ゲリラ的勝負
雪緒のデビューからひと月、周囲も本人も少しずつ仕事のペースがつかめてきた。
相変わらずメインキャスターの北別府は、挑発的な態度で雪緒に予報勝負を挑むも、ここ最近は雪緒の予報に外れがない為、悔しそうな表情をすることが多い。
そんな北別府に対し、少し慣れてきた雪緒からは、わずかに勝ち誇ったような表情が読み取れるようになり、これが視聴者の間で好評を得ている。ネットでは”黒雪ちゃん”という愛称までついている。
予報が当たろうが外れようが、どちらに転んでも数字がとれる状況に、制作側はホクホクだ。
それでも今日の放送で雪緒は緊張を強いられていた。突然に天気が崩れ、局所的に豪雨が降る、いわゆる“ゲリラ豪雨”の季節になったのだ。
最近は、気象衛星や気象レーダーの性能向上により、ゲリラ豪雨の発生直前には予報ができるようになった。しかし、彼は早朝の時点での今日1日分の予報を強いられる。しかも、ゲリラ豪雨の特徴は極めて局所的に大雨が降ることだ。
これに対して雪緒がどのような態度で北別府と向き合うべきか、特別運用チームで議論してきた。
今日はその成果を試すときである。
時間はちょうど7時43分、いよいよ勝負の時が迫る。
「・・・・ということで、そろそろ本格的な夏のお天気になり、突然の局所的大雨、いわゆる“ゲリラ豪雨”の季節になりました。今日は湿った空気を伴う大気が北上して、首都圏では“ゲリラ豪雨”の可能性が高まりますので、お気を付けください」
予報を終えた雪緒は緊張した面持ちで北別府を見る。思ったとおり、彼女は何やら不穏な表情で嬉しそうに語り始める。
「“ゲリラ豪雨”ですかあ。それは大変!雷もあるかもしれないし、雪ちゃんにはしっかり予報してもらわないとね!じゃあ雪緒君、本日の予報をお願いします。首都圏で、本日、傘は要りますか?」
(来たな。よし、今こそ、立浪さんの教えを実行するときだ)
「その前に北別府さん、ゲリラ豪雨は極めて局所的に起こることが特徴で、1キロメートル四方に満たない範囲で起こることもあることはご存知ですか?」
「そのくらい知ってますよ。遠方からそこだけ雨が降っている映像を見たことありますから」
「そうですね。ゲリラ豪雨は局所的に大雨が降る現象なんです。つまり首都圏でも場所毎に予報は変わります。降るかどうかを予測するには、細かく場所を指定してもらう必要があります。先ほど言ったように1キロ四方で起こることもあるので指定はピンポイントで、そこから半径500メートルに限定させてて頂きたいと思います」
「そうか・・・まあ、しょうがないか。じゃあ、試しに今日はこの放送局の社屋を中心にした半径500メートルの範囲としましょう」
(よし!乗ってきた!)
「分かりました。今、私たちのいるビル周辺500メートルの範囲ですね。はい。えーと・・・」
(ここが重要だ。あまり簡単に言い切ってはだめだ。考えたふりをしないと・・・)
「・・・このビルの半径500メートル・・・ふむふむ・・・なるほど。分かりました!」
「な、なんか、天気予報っぽくないわね。まあいいわ。で、どうなの?傘はいるの?いらないの?」
「本日、こちらのビルの周辺500メートルでは、傘は・・・いりません!」
「はい!本日の雪ちゃん予報出ました!このビル周辺500メートルの範囲では傘は不要です。
それでは皆さん、本日もいってらっしゃあい!」
(よし!作戦成功!これで今日も僕の勝ちだ!)
実をいうと、今日の予報は厳密には予報と言えるものではなかった。早朝段階でのゲリラ豪雨の予報などそもそも不可能なのだ。
特別運用チームとしては、当初はゲリラ豪雨の予報は無理であることを説明し勘弁してもらうことも考えた。しかし北別府さんの性格上、予報を諦めてもらうのは難しいと考え、話をすり替えることにしたのだ。
確かに、首都圏で年間に起こるゲリラ豪雨の観測数は数百回に上る。ある人がゲリラ豪雨に遭うかどうかを予測するのは極めて難しい。だが、場所と日時を限定すれば、その確率は極端に減る。であれば起きないほうにかければ圧倒的に有利な賭けとなる。つまり、雪緒は予報ではなく賭けに出たのだ。
結果は見事、雪緒の勝ちとなった。
予報通り、首都圏では複数個所でゲリラ豪雨が観測されたが、指定された場所では起きなかったのだ。
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翌日の放送でも、雪緒は同じ作戦を考えていた。昨日以上にゲリラ豪雨が懸念される天気が続くので、視聴者にも重要な話題であることに変わりはない。雪緒は昨日に続き同じような予報を告げる。
「・・・ということで、本日も局所的な集中豪雨が心配されますので、お気を付けください」
見ると不満そうな表情の北別府が速足で雪緒のところ歩いてきて立ち止まる。そして、両足を広げ、片手を腰に、もう片方の人差し指で雪緒のことを指さしながら、怒りを含んだ大きめの声で雪緒に語り始める。
「ちょっと、雪ちゃん!あなた、昨日のあれは何?私のこと、はめたでしょ!たった1か所の場所を指定させるなんて卑怯よ!」
「北別府さん?そういうポーズは若い女性じゃないと似合いませんよ?」
北別府のポーズに対し衣笠アナが何気に失礼な突っ込むを入れるが二人には相手にされない。
「チッ!気づきましたか」
雪緒の見たことのない態度に驚き、衣笠アナは思わずつぶやく。
「し、篠塚君?北別府さんのせいで、最近、キャラ変わった?」
「衣ちゃんは黙ってて。これは雪ちゃんと私の勝負なのよ!雪ちゃん、私考えたのよ!」
「どうされました?局所的大雨が場所によって結果が異なる事実は変わりませんよ?」
「分かってるわ!でもね、雪ちゃん。首都圏で働く人はみんなこの地上の2次元空間を移動する必要があるのよ。目的地に瞬間移動ができるわけじゃないの!私の言いたいことがわかる?」
「・・・なるほど。1か所だけじゃないってことですね?」
「そうよ!今日は私が場所を3か所指定するから、そこで雨に降られるかどうか予報して頂戴!」
(3か所か・・・妥当なところか?)
「一つ、副都心高層ビル街の西、1キロ地点!二つ、同じく高層ビル街の西、2キロ地点!!最後も高層ビル街の西、3キロ地点よ!!!」
(!!!まずい!この人、勉強してきてる)
一瞬で立場が逆転し引きつる雪緒の表情。確かに近年の首都圏ではゲリラ豪雨が増えている。いわゆるヒートアイランド現象というのが原因だが、最近では高層ビル街の影響も指摘されており、ビル周辺ではとくに局所的大雨の発生の懸念が指摘されているのだ。
もともと、今日の予報では午後の降水確率は30%と高かった。加えて、ゲリラ豪雨の可能性がある場所3か所での局所的な降雨も考慮する必要がある。一気に精神的に追い詰められる雪緒。
「クッ!さすがに勉強されましたね」
「当り前よ!この私を誰だと思っているの?天下のニュースキャスター北別府京子よ!さあ!早く予報なさい!篠塚雪緒!」
「ちょ、ちょっと、二人とも?これ、お天気コーナーですよ?会話がおかしな方向にいってますけど?」
「・・・分かりました。僕は僕の立派な先輩方の作戦を信じます!傘はいりません!」
「ふっふっふ。よく言ったわ、雪ちゃん。あなたはその予報の結果を、明日の朝、身をもって確認するのよ。覚悟なさい!はい!視聴者の皆さん!残念ながらこのところずっと予報当たっちゃってましたから、今日こそは外れることを祈っていて下さい!!それでは、ごきげんよう!」
エンディングは衣笠アナウンサーがたまらず突っ込んだ一言となった。
「北別府さん!そのセリフ、おかしいですから!」
その日、首都の副都心高層ビル街の西でゲリラ豪雨と雷鳴が観測され、何ゆえか傘を持たない一般人が笑顔で逃げ惑う映像が夕方のニュースを賑わすこととなった。




