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二人


高校の図書室で一人勉強する僕。気象予報士の試験勉強だ。帰りは鹿取さんと一緒に帰る約束をしている。鹿取さんはバレー部所属で、練習が終わるのは夕方の5時半ごろらしい。ちょうど図書室も同じ時間までやっているので、気象予報士の勉強をしながら鹿取さんを待つことにした。


久しぶりに参考書を読み直し試験問題を解いてみる。うん、まだ記憶に新しい。これは、いけるかもしれない。



*******



「あの・・・」「はい!?」


気づいたら勉強に没頭していたらしい。横に女生徒が申し訳なさそうに立っていて、小さく声をかけてきた。例によって、目をそらしつつ。クラスの子じゃないのに、先生の言っていた「僕を見るな」って、もしかして全校生徒に行き渡っているのか?


「私、図書委員です。もうすぐ図書室を閉める時間です」


「あ!ごめんなさい。すぐ出ます」


僕は慌てて勉強道具をかたづけ始める。


「あ!いえいえ、今すぐ閉めるわけではなくて、時間はまだありますので。誰かと一緒に帰りますか?」


僕のことを気遣ってくれてるみたいだ。みんな優しいな。


「はい。バレー部の鹿取さんと一緒に帰る予定です」


「では、その方が来るまでここにいて構いませんので」


「え?でも僕がいたんじゃ、片付かないのでは?」


「気にしないでください。それでは、私は他にも仕事がありますので」


「あ、ありがとうございます」


お礼を言うと、図書委員の子は一礼して受付に去っていった。とても感じの良い子だった。正直、校内のことをそれほど知らないので、他に待つ場所もなかったから助かる。図書委員さん(後で、名前を確認しよう)、これからもよろしくお願いします。


そんなやり取りをしていると、鹿取さんが図書室の入り口に現れた。僕と目が合うと、一瞬、とても嬉しそうな笑顔になった。でも、すぐにはっとして目を背けてしまう。そこまでしなくてもいいのに。


「お待たせ。帰ろうか」


「うん。よろしく」


僕たちは並んで歩きだした。二人が並ぶと、鹿取さんのほうが20cm以上、身長があるように思える。まあ、気にしてもしょうがない。こちらに来て、大概の女性は僕より背が高いのだから、どうせ負けているのなら、1cmも10cmも同じだ。


それよりも、と、僕は気合を入れなおした。そう、ここからが正念場だ。校外の一般女性は、この学校の生徒とは違い、あんなに必死に目をそらしてはくれないのだから。



*******



「大丈夫?」


鹿取さんが心配そうに僕を気遣ってくれる。僕たちは今、家の最寄り駅を後にして、僕の家に向かって一緒に歩いているところだ。正直、覚悟はしていた。でも、それ以上だった。はあ。疲れた。


「うん。なんとか。やっぱり、駅での視線は想像以上だったよ。正直、なんでこんな、何の変哲もない高校生をあんなに見てくるのか、よくわからないよ」


「あなた、自分のこと、あまりわかってないのね。相当にかわいい男子よ?」


「へ?さすがにそれはないでしょ?僕は普通だよ」


「普通の男子なんていないの。私たち女からすると、かっこいい男子か、可愛い男子しかいないの。この世にはね」


「・・・・・・」


どう返したらいいかわからない。正直、心が折れそうだ。でも、ここで頑張らないと、将来、社会人としてやっていけない。そんなことを考えていると、鹿取さんが尋ねてきた。


「ねえ。ちょっと聞きたいことがあるのだけど」


そういえば、鹿取さんとゆっくり二人で話すのは、今の僕になって初めてだ。きっと、いろいろ確認したかったこともあるのだろう。姉さんから聞いている。鹿取さんも僕が入院したときは、本当に心配してくれたそうで、眠っている間にも見舞いに来てくれたらしい。


「いいよ。何?」


「わたし、前はあなたのこと、名前を呼び捨てにしていたの。雪緒って。これからも、それでよい?」


そんなことか。もちろん、かまわないけど。


「あと、あなたも私のことは名前を呼び捨てにしてたの。瞳って。だから、もし嫌でなければ、そうして欲しいんだけど」


「わかった。嫌じゃないよ。名前で呼ぶよ。呼び捨てはむつかしいけど」


「うん。・・・あと・・・」


「何?」


そして、鹿取さんは尋ねてきた。きっと、一番聞きたかったことを。




「全部忘れてしまったの?私たちのこと。少しも覚えていないの?」




鹿取さん(だめだ、女の子の名前呼びって、僕には結構、ハードルが高い)、急に雰囲気が変わった。表情は普通にしてるけど、なんだか、とても不安そうだ。


「うん。・・・ごめん。・・・何も覚えてないんだ」


「別に責めてるわけじゃないの。病気のせいだし、家族のことも忘れていたっていうし、私のこと、分からなくても当然だと思う」


「・・・・」


「念のため、聞いてみただけよ。ごめんなさい。本当に、気にしないで」


鹿取さん、作り笑顔で取り繕っている。なんだろう、とてもひどい罪悪感だ。僕は何か、大切なことを忘れているに違いない。それ以降、鹿取さんも黙ってしまう。僕も言葉が見つからない。それから僕の家に着くまで、二人はほとんどしゃべらなかった。無言で並んで歩いているうちに、僕の家に着く。


「今日はありがとう」


僕は何とか声を振り絞る。


「ううん。どうせ家近いから。じゃあ、朝も迎えに来る」


鹿取さんも気まずそうだ。


「うん。助かるよ。7時半ごろだよね?」


「そう。それじゃあ、またね」


「うん。さよなら」


ついさっき、互いに名前で呼び合おうって言ったのに、なぜか相手の名前が言いづらい。なんなんだろう。このままではいけない気がする。


鹿取さんも後ろ髪を引かれる感じで、ゆっくり振り返り、歩きはじめる。何か言わなきゃ。そう強く思うのに、言葉が出ない。


去っていく鹿取さんの背中は、とても細くて悲しそうに見える。


なんだろう。どうしてこんなに悲しいんだろう。






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