武術試験
冒険者ギルドの内部で営業している酒場兼食堂。僕とミーアはそこで遅めの昼食を取り、しばし休息する。
やがて、スケネー姉弟より呼び出しが掛かった。〝武術試験〟を受けるために、僕たちは建物の背面へ向かう。
ギルドの裏手には、広大なグラウンドが備えられていた。
時間帯は、既に夕方。
なのに、少なくない数の人が敷地内で訓練に励んでいる。
殆どは人間だけど、獣人の姿もチラホラ見えるな。エルフやドワーフといった特殊な種族が混じっているかどうかまでは、パッと見た限りでは分からない。
互いに剣を持って模擬戦闘を行っている人たちも居れば、黙々と腹筋運動に集中している人も居る。ギルドに所属する冒険者や、仮登録者たちなのだろう。
僕の試験の担当官はスケネーコマピさん、ミーアの試験の担当官はスケネービットさんである。
ゴンタムさんも、訓練場までやってきた。「これも、縁だ。サブロー等の武術試験の見学を希望する」とか言っている。
まさか、この熊さん。受付業務が面倒なので、僕たちへの付き添いにかこつけてサボろうって腹じゃないよね? 「自分はサブローとミーアが気に入った。2人、取りわけサブローの実力をこの目で確認したい」などと殊勝な言葉を述べてるけど。
「ミーアさんは、武芸では何が得意なの?」
ビットさんの問いにミーアが元気よく答える。
「アタシは、弓と小刀をよく使うのニャ!」
「さすが、ミーア様。凜々しい……」
コマピさんが、ウットリと呟く。
このミーア教徒は、ミーアが仮に『アタシは武器としてチェーンソーを良く振り回すのニャ。そして、そにょ時はホッケーマスクを被るようにしているニャン』と告白したとしても、十中八九は自然反射的に『さすが、ミーア様!』と称賛するに違いない。
ウェステニラには、チェーンソーもホッケーマスクも無いが。……無いよね?
あと、コマピさんが姉と熊より受けた暴行の跡は既に治っている。先刻、僕とミーアがビットさんたちとウェステニラの社会情勢について問答を交わしている間に、ギルド内に設置されている診察所へ彼は赴いたのだ。
カラーマン=コマピは、ブルーホワイト=コマピへ戻った。イケメン復活!
ビットさんの解説によると、冒険者ギルドの診察所には希少な薬草や回復薬が完備されており、医者や看護係も常勤しているそうだ。ナルドットに少数しか居住していない光魔法の使い手も、1人だけだが、医療関係者という業務形態で雇用しているとのこと。
すぐに傷を治せると分かっていたため、ビットさんもゴンタムさんも安心してコマピさんをボコボコにしていた訳だ。
それでも、酷すぎる実力行使だとは思うけど。
コマピさんは、10日に1回のペースで獣人少女たちからの愛の折檻を受けてきた。
身体のダメージは、診察所で直ちに治療された。しかし、心のダメージは蓄積する一方だった模様。
冒険者ギルドには、〝メンタルヘルス〟といった概念は無いのかな?
結局のところ、マコルさん直筆の『ミーアのための推薦状』によって、ボロボロになっていたコマピさんのメンタルはようやくケア(?)されたのである…………あの推薦状、コマピさんにとっては正真正銘の『福音書』に他ならなかったんだね。泣ける。
「ミーアさん、弓場はアチラにあるわ。付いてきて」
ビットさんが、ミーアをグラウンドの遠方の隅へ連れて行く。
ミーアは僕らへ手をフリフリしながら、ビットさんに付いていった。
去って行くミーアを名残惜しげに見送る僕・コマピさん・ゴンタムさん。
人間・エルフ・熊が、揃って猫に骨抜きにされている。……客観的に見ると……いや、客観的に見る必要なんか無いね。『ミーアは可愛い』……それだけだ。
ミーアとの一時的な別れにショボンとなってしまったコマピさんだが、自らの役目を思い出したのか、気を取り直して僕のほうへ身体の向きを変えた。
「それでは、サブロー同志。君が得手とする武器は何ですか? その武具を用いて、同志の腕を試します」
〝サブロー同志〟……〝同志〟とな? あの~、僕はミーアのことを好ましく感じてはいますが、決して〝ミーア教徒〟ではありませんよ。
でも『マコルの福音書』の中で、僕は〝ミーアちゃん第1の従者〟とか呼ばれてたな。
……深く考えるのは止めよう。スルーだ、スルー。
『得手とする武器』と訊かれて、まず僕の頭に浮かぶのは長棒だ。長棒を使用すれば、敵を殺さずに制圧できるからね。
けれど、室内や洞窟での戦闘には不向きな武器とも言える。
ここは無難に長剣かな。
「僕は、武器に関して特に好き嫌いはありませんよ。まぁ、剣なら扱い慣れています」
僕の申告を受けて、コマピさんはグラウンドの端にある武器の保管場所より2本の木刀を持ってきた。ついでに言うと、僕らが立っている地点は、その貯蔵庫のすぐ側である。
ゴンタムさんが見守る中、それぞれ木刀を構えた僕とコマピさんが向かい合う。
「始め!」
ゴンタムさんの合図とともに、僕は素早く踏み出した。
先手必勝! コマピさんの木刀をはね飛ばす。
カーン! 甲高い音が鳴った次の瞬間、コマピさんの手を離れた木刀は宙に高く舞い上がった。
カランコロン。
コマピさんの背後へ木刀が落下する。
コマピさんもゴンタムさんも、呆気に取られた顔をしている。
僕は、冒険者ギルドで確固たる足場を速やかに築きたい。出来る限り早く立身するんだ。
貴族階級の揉め事に干渉しようとするのなら、最低でも1級冒険者にならなければ。低ランクの冒険者の身に甘んじていては、フィコマシー様とシエナさんを救うチャンスを逃してしまうかもしれないのだ。
石橋を叩いて渡っているヒマは無い。
実際、フィコマシー様が無事でいられる時間が、あとどれ程残されているのかは不明だ。直感に従えば、あまり猶予は無い気がする。
あのバイドグルド家に漂う奇妙な空気。オリネロッテ様の異常なまでの魅了の力。
オリネロッテ様の本心はどうあれ、あたかも意図的にフィコマシー様を追いこもうとしているかのようだった。
加えて、タントアムで旅館に侵入してきた男が仄めかした、襲撃事件への王族の関与。
更に、フィコマシー様の精神の奥に存在する、封印された小箱。それを包む、歪んだ空間。
現在のフィコマシー様は、浜辺の砂で出来た塔の上に起立している状態だ。
海からは絶え間なく波が打ち寄せ、塔の根元を洗う。
刻々と痩せ細っていく塔の土台。
塔が倒れてフィコマシー様が波間に沈む時、間違いなくシエナさんも運命を共にする。
そんな未来、僕は受け入れられない。
切り札の魔法を秘している以上、武術では全力を出す。そう決めた。
「スケネーコマピさん。僕は、強いですよ。侮らないでください」
「これは、失礼しました」
コマピさんは僕へ謝罪すると、木刀を拾い上げた。再び、僕と正対する。
「それでは……改めて、始め!」
ゴンタムさんの声。
コマピさんは、先程はあきらかに手を抜いていた。しかし、今回は本気だ。激しい勢いで木刀を打ち込んでくる。
僕も反撃する。2合、3合と剣を交わす僕とコマピさん。
さすが、冒険者ギルドの面接担当官にして武術試験の判定人。コマピさんは、手練れだ。
武人としてのレベルは、おそらくダガルさんやリアノンより高い。エルフである彼は、人間や獣人よりはるかに長い年月を掛けて経験を積んでいるのだ。
けれど、クラウディほどでは無いな。
クラウディ。
オリネロッテ様の専属護衛にしてバイドグルド家最強の騎士。ベスナーク王国でも指折りの剣の使い手。
クラウディと1対1で対峙したら、果たして僕は勝てるだろうか?
「あ!」
コマピさんが苦痛の声を上げ、得物を落とす。
僕の猛烈な打撃を木刀で受け続けた結果、掌が痺れてしまったようだ。
ゴンタムさんが、感嘆する。
「ほぉ~。スゴいな、サブローは。スケネーコマピは剣術の専門家では無いが、それでも現役の1級冒険者なんだぞ。にもかかわらず、こうも易々とコマピを追い詰めるとは……」
熊さんに褒められた。
しかし、確か特訓地獄における鍛錬の仕上げの段階で、レッドやブルー先生は僕の腕前を『ベテランの冒険者より、ちょっと強いくらい』と評していたような……。
レッドたちの勘違いか? それとも、僕を慢心させないために敢えてそのように言ったのか……。
レッドの姿を想起する。
体力特訓で僕を扱きまくった赤鬼……。絵本の『泣いた赤鬼』に何としてでもヤツを強制出演させたかった……。うん、あの筋肉馬鹿が、そんな配慮をしてくれるわけないよね。ブルー先生は、似非インテリだし。
地獄の鬼たちが、単にウェステニラの事情に通じていなかっただけだろう。
ゴンタムさんが僕に「サブローは、どこで、それほどまでに腕を磨いたんだ?」などと尋ねている間に、コマピさんは木刀を片付け、代わりに2本の鋼の剣を持ってきた。
そのうちの1本が、僕へと手渡される。
試験は、まだ続くみたい。
「この剣は刃引きをしてあります。遠慮なく、掛かってきてください」
コマピさんはそう述べるが、いくら刃引きをしていても、これは鉄製の剣だ。引きつぶした刃の部分も、それなりに鋭い形状をしている。
当たれば、負傷してしまうぞ。こんなの、使って良いのか?
僕とコマピさん、3度目の対戦だ。
「ハァァ!!!」
コマピさんが気合いのこもった声を張り上げ、上段から打ち込んでくる。
男性エルフのコマピさんは、僕よりかなり背が高い。
迫力のある斬撃だが、僕は冷静に対処する。時に躱し、時に剣を打ち返す。
ガキィィィン! と。
剣と剣がぶつかり合う。火花が散り、掌に強烈な衝動が伝わる。
見える、見えるぞ!
コマピさんの剣筋が、明瞭に分かる。大丈夫だ。イケる!
僕はコマピさんの攻撃をかいくぐり、彼の首元を目がけて剣を振るった。ケガはさせたくないので、寸止めする。
チェックメイトだ。
「むむ! サブロー、見事だ」
試験の立会人であるゴンタムさんは、興奮気味だ。
イケメンに勝った! 少しばかり、イイ気になっちゃうね。
全世界の非イケメンの皆さん、声援ありがとう!
熊さんも、僕をもっと褒めて。
僕は褒められると伸びるタイプなんです。叱られると、萎縮します。
ニコニコしているゴンタムさん。
一方、コマピさんは難しげな顔になって、刃引きした剣をジッと見つめている。どうしたのかな?
「サブロー同志。少し、待っていてください」
ホンのひと時、その場を離れるコマピさん。戻ってきた彼は、またまた新しい武器を携えていた。
刃引きした剣より、ズッと刀身が長い得物だ。けど、やけに細い。でっかい針みたいだ。
「お、おい、スケネーコマピ」
「ゴンタムは黙っていてください。試験官は、僕です」
コマピさんとゴンタムさん、両者の間の雰囲気が緊迫する。
僕も、気を引き締め直した。
「サブロー同志。これは僕の愛用の武器、エストックです」
エストック……え~と、〝突く攻撃〟に特化した武器だよね。形はレイピアに似ているが、刃は付いていないはず。
あの長さと尖った先端には、要注意だ。油断すると、串刺しにされてしまう。
「サブロー同志は、腰に常用の武器を提げていますね」
ククリのことか。
「互いに、使い慣れた武器同士で戦いましょう。手加減は無しです」
「コマピ! お前!」
ゴンタムさんの制止の声を無視して、コマピさんは突然仕掛けてきた。エストックによる鋭い刺突。狙いは首!
危うく横っ飛びで躱し、僕はククリを抜いた。
殺す気か! 今の一撃、確実に殺気が籠もっていたぞ。これは、試験じゃないのか?
コマピさんは、僕に抗議するヒマを与えてはくれなかった。驚異的な手数で、刺突を続けざまに放ってくる。
とてもでは無いが、ククリで弾く余裕なんて無い。身体を左右に動かし、避けるだけで精一杯だ。
焦るな! ククリを下手に操ってエストックの突きを防ごうとするのは、むしろ悪手だ。
エストックの錐の如き刀身の長さは3ナンマラ(150センチ)を超える。なんとか軌道を変えることに成功したとしても、切っ先が身体のどこかに刺さってしまいかねない。
真剣勝負で相手より先に傷を負うと、敗れる確率は格段に跳ね上がる。
止まらない、コマピさんの攻め。速い! しかも、凄まじい圧力だ。
更に、心なしか自分の四肢が重いような気がする。動作が、脳からの指令よりワンテンポ遅れるのだ。
もしかして……コマピさん、風魔法を使ってないか?
魔法によって自らの動きを加速させ、相手の動きを阻害する……風系統には、そんな効果を及ぼす魔法もあったはず。
懸命に、エストックの突きを避け続ける。
削られていく、気力と体力。このままではいずれ集中力は途切れ、僕はエストックの餌食となってしまうに違いない。
コマピさんの攻撃を止める最も有効な手段。それは、ククリによる反攻。
彼の肉体に、斬撃をぶち込むのだ。頭でも、胴体でも、腕でも、脚でも良い。
けれど……僕は、躊躇した。
ダガルさんから譲り受けたククリは、抜群の破壊力を持っている。斬り込みが命中した時点で、コマピさんは大怪我するのを免れ得ない。
武術の技倆を証明するためとは言え、彼に重傷を負わせても良いのか?
「ヤァァァ!」
コマピさんの叫び声。
僕の迷いにつけ込むかのように、彼はエストックを繰り出してくる。
切っ先のターゲットは、左の胸。心臓の位置。
殺される!
間一髪でエストックの尖端を回避するや、コマピさんの腹部へ渾身の力を込めて前蹴りを放った。
「ゴフ!」
僕の全力の足技を受けて、コマピさんが物凄い勢いで後方へ吹っ飛ぶ。
数ナンマラ離れた大地へ叩きつけられるコマピさん。
即座に駆け寄り、すかさず彼の手からエストックを蹴り飛ばした。そして、ククリの剣先をコマピさんの顔面へ突き付ける。
「僕の勝ちですね」
「ええ。サブロー同志は本当に強い。僕の負けです」
荒い息を吐きながら、コマピさんは自分の敗北を認めた。
勝負は着いた。
手を差し伸べて、彼を引っ張り起こす。コマピさんはみぞおちにダメージを受けたせいか、呼吸するのも苦しそうだ。でも、同情する気にはなれない。今さっきの戦い、あれは〝試験〟なんてものじゃない。紛うこと無き〝殺し合い〟だった。
コマピさんは、何を考えているんだ?
彼への警戒感が強まる。
「ギルド職員スケネーコマピ! 先程の戦い振り、どう斟酌しても〝武術試験〟の範疇を超えているぞ。なんのつもりだ?」
ゴンタムさんが、コマピさんへ厳しい目を向けた。
そうです! 熊さん。この暴力エルフに説教してやってください。
「申し訳ありません、ゴンタム。それに、スミマセンでした、サブロー同志。同志の強さは充分に理解していたのですが、その上で是が非でも確かめたいことがあったのです」
「確かめたいこと?」
首を傾げる。
あんな危険な方法を用いてまで確認したいこととは、いったい……?
「ええ、先刻の果たし合いでハッキリしました。サブロー同志は、武術に関して極めて卓越した手腕を持っています。それは、間違いありません。1級冒険者にしてギルドの面接官である僕が、保証します。しかし、〝冒険者〟という観点で同志の力量を測った場合……」
コマピさんは、そこでやや逡巡する。話の続きを促すと、言いにくそうにしつつも説明を再開した。
「サブロー同志には、致命的な欠陥があります。クエストで敵に遭遇して実戦に及んだら、それが原因で落命する可能性も……」
え! 致命的な欠陥!? それが原因で落命!?
「なんだと! こんなにも強いサブローに、〝致命的な欠陥〟だと!?」
「その通りです。ゴンタムも直接戦ってみれば、すぐに気付くでしょう」
「〝致命的な欠陥〟とは何ですか?」
勿体ぶらずに、教えて欲しい。早急に直さなくちゃ!
「同志、知りたいのですか?」
「もちろんです!」
「けれど、これは口に出しにくい案件です。同志の名誉にも関わります」
コマピさんが、言葉を濁す。
ええい、じれったいな!
「僕には、力になってあげたい人が居ます。そのためにも、冒険者となって大成したい。途中でリタイアする訳には、いかないんです。名誉や誇りなんか、気にしません。僕に何か欠陥があるのでしたら、ズバッと指摘してください」
「僕の発言によって、同志の尊厳はおそらく地に落ちる。それでも、構いませんか?」
「構いません! 大切なのは、『地べたを這いずってでも生き残り、守るべき人たちを守りきること』です!」
「承知しました。サブロー同志が、それ程までの覚悟をお持ちになっておられるのなら……僕も、遠慮はいたしません。ズバズバッと質問させて頂きますので、同志は正直に答えてください」
「ハイ」
「サブロー同志、君は……」
「僕は……?」
コマピさんの声が重々しい。彼の表情は悲愴感に満ち満ちている。
僕の〝欠陥〟とは、そんなにも重大かつ提示しにくいモノなのか?
心臓の鼓動が高鳴る。唾を飲み込む。喉がゴクリと鳴った。
緊張の一瞬。
「サブロー同志…………君は、童貞ですね?」
……………………………………………………ハ?
洞庭湖……中国で2番目に大きい淡水湖で、湖南省北部にある(本文とは何の関係もありません)。




