大根・お餅・桃・力士
エルフ姉が、自己紹介してくれた。
「私は、エルフのスケネービットよ」
「エロフのスケベービッチ様ですね」
「…………エルフのスケネービット」
「申し訳ありません。スケネービット様」
人の名前を間違うなんて、失礼の極みだよね。気を付けないと。
……スケネービット、スケネービット、服装が透けそで透けないスケ姉ービットさん。よし! 覚えた。
「それで、坊やは」
「スミマセンが、〝坊や〟呼びは止めていただけませんか?」
「お気に召さなかったかしら?」
「男が『坊や』と言われて受け入れられるのは、せいぜい10歳までですよ。僕は、16歳です」
「私から見たら、人間の男性なんて大概〝坊や〟なんだけど」
確か、エルフの平均寿命は300歳前後だったな。ブルー先生の授業で習った。成人した後は、年齢を重ねても容姿が殆ど変化しないとか。……人間の3倍から4倍ほど長生きするのか。
スケネービットさんは20代半ばに見えるけど、実際は幾つなんだろう?
「ふふ。サブローくん。今、貴方は私の歳について考えを巡らせているようね? 女性の年齢をアレコレ推測する男は、モテないわよ」
スケネービットさんが、悪戯っぽく笑う。
「あ、ご、ごめんなさい」
僕は、頭を下げた。
そうだよね!
地獄の恋愛特訓で、グリーンも『女性の年齢に関しては《知らない・触れない・考えない》の3原則を守るように』と言ってた! 『やむを得ず話題にする場合は、予想のマイナス10歳を口にすること』とも教えてくれたっけ。
スケネービットさんの年齢に言及しなければならない時は『おそらく、90歳』と述べよう。彼女は、推定100歳なので。
「それでサブローくんは」
スケネービットさんが、足を組み替える。大きく開くスリット部分。白い太腿が露わになった。
……美人局オペレーションは、未だ展開中なのか?
バケツのような口を広げてルアーに簡単に食いつくブラックバス。僕を、そんな外来魚と同一視するとは猪口才な!
太腿の誘惑になんか、負けません。
あれは、魅惑の太腿などでは無い!
大根だ! 1本100円の大根だ。
僕は脳内に、八百屋の店頭で叩き売りされている大根を思い浮かべた。
……うん、太腿の魅力は半減した。お色気度マイナス80%だ。
白い大根と白い太腿……どっちも美味しそうではある。けど、食欲は性欲に勝るのだ。
「……サブローくんは、どうして冒険者になりたいの?」
「少しでも早く1級、出来れば上級になって富と名声を手に入れるためです」
「1級、かてて加えて上級とは……これはまた、大きく出たわね」
「ダメですか?」
「いいえ。野心の強い男の子、私は好きよ」
スケネービットさんが、両腕で己が胸を挟む。盛り上がるおっぱい。胸の谷間が強調された。
米粒を夢中でついばむあまり罠に容易く飛び込んでしまう雀。僕を、そんなチュンチュン野鳥と同一視するとは洒落くさい!
おっぱいの誘惑になんか、負けません。
これは、魅惑のおっぱいなどでは無い!
お餅だ! 1個100円のお餅2つだ。
お餅の頂点をサクランボにするといかがわしいので、そこは梅干しにする。
僕は脳内に、スーパーマーケットで販売されている鏡餅を思い浮かべた。時期は、松の内が明けた頃。
価格はお正月前の7割引きなのに、お客には見向きもされない哀れな鏡餅。投げ売りコーナーで、ホコリを被っている。
旬を過ぎた品に対して、人はどこまでも残酷になれる。
……うん、おっぱいの魅力は半減した。お色気度マイナス90%だ。
白いお餅と白いおっぱい……どっちも美味しそうではある。けど、食欲は性欲に勝るのだ。
スケネービットさんの太腿攻撃とおっぱい攻撃を見事に撥ね返した僕。
スケネービットさんは興味深げに僕を見つめる。
「でも、サブローくん。貴方はそれほど我欲が強いタイプには見えないわ」
「そんなことは、ありません」
「……まぁ、良いわ。取りあえず、冒険者ギルドの仕組みについて説明するわね」
スケネービットさんの話によると、冒険者ギルドは、所属する冒険者へ、そのランクに応じて仕事を斡旋するのが主な業務なのだそうだ。仲介の際、依頼主が支払う金額から一定の割合で手数料がギルドへ入るシステムになっている。
高額な依頼ほど手数料のパーセントテージが大きくなるため、安いクエストなら、依頼主が提供するお金のほぼ全額が冒険者へ渡るとの由。
また、ギルドは冒険者へ、ランク別になっているカード型の免許証を発行する。
身分証も兼ねているこのカード、年ごとに更新しなければならないのだが、高ランクの免許証ほど更新料は高く設定されている。
なんか、日本の税システムにおける累進課税制度に近いみたい。
低所得者に優しい仕組みなので、僕も納得だ。
冒険者としてのランクは、見習い・3級・2級・1級と上がっていき、更に特別枠の上級と名誉階級とも言うべき特級がある。
ランクアップの機会はクリアしたクエストの質と量に伴って与えられるが、実際の昇進にはギルドの認可が必要なのだとか。つまり、ギルドからの評価が低い冒険者は、どれほど活躍しても高ランクには上がれないと言うことになる。
なお、ギルドの定めたルールに何度も違反したり、罪を犯したりしたら、免許を取り上げられてしまうとのこと。
「冒険者ギルドは、武力に長けた者たちの集まりだからね。規律は厳しくしないといけないのよ」と、スケネービットさん。
スケネービットさんの解説は続く。
「見習いになる前に、仮登録の期間があるわ。この間は、自分では仕事を選べないの。ギルドが指示するクエストを熟してもらいます。もし、仮登録期間中に『冒険者たる適正なし』とギルドが判断したら、その人は冒険者には成れません」
「仮登録の期間は、如何ほどですか?」
「これは、ケースによって異なるわ。最長で3ヶ月ね」
「3ヶ月……」
長すぎる。
フィコマシー様とシエナさんのナルドット滞在は、約20日間だったはず。それ以上過ぎると、彼女たちは王都へ帰ってしまう。
フィコマシー様たちがナルドットに居る間に、何らかの成果を出したい。
「仮登録の期間を短縮することは出来ますか?」
「お! サブローくんは、やる気満々ね~。それは、ひょっとして推薦状を書いてくれた侯爵家のご令嬢のためかな?」
スケネービットさんがからかい口調で尋ねてきたので、僕は胸を張って堂々と答えた。
「その通りです。僕は、バイドグルド家のフィコマシー様のお役に立ちたいと考えています」
僕の発言を受けて、スケネービットさんは真面目な顔になった。
「もちろん、仮登録の期間を短くすることは可能よ。3ヶ月というのは、何の知識も武芸の腕も持たない素人が冒険者になろうとする場合なの。まず最初に自分が既に会得している能力をギルドに示してくれれば、いくらでも期間は短く出来るわ。……そう言えばゴンタムに聞いたんだけど、サブローくんは熊族語を話せるそうね」
「ええ。獣人の方々の言語は、大凡理解しています」
「犬族語・猫族語・熊族語以外の獣人の言葉も話せるの? でも、さすがに蛙族語は知らないでしょう? 蛙族は滅多に自分たちの里から出てこないし……」
『僕は蛙族語も話せるケロ』
「……凄いわ! まさか、蛙族語にまで通じているなんて!」
スケネービットさんが感激している。だから、僕はただ語尾を変化させただけで……それは、もう良いか。
ここは、自分の有用性をもっとアピールしよう。
『僕は、エルフ語とドワーフ語も話せます』と、エルフ語でスケネービットさんへ語りかけてみる。
「――っ! ……これは、ポイントが高いわ。正直、今すぐにでも冒険者ギルドで雇いたいくらいよ。サブローくん、貴方は語学の天才ね。その才能は、仮に貴方が冒険者では無く、商人や学者を目指すとしても大いに役立つわよ。もとより、冒険者の生き方を選んでも、語学の才はあらゆる場面で貴方を助けてくれること間違い無しでしょうね。貴方に多様な言語を教えてくれた師に、感謝しなさい」
特訓地獄で語学を僕に叩き込んだブルー先生の姿を思い出す。
額から突き出した2本の角。口もとの牙。眼鏡。寅縞の腰巻き。青い肌の色合いは、化学薬品の如き毒々しい鮮やかさだった。……むむむ、弱ったな。全然、謝意を抱けないよ。
「ところで、サブローくん。エルフ族は全員、風魔法を使えます。当然ながら上手かったり、下手だったりするんだけどね」
「それが何か?」
「魔法の使い手であるエルフは、周囲の魔素の変化に敏感なのよ。サブローくん……貴方、もしかして魔法を扱えるんじゃないの? もしも貴方が魔法使いなら、仮登録の必要は無いわ。即採用の上、見習い期間も最小限に出来るわよ。それだけ、魔法使いは貴重なの」
スケネービットさん(おそらく90歳)が年甲斐も無く、キラキラした瞳とワクワクした口調で尋ねてきた。
……さて、何と返事しよう。
魔法は僕にとっていざという時の切り札・奥の手的な存在だ。たとえランク上げに有利だとしても、安易に披露はしたくない。
冒険者ギルドの内実を把捉するまでは、慎重に事を運ぶべきだろう。
「スケべービッチ様」
「……スケネービットよ。あと、〝様づけ〟は、いらないわ。私とサブローくんの仲じゃない?」
「出会って2ヒモク(2時間)も経っていない仲ですが。……改めまして、スケネービットさん。もし、僕が魔法を使えたとして、申告しないと何か問題になりますか?」
「面白いことを訊いてくるわね。別に、咎め立てはしないわよ。嘘を吐いている訳ではないからね。『魔法が使えないのに使えるフリをする』といった虚偽の申し立ては罰則対象だけど。でも、『魔法が使えるのに敢えて言わない』なんて冒険者志願は、見たこと無いわ」
思った通りだ。
日本でも、会社の求人に応募する際、その仕事に関係する資格を持っていれば採用されやすくなる。けれど、取得している資格を告げなかったからといって、会社側よりペナルティーを受ける事態は多分起こり得ない。わざわざ、求職におけるメリットを自発的に捨てている訳だからね。
「ならば、僕は冒険者ギルドへ、このように報告します。――僕が魔法を使えるか否かは、秘密です」
「ふ~ん。それだとギルドは『サブローは魔法を扱えない』と判断するけど、それでも良いの?」
「ええ、構いません」
「そう……冒険者ギルドを信用できない?」
スケネービットさんの目つきが鋭さを増す。一瞬で、室内に緊張感が満ちた。
僕は、一呼吸置いて応答する。
「信頼とは、互いを知ることから生まれてくるものですよね? 今の段階では、僕は冒険者ギルドのことを良くは知りません。ギルドの方たちも、僕のことを全然知らないはずです」
「それもそうね」
スケネービットさんは、カラッと笑った。部屋の中の張り詰めた空気が和らぐ。
「第1次面接は、これで終了。サブローくん、付いてきて」
スケネービットさんの案内に従って、部屋を出た。
2人で廊下を歩く。
颯爽と、僕を先導するスラリとした背の美女エルフ。
うっ……スケネービットさんの後ろ姿が、イヤでも目に飛び込んでくる。
薄い着衣のためか、彼女のお尻の形がハッキリと分かってしまう。
ヒップが、プリプリしてますね。
スケネービットさんの歩行に合わせて、腰のすぐ下にあるセクシーな丸みが左右にフリフリする。
なにやら誘っているように感じるのは、気のせいか?
……おそらく、思い過ごしじゃ無い。
これは、トラップだ。
過酷なスパイ合戦の最前線で多用されると噂に聞く、恐るべき伝説の罠。その名も、〝ハニートラップ〟!
地球の歴史において、数多の政治家や外交官がハニートラップに引っ掛かり、その身を破滅させられてきた。
しかしながら、僕は深慮遠謀を心掛けている。舐めるなよ。
これ見よがしに、『閉店大セール』の幟を半年以上立てっぱなしのお店。その安売り宣伝にコロッと騙されるお客と、僕を同一視するとは烏滸がましい!
お尻の誘惑になんか、負けません。
これは、魅惑のお尻などでは無い!
桃だ! 1個500円の桃だ。
……いや、桃はマズいな。
味覚的には美味しいけど、性刺激的に不味い。
桃を連想すると、むしろお尻の魅力が倍増してしまう。お色気度プラス150%だ。
食欲と性欲の華麗なるコラボレーション不可避。
桃色のお尻……桃尻……ピーチ・ヒップ・ピッチピチ!
…………スケネービットさんのお尻に向かって無意識のうちに伸びようとしていた右手を、左手でガッと掴む。
ふぅ、危ない危ない。左手の鎮圧部隊の出動が今少し遅れていたら、右手による脳への反逆が成功していたところだよ。
だが、油断しちゃダメだ。〝本能〟の後押しを受けて、右手どころか左手さえも下克上してしまう怖れがある。
もはや、一刻の猶予もない!
こうなれば、最終手段だ! 大相撲の力士たちが土俵上で惜しげも無く見せてくれる美尻を脳内に浮かべるんだ!
お相撲さんの肌は、白くてハリがあって艶やかに輝いているよね。まわしを締めたお尻もスベスベで、とっても綺麗。その造形美には、心の底より惚れ惚しちゃうよ。
でも、あれは男の尻なのだ。漢の尻なのだ。野郎の尻なのだ。
有名関取同士の好取組! 飛び散る汗! 土俵際の息詰まる攻防! 砂かぶり席の観客の眼前に迫る力士の尻! どアップになる益荒男のヒップ!!!
…………よし、お尻の魅力はゼロになった。お色気度マイナス150%だ。加えて、内心で「スケネービットさんのお尻は、90歳のお尻」と呟き続ける。
ふしゅるるる~と、青い欲望が萎んでいく。
これで、スケネービットさんのエロフアタックは完全に無力。
僕は、繊細な少年の心を、思春期の衝動より守り切ったのだ。
達成感で心が満たされ、目には歓喜の涙が浮かぶ。
僕って、賢い!!! ……僕って、賢いよね?
この回は執筆中に、〝自分はいったい何を書いているんだろう〟……と何度も自問自答してしまいました。今更ですね(ヘコみ)。




