イエロー様の魔法特訓
ブルー先生による『勉学の特訓』の後に待っていたのは、イエロー様による訓練だ。
5人の鬼の中で、イエローだけは〝様付け〟で呼ぶことにしている。
いくら筋肉ムッキムキの胸無しでも、イエロー様は女性だからね。僕はフェミニストなのだ。男と勘違いした挙げ句、トゲトゲ金棒でぶっ叩かれそうになった出来事がトラウマになっている訳じゃ決して無い。
ブルー先生より『勉学の特訓』を受けたのとは別の部屋で、僕はイエロー様に教えを請う。
それはそうと、訓練生はまた僕1人だ。特訓地獄における受刑者不足の状況は、深刻みたい。
余計な心配だが、赤青黄黒緑の鬼たちは、リストラ対象にはならないのだろうか?
「私がサブローに教えるのは、魔法だ」
「『魔法の特訓』ですか!?」
イエロー様の言葉にテンションが上がる。
魔法の使用は、異世界ライフの醍醐味だよね!
「イエロー様は、魔法を使えたんですね」
どう考えても、武闘派系の外見なんだが。
一応女性の範疇に入るイエロー様が魔法を使えるとなると、彼女も立派な『魔女っ娘』の一員と言うことか。
……イエロー様を魔女っ娘認定する行為は、日本のサブカルチャーが積み上げてきた魔女っ娘の歴史に対する冒涜のような気がするな。いや、これは容姿に対するアレコレでは無く、あくまで年齢を考慮してのことなんだけど。
如何に観察の限りを尽くしても、イエロー様は10代では無い。
僕が誰へ向けているのか良く分からない言い訳を心の中で並べ立てていると、イエロー様があっさり告げる。
「いや、私は魔法は使えない。だがサブローがウェステニラへ行きたいと思うのなら、現地で活用されている魔法についての基礎知識は予め学んでおかなくてはならん。加えて、魔法を放てるように立派に鍛えあげてやる」
「え? 魔法が使えないイエロー様が、どうやって『魔法の特訓』を行うんですか?」
「〝自分で出来る・出来ない〟と、〝他人に教えられる・教えられない〟は関係ない。人間だって、別に散歩の達人で無くても、犬に散歩の仕方は教えられるだろう?」
「犬のしつけと魔法の訓練を、一緒にしないでくださいよ!」
「大丈夫。『なせば成る』だ」
僕の抗議をイエロー様は不敵な笑みとともに一蹴する。
根拠なき楽観論は破滅への第一歩だと言うことを、イエロー様は知らないんだろうか? 僕も格言で対抗してやる。
「『やってみせ、言ってきかせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ』って昔の偉い人も述べてますし」
だから、自分には出来ない事案を他人に強要しちゃいけないよ。それに、もっと僕を褒めて欲しい。僕は褒められると伸びるタイプなので。
僕がせっかく名言を引用しているにもかかわらず、イエロー様は興味の無いご様子。
「そんなセリフ、初めて耳にした。誰が言ったんだ?」
「ええと、山本五十六だったかな?」
第2次世界大戦中の連合艦隊司令長官だよね。
〝五十六〟とか言う不思議な名前の由来は、父親が56歳の時に生まれたためだと聞いたことがある。イソロクだからまだ格好が付くけど、1年遅く生まれていたらイソナナになっていた訳だ。僕だったら、ちょっと遠慮したい。
「会ったこともないヤツが何を語ったところで、知ったこっちゃない。他人は他人、自分は自分だ」
イエロー様は、この格言の内容が自分に不利と見て、無視する意向のようだ。
言い逃れは許さないぞ! 徹底的に追求してやる。
「宜しいですか? イエロー様。この名言は『他人に教えるには、まず自分が実践してみせることが大事である』という意味を持っていまして……」
「それでは特訓を始める」
イエロー様が、トゲトゲ付きの金棒を取り出した。
「イエス、マム!」
で。
「ウェステニラの魔法は、基本的に光・闇・火・水・風・土の6系統に分かれている。大気や水、大地の中に存在している魔素を体内に取り込み、エネルギーへと変えることで、魔法を使用できるようになるのだ」
「生まれつきの魔力とかは、関わりないんですね。それなら、ウェステニラに住む人々はみんな魔法が使えるんですか?」
「いや、そうでは無い。体内で魔素を魔力に変換できなければ、魔法は発動しない。魔素を上手に己の身体の中へ取り込める生物は、ウェステニラでも限られている。魔力の生成に成功しても、そこから魔法として行使可能なレベルにまで錬磨できるのは、更に一部の者だけだ。獣人やドワーフ族は、基本的に魔法を使えない。魔族やエルフ族は……上層階級になるほど、魔法を巧みに操れるようになる傾向にあるな」
「人間は、どうなんです?」
「人間の中では、修行を積んで魔素吸収とそのパワー変換に適応した性質を持った者だけが魔法を扱える。多くの人間は、魔法使用とは無縁の生活を送っているよ」
「鍛錬すれば、人間なら誰でも魔法が使えるようになりますか?」
「そうとも限らん。やはり生まれ持った能力、向き不向きが関係してくる」
……でしょうね。地球だって、努力すれば誰でもオリンピック選手になれる訳じゃなし。異世界でも、世知辛さは付きもののようだ。
しかしながら僕は、この特訓地獄で魔法を身に付けてみせる!
イエロー様はどんな訓練をしてくれるんだろう?
少し期待しちゃうな。
「さぁ、サブローよ! 今この室内にはウェステニラにあるのと同じ魔素が充満している。魔素を吸収して、魔法を放て!」
イエロー様が大仰に両手を振り上げる。ちなみに、金棒は持ったままだ。
「どうやって?」
「気合いと根性だ!」
「…………」
「気合いと根性だ!」
2回、仰らなくても良いです。
それにしても酷いな、イエロー様。レッドやブルー先生以上の脳筋だ!
特訓地獄行きの条件である『自分自身は特訓の苦しさを知らないくせに、他者に必要以上の非合理な訓練を強いる行為』って、まさに今イエロー様がやっていることじゃないの?
「魔女っ娘」と書くと可愛いけど、「鬼女っ娘」と書くと恐い……。




