熊さんへお歳暮
僕らを冒険者ギルドまで案内してくれたバンヤルくんだけど、そろそろ仕事に戻らなければならないそうだ。
「バンヤルくん、助かったよ」
「バンニャル、ありがとさんニャ」
「く! ミーアちゃんからお礼の言葉をいただけるなんて! その一言だけで、これからの長い人生で待ち受けているであろう数々の苦難の坂道を弛みない足取りで登っていけるよ!」
大仰すぎる。
ミーアからの感謝の気持ちが、バンヤル自動車の燃料なんだね。随分と低燃費な自動車なのか、それともミーアの激励がハイオクなのか。
あと、バンヤルくんのミーアへの信仰心が篤すぎる。もはや、〝ミーア教〟を開きそうな勢いだ。
「ミーアちゃん。冒険者登録、頑張って!」
バンヤルくん、僕のことも励まして! 僕ら、友人だよね? なんか、自信が無くなってきたな。
「サブローは、ミーアちゃんの御身を全力でお守りしろよ」
バンヤルくんの中では、僕は〝ミーアのボディガード〟という位置づけらしい。
バンヤルくんは、ミーアとの名残を惜しみつつ去っていた。僕との別れは、惜しんでくれない。哀しい。
♢
さてさて、いい加減、受付へ向かわなくちゃね。どの受付にしようかな?
ミーアを連れていることだし、熊の獣人さんのところに行こう。
僕はカウンターへ歩み寄った。ミーアも僕の後に付いてくる。
それにしても、身体の大きな獣人さんだ。やっぱり熊だからか?
立ち上がったら、4ナンマラ(2メートル)ほどにはなりそうだ。
体毛の色は黒。クロクマさんだ。
『あの、スミマセンくま』
『うぉ!? 少年、熊族語が喋れるのかクマ!!!』
『ええ、一応』
ブルー先生直伝の熊族語である。ちゃんと通じているようだ。良かった。
『そうか、凄いなクマ。猫族や犬族の言葉を喋れる人間はそれなりに居るんだが、熊族語まで操れる者は冒険者の中にも滅多に存在しないベア』
熊さんの瞳に、尊敬の灯火が点る。
いえ、僕は単に猫族語の『ニャン』や犬族語の『ワン』を、『クマ』とか『ベア』とかに置き換えて話しているのみなんですが……。
どうして語尾を変化させてるだけなのに、こんなに感心されるのかな? 獣人における種族ごとの言語の違いが、イマイチ掴めない。
「だが、少年。自分は人間語を知っているので、普通に話しても問題ないぞ」
「分かりました」
リアル熊さん(服は着てるけど)が人間の言葉を喋る光景は、僕の心の琴線をかき鳴らす。
その圧倒的なまでの異世界感。
ミーアが人間の言語を話すのとは、また異なる趣があるね。
僕にとって、ミーアはとっくに〝人間〟とか〝獣人〟とかの区別を超えた存在になっている。そのため、今更彼女が何語で喋っても、〝異世界感〟を覚えることは無くなってしまったみたいだ。
……と偉そうな感想を述べても、実際のところ、真美探知機能で見たミーアの猫耳JC姿が、僕の現在の思考に少なからぬ影響を及ぼしていることは確実だろう。
熊さんを、真美探知機能で眺めたら、どうなるかな?
……いや、止めておこう。僕は、賢明なのだ。万が一、中年獣人のオス熊さんがビューティフル・エボリューションを遂げたりしたら、『異世界=異なる世界』では無く、『異世界=異常な世界』になってしまう。
「冒険者登録をお願いしたいのですが」
「アタシもニャン」
僕の隣に、ミーアが並ぶ。
「ほう……獣人の言葉を話せる人間の少年と、人間の言葉を話せる猫族の少女か……。興味深い組み合わせだな」
熊さんが、僕とミーアをシゲシゲと見つめる。そして、にわかに目つきを鋭くした。
物騒な眼差しの熊って、かなり怖いな。ハチミツをプレゼントしたほうが良いかな?
「少年。君は、年齢の割にはかなり出来るな。手練れのニオイがプンプンするぞ」
「そうですか。何か、ご不満でも?」
内心ギクリとしてしまったが、動揺はおくびにも出さず、なるだけ平然とした口調で言い返した。
「イイや。腕自慢の新人は大歓迎だよ」
熊さんが、ニヤリと笑う。口の中の歯並びが垣間見えた。大きくて白い歯が生え揃っている。
よし、ハチミツ以外に鮭もお歳暮として贈ろう。
ウェステニラにお歳暮の習慣があるかどうか分からないけど。
「そうにゃの! サブローは強いのニャン!」
ミーアが勢い込んで、僕を褒め讃える。
これより冒険者登録をするので、受付の熊さんに僕の良さをアピールしておこうと気を回している模様。
「サブローは、獣人の森でも大活躍だったのにゃ!」
「ふむふむ」
熊さんが、ミーアに話の先を促す。彼のミーアを見る眼は、優しい。口もとも、緩んでいる。猫を愛でる熊。
「村の皆は、サブローに《カニ狩り》の称号を贈ったのニャ」
「カニハンター……」
熊さんの、僕を見る眼が微妙になった。ええ、僕もそのあだ名はど~かと思いますよ。
「それから、サブローは《熊殺し》とも呼ばれていたにゃ!」と猫族少女が声高らかに叫ぶ。
ちょ!!! ミーア! そのあだ名は。
「なんだと! 〝熊殺し〟とな!?」
熊さんは驚愕し、立ち上がった。
うわ~、熊さん、大きいな~。身長は5ナンマラくらい?
腕を振り上げ、爪を光らせ、血走った眼で僕を睨む熊。
どっからどう見ても、殺人熊だね。死んだフリでもしようかな?
「少年! 君は、ひょっとして〝クマキラー〟なのかね!?」
クマキラー? まるで、殺虫剤のようなネーミングだ。
「落ち着くんじゃ、ゴンタム。熊キラーが冒険者ギルドを訪ねてくる訳が無かろう。ましてや、猫族の少女を連れて」
隣で受付をやっているお爺さんが、熊さんを窘める。
そうか、熊さんの名前は、『ゴンタム』か。
「あ、あの、熊キラーとは何ですか?」
僕は、お爺さんへ問いかけた。
「うむ。熊キラーとは……野生の熊を狩猟しているうちに巨大なケモノを殺める行為に快楽を覚えてしまい、ついには熊族の獣人にまで矛先を向けるようになってしまった異常者のことを指すのじゃ。もはや、ハンターでは無く、犯罪者じゃな。似たタイプに、鹿キラーや狐キラーも居るぞ」
「熊キラーや狐キラーは、セルロド教を信仰する高位の貴族や裕福な商人に多いんだ。アイツ等、秘かに協力態勢を築き、仲間内で情報交換をしているらしい。だから、なかなか犯人を捕らえられない」と悔しそうなゴンタムさん。
牙を剥きだしにするのは、止めて!
「冒険者ギルドにも、獣人キラーによる被害を防いで欲しいとの依頼が頻繁に届いておる。現在、《世界の中心で獣人への愛を叫ぶ会》や《世界の片隅から獣人を愛でる会》の協力のもと、少しずつ奴らの実態解明を進めておる最中なのじゃ。いずれ、一網打尽にしてくれるわ」とお爺さん。
そうなんだ! ケモナー、偉いよ!
僕は、ウェステニラに来て初めてケモナーをリスペクトした。
「サブローは、熊キラーなんかじゃ無いニャ! サブローがやっつけたのは、モンスターの一本角熊なのニャ」
ミーアの発言に、ギルド内は一瞬ざわめいた。受付の方たちや、こちらの様子を窺っていた冒険者たちの視線が、僕に集まる。
「ミーア!」
僕は、ミーアを叱責した。
魔法はともかく、武術の技能に関しては僕は別に隠すつもりは無い。フィコマシー様の助けとなるためにも、なるべく早く昇進したいからね。
でも、まだ登録も済ませていない段階で、おおっぴらに自分の力量を誇示するのは得策では無いと思う。正規の冒険者たちから、余計な反感を買ってしまう可能性がある。
それに一本角熊や巨大蟹の話ならまだ良いが、巨大白蛇の件を表沙汰にするのは、さすがにマズい。
「そうか、サブローは一本角熊を倒した経験があるのか」
ゴンタムさんのつぶらな眼が細まる。
『円らな眼が細くなる』……改めて検証すると、変な表現。
まぁ、有り体に言えば、楕円形になってるだけなんだけど。
「猫族の皆さんが一緒に戦ってくれたので、辛うじて勝てました。ちなみに、ミーアもその場に居ましたよ。それより、登録のほうを早く」
「ああ、そうだな。付いてきてくれ」
ゴンタムさんが席を立ち、僕とミーアを建物の奥へと先導してくれる。
僕とミーアは、待合室のような部屋に通された。
「ここで、少し待っていてくれるか?」
ゴンタムさんは一旦部屋を出て行ったが、すぐに戻ってきた。
「君たちには、まず面接を受けてもらう」
「ミーアと一緒にですか?」
「いいや、別々にだ。それぞれ、違う部屋へ行ってくれ。人事担当の者が、待機している」
ミーアに気遣わしげな目線を送る僕へ、ゴンタムさんが言う。
「おいおい、少年。あ~、サブローか。君がミーアのことを大切に考えているのは痛いほど分かるが、あまり構い過ぎるのも宜しくないぞ。君だけじゃなく、ミーアも冒険者になるんだろう?」
「サブロー、アタシは大丈夫にゃ」
ミーアが力強く頷く。
そうだね。過保護は、良くない。僕は、どうもミーアのこととなると妙に心配性になっちゃうみたいだ。
これがリアノンなら、ドラゴンの谷とかでも平気で放置できるんだけど。
僕はミーアを残し、部屋を出た。ゴンタムさんに教えられた一室へと向かう。
廊下の突き当たりの右側……ここだ。
扉をノックすると、「どうぞ」と中より女性の声が。
むむ! 艶めいたボイスだ。もしかすると、妙齢のレディーが室内に!?
いやいや、早合点は禁物だよね。
期待は、裏切られるためにある。
希望は、潰されるためにある。
欲求は満たされず、渇きは癒されない。
残酷な現実を、僕はオッサンまみれの受付で学んだばかりじゃないか。
「失礼します」
僕は扉を開いた。
それほど広くない室内に、1人の女性が佇んでいる。
若い。若いよ! オバサンじゃ無いよ! 20代かな?
背が高く、スタイルも良い。そして麗しい……。うん、美女だ。けれど、なにか引っ掛かるな。
小麦色のストレートヘア。透きとおるような青白い肌。形の良い眉。少々つり上がり気味の切れ長の眼。長く尖った耳。……耳先が尖ってる! あ、この人、おそらくエルフだ!
間違いないよ! 森の妖精〝エルフ〟。
うわわわ!!! 感激だ! 不意打ちだ! 突然の祝福だ! まさか、《異世界における人気ナンバーワン種族(調査対象:日本でのサブローの知り合い数名)》のエルフに会えるなんて!
……でもエルフのお姉さん、少しばかり服の露出度が激しすぎやしませんかね? チャイナドレスっぽい紫色の衣装、胸元が大胆に開いてます……谷間が余裕で覗けそうなんですが。更に、スカートの裾の切り込みも深すぎる。太腿が丸見えですよ?
オカしいな。エルフの女性って、事前予想ではどちらかと言うと清純なイメージだったんだけど、このエルフさんはお色気むんむんタイプだ。
〝エルフ〟では無く、〝エロフ〟。
妖艶な美女エルフは、僕へ向かってニッコリ微笑んだ。
「いらっしゃい、坊や」
え~と、エルフの美人局かな?
話が進まない……でも、やっとエロフ……じゃ無くて、エルフを出せました。
あと「登場人物の紹介」まで含めて今回で100話に達しました。
これも、読者の皆様がたのおかげです。
読んでくださった方、ブクマ・ポイントしてくださった方、感想を送ってくださった方、本当にありがとうございました。とっても励みになっています。
物語はまだ続きますので、今後も宜しくお願いいたします。




