冥土なメイドさん
冒険者ギルドを後にした僕とミーアは、バイドグルド家の屋敷へ向かうことにした。
もうかなり遅い時刻ではあるのだが、フィコマシー様とシエナさんへ本日の首尾を報告しておきたい。お2人とも、僕たちのギルド面接における成り行きを気に掛けているに違いないからね。
こんな場合、電話みたいなのがあれば便利なんだけどな~。
しかしながら、冒険者ギルドは街の西側にあり、バイドグルド邸は東側にある。歩いていくと時間を食ってしまう。完全に暗くなる前に、お屋敷へ着きたい。
辻馬車を、拾おう。
料金次第で、街中ならだいたいの地点まで運んでくれる。タクシーみたいなものだ。路地裏のようなところまでは入っていってはくれないが。
ギルド前より、6人乗りの辻馬車で出発する。
僕ら以外にも、街の東サイドへ行きたいお客さんが数人相乗りしている。
ポクポクポクと、車内にまで響く蹄の音。リズミカルな振動が、心地良い眠気を誘ってくる。
隣に座っていたミーアの体重が、僕へ掛かってきた。
どうやら、ミーアは眠たくなっちゃったようだ。ズルズルと傾いてきて、とうとう僕の膝の上に上半身を預けてしまう。
「お疲れ様、ミーア」
僕は口中で囁いた。
さっきは、僕がミーアの膝枕で休ませてもらった。そのお返しって訳でも無いが、僕の膝をミーアの寝床として提供することにした。
まぁ、ミーアの膝と僕の膝とじゃ、価値に差がありすぎるけどね。
……実は今し方の冒険者ギルド。その待合室での、ミーアとの触れ合い。
話しかけている最中に、いつの間にかミーアの姿は猫耳JCになっていた。無意識のうちに、真美探知機能を稼働させてしまったらしい。
おそらく僕はミーアに甘え、縋っていたのだろう。ミーアなら、どんな僕でも受け入れ、慰めてくれると信じて疑わなかったのだ。
獣人の森を出て以降、僕はミーアを守っているつもりだったけれど。
本当は、僕のほうこそ、ミーアに守られていたのかもしれない。
それにしても、ミーアの膝枕。目に映っていた外見は人間の女子中学生なのに、頭を彼女の太腿の上に横たえた折に覚えたのは、モフモフの快感だった。
なんて、素敵で貴重な体験。
……ミーアの魅力に溺れてしまわないように、自戒せねば。
ミーアの熱狂的な信者となり、僕を『同志』などと呼んでくる男エルフの姿が脳裏に浮かぶ。
ああなったら、ヤバい。手遅れの、末期症状だ。
ところで。
ギルドでの武術試験の結果、僕の仮登録期間は3日、ミーアの仮登録期間は10日に決定した。3日というのは、魔法を使えるなどの特殊なケースを除けば最短の期間になるとの由。
「サブローには期待している」とゴンタムさんに言われた。
明日から午前中は座学、午後は実地研修だ。
頑張らないと!
「サブローくんの3日に比べると目立たないけど、ミーアさんの仮登録期間10日というのも、とても凄いことなのよ」とはスケネービットさんの弁。
「ミーアさんの弓矢の腕前は、なかなかのモノだったわ。短刀の扱いも巧みでビックリ! 有望な新人が2人も来てくれて、冒険者ギルドは幸運だわ。職員である私も、嬉しい」とも彼女は述べていた。
スケネービットさんは、ミーアをすっかり気に入ってしまったようだ。
「ミーアさんが正式な冒険者になる日が、楽しみ。ミーアさんは愛らしいし、素直だし、賢いし、器用だし、ニャンニャンだし、サラサラモコモコだし、弟の信仰対象だし……」ってなセリフも口走っていたな。
スケネー姉弟が面接担当官をしている冒険者ギルドの将来に、そこはかとない不安を感じる。
夢うつつのミーアが、僕の膝へ頬をスリスリする。僕は知らず知らず無自覚に、ミーアの頭を撫でていた。ゴロゴロと喉を鳴らす、猫族の少女。
ふふ、ミーアは可愛いなぁ…………ハ!
我に返る。
シマッタ!!! ここは、車内だった。僕ら以外のお客さんも居るのに。
恐る恐る顔を上げて見まわしてみると、同乗していた3人の方が、僕とミーアへ視線を向けていた。
あらあら、若い人は良いわね~……と言いたげに微笑む老婦人。
ち! 見せつけてんじゃね~ぞ! ……と噛みつきそうな勢いで睨みつけてくる壮年男性。
あと1人、マジマジと僕らを見つめている女の子が居る。
コロコロしている体型。丸い。でも、太っているという感じでは無い。背丈がかなり低いため一瞬、子供かな? とも思ったが、その落ち着いた物腰より推測するに僕の同世代っぽい。グリーンのモジャモジャ髪を、おさげにしている。瞳の色も緑だ。
なんか……雰囲気が異世界的と言うか……人間っぽく無いというか……スケネービットさんと印象が微妙にダブる。スタイルは、全く違うけど。
ビットさんは、エルフだったよね…………あ! ひょっとして、この子、ドワーフなんじゃ無いのかな? ドワーフって確か、人間より背が低くて横幅が広かったはず。
とは言っても、いきなり「貴方はドワーフですか?」とは訊けないな~。失礼に当たる。
しかし、この少女、やけに僕とミーアのことが気になっているみたいだね。話したがっているようにも見える。こちらより、声を掛けてみるかな?
アレコレ迷っているうちに、辻馬車は侯爵邸の近くまで来てしまった。
結局、ドワーフ(?)少女とは会話することも無く、僕はミーアを起こして馬車を下りた。
せっかくのチャンスだったのに、少し惜しかったかな……。
遠ざかる馬車を見送りつつ、今更ながら悔やんでしまう。
でも、あの子とは、また会えそうな気がする。
僕の予感は当たるからね。飛ばした下駄の表裏で占う、天気予報並みの的中率を誇るのだ。
※注 地面に落ちた下駄が表だと明日の天気は晴れ、裏だと雨、横だと曇りになります。
バイドグルド家のお屋敷の門まで、ミーアとテクテク歩く。
門を守っている騎士は2人。
来訪の旨を告げると、1人が前庭を横切って館のほうへ連絡を入れに行ってくれた。
一応、訪問すればフィコマシー様と面会させてくれるとの確約は取っている。朝方に、執事さんに訊いておいたのだ。
ただ、刻限的にちょっと遅めだからなぁ……。貴族の令嬢に面会を求める時間帯としては非常識かな?
まだ日は没しきっていないので、ギリギリセーフだとは思うのだけど。
日没の間際。東の空は、血を染めたような紅色だ。不気味な黄昏……幽霊や物の怪に遭遇する確率が高くなる頃合い……逢魔が時。ふと、そんな言葉が頭をよぎる。
やがて、館へ赴いていた騎士がメイドさんを連れて戻ってきた。
黒いワンピース。白いエプロン。頭のカチューシャ。
最初、シエナさんかな? と思った。
背の高さが、彼女と同じくらいだったのだ。年齢も近い感じ。
しかし、直ぐに訂正する。シエナさんの髪の色はグレーだが、このメイドさんのヘアカラーは暗闇に溶けそうな濃紺だ。更に、シエナさんより髪が長い。ヨレヨレのワカメみたいなロングヘアーが背中の半ばあたりまで伸びている。シエナさんの髪の長さは、肩に届く程度だった。
「このメイドが、案内する」と述べて、騎士が門を通してくれた。
メイドさんの側へ寄る。
体格が細い。先程コロコロしたドワーフ(?)少女を見掛けただけに、余計にそう感じる。スリムなんてもんじゃ無い。服の上からだとあんまり分からないが、これは〝痩せぎす〟の類いだ。頬も青白く、こけている。あと、前髪が長すぎる。目元が完全に隠れている。
「……こちらです」
メイドさんの声が小さすぎて、危うく聞き逃しかけた。顔の上半分が簾のような髪の毛で覆われているため、彼女の表情は全く分からない。
僕とミーアは、メイドさんへ付いていく。
彼女の服装に関して述べると、ロングスカートが印象的だ。いや、シエナさんのメイド服だって、スカートの丈は長かったよ。でも、さすがに足首や靴は見えた。僕らを先導しているメイドさんのスカートの裾は地面すれすれで、完全に足もとが隠蔽されている。
しかも、このメイドさん、物音を一切立てないのだ。
スカートの中は空っぽと告げられても、信じてしまいそう。
日没。
逢魔が時。
怪しげなメイド。
空洞疑惑のスカート。
まるで、幽霊屋敷へ迷い込んでしまったかのような錯覚に陥る。
「サブロー、サブロー」
ミーアが小声で、語りかけてきた。
「どうしたんだい? ミーア」
「あのメイドさん、変ニャ。何か、怖いニャ」
「……ミーア、失礼なことを言っちゃダメだよ」
僕は、ミーアを窘めた。全く以て、同感だけどね。
僕らの前を歩いていたメイドさんが突然足を止め、くるりと振り向いた。
ギクッとする。
「……サブロー様とミーア様、何か御座いましたでしょうか?」
ボソボソと聞き取りにくい音声を発するメイドさん。
「いいえ! 何もありませんよ!」
「ニャンにも、ありませんにゃ!」
僕とミーアは、慌てて否定する。
「……そうですか」
うん! このメイドさん、おっかない!
どう考えても、ホラー映画に出てくるタイプだ。大作映画《サブローくんの異世界ワクワク冒険ストーリー(同時上映「ミーアのお昼寝」)》への登場は、是非ともご遠慮願いたい。
何故、シエナさんが迎えにきてくれなかったんだろう? 正統派のメイドさんが恋しい。
前方を音も無く行く、メイドさん。《地獄のメイド》といったタイトルの映画なら、出演機会がありそうだ。決めゼリフは、「貴方を冥土へ行かせて差し上げます!」かな。
まさに、冥土なメイド。それとも、とことんムードが暗いから、〝明度・0〟と呼ぶべきか。
……『メイド・ゼロ』はコードネームみたいで、ちょっとカッコイイかも……。
館の中に入る。
そこかしこに光源が確保されており、ホッとしてしまった。ミーアも、館内の明るさに緊張を解いたようだ。
冥土なメイドさんが、スススと進む。相変わらず、足音を立てない。
あれ? 目指している方向が、フィコマシー様のお部屋ではないような……。だけど、このメイドさんは、僕とミーアの名前を知っていた。当然、僕らがフィコマシー様を訪ねてきたことも承知しているはずだよね。
フィコマシー様が、自室以外の場所に居られるのか……それとも、先にシエナさんに会わせるつもりなのかな? そこで、案内役をシエナさんに代わってもらう予定とか。
メイドさんとともに、屋敷の2階へ上る。豪奢な扉の前に立った彼女は、ドアを軽くノックした。
扉が開く。
中よりひょっこり顔を出したのは、アズキだった。
平常運転のあんころ餅仕様だ。黒い瞳、黒いおかっぱ頭。チンマリしており、黒いローブを羽織っている。
「おや、ヨツヤではないか。何事だ?」
「サブロー様とミーア様をお連れしました」
そうか、このメイドさんはヨツヤというのか。TVの画面から這い出てくるサ◯コとか、女吸血鬼として名高いカー◯ラとか、ホラー作品と関連性が強い名前なんじゃないかと、秘かに疑ってました。スミマセン。
でも、〝ヨツヤ〟もなぁ……。ヨツヤと言えば、四谷。名作歌舞伎《東海道四谷怪談》の舞台。ヒロインは、お岩さん。
冥土なメイドさんは、『名は体を表す』との格言より逃れられなかった模様。
だが、なんでアズキが出てくるんだ? 僕に、何か用事でもあるのか?
アズキも、戸惑っている。いつも眠そうにしている眼を、見開いた。
「え! どうしてサブローと……それからミーアと言ったか。用件でも、あるのか?」
「いえ。僕らも、ヨツヤさんに連れて来られただけで……」
どうやら、ヨツヤさんが独断で僕らをこの部屋へ誘導したようだ。アズキの様子より察するに、ここにはフィコマシー様やシエナさんは居ないみたい。
アズキは後ろを振り返り、部屋の中に居る人物の意向を確かめる。
「まぁ、良い。サブローとミーア、入れ」
「僕らは、フィコマシー様に会いにきただけなんですが……」
気付かぬうちに、ヨツヤさんが僕とミーアの背後へ回り込んでいる。退路を塞いでいる格好だ。
強引にでも、この部屋へ入れたいのか?
……ここは侯爵家のお屋敷だ。それに、僕はアズキには一定の信用を置いている。無体な真似は、しないはず。
入館の際に武器を預けてしまっているため、多少不安はあるが……。
僕とミーアは、アズキとヨツヤさんに挟まれる形で入室した。
とても広く、豪華な部屋だ。一目で一級の職人が手掛けたと分かる高級家具がズラリと揃っている。ベッドは無いが、続きの間があるようなので、そちらが寝室となっているのだろう。
フィコマシー様の簡素な私室とは大違いだ。
僕とミーアの姿を目にした部屋の主が、口を開く。
「サブローさん、ミーアちゃん。いらっしゃい」
……目映い。刹那、クラリと感覚が不安定になる。
椅子に、1人の少女が腰掛けている。
ナルドットに咲く大輪の華。
バイドグルド家の白鳥。
比べるものなき美しき宝石。
僕より1つ年下であるにもかかわらず、その圧倒的な存在感――――
「オリネロッテ様……」
息を呑みつつ、僕は彼女の名を呟いた。




