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元に戻るぜ! ピンチだぜ!

「そういや外はどうなってるんだ?」

「あ、スマホ!」


 サシミが素っ頓狂な声で応えたのを合図に俺たちは互いのスマホを取り出して交換し、一斉に電話をかけ始めた。だが、予想した通り電話は繋がらなかった。地震直後だから回線がパンクしているんだろう。すぐに俺は電話を諦めワンセグ放送に切り替え……てか俺のiPhoneだからワンセグ見れないじゃん!俺はサシミの方に視線を向けた。サシミも困惑した表情でiPhoneを握りしめて俺の顔を見つめる。クソ。かくなる上は……。


「緊急連絡電話だ!」


 俺はエレベーター内のコントロールパネルに駆け寄り、パネル下方に設置された緊急時の通信装置が収められたボックスを開き、呼び出しボタンを押した。


『はい。四菱エレベーターメンテナンスです。どうしました?』


 ワンコールで回線が繋がり、オペレーターと思しき若い男の声がスピーカーから聞こえてきた。俺はマイクに向かって話しかけた。


「エレベーター内に閉じ込められています。助けてください!」

『ちょっとお待ちください。……そこは阪急グランドビル1号エレベーターですね?』

「えぇと、どのエレベーターかは分かりませんが、阪急グランドビルです」

『停止階は何階になっていますか?26階と27階のあいだになっていませんか?』


 俺は素早く停止階を確認した。26階と27階のあいだでランプは止まっている。


「はい、そうです」

『分かりました。閉じ込められているのは何人ですか?怪我人はいますか?』

「二人だけです。怪我人はいません」

『それはよかった。ところで君は高校生?そこに一緒にいる人も高校生かな?』

「そうですけど?」

『そうか。じゃあ言っておくけど、くれぐれも自分達だけで自力でそこから脱出しようとしちゃ駄目だよ。エレベーターが急に動き出したりしたら危険だからね。救助が来るまでじっと我慢するんだ』

「あの、救助の人はどのくらいの時間で来れるんですか?」

『さぁね。こちらも大忙しでね。はっきりしたことは言えないけど5、6時間はかかるんじゃないかな?』

「あの、外の様子はどうなんですか、こっちは電波が全然つながらなくて……」

『あー。交通機関は軒並み麻痺してしまっているね。幸い死者が出たって話はまだ聞かないけど……』

「なるほど、分かりました。ありがとうございます」

『そうかい。じゃあ、必ず助けてあげるからそれまで頑張るんだよ』


 そう言ってオペレーターは通話を終了した。俺は外部と連絡が取れたことと、大きな地震だった割には人的被害が少なそうなことに胸を撫で下ろした。たぶん俺の家族も怪我くらいはしても最悪死んではいなくてきっと無事だろう。俺は安堵せずに入られなかった。なにせ阪神淡路大震災の時とか東日本大震災の時には洒落にならないくらいの多くの人たちが亡くなっているんだから、そのことを思えば怪我くらいなんてことはない。


「被害、思ったほど大きくないんだ。よかった……」


 サシミもどうやら家族のことを考えていたらしい。それぞれの家族に思いを廻らし暫し沈黙する俺たち。さて、これで家族に関する心配はとりあえず無くなった訳だが……。


「黒猫くんこれからどうしよう?」

「そうだなぁ、救助が来るまで少なくとも5時間はあるんだから、元の体に戻る方法を探すってのはどう?」

「元に戻る方法かぁ。私たちエレベーターの中で激しくぶつかりあってこうなったんだから、もう一度同じ事をしたら元に戻れるんじゃない?」

「あー、そうだねぇ。いいんじゃない?」

「じゃあ、早速……」


 突然、俺の顔をしたサシミが目の前に迫ってきた。えっ、と驚きの声を上げる間もない。いきなりサシミは、ゴンッ!と頭突きを俺に繰り出した。


「あだぁぁ!何すんだよっ!」


 額をおさえ、目尻に涙を浮かべながら抗議する俺。


「何って元に戻る為じゃない。う~ん、まだ戻らない。衝撃が足りなかったのかなぁ?」


 そう言うとサシミは再び頭突きを繰り出してきた。しかも今度は連続だ。ゴン!ゴツン!ゴゴン!ガンッ!ガツン!額と額がぶつかる度に俺の目からいくつもの星が飛び出す。傍から見れば高校生の男子が女子に暴力を振るっているようにしか見えなかっただろう。だが、今のこの瞬間、この場所にこの凶行を止めてくれる第三者はいない。俺は堪らずサシミを制した。


「さ、サシミさん。ちょ、ちょっと待ってストップ。頭が割れるから!」

「非常事態なんだから我慢して黒猫くん。それに自慢じゃないけど私の体、かなり頑丈な方だから、これぐらいのことで壊れるわけないでしょ!」

「そんなこと言われたって、痛いものは痛いんだからぁ!」

「我慢する!黒猫くん男の子でしょ!あー、まだ元に戻んない。もっと大きな衝撃が必要なのかも?」


 サシミは突然立ち上がったかと思うと、今度は俺の腕を掴んで勢いよく俺の体を床から引きはがした。嫌な予感がする。サシミは俺の腕を掴んだままグルリとその場で一回転。遠心力をつけて俺の身体をエレベーターの壁に向かってブン投げた。俺はプロレスのことなんて全然詳しくないから良く分からないけど、たぶんこれはアレだ。プロレス選手が対戦相手をロープに向かってブン投げて跳ね返ってきたところに何かアレする様式美的なアレだ。


「うわぁぁあぁぁぁ!!」


 スロー再生みたいな速度でゆくり壁が迫ってくる中で俺は思った。俺はとんだ思い違いをしていたのだ。サシミは決して清楚なお嬢様キャラなんかじゃない。見た目に反してその内実はとんだお転婆じゃじゃ馬キャラだったのだ!きっと男兄弟とかがいて、兄弟がプロレスごっことかして遊んでいるのを見ながら育ってきたんだ!などと考えているうちに目の前に壁が迫り派手な音を立てて俺は激突。跳ね返されたところをさらにサシミの狙いすました頭突きが炸裂した!


「ぎゃぁぁああぁぁぁ!!」


 ド派手に除夜の鐘がゴ~ン!と響き渡った。頭の中で。大晦日でもないのに。そんでもって天神祭りの大花火がドババ~ン!と目から盛大に打ち上げられた。7月25日でもないのに。そんで床にぶっ倒れる俺。……うぅ、でも生きてる。サシミの体ってホント頑丈なんだなぁ、とか考えながらサシミに目を遣ると、サシミも額をおさえてうずくまっていた。さっきのは向こうもかなり痛かったみたいだ。


「うそ~。まだ元に戻ってない。今のはかなり効いたよぉ~?」


 手で額をさすりながら落胆するサシミ。はっきり言って俺の体は頑丈でも何でもない。趣味が音楽でベース弾いてるって時点でお察しだ。特に運動を嫌っている訳じゃないんだけど、ラグビーとか柔道みたいな直接ぶつかり合うような激しい競技は大嫌いだ。だからこういう乱暴なのはやめてもらいたいんだけどとか考えていたら、突然けたたましくブザー音が鳴り響いた。コントロールパネルの呼び出しボタンが点滅している。サシミがよろよろと立ち上がりボタンを押した。


『エレベーターが異常な振動を検知したが大丈夫か!?』


 さっきと同じ若い男性オペレーターの声が聞こえてきた。床に転がっている俺に代わって今度はサシミが応えた。


「だ、大丈夫です。ちょっと遊んでて揺れただけです」

『なにぃ!遊んでいただとぅ!この非常時にふざけるのもいいかげんにしろ!』

「す、すいません」

『本当は自力で脱出しようとしていたんじゃないのか!?』

「違うんです!本当に遊んでいただけなんです!」

『まったく君たちは、今、自分たちが置かれている状況を理解しているのか?』

「すいません。ごめんなさい。もう遊んだりしませんから!」

『とにかく、命にかかわるから余計なことはするな!分かったな!』


 そう言うとオペレーターは一方的に通話を終了させた。つーか、完全に怒らせてしまった。あぁ、悪気は無かったんですオペレーターさんごめんなさい。


「怒られちゃったね」


 サシミはバツが悪そうに笑って見せた。


「しかたない。この方法はやめにして別の方法を考えようぜ。」

「そうだね。あ~、運動したらお腹空いちゃった。黒猫くんはお腹空かない?」

「そういえば、ちょっと空いたかも?」


 俺はスマホで時間を確認した。もう少しで午後7時。成る程、お腹が空いても仕方がないよな。


「私の鞄の中にポッキーがあるから一緒に食べよ、黒猫くん?」


 俺とサシミは一箱のポッキーとペットボトルに残った午後ティーを仲良く分け合った。その後は、元の体に戻れないまま救出されたときのことを考えてお互いの情報を交換し合った。家族のこととか学校のこととか、友人関係のこととか、保育園や小中学校時代の思い出話とか……。自分のことを他人にこんなに話したのは生まれて初めてのことだった。しかも、その相手はほんの数時間前まではまったく知らない他人だった人物にだ。最初はそれこそ入れ替わった状態で生活する為に必要な情報交換って感じだったのに、時間が経つにつれてそれはまるで恋人同士のとりとめもないおしゃべりって感じに変化していった。俺は胸が熱くなるのを感じた。


 お互い夢中でしゃべり続けて二時間あまりたった頃、俺はサシミのある異変に気がついた。サシミはさっきから頻繁に足を組替えたりして妙にそわそわして落ち着きが無いのだ。


「サシミ、さっきからどうしたの?」

「あのさぁ、救助ってまだ来ないのかな?」


 俺はまたスマホで時間を確認する。


「まだ3時間くらいかかると思うよ。それがどうかした?」

「私、トイレに行きたくなっちゃったんだけど……」

「えっ!」


 俺は絶句した。そうだ、俺たちは重大な問題を見落としていた。不幸にも何も無いエレベーターの中に閉じ込められて万一トイレに行きたくなったらどうすればいいのか?


「それって大?小?我慢できる?」

「……小。さっきからずっと我慢してる」

「救助がくるまで持ち堪えられそう?」

「あと30分くらいなら何とかなりそうだけど、3時間なんて……とても無理」


 よく見るとサシミの顔は尿意をこらえるので必死なのか汗でびっしょり濡れていた。最悪だと思った。高校生にもなっておもらしだなんて失態は何としても避けなければならない。いや、漏らすのは俺じゃなくてサシミなんだけど、でも体は高校生の黒猫大和なわけで、結局、俺がおもらしするのと大差ない訳で……。


「黒猫くん、助けて……」


 サシミが悲痛な声をあげた。

次の掲載予定は2017年07月13日19時。たぶん次で終わります。


訂正。2017年07月14日19時でした。失礼しました。

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