危険なボイン(イラストあり)
★ページ途中に、登場キャラのイメージイラストがあります。
《エルフのお姉さんがエロすぎる件》
……ハ! いかんいかん。何か、ありがちなラノベのタイトルみたいなのが脳裏に浮かんでしまった。
けど、このエルフのお姉さん。表情にしろ、仕草にしろ、服装にしろ、色っぽさがあまりにも過剰だ。
10代の少年にとっては、目の毒です。
「坊や、座りなさい」
少し湿り気を帯びた声色で、エルフ姉(と、心の中で勝手に呼ばせてもらう)が曰った
室内には、テーブルと2つの椅子がある。
僕は、一礼して椅子に腰掛けた。続いて、僕の隣に着席するエルフ姉。
……あれ? オカしくない? 普通、面接を受ける人と審査をする係官って、テーブルを挟んで向かい合わせに座るよね。
どうして、椅子が2つ並んで置いてあって、僕の真横にエルフ姉が居る状態になってるんだろう?
「坊やは、冒険者登録をしたいのよね?」
「そ、その通りです」
エルフ姉が身体を密着させてくる。
布地が薄いよ!
こう……肉感が直に伝わってくる。お姉さんは……ボインだ。
淫靡な双乳。つまりは、ボインボイン。
くそ! エルフは、〝爽やかな森の妖精〟じゃなかったのか!?
エルフ姉は、どう考えても〝森の妖精〟ではあり得ないね。
彼女は、〝水の妖精〟だ。水商売……〝お水のお姉さん〟だ。
やはり、罠なのか。美人局なのか。
ここで僕がエルフ姉に『お姉さ~ん!!! ボインでパフパフして~』とジャンプすると、突如として隠し扉からヤクザなオークが出てきて『おいおい、兄ちゃん。俺の彼女に何してくれとんねん。俺がコブシでパフパフしてやるぜ~』と脅してきたりするのか?
挙げ句、『許して欲しかったら、この書類の保証人欄に拇印を押すんや』と怪しげな契約書にサインさせられるハメに陥ってしまうのだ。
間違いないね。
ボインに誘惑された未来には、恐怖の拇印が待っていました。
ボインで拇印。
魅惑のボインはヤバいけど、迂闊な拇印はもっとヤバい。
ここで、僕は唐突にブルー先生の忠告を思い出した。
♢
「良いですか、サブロー」
ブルー先生が、眼鏡のフレームをクイッと押し上げた。ダサかった。
インテリ気取りで眼鏡を掛けてるくせに、服装は腰巻き一丁で上半身は裸のブルー先生。そのファッション感覚は、無残だった。
かき氷とタコ焼きをセット販売する料理店並のセンスの悪さである。
「ウェステニラに存在する代表的な人間型種族。それが、エルフとドワーフです。絶対数は、両者とも人間より少ない。けれど、人間と交わって暮らしている者もそれなりに居ます。サブローがウェステニラで冒険者になるのなら、いずれ彼らとも出会うことになるでしょうね」
「夢が広がりますね~」
僕は、ワクワクした。
美少女エルフや美女エルフは、異世界ラノベに必ず登場するお決まりキャラである。
カレーライスに福神漬けが付いているように、豚骨ラーメンに紅ショウガが入っているように、異世界ラノベに美女・美少女エルフの出番は欠かせないのだ。
ドワーフは、おっさんキャラが多いけど……。
「サブローは、甘いですね」
ブルー先生が、チッチッチと人差し指を揺らす。イラつく動作だ。
「エルフは、確かに眉目秀麗です。しかし、美貌の女性エルフが人間基準での〝美女・美少女〟であるとは限りませんよ。耳が異常に長くて、目つきが異様に鋭くて、不健康そうなまでに青白く、身長は2メートルを超え、それなのに体重は30キロを下まわるほど痩せているエルフ女性を、サブローは〝美女や美少女〟だと思えますか?」
「え!?」
ブルー先生が提示した〝エルフ美女〟の姿を、僕はイメージしてみた。……うん、心が痛いね。デートへ誘うより前に、病院へ誘ってしまいそうだ。
「分かりましたか、サブロー。エルフだからと言って、安易に〝美女・美少女〟を連想してはいけません。エルフの〝美形〟が、人間にとっての〝美形〟と決まっている訳ではないのです。平安時代の絵巻物風美人や江戸時代の浮世絵風美男子が現代に蘇っても、美女や男前とは見做されないのと同様です」
夢が消えた。
「……つまり、ウェステニラのエルフ女性は、人間視点では〝美女・美少女〟の枠外だと?」
僕が哀しみに打ちひしがれつつ質問すると、ブルー先生はアッサリと首を横に振る。
「そんな事は、ありません。ウェステニラのエルフは、エルフ以外の全種族から見ても、れっきとした美形です」
「でも、身長2メートルで体重30キロだって……」
「そのような体型のエルフ、ウェステニラには居ませんよ。あくまで、モノの例えです。ちょっとサブローをからかってみただけなので、真に受けないでください」
酷い、ブルー先生! 僕の純情な気持ちを弄んだんだね!
責任を取ってよ!
『笑えない冗談』は、ジョークに非ず。
ファッションセンスがゼロのブルー先生は、ジョークセンスも皆無だった。
「ウェステニラのエルフの平均身長は人間より少し高いくらいで、平均体重は人間とほぼ一緒ですよ。ちなみにドワーフの平均身長は人間の半分よりやや高い程度、平均体重はやっぱり人間とほぼ一緒です」
ブルー先生が僕に説明する。
エルフは〝のっぽ〟で、ドワーフは〝太っちょ〟。
絵に描いたような定番だけど、そのほうが良いよ。身長2メートル体重30キロのエルフとか、顔を合わせる機会があったとしても対応に困ってしまう。
「しかしながら、サブロー。エルフには気を付けてください」
「……どうして?」
「エルフの殆どは、美形です。いえ、〝美形〟では無いエルフは存在しないと言っても良いほどです。エルフ以外の種族である人間・獣人・魔族・ドワーフなどの目に、エルフはそのことごとくが非常に魅力的な美男・美女に映ります。尤も、ドワーフとの種族仲はあまり良好ではありませんが……それでも『エルフの美しさ』に関しては、ドワーフも認めています」
「結構なことじゃ無いですか」
「エルフ側からすれば、厄介な話でしょうね。エルフは、極めて閉鎖的な種族。他の種族よりの懸想など、エルフにとっては困惑の種や反発の要因にしかなり得ません。また見方を変えれば、他の種族は『エルフの美しさ』に惑わされないように注意しなくてはならないと言うことです」
「不思議ですね」
僕は内心(エルフ美女に一度は惑わされてみたいな~)などとノンキな妄想を浮かべながら、ブルー先生へ語りかけた。
「人間はともかく、獣人やドワーフの皆さんまで、エルフに〝美〟を覚えて、惹かれてしまうなんて」
エルフの容姿は、長い耳と切れ長の眼以外は人間に極めて近いそうだ。獣人やドワーフとは、外見がかなり違う。
「エルフの祖先が妖精であることと何か関連性があるのかもしれませんね。逆に、ゴブリンはほぼ全種族・モンスターから嫌悪されています。気の毒ですが、これもウェステニラの生物の本能に刷り込まれてしまっている衝動です。今更、変えようがありません」
「エルフは美しいから好かれ、ゴブリンは醜いので嫌われるのでしょうか?」
「そう単純な話でも無いと思います。本能は、理屈では割り切れないものです。分析不可能なケースも多い。実例を挙げると、人間の男の子はクワガタを好む一方で、ゴキブリは苦手でしょう? どっちも似たような昆虫なのに。それと、同じです」
ブルー先生が、トンデモナイことを言い出した。
「クワガタとゴキブリは、全く違いますよ!!!」
「そうですかね? どちらも黒くてツヤツヤしてて足が6本ですけど」
しきりに首を捻るブルー先生。
この鬼、ダメだ。
伊達眼鏡の似非インテリだ。
美的センスが、底辺飛行で墜落中だ。
日本に生まれていたら、英国風の背広を着ているにもかかわらず、足は下駄を履いて町中を闊歩する中年男性になっていたに違いない。
♢
ブルー先生の『〝エルフの美しさ〟に惑わされないように』とのアドバイス。
いや。大丈夫ですよ、ブルー先生。僕がエルフ姉の美人局に引っ掛かる確率はゼロです。
何故なら、眼前のお色気割合100%のエルフより、オリネロッテ様のほうがルックス的にははるかに美しかったから。オリネロッテ様と邂逅したおかげで、僕には『外面的美貌への耐性』が出来てしまっているのです。
……よくよく考えれば、恐ろしいな。
オリネロッテ様の容色における輝きは、〝美形種族エルフ〟の魅力をも霞ませてしまう次元なのだ。
改めて思い知る、オリネロッテ様のハンパない〝美少女っぷり〟。〝妖精〟を超えて、〝神〟レベルと言える。
それに加えて、僕には真美探知機能がある。能力の恩恵によって、ミーアやシエナさんの〝内面の美〟を堪能することが出来た。彼女たちが秘めている煌めきを思えば、エルフ姉のお色気など、ギョウザの前のシュウマイの湯気と同じようなものですよ。
僕は、餃子も焼売も大好物ですけどね!
あ、フィコマシー様に関しては、真美探知機能により覗かせてもらった内側があまりにも謎めいていたため比較対象からは除外させていただいております。ん? イエロー様? ……知りませんね。
で。
エルフ姉の身体が僕のほうへ向かって45度ほど傾いている(斜めすぎだ!)ので、床と直角になるように姿勢を正してもらった。
自分の誘惑に反応しない僕に対してエルフ姉は不満そうになることも無く、むしろ面白いモノを見付けたような眼で僕を眺めている。
どうやら、美人局ではないようだ。
僕は、懐からフィコマシー様にしたためて頂いた推薦状を取り出した。
推薦状と言っても、別に僕の能力を称揚している書簡じゃないよ。
ウェステニラにおいて、冒険者は人気の職業であるとともに実力主義に徹した命懸けの稼業でもある。身元がハッキリしない志願者も少なくない。
そのため素性や人柄を請け合う趣旨を含めて、ナルドットでそれなりの立場にいる人がギルドへの紹介状を書いてくれるケースがあるのだ。
身元保証を兼ねた紹介状が、推薦状だ。
推薦状があると、冒険者登録がスムーズに進むと、マコルさんが教えてくれた。
そこで、僕はフィコマシー様に推薦状の作成を頼んだのである。
冒険者になりたがっている庶民階級の少年の推薦状を侯爵令嬢が書く……本来なら、避けるべき手法だ。
ナルドットに着くまでは、冒険者登録を済ませて以降は貴族であるフィコマシー様の迷惑にならないように、知り合いであることを極力隠そうと思っていた。
でも、今は考えが違う。
『冒険者として出世して、フィコマシー様やシエナさんの力になる』と決意したのだ。
〝フィコマシー様と親しい仲である事実〟を、周囲へ積極的に押し出していく。
フィコマシー様――ナルドット侯爵家の長女は、孤立なんかしていない! ここに、確固たる味方が居る! と、まずはナルドットの街の人たちに知ってもらうんだ。可能なら、王都ケムラスの人々にも。
フィコマシー様は……僕の願いを受けて、少しばかり恥ずかしそうにしながらもいそいそと書状を作成していたな。
字がとても綺麗で、感心してしまったよ。
エルフ姉へ、フィコマシー様が書いてくれた推薦状を提出する。
冒険者登録に余計な時間を掛けたくないからね。僕が〝フィコマシー様に縁の者〟だと冒険者ギルドの人たちに伝えられるし、一石二鳥だ。
ちなみに、シエナさんは推薦状を書けるほどの身分ではないとのこと。
ハンカチの端を咬みつつ悔しがっていた(なんか怖かった)ので、『冒険者登録のあかつきには、シエナさんも僕の関係者の1人として、ギルドへの報告書に名前を記載する』という事で妥協してもらった。
まぁ、シエナさんはメイドだからね。
メイドの推薦を受ける冒険者志願ってのも変すぎる。
あと、ミーアの推薦状はマコルさんの作成だ。
冒険者ギルドとバイドグルド家の力関係は、イマイチ不明だ。冒険者ギルドの有力者がどの程度バイドグルド家の内情を把握し、当主や2人の令嬢に対して如何なる意向を持っているのかも、現時点では分かっていない。
冒険者ギルドの立ち位置が明確になるまで、ミーアには不用心にナルドット侯爵家へ深入りして欲しくない。危険な事態が起こった際、ミーアが巻き添えになったら……。
フィコマシー様のヒモ付きは、僕だけで充分だ。
なので、ミーアの推薦状はフィコマシー様では無く、マコルさんに書いてもらえないかと要請してみた。
即断即決で、快く引き受けてくれたマコルさん。彼には、お世話になりっぱなしだ。いくら感謝しても、し足りない。
ただ、マコルさんの手になるミーアの推薦状……分厚すぎた……チラッと見たら〝可憐〟とか〝愛らしい〟とか〝天よりの恵み〟とか〝地上の奇跡〟とかいった単語があったような……気のせいだろう。気のせいに違いない。きっと、気のせいだよね!?
今頃、ミーアの推薦状を目にした面接官が、そのレンガブロックの如き厚みにドン引いていたりしないかな?
心配だ。
僕が差し出した推薦状を受理したエルフ姉は、まず推薦人の名前をチェックする。
「ほぅ……バイドグルド家のフィコマシー様……」と呟くエルフ姉。チロチロと、下唇を微かに舌でなぞってみせる。
このエルフ、やっぱエロい。
青少年の健全な育成のために、有害指定すべきだ。
エロフ……もとい、エルフ姉(名前は次回で)のイラストは、ファル様よりいただきました。ありがとうございます!
※豆知識のコーナー
美人局とは……夫婦または内縁の男女が共謀して、女が他の男を誘惑。それを種に相手の男から金銭などを、ゆすり取る行為。怖い。
ちなみに、美人局実行の際のおっぱいによる誘いのことを「ボインはポイズン(おっぱいは毒)」または「おっぱい釣り」と言います(←大嘘)。