世界図書都市メフォビアの陰で。
青を取り巻く過去の二人組です。おじさん二人組なのですが、きっと片方はワイルド系で、もう片方はスマートな感じな予感。ここまで男性キャラが多い小説は私には珍しいのですけれど…賭博場の例えが出てきますが、私はパチンコよりゲーセンの方が好きなので、あの良さが分からなかったりします。ちょっと変だとしても優しく見守ってあげて下さい。
魔法の瘴気が穏やかな、世界図書都市メフォビア。ここは常に昼の時間帯であり、比較的治安も良い。都会的なビルが立ち並ぶ中、古書店が雑多にチラホラ見受けられる。世界図書都市と名を馳せる通り、大きな学び舎の奥には、閲覧禁止の多大なる禁書が今でも残されると噂のフォビア大世界図書館で有名だ。ビルの2階は大抵賭け事でもてはやされる事が多いが、地下には「ビアフォ」が通称の、賭博場がある。実は世界図書都市なんて名が付く前は、この賭博場が魔界で随一と言うぐらいに、裏の顔を持っていた。
表向き、安定を保ちたい領主が、実は手腕を発揮して根回しした際に誤魔化した説は、案外俗説とは言い難い。その事を口に出すような不届き者が居ない事が、猶更治安の良さを保ち続けてる所以かもしれない。
「あ~、昼から酒が飲めるとは、この街はいいねぇ~」
「賭博場ぐらいしか、夜がないですからね」
副流煙を気にせず、煙草をふかしている男が二人。髪に白髪が混じり、顔に皺、顎に白くなりかけた髭が少々ある辺り、少し年配の男性陣のようだ。悪魔は血族により、歳の差が体格や顔立ち等で出ない事が多いが、魔界一の強烈な濃度のビールが大ジョッキで飲めるぐらいには、酒を嗜んでいた。顔色一つ変えずに、灰色の石灰石で埋め尽くされた路地の小さな酒場と喫茶店がドッキングした冒涜的な店は、似たような輩が酒や珈琲、甘いものに白子、食用の魔石などを好む。それにここにはアイスチョコレート何て可愛らしいメニューもある。
「アイスチョコレートとか、誰が頼むんですかね(笑)」
笑いながら、当時の後輩はメニュー表をクルクル回しながら、こっちへ投げて来た。
小声で何かを呟く眼前の男は、ふわとメニューを浮かせた後に花火のように火花をまき散らす。
一瞬、周りがこちらを向いて、『あの爺、何やってんだ?』『新手の魔法弾のコマーシャル?』等とざわめくが、誰かが『もしかしたら、ただの花火師の老いぼれかもしれないぜ』と言うと、どっと笑いが起きる。
メニューの火花が消えると、手に舞い戻るメニュー。その『花火』のはずの焦げたメニューは、男が太い指先で上から下まで撫でると、何事もなかったかのように元に戻る。そこまで見ている輩は居らず、見ていたとしても辞めて下さいよ、と困った顔で窘められる。
「俺達がフォビアに居たのは、随分前なんですから―…」
「そういえば、あの嬢ちゃんどうしてっかなぁ~」
「…人の話聞けよ。それにあの少年に怒られますよ!!いつも怒ってたじゃないですか!!
『我は男だ!!耄碌したか、この爺!!』って―」
「アイスチョコレート奢ってやって、職場まで紹介してやったのに、黙って居なくなるたぁ、不届き千万って、この事を言うんだろうな~、って、お、居たぞ」
「またまたメビウス、冗談辞めて下さ…あ」
メビウスと後輩は、思わず目が点になる。
背は大分伸びたのだが、それでも高いとは言いずらいぐらいには低く、あの時と同じように古いデニム生地のマントを愛用している、それでいて紫色のカラーコンタクトに赤髪の頭髪、やはり変装が下手な所があまりに「らしく」て二人は口を指で押さえてから、笑いを堪えるのが大変になって来た。そのまま楽しくて目で追うと地下へと降りる階段へとマントが消えた。
「あ~、彼奴金でもなくなったかな、最初に遭った場所も賭博場だったな、アビス」
「まぁ、陰でヤバイ事やって、うっかり尻尾掴まれてるんじゃないすかね」
「やりそう」
「…想像つきますね、無実の罪で不起訴に出来ないとこですかね~。」
「俺は、もーっとヤバイ山を当てちまったように見えるんだがな」
それが、宝の山か、金銀の財宝か、彼奴はそういう類には目もくれねぇくらい、ある種では金と女に欲目がない。青は、猫からすり寄って来るような気品さがあり、放って置けないぐらいの生まれ持った徳がある。アビスと最初に遭った時を語りだした。
まだまだ発展途上国から抜き出せんとする当時のメフォビア。高いチェック色のチェス盤のような天井に豪勢なシャンデリア、煙草と酒の匂いが入り混じるほどに光輝くはずなのに、雰囲気はどこか荒れている。壁に華も居らず、ただ雑多な思いを紛らわす当時の賭博場はまだサクラがたむろしていた。今は秩序が守られ、そんな者は余程の馬鹿だと言われるようにはなるぐらいに平和ボケしているのだが、まだ10歳を少し超えたぐらいの、可愛いブルーサファイヤの髪と目を携えた子供がそこに割入って来た。デニムの大きめのマントを翻すほどの身長もなくて、何でだか放って置けなくて、声を掛けてしまった。
「嬢ちゃん、保護者は居ないのかな?」
「我は男だ!!この不届き者が!!…保護者なんて居らぬ」
「ハァ?こんなちまちまが歩いてると、嬢ちゃんにしか見えないんだが…」
そんな会話をしていると、目の前にルーレットが回り始めて、「保護者が居らぬ」発言よりもそちらに目が行ってしまう。子供は、身長が届かないらしく、腕の下を手に持ち、抱きあげて膝に乗せてやった。恥ずかしそうにジタバタと暴れているが、アビスに「どうしたんですか?そのちまちま」と不思議そうに見つめられると、「甥っ子でね、どうしてもおじちゃんと遊びたいって駄々こねて来ちまったんだ」それを聞いた瞬間、子供は何だか黙り込んでしまったのだが、目線を変えてルーレットをずっと見ていた。
「あ~、勝てねぇ~、アビス戦果は?」
「メビウスさん、全然ですよ~」
「…胴元がいかさま賭博している」
小声で動揺する様子もなく、子供は青い目で目線を逸らさず言い放つ。突然の嬢ちゃん改め、坊やはルーレットの針の打ち方、球の重さを賭事を行う日替わりの人物ではなく、もっと日常茶飯事で客側にいかさま師が居ると言うのだ。
「こりゃぁ、たまげた!アビス、とんでもねぇ拾い物が着ちまったみたい」
「甥っ子さん、誰がゴト師か分かったりする…??」
メビウスが豪快に笑うと、アビスは逆に冷静になって、周りを自然と見まわす。何度見ても違和感すら感じないほどに日常的に行われてると思うと、いつも着ている自分の方が誰か分かるはずだ、そう思うはずなのに皆目想像だに出来ず、「落ち着いて」と優しく声を掛けられれば、3人で視線は一点に集中する。
「…カメオ所長?」
「…誰だ?」
「フォビアの所長で、創立者の代替わりの息子だよ。俺たちの上司」
「お前たち、フォビアに勤めてるのか?」
途端に青い目が光り輝き、自分から急にふ、と口を歪ませて子供らしくない笑いを浮かばせた。
「いい拾い物は我の方だな」
「あっ、ちょっと…どこ行くの、えっと甥っ子さんの名前―」
「青だ。澄んだ目に綺麗な髪色だろう?今は居ない母と父が付けてくれたんだ。」
メビウスの膝からするりとすり抜けるように降りると、眩しいぐらいの笑顔でこちらに微笑んだ。
その「今は居ない」が理由が分からないほどには、二人は馬鹿ではない。アビスは、確信する。上司の甥っ子ではなく、この子は流浪の民だと。悲しげで寂しそうな顔をする、スラム街に住む子供よりも、まるで『楽しむ』かのように、今を生きている。この男の子が意外と考えなしに行動する質だと知るのは、この後思い知ることとなった。
「カメオ所長、我は仕事の斡旋を望む。我は金など要らない。勝ったら仕事を紹介しろ」
「な、何だね、このちまちまは…?失礼だな、そんな子供の勝負受けるはずが―」
「…負けるのが怖いのか?」
ふん、と鼻先で笑われると、アビスとメビウスは笑いが堪えきれなくて死にそうになる。カメオ所長はうざったい長い紫の前髪を触り、わなわなと震えながら、ご自慢の黒縁の眼鏡を揺らして咳ばらいをした。何度も指の爪で眼鏡のふちを直して、怒鳴ろうとした瞬間だった。色めく周りが「シャトランジみたいで、いいねぇ!!」「あああのイスラム教の昔のチェス盤みたいなもんか~」「よっしゃ、俺達は坊ちゃんに賭けるぜぇ~」騒ぎだし、いつも気取ってるいかれ坊やとの異名の高いカメオ所長に敵はあれども味方無し。まぁ、賭博場まで仕事の戒律がどうこういつもうざったく構ってくるし、酔うと面倒。こんな所に居るにも拘わらず、序列をつけた制服着てくるのがそんなにいいものか?と二人は陰で噂しては居た。
「いいだろう、ただし僕が勝ったら君は金輪際目の前に現れるなよ!!」
「…ああ、構わない。で、何で勝負がいいんだ?」
「ベットとレイズは除外の賭けクローズド・ポーカーで行こう」
「賭け金と上限金額はなしと言う事だからそれでいいだろう」
段々いくら何でも青が強くとも、あのいかさま師のカメオ所長が黙って手をこまねいてるとは考えにくい。二人で心配になって、気付いたら喧騒の中にはそんな目線がチラホラとは浮かんでいる。アビスは自分で親を名乗り出た。何かあった時に、助け舟を出せるよう、同一の役などは敢えて決めないようにカメオ所長に示唆する。
カードを配られ、カメオ所長は何やら口元を歪め、心の中でアビスは「ああ、案の定…あんにゃろう」思うも、青に有利なカードを与えるのか少し迷った。青は淡々としていてフォールドと降りることもしない、アビスは、徐々に不安を募らせていく。青はドローを数回繰り返し、カメオ所長は高らかに宣言する。
結果は目に見えてカメオ所長は普段の諸行の通り、スペードの10・J・Q・K・Aを表に出す。
「ロイヤル・ストレートフラッシュだよ、坊や」
俺は知っていた。カメオ所長もドローを何度か繰り返しているが、「あり得ない」。
「我はストレート・フラッシュだ、善処したが、負けちゃったな」
だって青が出したのはハートの3・4・5・6・7。でもその前が…抗議しようか否や悩んでると、周りから大健闘だったな!と青に軍配が上がったかのように周りは騒ぎ立てる。手に持ってるパンや巻物、宝石や魔石、そういった類のものを持って、青は、「アビス、メビウス、所長、ありがとう」子供のお遊戯は終いだ、そんな顔で笑う。
アビスの違和感は、当たる。昔からそういうところは変わっておらず、
明らかに残るカメオ所長の自慢話よりも、手元に戻った親へのカード。
それは、「スペードの10・J・Q・K・A」カメオ所長を立てた、としても出来すぎていると思う。
アビスは考えて、思い悩む。不意にハッとして、
「メビウス、青を追いかけて!!所長、後で私からも彼を正式に”大世界魔法図書館”へ雇う事を覚悟して下さい!!」
「は?何で僕があんなちまちま…」
「…何となくは分かったかな」
アビスの先導の声が後ろから聞こえる。メビウスは、アビスのこういう所に感心してしまう。
もしかしたら、俺達が後から追うことまで考えて、屋根の上を魔法で駆けてるのかもしれない、とメビウスはふと、そんな魔法があったかを膨大な書庫で働いてる身で思った。どこか、どこかで見たんだ。と思いつつも、思い出せない。
「居た!!」
身体を思わず竦ませ逃げる青。「追われてる事を何か勘違いしてるのかもしれない」残念ながら、街の構造を知るのはこちらの方が年季があり過ぎていた。先回りしたメビウスは、アビスとの挟み撃ちに成功し、あっさりと軽く羽交い締めして、と言うのは大げさだけれども、後ろから取り押さえればすんなり捕まってしまう。
「離せー!!!」
「…何であんな事したんです?」
「賭けにわざと負けた事…か?」
「やっぱりそういう事だったのかよ」
大人二人、それもフォビアの正当なる学び舎の最終学歴を持つエリートとなれば、賭けに勝てたとて、正式に雇って貰える、斡旋して貰える等と少なくとも青は思わなかったらしい。それならば、賭けは捨て、気が付かれたとしても、カメオ所長を立てた、と言う事で合意し、今日の食い扶持を繋ぐ、と大人顔負けの事を可愛い顔でするものだから「全く…」思わず可笑しくて二人は笑いが止まらない。
「何が可笑しいんだよ!!」
「…くっくっくっ、子供は子供らしく俺らの下で働きゃぁいいんだよ」
「ふふ、度胸だけは買いますよ?それに、その跳躍。ただの魔法ではないでしょうしね。」
「魔法具とかでもねーみたいだしな、お前さんおもしれぇ~」
その「面白い」は揶揄が含まれてる事に青はまだ気が付かない。
青を連れ帰り、カメオ所長を立てた功績と言う事で、正式に青はフォビアの住み込みの寮で下働きから始める事となる。
それから暫くして、ちまちまは少しだけ背が伸びて、訓練場の整備をしていた。
仕事ぶりは真面目、教えた事は不器用ながらに覚える、でも協調性がない青は、誰かさんに目を付けられる。そこに現れたのは、もう定番過ぎて言う気にもならなかった。
「…青、貴方には僕は常々腹を立てていたんです、死になさい」
「噛まれたから噛み返しただけで何が悪い?」
まさか、カメオのお気に入りの女に噛まれた青に八つ当たりする所長も所長だ。あんなに尽くしても報われなかった彼女が目の前で青の部屋に行かれちゃ立つ瀬もないんだろうが。
「「大人げねぇ~」」本気で、四肢を八つ裂きにしようと詠唱に「大地を統べる尊い地の統一者アスタニアよ、この者に鉄槌の地の刃を向けよ!!」それは高度なしかも、大地を統べる尊い地の「アスタニア」とはこの魔界には居ない為、上位の召喚魔法の一種と言えた。
流石に一瞬焦った顔をする青だが唱え始めたのは同時だった為、俺達はその詠唱の呪文の違いに、「お?」と「ん?」と違和感を感じた。「大地」「水」「焔」「雷」「闇」「光」他にも色々あるのだが、大体が学び舎、または師弟関係や親類から習えば、ド定番は抑える事が出来る。
「神域の精霊、優しき咎を持つ、純粋なる血族よ。
下級の下々の者でいい、我が問いに答え、調べと共に目の前の者に十字架を与えよ。
凌駕する者を、思い知らんが為に力を貸せ。」
二人は「神域の精霊」等と言う呪文も知らないし、問いかけるように変えられるような詠唱も知らない。
時に合理性や必要性などで短縮などは出来るが、詠唱などを干渉してその都度組み合わせるなんて、学び舎の教授ですら出来ない。青の前に現れた白亜の肌をした見慣れない精霊は、アスタニアと大地の刃を全部指先で触れるだけで薙ぎ払い、青を抱きかかえながら、軽々しく手をカメオに添えて、白い息を吹きかける。その息は抜けるように白く、広くて天井の高い訓練場全体を隈なく氷漬けにしてしまう。
それが十字架、すなわち、カメオを氷漬けのように委縮させてしまう、それだけでなく、本当に力を思い知らせてしまったらしい。
青はふっとその瞬間、倒れ、カメオ所長は震えて固まっている。
召喚された精霊は、青を床に恭しく降ろすと笑いながら元の世界へ帰っていく。
感情まで、そして倒れた後もアフターフォローまで忘れない、そんな召喚魔法あるはずがない。
「全くあの時のカメオ所長は見ものだったぜ」
「青も青ですけど、陰で瘴気を防ぐ魔石も、快適に過ごせるような温度調節の魔法陣も、陰で全部残してからどっか行っちゃいましたもんね。システム管理の開発魔法とか仕事は出来るんですけどね~」
「まぁ、しょうがないな、あの顔と不器用さと猫拾って来ちゃう癖がなきゃ…」
「同意です」
「しかし、カメオ所長はまだ青よりも上だったけど若かったからな。
この街に来たことで鉢合わせとかせにゃぁいいんだが…」
「ああ、カメオ所長は昇格して一応責任者になっちゃいましたからね…」
「…とりあえず、労いの酒でも誘いながら」
「青『で』久々に遊びましょう、女関係で酒が進みそうですよ?」
賭博場から階段を上がって来る青に、遠慮なく羽交い締めにする一人と、陰を踏みつけて逃げられなくするおじさん方二人が、寝床を提供する約束をするとともに、酒の肴にする話はまた今度に。
アカラサマナ嫌がらせですね、カメオ所長…(パワハラ?)ちなみにポーカー全然やらないんですけど…本当に集中してババ抜きをやったところ一番に上がり、大体のメンバーのカードの数字とマークを当てたら、返り討ちに遭いました…ダメですよ、楽しくみんなで盛り上がりましょう。出る杭は打たれるのです。