もう一度
この世界は女性が多く男性が少ない世界だった。
今の僕が通う公立の共学高校では30人ぐらいのクラスに男子は一人いるかどうか。社会全体でも、こんな感じらしい。昔はもう少し男性がいたそうだけど徐々に減っていったそうだ。
外国でも事情は同じらしい。これ以上、男性の出生率が下がると文明が維持できるかどうかのギリギリの線にいるらしく、国を挙げて男性の出生率を上げようと努力しているらしいけど結果は芳しくないそうだ。
女性と男性の身体的特徴も前の世界と異なっている。男性は平均身長が160cmぐらいしかないらしい。一方、女性の平均身長は男性より15cmぐらい高く運動能力も大体そんな感じのようだ。
入院する前、こちらの「僕」は高校を休みがちだった。姉さんによると「僕」は女性の視線にさらされることに心底疲れていたとのこと。病院で経験したあの視線だろう。確かにあれは常軌を逸しており不快極まりなかった。
「仕方がないよ、雪緒。君は本当にかわいい男性なんだから」
「そうね。雪ちゃんのようにかわいい子は、ちょっといないものね」
これも親バカなのだろう。僕の顔はこれと言って特徴のないこの国の平均的な顔の気がする。それとも、この世界では”普通の男性”=”イケメン”なのだろうか?
僕の部屋で3人抱き合い涙を流した後は、不思議と気分が軽くなり母さんや姉さんとも気負うことなく会話することができるようになった。僕は以前の「僕」の生活ぶりや学校に通う様子を母さんと姉さんから聞いた。最近は高校に通っていなかったけど、小学生ぐらいまでは楽しそうに通っていたらしい。二人とも懐かしそうに笑顔で小さいときの「僕」の思い出を語ってくれた。
そうこうしているうちに姉さんが3人分のラーメンを準備してくれる。みんな揃ったところで遅い昼食をいただく。居間ではなんとなくテレビがついていてお昼過ぎのワイドショーが流れている。出演者はほとんど女性で一人だけ男性タレントが出ているみたいだ。この男性は見た目は僕と同じで普通な感じなのに番組開始からすごく ”ちやほや” されている感じで少し気味が悪い。
「とりあえず今週はゆっくりしてね。何か欲しいものある?後で買い物に行くから何でも買ってきてあげるわ。来週も学校は無理することないわね。記憶が戻るまで休んでもいいのよ。いっそ、もう辞めちゃう?」
「母さん、さすがにそれは拙速だよ。雪緒の将来に関わることなんだからね。ただ、確かに記憶障害だといろいろ難しいかもしれないけど」
高校か。別に高校が好きというわけではないんだけど、やりたい事はあるんだよね。でも、僕の夢ってこの世界でも実現できるのかな? あとで早速姉さんに相談してみようか。
その時、テレビのワイドショーの話題が切り替わる。
『はい。次は今年から新たに開始された新しい資格試験についてです。この試験、この番組のお天気キャスターの近藤さんも挑戦したとのことです。近藤さん、結果はどうでしたか?』
『いやー!とても難しかったです!』
ん? お天気キャスターが試験に挑戦? 新しい試験って何だろう? 僕はテレビに釘付けになる。僕の横では母さんと姉さんが来週以降の相談をしている。
「学校には記憶障害のことも含め連絡しておいたほうが良いわよね。先生も心配していたし。登校するなら初日はついて行って説明した方がいいかしら」
「そうだね。ただでさえ雪緒が学校に馴染めていないことは知っていたのだから、学校としても無理に登校を勧めたりはしないと思うけど。雪緒はどうしたいんだい?」
母さんと姉さんは僕を見てくる。ちょっと待ってほしい。テレビが・・・
『残念ながら私は落ちてしまいました。試験を主宰している財団の発表によると、第1回の試験の合格率はわずか4%とのこと。大変な難関試験だったようです。私含め各局のお天気キャスターでも合格出来なかった人も少なくなかったようです』
母さんはテレビのことは気にせずに畳みかけてくる。
「雪ちゃん。来週、学校どうする? 無理しなくても良いよ・・・・雪ちゃん?」
僕はテレビを見ながら返事をした。
「母さん・・・僕、学校行くよ」
「「え?」」
そうだ。僕には夢があった。この夢はあきらめられない。大丈夫、猛勉強した知識はまだ残っている。多少は忘れてしまったかもしれないけど、また勉強すればいいんだ。僕は真剣なまなざしでテレビの試験に落ちたお天気キャスターを見つめる。
『この試験は年2回実施予定ですので、お天気キャスターとして何とか受かるよう、半年後にまた挑戦しようと思います。』
『はい。頑張って次は良い知らせを聞かせてくださいね。それでは近藤さん、お天気コーナーでまたよろしくお願いします。新しく始まった気象予報士試験の話題でした。続いて先日の国会で成立した成人男性の精子提供を義務化する法案についてです。この法案には以前から問題点が指摘されており・・・』
僕は母さんと姉さんに振り向き決意も新たに宣言した。
「僕、学校に行くよ。やりたいことがあるんだ」
高校はちゃんと通って卒業する。
必要なら大学も。
僕はもう一度、気象予報士の試験に挑戦し、合格してやるんだ。
そして、夢だった気象関係の仕事をするんだ。
この世界で、必ず。