受験と露出
いよいよ今日は決戦の日曜日だ。
復学からほぼ半年、周囲の視線にも慣れ勉強も十分にした。精神的にも落ち着いている。僕は瞳ちゃんと一緒に試験会場である近くの私立大学に向かっている。
「雪緒、気合十分ね。昨日はちゃんと眠れた?」
「ううん、あまり。でも瞳ちゃんに言われた通り、眠れなくてもちゃんと目をつぶって布団で横になってたよ」
「じゃあ、大丈夫よ。人間、一晩ぐらい寝ないでも、なんてことないんだから。お互い頑張りましょうね」
「うん。お互いにね」
「まあ、私は余裕だと思うけど」
彼女はそう言って余裕の笑みで僕を見てくる。そう、最近は視線を外すこともなくなった。全然気にならない。
「ふん。そうやって余裕こいてると、足元すくわれるよ」
「ご忠告、ありがとう。雪緒」
このところはこういうやり取りが多い気がする。なんだかんだ言いながら楽しい。
楽しそうにじゃれあいながら試験会場に向かう二人を周囲は嫉妬の目で見る。男性が少ない世界ではカップルなんてそうそうお目にかかれない。僕に対しては驚きの後の凝視、瞳ちゃんへは嫉妬の視線だ。もう慣れたけど。人一倍身長のあるバレー選手だった瞳ちゃんがそばにいると安心できる。こうやって女子ばかりの試験会場に落ち着いてこれるようになったのも、彼女のおかげだ。
気がつくと会場の大学正門まで来ていた。たくさんの女性受験生たちが門を通って試験会場に向かう。男性の受験生は見当たらない。やはりかなり少なそうだ。
ん?なんだろう。門の前であまり見ない集団がいる。
近くまで来て分かった。これ、テレビの撮影だ。こっちの世界では気象予報士の試験はこれが2回目で、ちょっとした話題なんだ。マイクを持っている女性には見覚えがある。試験に落ちたってテレビで言ってたお天気キャスターさんだ。受験について、受験者の立場でレポートしてるのだろうか。会場に入ろうとする受験者にインタビューしてる。
僕らは撮影の邪魔にならないよう、静かに通り過ぎようとした。ちょうどその時、インタビューが終わったらしく、別の人を探すように女性レポーターが周りを見渡す。
!・・・まずい、目が合った・・・無茶苦茶こっちを見て来る。嫌な予感がする。これは早く通り過ぎたほうが良さそうだ。そそくさとその場を離れようとした僕に女性レポーターは想像以上の大きな声で呼びかけてきた。
「ちょっと!!そこの男性の方!!待って!少しだけ!時間ください!」
気づかないふりで通り過ぎようとする僕に瞳ちゃんが小声でささやいてくる。
「雪緒、呼ばれてるけど?このまま無視していく?」「もちろん」
「ちょっとー!!待ってくださーい!!ごめんなさい!少しだけ話を聞かせてください!」
無茶苦茶声が大きい・・・周りがみんな見てる。この世界で男性にしつこく話しかけるのって御法度なんじゃないの?テレビクルーって、こういうところは強引なのかな。
あきらめた僕はインタビューを受けることにした。
*******
篠塚家では敏子と泪が二人でのんびりとお茶を飲んでいた。今日は大切な息子(弟)の気象予報士試験の受験日だ。きっと試験会場は未婚の女ばかりだろう。さすがに受験会場で間違いはないだろう。行き帰りの移動は少し心配だが瞳ちゃんが守ってくれるはずだ。あとは雪緒の試験の出来が良いことを祈りつつ、なんとなく居間でテレビのニュースを見ていた。
『さて、次は今話題の新しい難関資格、気象予報士試験についてです。私たちの番組のお天気キャスターも挑戦しており、今日は受験前に直接、レポートしてもらえるそうです。それでは呼んでみましょう。お天気キャスターの近藤さん!』
「母さん、これ」
「そうね。雪ちゃん、映るかしら?」
「そうそう映らないとは思うけど・・・」
なんとなく眺めていた親子は身を乗り出して気象予報士試験のニュースに注目する。会場の様子も気になる。
『はあい。受験生の近藤です。今は会場となる大学の正門前です。私も2回目の受験で緊張しております。それでは受験生の方に話を聞いてみます』
番組では試験の難易度や試験勉強の大変さ、受験前の緊張した気持など、ごく普通のインタビューが続く。レポーターの後ろを多くの受験生たちが通り過ぎていく。二人は雪緒が通り過ぎないか画面に集中する。
『・・・そうですか。では、受験、お互いに頑張りましょうね。ありがとうございました!』
レポーターは別の人にインタビューしようと周りを見渡した瞬間、動作が止まる。次の瞬間、大きな声で叫びだす。
『ちょっと!!そこの男性の方!待って!少しだけ時間ください!』
「泪、男性だって。ほかにもいるのかしら?」
「一人じゃないと思うけど、そうそういないよね・・・」
二人は、息子(弟)の姿をテレビで見れる事を期待し画面に集中する。
『ちょっとー!!待ってくださーい!!ごめんなさい!少しだけ話を聞かせてください!』
レポーターは驚くほどの素早い動きで一人の男性に駆け寄りマイクを差し向ける。画面には困ったような表情をした良く知る男子高校生が現れる。
「ちょっと、泪!雪緒よ!」
「うん!!」
「あー!テレビでもかわいい!!」
「うん!かわいいね!」
半ば強引に、インタビューが始まる。
『あの、〇×ニュースの近藤といいます。少しだけよろしいですか?受験生の方ですか?』
『はい』
『すごくお若いですけど、高校生ですか?』
『はい』
戸惑った表情でレポーターを見る雪緒。レポーターは興奮気味だ。女性ばかりの難関試験の会場で若い男の子を見つけたことで興奮しているようだ。しかも、その子が可愛い男子高校生ときて頬はかなり紅潮している。親子はレポーターの様子に嫌悪感を抱き始める。
「ちょっと、このレポーター、視線がやらしいわね」
「うん。雪緒は嫌がっているよ」
そう言いつつ画面を食い入るように見つめる二人。
『この難関試験に男性の受験生って珍しいですよね?私、この会場で初めて見た男性ですよ。どうしてこの試験を受けようと思われたんですか?』
『気象関係の仕事に興味があったので』
『それにしても男性でこの難関に挑戦するって凄いですよね!可愛いし!ね、すごいね!君!』
もはや話を聞くというよりレポーターが一方的に話しかけている状態だ。見るからに雪緒が困りだしている。その時、雪緒の前に瞳が強引に割り込みレポーターに話しかける。
『ごめんなさい。私たち、早めに会場に入りたいので、これくらいでよろしいでしょうか?』
レポーターも、未成年男子に対し前のめりになりすぎたことに気づいたようだ。
『あ!ごめんなさい。そうですね。お話、ありがとうございました。それでは受験、頑張ってくださいね』
雪緒は困ったような笑顔で、瞳は無表情で小さく会釈すると門を向いて歩き始める。レポーターはカメラに向き直ると、興奮気味に話始める。
『ご覧になりましたか?話題の試験ということもあり、いろいろな年齢層の受験者がいるのですが、あんなにかわいい男子高校生もいるみたいです。こんな難しい試験に挑戦するなんて、えらいですねー!』
『はいはい。近藤さん!たしかにかわいらしい男子でしたね。ただ、近藤さんもそろそろ会場に行かれたほうが良いのではないですか?レポートありがとうございました。頑張ってくださいね』
「「・・・・・・・」」
テレビの前で親子は茫然としている。ちょっと映ることを期待していたが、ちょっとどころかばっちりインタビューされた。画面に映る雪緒は、いつも通りで可愛かったが、ちょっと困っているようだった。泪は、大事な試験前に、こんなことになって大丈夫か心配になってくる。
母親が口を開く。
「雪ちゃん、戸惑っているようだけど、かわいかった・・・・・」
「うん。困ってる感じだったね。・・・・これは、BPOに苦情を言っても」
「録画すればよかった」
「・・・・」