小さな幻の魔法使い。
本当に細やかなカメオ所長目線の話。最初、?と思いつつ、私らしすぎて笑われそうな話。
てか、料理物に転向?と思われても仕方ないです…青の人柄が分かる話。私も料理好きなモノで…。
ファンタジーだよね?です…カメオ所長気に入ってます(それも分かると思う)+少し途中書き足し。
「ちょっと待ってくれ!!」
「はいはい、あんさんとの取引は終了言うてますやん」
名家に生まれた。それも世界図書都市の名に恥じず、勉学に励み、成績も主席、知人やコネもある。親戚中が全員その名に相応しい職に就き、自分も父や母のように―親戚中の恥にならぬように『素晴らしい人間』になれると思っていた、何の疑問も持たずに。
「何でだ…!!お前とは古い付き合いだろう!?金なら詰めばいくらでも―」
「ラズフォード坊ちゃん、ええ加減にしぃ」
賭博場の最上級の密会部屋。男と女だけでなく、こういう内緒話にもカメオと胴元の『いかさま話』からこうして、様々な意味での交渉決裂の話にも使われる。広いようで狭いホテルのスィートのような上品なブルーベルベットの生地がソファにカーテン、様々な黒色の家具を使い、大理石のテーブルには、高級なワイングラスに残った容量はラズフォード側に3割、胴元側が9割、交渉を最初から酔わせて判断を鈍らせるつもりだったのだろう。それでも1割飲む程度には信頼してると目の前のカメオ=ラズフォードを買って。
「お宅とは長い付き合いやったけど、金なんていくらでもおうてまんねん。
あんな子供に窘められてるようじゃ、大人として恥ずべきはそこや。
いくらでも言いや。銘柄がついとるワインみたいやな。それに甘んじてる何も出来ん坊ちゃんは要らんねん。」
「何も出来ない等と―仕事も勉学に励んできた!家柄も悪くないじゃないか!!」
「ぉお、昔から口だけは一丁前やな。訴訟でも起こしてみぃ。家柄に傷がついて波紋や。
あんさん、死ぬほど恵まれてる事を恨まれとるとも知らず、まるで井戸の中の蛙やな。学び舎に掛かる金、お宅の『いかさまごっこ』子供の付き合いに掛かった金がタダとでも思うとんのか。このワインやって、味の分からん坊ちゃんにはただの泥水やろ。」
自分はたまに目の前にいる胴元こと、昔から裏で手を引くうちの家系の陰の功労者のクロスの言う事が素朴に分からず、味が分からんとはどういう事か訊くと「そういうとこや」と一気にクロスはワインを傾けて安いビールのように一気飲みしてから睨んだ。黒いスーツのまま皺を寄せ足を組むと、水色のシャツの金色の細工ボタンの上の赤いネクタイをキュッと細くて長い指を使い片手で締めた。
「盗られるで。」
「何を??」
「…あの坊やにな」
無表情になり凄みを増すクロスは、そのままその一言を最後に立ち上がり、もう帰って来なかった。カメオは何が起こったか分からず、自身もふらふらになりながら帰る事にする。ワインの飲み過ぎなのかもしれないが、心理的ショックが大きい、彼の言う通りに動いて居れば、仕事も勉強も上手く行ったからだ。裏切られたような辛辣な言動に、自分でも打たれ弱いのは分かっていたのだが、思い返す。
『盗られるで。』
昔からクロスの予言は当たる。
あのちまちまに何を「盗られる」と言うのか、皆目予想だにしない。
「昔からクロスの言う事は噛み砕いて親切に言ってくれれればいいのに。」
小さな子供のような拗ねた顔。その顔は彼の親ですら知らない、育ての親のクロスの方が知っていた。
「クロスさん、あの名家の坊ちゃんにあんな事言っていいんですか?
あの取引、クロスさんにもメリットあったのに。相乗効果で色々な事が―」
「死ぬほどの辱めでもおうたほうが、成長しますやろ。」
口を挟む部下の言葉を遮り、優しい顔で微笑んで言い切るクロスにため息をついたのは部下の方だった。
クロスの悪癖、女でも男でも子供でも部下に上司にでも「意地悪癖」をどうにか直したいと思い悩むのだが、それはそれで、クロスの長所にいつも助けられてしまう―ので部下は何も言えずに、ただグラスを片づけた。何だかんだ言いつつ、カメオを可愛がり、陰でフォローしてきたクロスを知っているからこそ、何とも言い難い。頭を抱え込みつつ、正直に率直意見を彼らに言うならば、一言だけ。
「素直になったらいいのに…」
俺には関係ないんだけどね、呟いてからモップを持ち、残ったフロアの清掃に向かった。
大世界魔法図書館にちまちまが着た。
「本当に来たのか…」と頭を擡げる。学歴、才能、功績など、ここの採用試験に何人が応募し、落選したと言うのか、何度見ても背が低く、生意気。腹が立つほどに、勤務態度は一生懸命。ちまちまは、最初僕の悪口に付き合う部下が段々と子供が可愛いのか、味方を増やしていく。一人悪口を言う者が減れば、2人減り、3人減り、そんな事を続けていくうちに、流石に僕も瘴気が減った事に気が付くし、いつの間にかシステム管理が随分楽になった事にも、違和感を感じた。出された賄いが、最近すごく美味しい。
恐る恐る部下に訊ねてみる自分が居るのだった。
「この賄いは…?」
「ああ、あのちまちまが作ったんすよ!驚きですよね、料理人の下で働いてた事もあるんすよ!!」
明るく平然と胃袋を掴まれてしまった部下は、自分の弟のようにケロッと答えた。
「ふ、ふん…僕だって、料理ぐらい出来ると思うが。こんな…大した食材も使ってないんだろ」
「ああ、所長のもすごく美味しいっすよね!!」
「だろう!?」
「…でもくどいっすよね!!」
物凄い率直に素直な部下は、重い槍を胸に笑いながら突き刺していった。何故あんなちまちまが好かれてるのか分からなく、色々陰で付きまとって様子を見ていた。瘴気が重い職場で何やら自室で魔法薬と薬草を混ぜて作るのを見た。誰も見ていないのを確認してから、作業用の梯子に短い脚で登ると、天井に細工をしている。自分も青が去った後にその天井を見ると見た事もない赤い魔石が置かれていた。知らない魔法障壁の練り込んだ、瘴気をはじく構造はどんなに書庫が膨大なフォビアでもお目にかかった事が無い。
「…ただの偶然だ。誰か他の奴が置いたんだろう。」
ある時、システム管理が面倒だと誰かがぶちぶち文句を言っていた。「このシステムは旧式で僕の代からの伝承だからしょうがないと思え」と呟くと、何かを言いたげに目で訴えられるが立場上逆らえないらしく、仕方なく部下は残業していた。代わる代わるの時もあるが、僕には回って来ないからいいだろう、そんな事を思っていた。夜中に起きて、トイレへ行こうと寮を歩いていると、青が何故やらどこかへ向かっていた。
「何の気なしにただ徘徊したい、そんな年頃何だろ。」
と欠伸をしながら部屋に戻る。
そんな大変なシステムが、朝になると物凄い快適かつ分かりやすい、その上で管理がしやすく、残業手当の問題で言い争いになることもあったのだが、ちゃんと残業時間と名前まで自動的に出るように改変されていた。
「誰だ、こんな冒涜的な…!!伝承も何もかもぶち壊しじゃないか!!」
「…ちゃんと、移行してますよ?元のデータとかシステムは維持したまま。本当に『誰』がやったんでしょうね~?」
その含みのある言い方は、所長じゃないでしょ、散々残業させても自分は休んでたくせにと、小馬鹿にする言い方でそして、彼がやったんでしょうね、そう嫌味を言われている気分だった。『その上で所長だったら手柄横取り、そうしてきたんでしょう?』ヒソヒソ噂話まで付きまとうようになっていった。
ある時、青が大食堂に入ってくのを見たので直談判して被害を訴えてやる!!どうせ青が噂話でも吹聴したんだろ!!とドアを思い切り開けた。
「…何ですか、カメオ所長。」
「職務時間を増やして、給与を増やして貰おうなどと―」
一瞬、驚いて目を見開いたのだが、淡々と林檎をナイフで切っていた。
冷たい生意気な目はすぐに目の前の林檎に戻っていく。
その横には中ぐらいの鍋に水と米が浸してあり、コンソメの顆粒、少しばかりのハーブ、玉ねぎ等が置かれている。
「…何を作ってるんだ?」
「林檎のリゾットだ、見て分からんのか。」
「ふ、ふはは、そんなのしか作れないのか!!僕は―」
「そうでしょうね、カメオ所長は料理がお得意でしたもんね」
馬鹿にするように窘められ、返って腹が立ってくる。コイツは、やっぱり可愛げがない!!部下と言う者は、と尊厳を訴えかけようとして、青が慣れた手つきをしている事に気が付く。細くて小さな指には古傷が沢山あり、お世辞にも近くで見ると綺麗な指とは言えない。誰かが『苦労してきた手』と言うのは案外言いえてるような、苦労も一塩と言ってるのを聞いた事がある。
よく見ると小鍋にも米と水が浸かり、玉ねぎをみじん切りしたところで、鍋に寄って入れてる物を微妙に変えていた。
「ん?一つの鍋でやった方が効率がいいだろう?」
「ハーブは体にはいいですが、好まない奴が稀に居ますし、102号室のロイスはハーブアレルギー、20号室の南はベリーが好きですから、305号室のカシスは和風な味付けが好みなので昆布だしで林檎なし―それに」
「まさか、全部把握してるのか!?」
「…そのまさかですが?以前風邪を引いた時や夜勤の時、我はたまに自分の為に作るのが億劫なんで、気が付いたら持ってくるようになって―って、そんな事も知らないのか?
―部下が居る身でよくぞ今までご無事で居たもんですね」
はっと鼻で笑われて、悔しくて恥ずかしかった。部下の部下、見習いの見習い、それもこんな小さなちまちまに気が付かされてしまう。口は達者で生意気。冷たい目をしている事もある、特別なものなんてない。それなのに、「所長にも作ったからな」何だかんだ言いつつ律儀。
「こんなもの―…」
スプーンを手に持ち、口にその林檎のリゾットを運ぶ。
文句を矢継ぎ早に口うるさく言って、馬鹿にしてやろう、そう思っていたのに、優しくてシャリシャリした果物の触感、それなのに、しつこくない林檎の風味、後からコンソメと薬味のハーブが押し寄せて、玉ねぎの味も忘れていない。昔どっかで食べたような、それでいてまろやかな米の風味と茹で加減は絶妙だった。
以前、クロスが言った「泥水」の意味が分かる。
自分は特別な材料、そして自分の才が全て自分だけの、自分が築き上げてきたものだと思ってた。
勉強できる環境を、惜しみなく与えられ、料理は常に誰か御付きの料理人が教えてくれた。こんなにも素朴な味なのに、優しくて心に訴えかける料理を食べた事は多分数回、父の料理ぐらいだったと思う。
いつも詭弁を並べる、口やかましい戒律について煩い、でも、小さな頃振舞ってくれた料理を食べて、自分もこの人みたいになりたい、そのきっかけを、忘れていた気がしたんだ。人間味のある、もっと独特な料理だったと思う、それでも本を読んで精一杯時間を縫って作ってくれた、その気持ちを喜べないほど、捻くれた自分が、辱めに遭った気になった。
「ちょ、何…泣いてるんだ?」
「泣いてなど居ないっ!!…ぐす。悔しいけど美味い。」
「いや、泣いてるじゃねぇか。涙を流すか、食べるかどちらかにしてくれ…。」
おたおたする青が何だかおかしい。それでもちまちまが背を伸びていく、見てくれが良くなる度に女が吸い取られるようにそっちに行くのがムカついて、腹が立つ。でも、『理由』だけは心の奥で納得していた僕が本当は居た。自分の場所を、所長より上に行ってしまうような青の良さを、誰かに気が付かれる前に僕は意地悪をした。
あの訓練場の一件以来、とんでもないものをまざまざと見せつけられて、怖いのと同時に、何度挑んでも敵わなかった。いつも違う、知らない魔法陣に、魔法障壁ではじかれ、結果は同じくだったから。
「青、それは古代魔法に初期魔法だな?職場に不利益を出すものは、即刻出ていけ!!今すぐだ!!」
「…分かった。」
本当は胸が痛かった。罪悪感で心苦しい。この職場で、それに気が付いてない奴なんていない。
あんな不器用で隠すのが下手。それにここは大世界魔法図書館、調べようと思えば調べられるはずだった。
「世話になったな。ありがとう。」
育ての親の意地悪癖が、彼にもついてしまった不遇に、クロスは何て思うのか、そんな事と当時の思いは、彼らに分かるはずもなく、時だけが過ぎて行った。
重役と秘書の居る、黒色で統一されたプライベートルーム。
そこが、今のカメオの仕事場だった。窓は小さく、隣にはシャワー室と仮眠室が付いて居る。
こ洒落た机やソファ、通信機が置いてあり、本棚には沢山の書籍が置いてある。
椅子は座り心地重視の、場にそぐわぬロッキングチェア。
「世話になったな…か」
「どうしました?カメオ責任官。」
「いいや、懐かしい白昼夢でも見ていたようだよ」
カメオ所長は、その日から勤務態度が変わっていった。部下の趣味や家族構成などノートに書きとり、例え一番下に配属する掃除のおばちゃんの名前まで覚えて、賄いも以前より自分から作るようになる。残業が減る様にチームワークも良くなり、それからの僕の評価はうなぎのぼりだった。まるで居なくなった空席を僕が奪ってしまったかのような、とても苦しい罪悪感に襲われて目が覚める時がある。その横に居る寝息を心地よく立てる妻を、大事にしていかなければと胸に誓いを立てて、彼に謝れなかった事を後悔している。それでも、あの小生意気な態度で「ふざけるな!!」と言われれば、喧嘩を売ってしまうのは、何故だろうか。
目の前のシステム管理は、未だに変わらず、残してある。それを指で撫でた。
自分が綺麗な指をしているいかれ坊やだった頃を懐かしみながら、
心の中で謝罪を繰り返す。
「…懺悔ならお聞きしますよ?」
クスと横に居た秘書に笑われ、すっかり僕も不器用な青に似て、顔に出てしまうようになってしまったらしい。
「いや、もう会う事もないだろうが、彼に口には出さずに詠唱にでも込めて置く」
「まぁ、怖い」
半場冗談で言ってたのに、後にやっぱり逢ってしまうのは、青は『不運』で、カメオには『幸運』なのかもしれない。
「うぇっ!!」
久々に会った変わらぬ青は、苦虫を嚙み潰したような顔で露骨に嫌がる。
それが頭にきて「待てぇ!!このちまちまー!!僕の言う事を聞いてるのか!!」詠唱を街中で唱えながら年甲斐もなく追いかけてる。その姿は傍から見ると、親類のような親しさがあり、子供の喧嘩のようだった。
職場に残った「幻の魔法使い」の青の噂は今も語り継がれている。
カメオが主に微笑みながら話しているので、ひょっとして、片思いしていた女性職員ではないか、そんな噂も密やかに纏いつつ。
実は林檎のリゾット作ってるのは、寮でこの時風邪が流行ってるからなんですけど、書くと流れ殺いじゃうので…青は、多分孤児何で、差し入れはどんなに不味くてもありがたく食べます。食材が勿体ないだろとか言いながら。青は寮母さんか!(笑)