだ!


「サブローさん。貴方が『ゴブリンで卒業した』とのお話をミーアちゃんより伺った瞬間、私はすぐに(・・・)悟りました。冒険者になると決心したからには将来思わぬ不覚を取らぬようにと、敢えて〝ゴブリン殺し〟という過酷な試練を己に課したんですよね」


 瞳を(うる)ませつつ、至近距離よりサブローを見上げるシエナ。あざとい。


「私、最初から(・・・・)分かっていました。貴方の苦しみが伝わってきます……胸が痛いです。サブローさん」


『ドーテー卒業』の真の意味に今更ながらピンと来たシエナ。

 大胆な行動に打って出て、〝理解できる女〟をアピールしてみせる。


(お嬢様やミーアちゃんに、(おく)れを取るわけにはいかないわ!)


 シエナが、サブローのことを気遣っているのは間違いない。〝サブローさんの傷ついた心を慰めたい〟との想いにも、嘘は無い。


 ただ、ちゃっかりし過ぎである。

 己の都合の良いようにシレッと記憶を自動改変してしまう厚顔少女――隠し事を山ほど抱えている転移少年とは、案外お似合いかも。


 すちゃらかメイドが尋ねる。

「そんな苛烈な経験をしても、サブローさんは冒険者になることを断念したりはなさらないんですね?」

「無論です。1級、もしくは上級の冒険者になれば、侯爵様と面会し、私見を具申できます。侯爵様には、愛すべき2人の娘……フィコマシー様とオリネロッテ様が居られる現実を、是が非でもキチンと再認識してもらいたいものです」


 オリネロッテの名を耳にし、フィコマシーはサブローへ理知的な青い瞳を向ける。

 あんぽんたんメイドと異なり、侯爵令嬢は誠実一途。


 フィコマシーは、サブローへ真正面から問いかけた。

「もしかして、サブローさんはこの部屋に来る前に、オリネロッテに会っているのではありませんか?」

「お見通しでしたか……さすが、フィコマシー様です」

「アズキは、オリネロッテの側近です。彼女と連れだって来られた以上、予想は付きます。それで、オリネロッテは何と……?」

「『バイドグルド家へ仕えてみないか?』と仰いました」


 サブローの返事に、フィコマシーとシエナは息を呑んだ。


「――っ! ……オリネロッテの誘いに、サブローさんは……?」


 動揺を懸命に抑えるフィコマシーへ、サブローはアッサリと答える。


「お断りしました。理由は……ご存じですね。自由に動けなくなるのは、困りますので」

 

 何でもないかのようなサブローのセリフだが、フィコマシーとシエナにとって、それは天啓(てんけい)にも等しかった。

 

「……オリネロッテの口利きで……バイドグルド家へ仕官すれば、栄達も思いのままでしょうに……。サブローさん……本当に、宜しかったのですか?」


 フィコマシーの声が、途切れがちになる。胸に迫るものがあったようだ。

 一方、サブローの表情は晴れ晴れとしていた。


「フィコマシー様。僕にも、人並みの欲望は当然あります。勝ち組を見れば羨んでしまいますし、叶うなら、金も、名誉も、地位も手に入れたい。けれど」


 断言。


「僕にとって、〝立身出世〟は手段であって目的では無いんです」


 フィコマシーとシエナに、サブローは誓う。


「フィコマシー様、シエナさん、待っていてください。僕とミーアは、必ず冒険者として成功してみせます」


 サブローの決意表明に、ミーアも「ニャ~」と片腕を突き上げて賛同した。

 5章終了です。この章、実質1日の話でしたね……しかも、締めがシエナ視点(汗)。

 シエナのイラストは、Ruming様(素材提供:きまぐれアフター様)よりいただきました。ありがとうございます!


 お読みくださった方、ブクマ・ポイントしてくださった方、感想を送ってくださった方、執筆の励みになりました。心より、感謝申し上げます。


 人物紹介を挟んで、6章に入ります。

 物語はまだ続きますので、これからも宜しくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
女剣士は真っ先に教えそうな単語なのに、敢えて教えなかったんですね。スナザに止められたのかな? 接触絶対禁止ですね。噓吐きだし、その方が良いでしょうw (「`・ω・)「 ゴブリンでの卒業は、鋼の精神で…
[良い点] シエナのポンコツぶりがとても面白かったです。童貞の意味に気づくまでが遅い(笑)フィコマシー様のほうが恋愛についても優秀なのかもしれませんね。ミーアちゃんも健気で可愛いし。シエナさんが必死で…
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