人型種族と人型モンスター
「どうして、僕が童貞だと気付いたんですか?」
僕の問いかけを受けて、コマピ閣下は思案顔になった。慎重に言葉を選んでいるようだ。
「サブロー同志は、先程の戦いにおいて、僕を極力傷つけないようにしていましたね?」
「それは試験である以上、当たり前では?」
「普通のテスト生は、そこまで気は回らないものなのですが……」
閣下が苦笑する。
「同志の実力は、僕を超えていました。同志に〝甘い〟戦い方をさせてしまった原因の大半は、僕の力不足によるものです。その点は大いに反省しなければなりませんが、一方で同志の慢心についても指摘しておく必要があります」
〝甘い〟戦い方、〝慢心〟……か。
唇を噛みしめる。
「木刀や刃引きした剣を用いての戦いでなら、サブロー同志の心構えや態度も許されるでしょう。しかし、最後の真剣勝負」
コマピ閣下の目つきが厳しくなる。
「僕は、本気で戦いました。同志の身体をエストックで貫くつもりでした。実際、同志は危なかった。一瞬でも判断を誤って対応が遅れてしまったら、同志は大怪我していたでしょう。それを防ぐのは容易でした。サブロー同志は、ご自身の持っている刀を振るって、僕の動きを止めれば良かった。なのに、同志は刀で僕を傷つけようとはせずに、リスクの高い足技に頼った。何故ですか?」
「それは……」
僕は、口籠もる。すぐに答えを思い付かない。あの時、僕は何を考えていた?
「僕は同志に蹴り飛ばされた瞬間、感じました。同志の〝怯え〟を」
「僕の〝怯え〟?」
「そうです。〝怯え〟です。同志は、恐れていた。僕の身体を刀で切り裂くことを。僕の血を見ることを」
閣下の言葉に、絶句した。
あまりにも的確すぎる分析であった。
僕自身が悟れなかった本心を、彼は暴き出す。
「サブロー同志。君は、人を手に掛けたことがありませんね?」
手に掛ける……命を奪う……殺す。
「……ハイ」
僕は、認める。隠すべきことでも無いだろう。
この場合の〝人〟には、人間以外のエルフ・ドワーフ・獣人なども含まれる。彼らは総じて『人型種族』あるいは『ヒューマン』と呼ばれる。
「僕は、人間との戦闘を数回経験しています。が、本格的に殺し合ったのはたったの1回……その際も敵に重傷を負わせたものの、結局命までは取りませんでした」
それどころか、光魔法を用いて傷ついた敵に治療を施した……。
フィコマシー様やシエナさんとの出会いを回顧する。彼女たちを救うために、僕は馬車を襲っていた賊たちと戦った。でも……モナムさんのように、彼らを殺すことが出来なかった。
あれは、僕の〝甘さ〟故だったのだろうか?
「けれど、僕はモンスターをヤッつけたことはありますよ?」
「そう言えば、サブロー同志は一本角熊を倒した経験をお持ちでしたね。……しかし同志、君が今まで退治したモンスターは、動物型のみなのでは? ゴブリンやオークといった、言語を喋る人型モンスターの息の根を止めたことはありますか?」
「……ありません」
喉の奥から、セリフを絞り出す。
「ヒューマンや人型モンスターを殺した経験がない童貞の冒険者は、どれほどの手練れであっても、いざと言う瞬間に相手の生命を絶つ覚悟を持てず、思わぬ不覚を取ってしまうケースがあるのです」
「実戦では、刹那の躊躇が命取りになるからな」
閣下……いや、コマピさんの発言に、ゴンタムさんが同意する。
「サブロー同志は、強い。けれども、その力量に〝命を奪う覚悟〟が伴っていない。同志を冒険者として見た場合、〝戦える能力〟と〝戦う意志〟との落差があまりにも大きすぎる。アンバランスなのです。同志が自己の武力を過信してしまい、童貞なまま危険なクエストを受けたりすれば……」
「万一の事態が起こってしまう可能性も、あり得るわね。そうなったら、サブローくんやミーアさんだけで無く、私たちも後悔する」
スケネービットさんが、語りかけてきた。彼女の麗しい顔に、憂いの影が差している。
「動物型のモンスター相手なら、余程の強敵で無い限りは、大丈夫だろうな。だが人型モンスターや人間の盗賊などとの戦闘を避けられない場面で、サブローは必要に応じて対手を殺せる自信はあるか?」
ゴンタムさんが、念押しの質問を僕へ投げかけてきた。
そう言うことか……。
ゴンタムさん、コマピさん、ビットさん。彼らの危惧を含んだ問いは、僕の心の奥底に眠っていた〝迷い〟を抉りだした。
〝異世界〟は、〝ゲーム〟じゃ無い。
〝命〟は、〝ポイントの数字〟じゃ無い。
僕は、殺せるのか? 人を、〝人の形をしたモノ〟を?
あっ……!
レッドやブルー先生が僕の強さを『ベテランの冒険者より、ちょっと上ぐらい』と述べた理由が、やっと分かった。
特訓地獄の鬼たちの見解は、正しかった。彼らは、僕の〝覚悟の欠如〟が実戦能力を目減りさせてしまうであろうことを見抜いていたに違いない。
現時点における僕の強さは、〝冒険者として〟どの程度だ?
ベテランには遠く及ばない。
初心者レベルだ。
くそっ……! 詰まるところ、僕は口ばっかりの青臭い餓鬼なんだね。それとも、ヒヨッコか。
黙り込んでしまった僕の心の内を察したのか、ゴンタムさんが穏やかに話しかけてくる。
「それで、サブローはどうする? お前が望むなら、ギルドが用意したゴブリンで〝童貞卒業〟することも可能だぞ。もちろん、断ってくれても構わない。童貞のまま冒険者となり、特に問題なく過ごしている者も大勢居る。クエスト中の余儀ない状況下で、ようやく踏ん切りを付けて卒業するケースも少ない訳では無い。こちらより、無理強いはしない。お前の判断に任せる」
ゴンタムさんの提案に、少しの間だけ考える。……イヤ、悩む必要なんか無いな。返事は、最初から決まっている。
僕は、冒険者になる。
昇進して名を上げ、フィコマシー様やシエナさんの力になる。
時間の余裕は、然程無い。
〝迷う〟などと言う贅沢は、許されない。
「お願いします。出来れば今日、童貞を卒業させてください」
「サブロー。焦っているのではないだろうな? 慌てて結論を下さなくても良いんだぞ」
「僕は、焦っても慌ててもいません。なすべきことは、なせる時に済ませておきたいんです。〝殺しの決断〟を迫られる局面が、いつ何時に訪れるかなんて、誰にも分からないでしょう? 敵に対して無意識に手加減してしまい、取り返しの付かない結果を招いてしまう……そんなの、御免です」
あのタントアムでの夜。黒ずくめの男が引かなかったら、展開はどうなった?
最悪の結末になっていたかもしれない。
僕の頼みに、ゴンタムさんは頷いた。
「分かった。サブロー、付いてこい」
ゴンタムさんとコマピさんが、そのための場所に案内してくれるようだ。
ミーアとビットさんは、ココに残る。
ゴンタムさんたちは、ミーアへ〝童貞卒業〟云々の話を持ちかけようとはしなかった。『ミーアには、まだ早い』と言うことなのかな?
正直、僕もミーアにはあまり手を血で汚して欲しくはない。
いずれ、ミーアにも卒業の機会は巡ってくるだろう。その時に、ミーアの気持ちをフォローするのは、自分でありたい。
現在の僕は、未熟だ。今のうちに場数を踏んで、自分の心を鍛えておかなくては。
「ミーア。僕はちょっと用事を済ませてくるから、待っていてね」
「サブロー……」
ミーアも、事の成り行きをだいたい理解しているに違いない。僕を案じる眼差しになっている。
ミーアの黄金の虹彩が、夕日を反射して煌めく。
僕は腰を屈め、ミーアの美しい双玉を覗き込んだ。
ミーアを不安にはさせたくない。
笑ってみせる。
「童貞を卒業してくるよ」
僕の冗談めいた発言にも、ミーアは真顔を崩さなかった。
「サブロー。アタシ……」
ミーアは、『頑張って』とも『付いていく』とも言わなかった。思いを呑み込むように、少し俯く。
そして、顔を上げた。
「アタシ、待ってるニャン」
「うん。ありがとう、ミーア」
僕はミーアに今一度微笑みかけ、ゴンタムさんたちの後に続いた。
グラウンドより裏口を通って、ギルドの建物の中に入る。
ゴンタムさんたちの説明によると、ギルドの外観は3階建てだが、建物には地下部分もあるのだとか。
ゴンタムさんたちと共に階段を下りる。
地下1階の薄暗い廊下を歩きつつ、僕は特訓地獄におけるブルー先生の講義を思い出していた。
♢
「サブローがウェステニラへ行くなら、人型種族……いわゆるヒューマンと、人型モンスターの違いに注意しなければなりませんよ。ウェステニラに生まれた人々は両者の差を改めて教えられるまでもなく理解していますが、地球出身のサブローは実感として把握しにくいでしょうから」
「ヒューマンとはエルフやドワーフそれに獣人、人型モンスターとはゴブリンやオークのことですよね? 混同したりはしませんよ」
「そうですか? では、サブローへ尋ねます。ドワーフとゴブリンの相違とは、なんですか?」
「えっと……姿形とか?」
「エルフとドワーフも、外見はかなり異なっていますよ」
「ならば、知能?」
「確かにゴブリンやオークは、エルフやドワーフより頭脳の働きが単純です。けれど、彼らにも、彼らなりの智恵はあります。言葉を発し、粗末ながらも服を着て、武器を操ります。団体生活も、営んでいますよ」
「う~ん……」
回答に詰まる。
「それなら、ブルー先生。人型種族と人型モンスターには、本質的な差異は無いのですか?」
「いいえ、両者は全く異なります。ウェステニラの人間にとっては当たり前のことでも、サブローには分かりにくいですよね……。参考までに、地球の生物を例に挙げてみましょうか。シャチとサメのことを考えてみてください。サブローも承知している通り、シャチは哺乳類で、サメは魚類です。つまりシャチは猫の仲間であり、サメはメダカの仲間なのです。しかし、もしウェステニラの人間が地球に来てシャチとサメを見たら、同一グループの生物に分類してしまうだろうとは思いませんか?」
「なるほど」
シャチとサメは、一見似ている。少なくとも、猫とメダカほど見た目や行動パターンに著しい差は無い。でも、動物学上は遠く離れた種に区分けされる。
さしずめ、人間・エルフ・ドワーフ・獣人などは哺乳類で、ゴブリン・オーク・トロールなどは魚類と言ったところか。オークは獣人のブタ族と容姿はそっくりだけど、ウェステニラにおける生物分類では、ブタ族よりも巨大グモやバジリスク(特殊能力を持つ毒トカゲ)に近い存在になる訳だ。
「ヒューマンと人型モンスターの相違について、サブローはちゃんと知っておいてください。サブローには、念のためにゴブリンやオークの言語も覚えてもらいます。けれど、もしウェステニラでゴブリンなどと戦うことになっても、気後れしてはいけませんよ。相手は言葉を喋っても、ヒューマンでは無いのです。モンスターなのです」
ブルー先生の念押しに、少し心配になる。言語によって意思疎通できる生物を、僕はモンスターだと割り切れるだろうか?
ブルー先生は、僕の逡巡を感じ取ったようだ。
「サブローに、ヒューマンと人型モンスターの決定的な違いを教えておきましょう。それは、2つあります。1つは、モンスターはヒューマンや他の種類のモンスターに対して、常に『攻撃したい』との衝動を持っていると言うことです。これは神より与えられた本能としか述べようがありません。ゴブリンやオークが人間を襲うのは、蜘蛛が糸で巣を作るのと何ら変わらぬ、自然的行為なのです。そして当然ですが、人間・エルフ・ドワーフ・獣人などのヒューマン同士の間では、このような情動は発生しません」
……人型種族と人型モンスターは、同じ〝人型〟であっても、生物としての有り様は正反対なんだね。
「更に、これはやや口にしにくいのですが……」
ブルー先生が、口を濁す。
「先生! 知っておくべき事は、キチンと習っておきたいです。遠慮せずに、どんな事柄でも教えてください」
「了解しました。ヒューマンと人型モンスターのもう1つの相違……それは、食欲の向かう先です。人型モンスターにとって、ヒューマンは〝食料〟でもあるのです」
「食料……」
「ハイ。ゴブリンやオーク、トロールなどは人間やエルフを無意味に殺戮しますが、それだけではありません。腹が減ったら、躊躇わず食べます。地球の人間が、牛や豚を食べるのと同じです。そこに、心理的ストッパーは一切働きません。獣人にも、獅子族や虎族のように肉食の部族は居ます。しかし彼らの獲物はあくまで動物であって、ヒューマンを襲うことはあり得ません。例えば獅子族が極限の飢餓状態に晒された際に、目の前にライオンの死体と人間の死体があったとします。その場合、獅子族はライオンの死体のほうに手を付けるでしょう。彼らにとっての同類は、ライオンでは無く、人間なのです」
「分かりました。ブルー先生、ありがとうございます」
ブルー先生は、『人間を食べる』という話を、人である僕にはあまりしたくなかったに違いない。良い先生だ。でも、おかげでウェステニラに転移した後、ゴブリンやオークと遭遇しても戸惑うこと無く戦えそうな気がする。
「ウェステニラに住んでいる人型には、他に魔族が居ますね。魔族は、ヒューマンでもモンスターでもありません。敢えてどちらかのカテゴリーに入れるとしたら、ヒューマンですが……。彼らの知性は高く、ヒューマンを食料と見做したりはしません。けれど、一方で他の生物を面白半分に虐殺することは、しょっちゅうです。基本、魔族は好戦的で嗜虐的なんですよ。パッと見では人間に近い容姿をしている魔族と偶然会ったとしても、絶対に気を許さないようにしてください」
魔族はルックス的に、人間と判別がつきにくいのか……。
「良いですか? サブロー。見掛けに惑わされてはいけません。魔族はヒューマンとは異質な生物であり、独自の思考によって行動します。人間は、エルフやドワーフ、獣人相手なら口喧嘩したり仲直りしたりなどのコミュニケーションを取れますが、魔族と対した場合、友好的な関係性を築ける確率は極めて低いです。問答無用でいきなり攻撃を仕掛けてくる恐れもあります。殺されないうちに、魔族と出くわしたら即座に逃げることをお勧めしますよ。殆どの魔族は、武術や闇魔法に長けていますので」
ブルー先生のアドバイスを、頭に叩き込む。
「ただ、サブロー、誤解しないでください。オークやゴブリンは、ヒューマン視点では邪悪な生き物に過ぎません。しかしウェステニラの世界全体で考えるなら、ヒューマンとモンスターは共生関係にあることも事実なのです」
「共生ですって!?」
モンスターは人間を攻撃するのに?
「地球のサバンナと同じです。ライオンはシマウマを襲って食べます。シマウマにとって、ライオンは恐怖の対象でしょう。しかしライオンが居なくなれば、シマウマは増えすぎてサバンナの草を食べ尽くし、絶滅への道を歩んでしまうかもしれません」
あまり聞きたくない意見だが、正論だろう。
つまり、ウェステニラにおけるヒューマンとモンスターの争いは、単純な殺し合いでは無い訳だ。互いの数を間引くことで人口を調整する役割も担っているという事か。
「サブロー、今一度言っておきます。ゴブリンやオークは言葉を話しますが、エルフやドワーフ、獣人とは違います。相手は、サブローを殺しにきます。殺されたくなかったら、戦って、殺しなさい。人型モンスターを殺める行為は、〝殺人〟ではありません。〝退治〟です」
♢
ブルー先生の忠告を反芻し、決意を定める。
地下の廊下を奥へ奥へと進む。次第に雰囲気が剣呑になっていく。緊迫した空気が、ピリピリと肌を刺す。
やがて、目的地に着いた。
かび臭さが鼻につく。
数個のランプを光源とする仄暗い広間に、頑丈な鉄格子に覆われた大小様々なケージが並んでいた。
大きいものは6ナンマラ(3メートル)、小さいものは2ナンマラ程度の高さの檻。それぞれの中に、ナニかが入れられている。ナニモノかが、蠢いている。
「ここに、捕獲したゴブリンやオークを閉じ込めています」
感情を削ぎ落とした声色で、コマピさんが僕へ告げた。




