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絶頂からの

「天使のはしご」という気象現象がある。雲の隙間から太陽の光が光線のように降り注ぐ現象で、レンブラントの絵画のように幻想的なことから「レンブラント光線」とも呼ばれる。


初めてこの気象現象に気が付いたのは、ちょうど理科の授業で太陽や月、地球について習っていた時だった。先生の説明は今でも覚えている。


「太陽はとても遠くにあります。地球上のどこにいても、その光はほぼ平行に到達します」


その日の学校帰り、僕は「天使のはしご」を見て驚く。雲の合間から地上に降り注ぐ幾重もの幻想的な光の筋は、ものの見事に太陽を中心とする放射状になっていた。変だ。もし光が平行に届くなら、こんな風に見えるはずがない。


その理由が理解できなかった僕は、初めて自ら図書館に行き、調べ物をした。その時に見た気象の専門書には、空と雲と太陽が織りなす美しい写真が所狭しと飾られていた。


僕はこの時、大きな空に広がる壮大な”気象現象”のとりこになった。



*******



パソコンを操る手が震える。

その財団のホームページは”お気に入り”に登録してある。あった。予定通り、合格者が発表されている。震える手でダウンロードしたPDFファイルを開き受験番号を検索する。心臓の鼓動が早まる。画面が切り替わり僕の受験番号が表示される。一人暮らしの下宿で思わず声が出る。


「あった!!やったあ!!受かったあ!!!」


僕の名前は「篠塚 雪緒」。20歳、国立大学の理学部の学生。気象関係の仕事を夢見て、苦節1年、挑戦2回目にして見事、気象予報士試験に合格した。この試験、合格率5%と言われる難関資格のひとつである。大学受験の時よりも勉強したかもしれない。


「やった。これで、夢に近づいた」


僕の夢は民間の気象関係の会社に就職し気象に関わる仕事をすること。気象というと普通は地上波のニュース番組の天気予報を思い浮かべるかもしれない。でも実際の気象関係会社の取引先はテレビ以外多岐にわたる。


もちろん某ウェザーのニュースを扱う会社のように有名どころは憧れの存在。でも贅沢は言っていられない。とにかく僕は気象関係の仕事に就きたいのだ。狙いは海洋関係の会社に気象情報を提供するマニアックな会社。採用条件を見ると気象予報士の資格保有者は優遇される。だから必死で勉強した。


「えへへ。よし。とりあえず、コンビニでも行って何か食べるものを買ってくるか」


リュックに財布とスマホを入れ肩から掛ける。今日は少しだけ良いものを食べよう。ワンルームマンションの部屋を出て廊下を歩く足取りは軽い。僕の部屋は大学から程よい距離にある学生向け4階建てワンルームマンションの最上階にある。今はエレベータではなく歩きたい気分だ。よし、階段を降りよう。廊下を進んで角を曲がり階段に向かう。


最初の一段目を降りようとした瞬間、聞いたことはあるけど思い出せない誰かの声が頭の中で響く。


『ごめん。悪いとは思うけど、俺、もう限界なんだ』


次の瞬間、突然、何かに背中を強く押され、まるで自分から大きくジャンプしたように空中高くに体が放り出される。


まずい!このままだとかなりの高さから落ちてしまう!そのとき僕は意外と冷静にこんな事を考えていた。


「人の気配はなかったのに、なぜ飛んでいるの?」



*******



暗闇の中、声が聞こえる。

知らない女の子の声だ。

優しくて、悲しくて、どこか切ない声。


『雪緒、大丈夫?ごめんなさい。私のせいなの。ごめんなさい。お願い、どこにもいかないで』


何故そんなに悲しそうな声を出してるの?


答えようとするけど体は動かず声も出せない。

意識は再び闇の中に落ちていった。



*******



猛烈に焦っている。


どうしよう?とても不味い事になった気がする。何が起きたんだろうか。忘れ物?無くし物?・・・違う。大事な用事に寝過ごしてしまったのか?・・・いや。もっと不味い状況だ。


夢を見ているとき、ときどきこんな不安な気持ちになる。具体的に何がどう不味いのか、目を覚ますと覚えていない。でも今回はいつもよりもかなり不味いことになった気がする。不安に駆られたまま意識が覚醒してくる。えっと、何がこんなに不味いんだっけ?


覚め切っていない頭で考えていると少しずつ思い出してくる。ああ、そうだ。僕は落ちたんだ。マンションの階段から。誰もいないはずの階段の上から何かに突き飛ばされたんだ。


おかしいな。一体何が僕を押したのだろう?


「あれは、何だったのだろう・・・」


ぼんやりと考えていたら段々と目が覚めてくる。階段から落ちた?そうだ!きっと酷い怪我をしている。そう思い横になったまま周りを見渡す。


「布団の上?いやベッドの上か?ここはどこだろう」


白い壁と天井とベッド。そうか、ここは病院だ。誰かが倒れている僕を見つけて救急車でも呼んでくれたのかな?よかった。とりあえず今は痛いところはないし、治療してもらえたのかな?


ゆっくりと上半身を起こして、もう一度、周囲を見回す。


「個室か・・・高いよね。入院費」


貧乏学生の悲しいつぶやきがでてしまう。試験も受かったしバイトしないと。その時、枕の上にあるインターホンのようなところから女性の声が聞こえてきた。


「篠塚さん。大丈夫ですか?すぐ伺いますのでお待ち下さい」


ナースステーションからかな?左手の指先にクリップのようなものがはめてある。僕の容態を把握しているのかもしれない。とにかく、此処がどこで誰に助けてもらったのか話を聞きたい。家族にも連絡入れたほうがいいだろう。


そういえばスマホは無事か?確かリュックに入れていたはず。リュックはどこだろう。

自分のリュックを探してベッドの下をのぞき込もうとした時、部屋の扉がノックされ優しそうな女性の声がする。


「失礼します」


引き戸が開いてお医者さんと看護師さんが入ってきた。美人な女医さんと看護師さんだ。二人ともモデルみたいに背が高い。タカラズカの男役のようなショートカットの女医さんが穏やかな笑顔で喋り始める。


「篠塚さん。初めまして。私はこの病院の医師で高木といいます。具合はいかがですか?気分は悪くはないですか?」


「大丈夫です」


僕と女医さんが話している間に看護師さんは優しい手つきで僕の手についていた機器を外してくれる。女医さんは続ける。


「寝ている間に検査させて頂きました。特に問題はありませんでしたよ。この病院に運ばれた理由は覚えていますか?」


「はい。階段から落ちたと思います。誰かが運んでくれたのでしょうか?」


答えた瞬間、女医さんの表情は固まる。

ん?何か変なことを言ったか?


「・・・階段から落ちた?・・・覚えていませんか?ここに来る前のこと」



********



結論から言うと、僕は家で入浴中に風呂場で倒れ救急車で病院に運ばれたとのこと。変だな。一人暮らしだし、入浴中に倒れたら誰にも気付いてもらえないのに。それこそ一人寂しく孤独死まっしぐらだ。話を聞いても訳が分からない僕は不安な顔をしていたのだろう。看護師さんが優しく肩に手を置いて教えてくれた。


「大丈夫ですよ。もうすぐご家族が見えます。ご安心ください」


家族?どうして連絡がついたのだろう。財布の中にあるものから家族の連絡先がわかる物ってあったかな?免許証ぐらいか。もしかして警察沙汰とかになったのかもしれない。マンションで騒ぎになっていたら嫌だな。ここに運ばれた経緯が気になり女医さんに確認する。


「先生、あの、僕は救急車で運ばれたのでしょうか?僕、一人暮らしだし、マンションの誰かが連絡してくれたのでしょうか?」


「一人暮らし?」


女医さんは看護師さんと困ったような表情で顔を合わせたあと、真剣な表情で尋ねる。


「篠塚さん、念のための確認です。篠塚さんのお名前をフルネームで、年齢と職業もお願いします」


「はい。雪緒です。篠塚雪緒、20歳の大学生です」


僕の答えを聞いて女医さんは無表情に、看護師さんは見るからに不安そうな顔になる。


「少し記憶に齟齬が見られますね。この後、ご家族の方がいらっしゃいますし、今日はもう遅いので明日にでも専門医に診てもらいましょう」


「あの、僕、何か変なこと言いましたか?」


「いや。・・・・そうですね。ご家族が来たら分かってしまいますし。篠塚さん、貴方は17歳の高校生で、ご自宅でご家族の方と一緒に暮らしています。この病院に運ばれたときには、お母様とお姉様が付き添われていました」


え!?なんだって?ちょっと待って。どういうこと?


「3日も昏睡状態でしたから、その間に意識の中で何かあったのかもしれませんね。私は内科医で専門ではないので、明日にでも専門医の診断を受けましょう」


「ちょっと待ってください。じゃあ・・・」


言葉が出ない。僕が高校生?いやいやいや。僕はれっきとした成人ですよ?免許だって持っています。そうだ!免許!財布のなかにあったはずだ。


「あの!僕のリュックはありませんでしたか?財布に免許証が入っていたんです!!」


「いえ。運ばれたときには篠塚さんの個人の荷物は何もありませんでした。着替えなどの身の回りのものはお母様が持ってらっしゃいましたが」


「・・・」


訳が分からない。これは夢なのだろうか?


もし、夢じゃないならとても困る。だって、今の僕が高校生ってことは、あんなに苦労してやっと20歳で合格した試験結果はどうなるの?もしかして無かったことになっちゃうの?


そんな・・・あんなに苦労して勉強したのに!




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