番外編⑦ ~ ヘタレお姉さん その2~
「え?立浪さんも木俣さんも来れないんですか?」
会社での打ち合わせ終了後、予定通りに食事会に向かう途中、雪緒君がつぶやいた。
くっ・・・まずい!いきなりピンチだ!その場を去ろうとする木俣と立浪もこちらを振り返って心配そうに様子を伺っている。やはり、お店まで来てもらって、お食事会が始まるまでは同席してもらうべきだったか?何とか誤魔化さねば!
「ご、ごめんね。やっぱり二人は嫌かな?また今度にする?」
(しまった!!コウジャナイのに!!)
「いえ。僕は田尾さんと二人でも構いませんよ。お店、予約しちゃってます?二人で四人分食べないといけませんかね?」
彼は笑顔で答えてくれる。おお!か、神よ!この幸運、感謝します。明日から、もっと善い行いを心がけますので!!よし、木俣!立浪!何とか大丈夫だ!もう帰っていいぞ!っておい立浪、Vサインなどするな!!雪緒君に見られたらどうする?早く去れ!さっさと去れ!!笑うな!!
「予約はしてないから大丈夫!じゃあ行こうか?木俣!立浪!お疲れ!(さっさと帰れ!)」
よし、第1段階クリア。とりあえずしばらくは会話と食事を楽しめばよいな。
*****
「え!宇野部長と同期だったんですか?だからあんなに仲が良いんですね?」
「まあ、彼女とは腐れ縁だね。彼女も部長なんかになっちゃって、気の毒だよ。気象予報会社の醍醐味はもう味わえないんだろうねえ」
・・・た、楽しい・・・彼と二人でご飯を食べてお酒を飲むのがこんなに楽しいなんて!どうしよう、もう十分満足しちゃった。もう、お願いなんてどうでも良くなってきてしまったよ・・・・
「宇野部長、優しいですよね?先日もふらっと放送局まで来たかと思ったら、とても美味しい ”天むす” を差し入れしてくれました。放送終了後に頂いたんですけど、あれ、美味しかったあ。確か元々は地方のお店でなんか爆弾っぽい名前だったんですけど・・・田尾さん、今度、部長に会ったらあの ”天むす” 、どこで買ったのか聞いておいてくれませんか?僕、普段会社に行かないので、聞く暇なくて」
・・・宇野め、知らない間にそんなことしていたのか?抜かりのない奴め。
「分かった。今度、打ち合わせがあるから、その時、聞いておく。じゃあ、お店を聞いたら私も差し入れしてあげるから、楽しみに待ってて」
「ホントですか!うわあ!待ち遠しい!期待しちゃいますよ?」
「大丈夫。期待して待ってて!」
<ルルルル!ルルルル!>
突然、私の携帯が鳴る。発信者を見ると・・・木俣だ。何の用だ?この取り込み中に!
「ごめん!雪緒君、ちょっと仕事の電話。少しだけ待っててくれる?」
「はい。どうぞ」
私は少し席を離れて彼に聞こえない小声で携帯に出る。
(なんだ木俣!こっちは忙しいんだ!要件は手短に頼む!)
(TL!お願いしましたか?まさか、依頼を諦めてたりしないですよね?もう2時間も経ちましたよ?)
(・・・2時間も?・・・まだ)
(だめじゃないですか!彼の拘束時間は9時までと考えてください!あと30分以内に、お願いしないと時間が来ちゃいますよ?)
(わ、分かってる!この後、お願いするから!じゃあ、切るよ!)<プツ>
・・・ま、まずい・・・もう2時間もたったのか?なんでこんなに時間がたつのが早いんだ?何とかお願いする流れに持っていかないと!
・・・・・でも全くアイデアが浮かばない。大体、上司が部下にお願いって、そもそも変だよね?どうしたらお願いできるんだ?
「田尾さん、電話大丈夫でした?なんか急ぎの件ですか?」
「え?あ!ううん。大丈夫。大したことないよ」
「そうですか?・・・・どうかされました?」
「え?何が?」
「田尾さん、何か考えているようだったから。何か心配事でもあるんですか?悩みがあるなら僕でよければ聞きますけど?」
うおおお!なんて優しいんだあ!この子は仏か?このままこの流れに乗ってお願いするか?・・・・・いやいやいや!違う違う!これじゃあ、どちらが社会人の先輩かわかりゃしない。この流れに乗っては私の株が下がる!!・・・でも、もう時間もない・・・どうする?ここでお願いするか?やるなら今か?今ですか?
「大丈夫ですか?やっぱり何か心配事でもあるんですか?」
「・・・い、いや。・・・大丈夫。(し、しまったああああ!大丈夫じゃない!!)雪緒君こそ、仕事はどう?何か困ったこととかない?不安なこととかあれば上司として何でも聞くよ?(ああ!じ、時間がああ・・私のお願いから離れていくううう)」
「困ったこととかはないです。不安なことも・・・・大丈夫です」
あれ?どうしたんだろう。いま、なんかいつものキレがなかったような?
「何?何か不安なことがあるなら、どんな小さなことでもいいから言ってごらん?そのために私はいるんだから」
「・・・あの・・・田尾さん・・・もし、ケーブルテレビの新番組が数字とれなかったら、僕、どうなりますか?」
え?
*****
この子、こんなことを一人で悩んでいたのか?責任抱えすぎだよ。
「いいかい、雪緒君。今回のプロジェクトに関わる人は君も含めて全員、このプロジェクトの成功に責任があるよ。無責任であっていい人はいない。でもね、その重さは責任ある役職の人ほど大きいんだよ。常務や部長に私さ。いざというとき、責任を取るのが役職者の役目だよ。仮に数字が取れなくて番組が打ち切られても、君は何も変わらない。引き続き、地上波で頑張ればいいんだよ。君ひとりが責任を負う必要はないよ」
「でも、GNN社はこのために随分と投資してますよね?だめだったとき、レイチェルさんはどうなってしまうんでしょうか?」
「彼女こそ、GNN-Japonの社長なんだからね。彼女自身が進んで責任を取るさ。それに彼女がこのプロジェクトを失敗させるはずがないよ。先日も市場調査の結果を聞かせてもらったけど、この話、勝算は大いにある。だから、不安がらないで、希望をもって一緒に挑戦すればいいんだよ」
「・・・はい。そうですね。不安になっても仕方ないですよね?」
「そうそう!悩んでもその時は来るんだから、やるべきことをやって、前向きに過ごせばいいよ。結果は私たちが引き受けるからさ。雪緒君は心配しないで!・・・ちょっと、私、お手洗い行くね。鞄置いていくから、ちょっと見ててくれる?」
「はい」
私は席を離れトイレに入る。
い、言えない・・・とても言えないよ・・・こんな雰囲気で。あんなに健気な子が、こんなまじめな話をしているときに<精子くれ>なんて・・・そんなの、もう人間のクズだ。言えるわけない。
・・・時間ももう随分経ってしまった・・・もうだめだ。うん。今日は諦めよう。ううう・・・な、涙が出るよ・・・い、いかん!こんなことでは彼に心配をかけてしまう。せめて化粧を直して・・・・
*****
ふう。良かった。田尾さんと話ができて。
ずっとプレッシャーだったからな。レイチェルさんなんて、いったいいくら使ったかわからないぐらい投資してたし。でも、元気づけてもらったおかげで、ずいぶん気持ちが晴れた。たしかに田尾さんの言うとおりだよね。どうせその時は来るんだし。前向きに頑張ることにしよう。
ん?あれ?田尾さんが座っていた席の下に、何か封筒のようなものが落ちてる、なんだろう。え?これって?
・・・そうか・・・だから今日は二人で飲みに行くことになったんだ。どおりで田尾さん、様子が少しおかしかったのか。ふふふ、なあんだ。じゃあ言ってくれればよかったのに。よし!
えーっと、ボールペンと、お!偶然かな?今日は認印もリュックに入ってる。なんでだろう?入れた覚えないけど・・・ま、いいか。じゃ、サインしてっと。う~ん。書き方、よく分からないな。下手に書かない方が良いか。
よし、このまま鞄に戻しておくかな?
*****
「さて、雪緒君!今日はもう遅いし、そろそろお開きにしようか?大丈夫!今日は私のおごりだよ!・・・いいって!私は女だし年上だし上司なんだからさ!君に出させるわけにはいかないよ!そのぐらいさせて!・・・はい。今日は楽しかったね?また来週から頑張ってね?」
・・・うん。今日は楽しかったし、仕方ないよね?来週、木俣に叱られよう。
私たちはお店を後にして駅に向かう。彼も元気を取り戻したようだ。うん。これでよかったのだ。私は人間のクズにならずに済んだのだからな・・・・
あーあ。もう、二度とこんな機会ないかな?・・・
*****
翌週の月曜日。JWN社、特別運用チーム室。私の報告を聞いた木俣が叫ぶ。
「えー!!!お願いできなかったあ?!!こんな機会!もうないですよ!だから言ったじゃないですか!素直にお願いすればよいって!」
「そんなこと言っても、彼!本気で悩んでたんだぞ!一人で今度のプロジェクトの責任を背負って不安がってたんだよ。そんな風に悩んでいた彼に<精子くれ>なんて言える?そんなの人間のクズだよ」
「・・・確かに・・・それでは言えませんね・・・でも、そういう展開になってしまいましたか。仕方がないですかねえ。さすがに今週の金曜は早すぎますよね?じゃあ、再来週の金曜あたりにまた企画しますか?今度は私と立浪もしばらく同席して場を盛り上げますので、その勢いで私たちがいなくなったら即、お願いするのがいいのではないでしょうか?」
「・・・そうだね。すまないねえ・・・」
<ルルルル、ルルルル>
ここで木俣の携帯が鳴り彼女は電話に出る。
「立浪?どうしたの?」
そうか、そろそろデイリーミーティングも終わりかな?彼も帰宅の時間だろう。
「・・・うん・・・え?どういうこと?・・・本当??篠塚君がそう言ってたの?・・・うん。分かった。すぐTLに確認するから。うん、いいよ!そちらはもう帰ってもらって!うん。特に何もないから!じゃあ、お疲れ。篠塚君によろしく言っておいて」<プツ>
電話を切ったと思ったら、木俣がすごい勢いで私の机に来て鞄の中をあさりだす。おい!ちょっと!なに人のカバンを!何を探してるの?
「TL!!例の同意書類は?・・・どこ?どこ?あった!!」
彼女は私のカバンから封筒を取り出す。あ!それ!大切な書類・・・・白紙だけど・・・うん?なんだ?彼女は勝手に書類を出すと手を震わせながら目を見開いて書類を見ている。ちょっ、ちょっと木俣!どうしたの?大丈夫?
「TL!!・・・これ!・・・見てください!同意書にサインしてあり、押印もされてます!!」
え?・・・どういうこと?ちょっと見せて?・・・えええ!!なにこれえ!!なんで?
「さっき立浪が篠塚君に言われたそうです。先日の飲み会で田尾さんが大切な書類を落としたから戻しておいたので、中を確認してほしいって。ちゃんとサインしておいたので間違えていないかも確認してほしいって!!」
・・・彼・・・いつの間に?・・・そ、そうか!あの時!トイレに行ったときか?・・ああ、彼はなんていい子なんだ。涙が出そうだ・・・
「あああ!!!TL!!!これ、見てください!!ここ!!」
な!なんだ大きな声で!こっちはもう精神的にアップアップなんだ!脅かさないでくれ!!
「ここ!受精方法の欄!!・・・空白です!!丸印がついてないです!!!」
え?・・・・それってどういうこと?・・・・
私と木俣は視線を合わせ、しばし言葉を失う。しばらくたって木俣が驚愕した表情でつぶやく。
「・・・これ、彼は自然妊娠でもいいよって言っているのでは?・・・」
・・・ま、まじかああああ!!!
「田尾さん、落ち着きましょう・・・この後、お姉さまや瞳さんに連絡しないといけないですよね?・・・ちょっと。この場合は・・・」
その後、私と木俣はこれからの私の身の振り方について、たっぷり1時間ほど議論した。
結局、私は泣きながら自分で<人口受精>に印をつけたが、今でも後悔している。
もし、<自然妊娠>に印をつけたら、今頃どうなっていたのだろうか?
今でも時々思い返すことがある。
読んで頂きありがとうございます。
次は瞳さんの予定でしたが、その前に、肉食系お姉さんを書いた方が良いかな?成人後のハードモードにスイッチが入るはずなんですよね・・・どうしよう
天むす、御存知の方、いるかな?
ミルズ




