幼馴染
「瞳ちゃん、ありがとうね。今日は朝練は大丈夫だったの?」
僕は今、母さんの運転する車で高校に向かっている。
後部座席に座る僕の横にはこの世界でこれまで会った中で、最も身長の高い女の子が座っている。母さんはその子にお礼を言った。ベリーショートの髪形が爽やかな美少女だ。首が半端なく長く、僕より圧倒的に身長があるのに顔は僕より小さい。
「大丈夫です。こちらこそ学校まで送ってもらって、ありがとうございます」
その子の名前は<鹿取 瞳>ちゃん。女の子にしては少し低いハスキーな声だ。この声、どこかで聞いたことがあるような気がするんだけど・・・
姉さんたちに聞いた話では鹿取さんは近くに住む幼馴染で、唯一、以前の「僕」と会話が成立した同級生らしい。高校ではクラスも同じで随分と世話になっていたとのこと。
「瞳ちゃんがいてくれて助かったわ。雪ちゃんのことよろしくね?多分、ほとんど忘れてしまっているから。まるっきり転校生のような感じになっちゃうと思うわ」
「わかりました。できるだけのことはします」
お礼を言わなきゃ。
「あの・・・ありがとう、鹿取さん。それと、これから色々迷惑かけるかもしれないけど、よろしくね?」
僕はその子のほうを見て頭を下げた。その子は一瞬、驚いたような顔をしたけど、すぐに僕から目をそらし、少しぶっきらぼうにつぶやいた。
「気にしないで。病気だもの、仕方がないわ。分からない事があったら何でも聞いてちょうだい」
「うん、ありがとう」
この子、僕とあまり目を合わせようとしない。珍しい子だ。お礼を言ったら頬が真っ赤になった。
「もうすぐ着くわよ。駐車場に車を駐めるのは教頭先生に許可をもらってあるから。私と雪ちゃんは先生とお話があるから職員室に行くわね」
ハンドルを切りながら目的地が近いことを知らせる母さん。見ると、記憶にない高校らしき建物が見えた。ちょうど登校時間と重なり周りは背の高い女子高生が歩いている。車は駐車場に停まる。鹿取さんとは暫しのお別れだ。
「じゃあまたね、瞳ちゃん。雪ちゃんの事、よろしくね」
母さんのお礼に、鹿取さんは笑顔で挨拶して教室に歩いて行った。
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教頭先生と担任の先生への挨拶は母さんと一緒に済ませる。当然だけど二人とも女性だった。今は担任の先生の後について自分のクラスの教室に向かい移動している。緊張気味の僕を見て先生が微笑みながら声をかけてくれる。
「大丈夫。みんなには記憶障害のことも伝えてあるから。男の子を困らせるような子はいないから安心してほしい。きっとみんな助けてくれるよ。あと、用もないときにあんまりジロジロ見ないようにって注意もしておいたからね」
先生は僕を直接見ないようにしながら、それでも笑顔で優しく元気づけてくれる。ちょっと不自然だけど、気を使われていることが分かり安心する。
しばらく歩いた後、廊下の端にある教室の入口で先生が立ち止まり扉に手をかける。いよいよ僕の教室についたらしい。先生は何の躊躇もなく教室に入っていく。僕はあの不快な視線攻撃を覚悟しつつ下を向いて教室に入る。
あれ?・・・なんか変だな。
みんな僕ではなく先生を凝視している。誰とも目が合わない。なんだろう。期待外れというか、僕に対する視線を覚悟するなんて自意識過剰ってことか? でも、何かちょっと変だ。みんななんだか必死な感じだ。目の前にいる子を見てみると、汗をかきながら先生を見ていたと思ったら最終的に目をつぶってしまった。逆に僕の視線を感じたのかな? なんだろうこれ、少し面白い。
「はい。皆、前に言ったとおり篠塚のことは見てないな。上出来、上出来。まあ、とは言えあまり変に視線を外すのも不自然だから、そこはうまくやってくれよ」
先生が上機嫌で喋っている。
え?みんな、わざと僕のほうを見ないようにしている? そこまで徹底していたのか。
「じゃあ今日から篠塚が復帰するから。病気の事もありいろいろ困ることがあると思うから、みんなで助けてやってほしい」
「「「 はーい!」」」」
全員が笑顔で返事してる。よかった、機嫌が悪いわけではないようだ。寧ろなんだか少し興奮気味で嬉しそうだ。目は合わせないんだけどね。
「それじゃあ、篠塚の席はあちら。一番後ろの窓際だよ」
先生の示した席は、教室の最後尾の窓際。これは特等席だ。これも気を使ってもらっているのだろうか。隣の席には鹿取さんが静かに座っている。僕が席に着くと彼女は優しく挨拶してくれる。
「よろしくね」
「うん。こちらこそ、よろしく!」
できるだけの笑顔であいさつを返す。ちょっと声が大きかったか? 授業中にまずかったかな?
「「「・・・」」」
鹿取さんは頬を赤くしている。どういうわけか教室中の子が同じように頬を赤くしてなんだか独特な雰囲気になった。
みんな、大丈夫?