逃亡、キス、始まり―。
うん…何だろう、こういうの書くから、逆ハーですか?って言われちゃったんだろうな、HP時代。
女子キャラが|д゜)チラッと増え始めましたよね。青君も男だよ?1話見て女の子っぽいと思ったと思うんですけど。青は身長が低いだけで顔立ちは、女っぽいと言うほどではないんですよね、実は。
仄暗い暗室。窓もなく、そこには顔と髪を隠した名士が一人。目の前の『彼』がどんな人物なのか、悪魔なのか天使なのか、それすらも不明なほどに深く身体と顔は布に覆われ、引きずるほどの漆黒のマントを携える。『彼』は、眼前の敵と対峙して、「チェックメイト」と手駒を進めた。
「炙り出そうか、逃げ出した子猫は捕らえるのが得策だが、
逃げるのも癪に障る。殺害はただの脅威になり、知れ渡る。
戦争を唆した事が公になるのは、亡くなられた邪神様の失礼に当たる。」
その『失礼』がどういう類のものなのか、部下たちは理解していた。
傍若無人な神様の行く末を、分かっているのか居ないのか、ここに居る全員が目で示す。
「さて、追いかけっこの始まりだよ」
低い声だけでは、笑ってるのか笑っていないのか判断できないほどに冷えていた。
賭博場に降りる階段の目の前の酒場と喫茶店の入り混じる、ある種の冒涜的な喫茶店で集まる男3人と、一人の青年。詳しく言えば、年配に近い男が一人、それに近しい年の部下が一人。直属の上司だった彼が一人。それに、見合わない青年と少年の間の一番下の逃亡者が一人。
石灰石の石で出来たテーブルや店内、周りの景色も達観出来るような不思議な位置にある店。
店員がお冷やを置き、メニューを下げると、久々に会ったメンバーは当時の職場の雰囲気に戻ってく。
「あ~ぁ、カメオ所長、小さな子供を苛めちゃいけませんぜ。そんなに悔しかったんですか?」
「そうですよ、出世しても尚変わらずちまちまを虐げるとは、そういう性癖でもおありなんですか?」
「あー!!うるさいうるさいっ!!当時からお前らは部下らしくなく、馬鹿にしおって!!」
「…カメオでも結婚出来んだな」
見事にカメオを苛めるメビウスとアビスは、当時からこうやって変わらない。
たまに冷静に矛を収めるのは、実は青の役目だった。ただ単に本人はその気なしにするものだから、カメオはそれが腹立たしくなってくる。カメオの左手の薬指には、シルバーのシンプルな純銀の指輪が光っている。男性物なので、石はなく、昼間のメフォビアの光が店内に入って来て輝きを増す。
「ぁあ、献身的に支えてくれた女性だよ。ちまちまが居なくなった後だったかな、口説き落とすのに苦労したよ」
「「「わぁ、カメオ管理官でもそんな顔するんだ…」」」
「ちょ、どういう事だ!!これでも職場では愛妻家で通って―」
「で、青は何故そんな下手な変装してまで逃げてるんです?俺達は知る権利がありますよね?」
敢えてカメオの話を遮った。合点が行ったからだ。青を追い出したのは当時のカメオ所長。アビスは、何となく自分の違和感がまた間違えではなかった。と、そのことでカメオ責任官が幸せになれた事は部下としてお祝いの言葉でも述べるべきだが、今はそんな状況ではない事に気が付いて居た。
「実は…我は両親を邪神に殺された。
我には妹が居るのだが、妹は我への恨みから邪神側に付いたんだ。
邪神が戦争を唆した事で、紅は邪神を刺した。
一突きで即死だったそうだよ。」
3人は動揺を隠さず、そこまで聞いてそれぞれに推測する。
紅の目的が何なのか、または邪神が何を臨んでいたのか、相手側が何が望みかを暗に訊ねられて居る気分になった。
「それで、罪人として陰にこんなのが出回ってるわけか」
「これは?」
「表沙汰になってねぇ賞金首だよ、しかも「殺害」を命じてる記述は一つもねぇ」
「なっ、こんな…責任官の僕ですら知らない、うちの家系の一人として―…」
「そうですね、貴方の家系なら素知らぬふりが妥当です。この街にそんなものは存在してはならない」
賞金首のリストは、時に魔法陣が編み込まれ、裏の賞金首が読み取れるようになってる。
そこには詳しく、顔と身長、特徴に細やかな記述が多い。主に殺さずに捕えたい機密情報を知ってしまった者などに取られる「処置」。逆に陰で抹消してしまいたい場合や、要するに「ややこしい賞金首」。簡単に言えば、厄介で難解、または単純明快な理由。青の賞金首の額は、並みの倍なんてものじゃない、この世界図書都市が軽々何個買えるか計算してしまうような高額な報酬。
「はっ、お前さん、こんな価値が付くほどに箔がついちまったか」
「そんなつもりは毛頭ないんだが…我はただ逃げるだけの金と食料と寝床ぐらいしか望まぬ。」
「何で、青だけそんな価値があるんだ…ぐぬぬ」
「青は、それだけの―」
この治安のいいはずのメフォビアの遠くから爆音が聞こえた。あまり大きくないが、そんなに遠くない。これは「警告」だ。と流石にいつもは何にも考えない青は思った。落ち着いた様子で席を立ち、その瞬間腕を掴まれる。アビスによる制止だった。
「ここで、逃げるとしても俺達の方が地の利は上です。そして、相手側も公になってない以上、出来るだけ被害は少なく穏便に片づけたいはずです。ここで、青の中の情を利用するつもりですよ」
「でも、怪我を受けた人が逃げ―…」
「血痕から見て、後から解除される簡素な幻術の類だぁな。洋服の損傷が不自然だ。」
「ちなみに、青は幻術の類は使えないのか?」
「それだ」と声を上げる一同にカメオは少し驚いてたじろぐ。アビスが言うには、もう確立している魔法ではなく、初期魔法を使う事で混乱を煽り、魔法に青の使った痕跡を残し追わせ、青は別ルートで逃げると言うものだった。青は跳躍が知られてるので、空中を飛ぶのは危険。幻術の青を街中を迷路のように這わせ、地下から逃げると言うもの。
地下と言えば、「賭博場」。隠れた抜け道があると都市伝説になるぐらいだ。
それでもこれも、なかったら別の手立てを早急に立てる必要があるのだから、安全策とは言えないのだが。
「それですね、カメオ責任官ならご存知ではないですか?」
カメオは言いよどむ。知らない、けれど心当たりはあったからだ。全員立ち上がるとまた爆音が近づく。
「…やむを得ない。一か八か取り次いでみよう」
メビウスは、青の頭を撫でる。怒りそうな青を窘めて「大きくなったなぁ、青。」そう言って、自分自身の大きなマントをスカーフのように所々畳みながら、古びたデニム生地のマントの中身を入れ替える。
「餞別だ。これでも上等な絹と一般的な物理障壁をあしらってあるんだ。何かあったら売れよ」
メビウスは皺のよる目元を優しくたゆませ、父親のように笑う。肩に掛けると背中を叩く。
「…すまない。この借りは今度手料理でも馳走する」
アビスは、そんなメビウスを見ながら、「俺からも小さな餞別を」耳元のイヤリングを耳から外して、目線に合わせて紫とブルーの混じった不思議な色のした丸い形に、星の砂が埋め込まれている。それを左耳の耳朶に強く留める。
「これをアビス=ロストから頂いたものだと必要な時に提示してください。必ず役に立ちます」
肩を軽く叩くと、笑いながらまたいつものような何を考えてるか分からない顔になる。
「…すまぬ、今度好きなだけチェスの相手となる。」
流石にいつもは怒ったり悲しんだり、嫌そうな顔や冷たい顔を浮かべる青だが、優し気な顔の中にも厳かさを纏っていた。
青が立ち去ろうとすると、カメオは先導しようと青の前に立ちふさがる。
「ぼ、僕からは餞別なんてないぞ!!」
「…相変わらず我の事がお嫌いなようで」
「そうは言ってないだろう!!」
きょとんとどういう意味か分からない青。メビウスとアビスはくっくっく、と笑いが堪えられなくなってしまう。いつも「青の事」で二人にからかわれるカメオ所長。二人の揶揄、それがどういう感情に寄るものなのかを、青は知らない。自分に向けられる、敵意をそのままに受け取って来て、追い出したのだからそれは無理もない。
「ありがとう」
「別に礼など言わないでいいから、とっとと行くぞ!!」
プンプン怒りながら、先導を買って出る。青は幻術の呪文を唱え始めた。
「使途を纏う霧の幻術よ。霧を散り散りに我を形どる幻影となれ。」
カメオ責任官は、その詠唱を冷静に聞いていた。
霧の幻術などは、この世界に存在しないはずだ。いつも知らない魔法陣や魔法障壁、詠唱を軽々しく唱えるくせに、たまに魔力不足で倒れる。それは魔力不足なのも元より、古代魔法等を呼び起こす源が人より掛かる事を本当は分かってた。それなのに、基礎がそれで成り立つ為に、青本人も気が付いて居ない。
青の幻影にデニム生地のマントを着せ、二人が手を振る。「ご武運を」「また会おうな!!」明るく笑うアビスをよそに、内心メビウスだけ焦心に煽られていた。アビスの上を行く特別なピンチの時の違和感。猛々しいほどの殺気が、何かこの街を覆っている事にいつもふざけている彼が心から笑えない。
「なぁ、アビス。青を生かして捕らえる利点って何だ?」
「…戦争ではないですよねぇ。恐らく青の『魔法』を一部に浸透させ、指導者に仕立て上げる。
そういう意図が垣間見えます。」
「…逆を言えば、青を殺せば、その『魔法』は消えるわけだよな?」
「…!」
「あちらさんが手をこまねいているうちに…正に『追いかけっこ』だよ。
他の国に知られたら、青の魔法は脅威となる。どの国でも、どの世界…でもな。
そしてばらまいて売ったりなんてしてたらよ、青は暗殺されてたな」
「そういう事も一切考えない狼藉者ではまっったくない事も青の良さなんですけどね」
「喉から手が出るほどに欲しい秘薬も、そもそも存在しないことを立証されれば要らねぇよな。」
二人は思い思いの考察を口にしながら、幻影の青をさり気なく誘導しながら抜け道を探る。
アビスもまた、何らかの違和感を感じ始めていたのだが、何度考えても答えが出なかった。
「青、こっちだ」
「分かってる」
賭博場を駆け下りていく。冷たい地下の、独特な雰囲気が続く。途中鍾乳洞のような幻想的な雰囲気が売りなのもあるが、今はそんな時ではない。カメオのブーツの音と青の靴の闊歩していく音だけが響き、煙草の匂いが少しずつ濃くなり、フロアに続くドアを開ける時には酒の匂いが蔓延した。
「開けるぞ」
ドアを開けると、そこは懐かしい風景だった。青にとっては数日前来たただの賭博場だが、カメオにとっては小さな頃から付き合いのある育ての親の居る、そして、『あの日』以来会ってない彼が居る場所。変わってないと口には出したが、クロスの居る密会部屋のドアを開ける時、緊張が迸る。
もし、クロスがもうここに居なかったら、
僕の知らないところで他の地へ行ってしまったら、
または居たとして―僕は冷遇を受けてもしょうがない人間だ。
でも、青を『助ける』と決めた事を貫くこと、それが僕なりの彼への謝罪だ。
自分勝手でもいい、クロスだけが頼り。クロスに甘えて来たことも、心残りだったんだ。
「開けぬのか?」
「…今開ける。」
「『心』の扉は誰にでもある。それでも、開けた扉は戻らぬ。でも、開けた先には誰かが居る。カメオにはそんな気がするんだ。」
青が嫌いだ。こんな時にいつも困ってる時に平然と何も考えず助ける言葉をくれて、僕に扉を開けさせてしまうのだから。金色のドアノブを回すとクロスが、あの時と変わらぬベルベッドのソファに腰かけて、名簿を見ていた。大分年を取った顔の皺を見ながら、雰囲気は少しだけしか変わってない。
「…ラズフォード坊ちゃん」
赤いネクタイを締める癖は、クロスの癖だった。後から会わなくなってから、その癖が意地悪を言う時に突き放す時の優しい癖だと気が付いてしまった。悪癖などと思って、小さな頃から身構えてしまっていたが、クロスはいつだって、口では厳しく内心は優しい人だった。金髪で褐色の肌をした黒いスーツに身を纏うそれでも、細くて長い指先は器用で、来る度に賄いを出してくれた事もあった。
その指先が、青が林檎のリゾットを作った時の林檎を切る時の動きに似ていた。
青と違って傷もなく、青よりももっと大きくて長い指先。それでも後から思うと、クロスの賄いも青の賄いもまた似ていた。その時ある材料を使って、特別な材料じゃない。違うのは、カメオの味覚の好みに合わせて、高級な調味料を少しだけ使っている事。少しずつ買い足し、常に来たらカメオに作れるように。
「何しに来たんや。カメオ。」
声色は低いしゃがれ声。年季を帯びた威圧感のある目と雰囲気。小さくなったと思うのに、凄みを増して怖い。久しぶりに会った僕に怒るのもしょうがないのだが、もう少し優しくしてくれたって―と何故か封印したはずの弱音と甘えが心の中で問いかけてくる。断ち切ったはずの小さな子供の自分がすり寄って来た気がしたんだ。
「…ぼ、僕は…クロスに申し訳ないと思ってる…確かにあの時の僕は、ただの『いかれ坊や』だった。
自分がすべてで、全てが自分の為の、世界に太陽が自分の為に当たってる…と思ってた。
でも、青がその概念を覆した。自分の中の全てをぶち壊された気分で…悔しくて悔しくて、
僕は青を職場から追い出した。…でも、僕は過去と決別する。青を助けたいんだ。地下の通路を教えてはくれないか。」
クロスの雰囲気はそれを聞いても変わらない。クロスに嫌われてもしょうがない。
それでも、僕は彼を助けたいんだ。ここは教会の懺悔室でも神の御心が届くところでも何でもない、ただの魔界の密会部屋だ。地下の仄暗いのに照明だけが明るくて華やかな部屋。ましてや、この部屋で本心を語るなんて普通は逆なのだろう。
「…ふ、ラズフォードは根は変わらんなぁ。その指輪ぐらいかいな、変ぉうたのは。それとその青とやらの、助けもあって、少しだけ変おうたのは、認めてやるわ。ただ、また会うのは子供が出来てからやな」
昔、いつもいくつになってもクロスは僕を「坊ちゃん」を付けていた。
ましてや、優しく笑う顔など見た事もなかった。目の前でくしゃ、と顔をたゆませ、小さな子供の自分はまだいるけれど、どこかゆっくり歩いている。またクロスの前で顔を表し、現れることもあるかもしれない。それでも、逃げない、もう弱音は減らしていくんだ。
「ラズフォード、先に行って確かめて欲しい事があるんや。」
「分かった。古い通路が痛んでないか確認してくる。」
青は何となく何も考えずに、クロスを見ていた。先に行くカメオ。それを目で見やる。それから視線を戻すと、クロスは不思議そうに青に目線を合す。クロスが何度も見てくるので「我は珍獣でも何でもないぞ」と不快感を露にしてしまう。自分が何にも考えないのは知っているが、たまに何故こういう不思議なものを見る目で見るのかが全く理解出来なくて、容姿とか背が低いとかそういう類のものではないらしく、それを何度か考えても答えなんて出なかった。そういう時魔法障壁を使ってるわけでも、古代魔法を使ってるわけでもなく、ただその目が珍獣を見てるようなそういうものだと感じてしまうのだった。
「無関心なのが勿体ないなぁ~。あんさん、大好きにはなれるけど、愛に変わらんタイプやなぁ」
「は?何だ、それは??」
「本当に心からの愛を惜しみなく与えられる環境が人より長く子供時代になかった子供や」
クロスは不思議な事を言う。別にそれが『当たり前』で『必然』なのだから、基本的に考えない。
自分が実は考えなし、と言われる事も知ってるし、何故だか優しいと褒められる事も知ってる。
お腹が空いて育った自分は、常に満たす理由もない。妹が居れば別だったのだろうが、離別しているのだから、妹は妹の人生を幸せに歩んでくれればいい。母と父を思い出して胸が痛む朝もある。それでも、生きる事が優先、感傷は後でいい。愛なんてものより、寝床と食料が優先、追われているならば逃げる事を先に考える。たまに懐いてくる猫が、時に死んで胸が痛んでも、泣くことよりも生きていく事が優先。それでも、墓を建てて、弔うなんて、自己満足の粋だとクロスの前で口に出す。
「ははっ、おもろいぐらいに、自分主義やなぁ~。猫が自分が大好きだったとか考えへんの?」
「考えても答えが出なかった。思えば、『自分』を見て好きだと言われた事もない」
「自分はそこそこには大事にしてるのに、って奴か。一番嫌なやっちゃなぁ、惨い。青って自分が思うとるよりも、情にはほだされる癖に熱するのに時間が掛かるんや。多分、時間さえかけて、責任問われたら取る。でも、そう言う『理屈』なんか、吹っ飛ぶのがまた楽しいんやけど」
「…?意味が分からん、それを捨てたら今の生活なんて出来ないじゃないか」
「薔薇色の未来が待っとる~とは思わんの?」
答えを口に出して声に出した。クロスは多分ハッキリ一言「そんな事は思わない」「今は必死でそんな考えはない」「そんな存在に遭った事が無いから」そう答えると思ってたんだと思う。答えは違うものだった。流石にクロスも少しだけ眼尻を動かした。瞬間、ドアが開いて「退路は確保出来そうだった。」カメオが駆けてくる。「今行く。」急いで行かなくちゃ、追手が来る。そう思い、駆けてく足を進めた。この生活が『当たり前』だから、自分は何にも考えない、ただ不満があるとしたら労力を使う事と、誰かを必然的に巻き込む事、現実的に言えば「金」とマジックアイテム等がいくつあっても足らぬ事。妹に会う、会いたい、ただそれが活力源なのかもしれない。
「難儀な御人やな~。自分主義のように見えて、他人主義やんか。」
小さな小瓶に入ったアーモンドチョコを口に頬り込み、溶けてく甘さを噛みしめる。
「自分に甘ない激甘スィートチョコみたいや。アーモンドが味を締める。」
その言葉が聞こえる事はなく、青達は街の外へ出る寸前まで来ていた。光が差してきて、暗闇で慣れた目が眩む。
「青!」
そういえば、いつからカメオは自分を青と呼ぶようになったのだろう。その問いかけが無粋な気がして、他の返答を返す。
「何だ?」
いつもの素っ気ない俺の声で返してしまう。
出口を眼前にして振り返ると、逆光でカメオの顔や表情が見えなかった。
それでも、声からして照れて勇気を出して振り絞ったものだと分かる。
「…ありがとう。色々すまなかった…嫌いだが、嫌いではない」
「俺は別にカメオの事が嫌いではない。こちらこそ、礼を言う。ありがとう」
寧ろ人間らしい、悪魔としてはどうなんだとは思うが、羨ましくて優しくて好意的だ。
最初から嫌味な言い方では返していたけれど、自分は嫌いではない。無い物を素直にすごい、とは思うのに皮肉が出てしまうのは自分の常だ。自分ではあまりそう言ってるつもりがなくとも、そう聞こえる事は時に承知している。
出口を開けて、駆けるとそこには想像以上の展開が待って居た。
街の郊外、いや敷地内に出られた事は戦果だったが、予想以上に追手が居た。慌てて、裏路地へ駆けようとすると、思わず女とぶつかった。
「ちょっと、この私を誰だと思ってんのよ!!」
「…誰だ??」
黒髪の沢山三つ編みのある、髪を下した整った顔に綺麗な肢体をしている。背も高くて、我よりも上だ。洋服の衣の質など見てる余裕がなく、追手がこっちへ来るので、弁解も面倒なので手を引っ張り裏路地まで連れて行く。
「この無礼者ぉおお!!何なのよ、あれ!見てくれからして手練れなんですけど!!」
「…煩いな、姦しいとは女が3人居るような女にも使うんだな」
「何ですってぇええ!!…むぐ」
「静かにしろ」
壁に押しやり、口を指で押さえつける。
どうしようか考えていたが、追手が迫って来て断りを入れる事にする。
「悪いが、何でも一つ言う事を聞くからちょっと逃げる為に手伝ってくれないか。」
「―?どういう事―」
時間が無くて、壁に押しやりながら腕を掴んで唇を奪った。抗議の腕を振り上げるような力は口づけが深くなる度に徐々に弱まる。上唇を食むように合わせて、下唇を微かに動かす。追手の気配を感じるので、熱烈に強引に口づけを続行した。淡い声色が聞こえるのと、重なり合う水音が響くと、顔が真っ赤になっていく目の前の女が居た。何だか物足りないような顔をするので、逃げない事をいいことに、舌を吸う。
追って来る気配が消えると、合わさってた唇と唇を離す。恍惚とした顔をして少しだけ可愛いと思ってしまう。
「な、ななな何すんのよ!!乙女の純真な唇を…!!」
「…悪い、寄りにもよって初めてだとは思わなかった…」
流石にこちらが悪い、落ち込んでしまう。腕を振り上げて殴られても仕方ないと腕を離すと、恥ずかしそうに抗議よりもこっちをずっと見ている。まじまじと、じろじろと。?何なのだろう??
「舞華様~、どこ行ったんですか~?」
「ああ、私行かなくちゃ。あんた名前は??」
キスをしてここまで真っ赤になりながら睨みつける純真なんだが強気何だか、脅されてるのか何なのか考えてると名前を聞かれた。もしかして、呪術でも―そんな事を考えつつも、『舞華』を見ていると、そんな用心が吹き飛んでいたのが不思議だった。
「青だ。覚えておけ。何でも一ついや、二つでもいいぐらいだ、すまん。必ず言う事を聞く。」
手を合わせて、「私の事も覚えておきなさい?舞華って呼んでくれたら行くわ」屁理屈をこねてそれが一つと言われたらそうなのに、どうも舞華は『純粋』何だと思った。うざいぐらいに姦しく、気が強い。
「…舞華」
申し訳なさを込めて、目線を違わず強く見つめてしまった。
困った顔でもしていていたのだろうか、「気が変わったわ」途端に今度は腕を引っ張られバランスを崩した。壁に押しやられ、腕を力いっぱい抑えながら唇に温かい感触がまた走る。強気なのに腕の力は弱く、押し当てるような慣れてないキスを、拒めない自分が居た。
多分、悪いと言う心の中の良心がチクチク痛んでるからだと思う。
「これは回数に入らないから!覚えておきなさいよ!!」
唇を離すと、脱兎のごとく逃げ出してしまう不思議な『舞華』は、名前以外知らずに去って行ってしまった。この広い魔界、そして俺が天界や地上にでも舞い降りたらどうするつもりなんだ、いいところのお嬢さんと言う感じはどうも苦手な部類に入りそうだ。
「…まぁ、可愛いとは思うんだが。何がしたかったんだ??」
震える腕を掴んだ感触と弱弱しく腕を掴みながらキスする光景。見たことがないものを特異に思うのは仕方ない事だ。と、マントを翻して歩を進めた。その先に待つのは漆黒のマントを引きずる、殺気を纏う人物だった。
「やぁ。今日は陽気な天気だね」
「顔半分を覆いながら、そんな黒装束のような格好で言われても嫌味としか」
「身構えないでよ。殺すだけだから」
いつの間にか人気払いの結界を張られていたことに気が付くと、詠唱をする間もなく邪悪なオーラを纏った魔剣を手に持っている事にも警戒が遅れた。まさかの一騎打ちに持ち込まれるとは思うはずもなく、仕方なく懐に忍ばせていた剣の鞘を一気に抜いて応戦する。
時に蹴りを入れて、鞘を目に当てようとすると弾かれる。物理的障壁まで張られてるとは用心深い。
詠唱を唱えると、自分の魔力不足が深刻な事に気が付く。恐らく、幻術が逃走の際に使った魔法が多かった、思うよりも先に巻物を読む暇もなく魔剣が襲う。
「正々堂々剣で最期を見届けてやろうって、それほど君の事買ってたんだけど」
唾を吐きつけられ、視界がぼやける。振りかぶって刺される、はずだった。青のマントの衣が物理的な攻撃を防ぐ。小声で何かを呟いてるのを眼前の敵は死ぬ際の一声だと聞き遂げてやろうと耳を澄ます。どうせ大した事はもう出来る余地などない、慢心が油断に変わり、嫌味の一言でも残そうと同情を掛けて耳を傾ける。
「…運に恵まれてるお方だ」
「…彼の者の頭上に雨を降らせよ!!」
「なっ…!!詠唱…っ??」
戸惑う頃には、青は渾身の力で突き飛ばす。視界がぼやける中で、逃げようと酸の雨の降る元に居る目の前の人物を見た。顔を覆う布は取れないが、髪の布は少しだけ溶け、必死で忘れて居たし狙ってたわけでもなくなのだけど、やっぱり、とため息を漏らす。少しだけ見える水色の髪の艶を見てから、
酸の雨が魔力不足で不完全だった為に少しだけ見えた胸元は谷間が見えていた。
「ひゃぁ!!」魔法で加工してある低い声は声高なソプラノへと変わっていく。
そんな事をどうこう言ってるわけにもいかず、足早に逃げていき、人払いの結界が晴れていく。
「やっぱり、死ねばいいと思うわ…」慌てて、溶けた衣を隠し、空間の狭間から予備の布を出して被り、ヒリヒリした自分の肌を憎く思うのだった。
うん、この水色の御髪を持つ方は、女なんです。立場上男の方が得なので隠していますが、青は初対面から見て丸わかりです。




