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ビショップ・ナイト・アサシン


席について最初に名刺交換をした二人。


初めての外国の人との会話に緊張する雪緒。しかし気象関係の話が始まると会話はすぐに弾んだ。レイチェルの口から語られる気象に関する専門知識は雪緒を魅了し、彼女が語った気象専門番組の夢は雪緒を興奮させた。


レイチェルも雪緒の素直な応対と楽しそうな笑顔に魅了された。これほど異性と楽しい時間を過ごしたのは、成人以降、初めてかもしれない。心の中に押し込めてきた異性に対する感情の萌芽を強く感じ、ほんの少し、この国に来た責任を忘れることができた。


とはいえ楽しい時間ほど早く過ぎる。

コーヒーショップに入って2時間弱、未成年の彼を拘束するには限界であるとレイチェルは悟る。彼女は後ろ髪をひかれながら仕事の話題に入る。


「GNN-Japonが立ち上げる気象専門番組は1日に3回、30分の時間をかけて放送するつもりよ。雪緒君、私は貴方に昼の部の放送のキャスターをお願いしたいの」


彼女に申し出に驚いた様子を見せるも雪緒は笑顔で応じる。


「レイチェルさん、大変光栄です。ありがとうございます。でも僕は自分で出演する番組を選べる立場にはありません。上司の連絡先を伝えますので、直接依頼していただけますか?僕のほうからも上司に話を通しておきます。ただ成人までは僕の勤務時間は6時間に制限されているので、厳しいかもしれません」


「6時間あれば十分よ。それに、これは貴方の問題だから、貴方自身で決められるはずよ。私はJWNではなく貴方に依頼しているの」


彼女の熱意に辛そうな笑顔になる雪緒。その儚い雰囲気に、レイチェルの胸がかすかに痛む。なぜそんな顔をするの?


「ごめんなさい。僕は今の会社に大変お世話になっており、感謝しています。会社を辞めるつもりはありません。ですからご相談は上司にお願いします」


こんなに幼く見える雪緒が、決して立場を超えた対応はしようとしない。そのことが余計にレイチェルの心を動かす。これ以上迫るのは忍びない・・・彼を困らせたくはない。


「分かりました。では、上司の方に相談することにします。今日はありがとう、雪緒。あなたと話せてとても楽しかった。駅まで送るわ」


「こちらこそ、興味深いお話を伺えて、とても楽しかったです。また、機会があったらお話を聞かせてください。駅にはひとりで行けますので、大丈夫です」


レイチェルが支払いを済ませ店を出る二人。店の前で別れの挨拶をしようと向かい合う。この時、レイチェルの胸に、強い欲望が渦巻く。


(これで終わりにはしたくない。次に会う約束を交わしたい)


彼女は雪緒の顔を見つめる。

雪緒はレイチェルの思いつめた態度を不思議に思い素直な笑顔で見つめ返す。


レイチェルは右手を雪緒の顔に伸ばす。ほんの少しの逡巡。その手で雪緒のあご先をやさしくつまみ、背の高いレイチェルからもよく顔が見えるように、わずかに雪緒の顔を持ち上げる。


「雪緒君、また会ってくれると嬉しい。君と話がしたい」


雪緒は顎を引き上げられたことに戸惑うも、なぜか抵抗できずに、そのままの姿勢で答える。


「・・・・はい」


「また、連絡するわ」


「・・・・はい」


「・・・・・・・・」


二人を沈黙が包む。レイチェルは、その身をかがめ始める。


このとき、自分が何をしようとしているのか、レイチェル自身、判別としていなかった。きっとこれは、初対面の男性に対して許される行為ではないのだろう。だが、レイチェルには自分を止めることができなかった。



*****



監視対象を見つめていた桑田 愛は、長身の外国人女性の手が雪緒の顎にかかった瞬間、柱の影から姿を現し速足で二人に向かい歩き始める


「ち!(やはり手を出した!そのまま別れれば見逃してあげたのに)・・・」


愛が二人から5メートルほどの距離に到達したとき、近づいてくる人物に気づいた二人は愛に振り向く。愛はかまわず進み、雪緒のあごをつかむレイチェルの右腕に手をかける。


雪緒は突然のことで反応ができずに立ち尽くす。この時、レイチェルと愛は互いを警戒しつつ同じ懸念を抱く。その懸念を払うべくレイチェルは右手の位置をそのまま、愛から目を離さず雪緒に告げる。


「雪緒君、少し離れてくれる?」


無意識に指示従い後ずさりながら愛に尋ねる雪緒。


「あの、貴女は誰ですか?」


愛もレイチェルから視線を外すことなく雪緒に返事をする。


「お姉さんに頼まれあなたを探していた。もう少し離れて」


意外なところで姉の話を聞かされた雪緒はさらに混乱しつつ後退る。レイチェルは雪緒との距離を測りながら見知らぬ日本人女性に語り掛ける。


「何か勘違いしてない?貴女、彼のナイトのつもり?」


状況が理解できず少しずつ下がる雪緒。二人は彼と自分たちの距離を測る。


「ナイトなら他にいる。私は・・・そうね・・・」


次の発言を合図に、愛はレイチェルの右腕に飛びつく。


「アサシン!」


二人はもつれあうように転がり地面の上に仰向けになる。レイチェルの右腕は愛の両足に挟み込まれる。


<腕十字!?>


瞬間、レイチェルは、腕をはさまれたまま体格差を活かし強引に上体を起こす。右腕に絡みつく愛を上から押さえつけるような態勢を取り右ひじの可動域を確保する。そのまま愛を押さえつけながらレイチェルは問いかける。


「あなた、何者?!」


ここで新たな関係者が現れる。行方不明となった雪緒を探し続けていた鹿取 瞳が叫びながら雪緒たち3人のもとに駆け寄る。


「雪緒!」


突然の事態に茫然自失であった雪緒は我に返り返事をする。


「瞳ちゃん!」


その瞬間、レイチェルと愛は互いに相手から距離を取る。走ってきた瞳は二人と雪緒の間に立ちはだかり言い放つ。


「あなたたち、喧嘩するなら他所でやって!巻き添えが出たらどうするの!」


瞳は二人とも敵と認定したらしい。そのまなざしは怒りで相手を射抜きそうな勢いだ。彼女は体格でもレイチェルに負けていない。


異変に気づいた周囲が騒がしくなり始める。これ以上、事を荒立てても誰の益にもならない。レイチェルは冷静を装い愛と瞳に語り掛ける。


「なるほど。どうやら本当のナイトもご登場のようね。次はビショップでも出てくるのかしら?」


「私に仕事を頼んだビショップを怒らせると、きっとあなたはこの国で仕事を続けられなくなる。私たちを見くびらないほうがいい」


愛の返事に、瞳は切り札で返す。


「私は鹿取 瞳、雪緒の”幼馴染”よ!!あなた達、何者?!」


憤慨しきった瞳の登場により、レイチェルも愛もかえって冷静を取り戻し、事態は一応の収束を見せた。



*****



雪緒はみんなを落ち着かせようと、必死で説明を試みる。


「こちらは鹿取 瞳ちゃんで僕の幼馴染。こちらはGNNのレイチェルさんでお仕事の件で少し話していただけだよ。それから、そちらは姉さんの依頼で僕を探していた方で、えっと・・・」


「私の名前は桑田 愛。あなたの姉の依頼で、連絡が取れなくなったあなたを探していた。あなたたちが話をしていたコーヒーショップは、携帯の電波が入りにくい場所だった。あなたは2時間ほど誰からも連絡が取れない状況だった」


事実を知った瞳が雪緒に問いかける。


「仕事って、コーヒーショップに行く事なの?連絡がつかずにみんな心配したのよ?」


「え?ご、ごめん!でも、本当に仕事の話だよ」


雪緒は、何故か言い訳するようなしゃべり方になる。それを聞いていた愛がすかさず突っ込みを入れる。


「別れ際、その女は、雪緒に “顎クイ” した。この国で“顎クイ”は、初対面男性に対しては許されない行為」


「何?“顎クイ”って。雪緒!本当なの?」


「え?!いや、その・・・」


レイチェルは、そろそろ潮時だと感じ、雪緒に対して最後の挨拶をする。


「それでは雪緒君、今日はありがとう。私はこの辺で失礼するわ。後日、貴方の会社に正式に相談に伺うわ」


「あ!はい。さようなら!レイチェルさん」


この後、雪緒は彼が楽しんだ2時間、周囲がどれだけ心配したかを知る。急ぎ迷惑をかけた人達に連絡を入れ謝罪した際、上司の田尾には、GNNから話があったことも報告した。


この事件以降、瞳と雪緒が二人で会った後の別れ際のキスの前、瞳は必ずと言っていいほど雪緒に“顎クイ”をするようになった。




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