プロローグ 運命のエレベーター
事実は小説より奇なり。
この格言を俺は人間の想像力の限界について端的に表現した格言だと認識している。要するにだ。俺たちが生きているこの現実は時として俺たちの想像力を遥かに上回るようなとんでもない事態を引き起こしてくれるってことだ。
例えばチリで発生した地震による津波が地球の真裏にある日本にまで到達して被害をもたらしたり……、巨大隕石の衝突によって巻き上げられた粒子が日光を遮り、地球が氷河期に突入。結果、それまで栄えていた恐竜が絶滅したり……。
つまり、これらの現象は現実からすれば十分に起こり得る範囲内の現象なんだけど、俺たち人間の想像力があまりにも低すぎる為にそれが異常な事態のように思えてしまうのだ。
しかし、逆に考えれば、予想外のことが起こってパニックに陥りたくなければ「こんなこと起こるはずがない」なんて予断を持たずに「どんなことでも起こり得るのだ」とド~ンと構えていればいいのだ。そうすれば常に目の前にある現実を有りの儘に受け止めることができる。俺はそう自分に言い聞かせて小学生の頃から高校生に至るこれまでの人生を歩んできたのだ。
だが……、しかし……、今、俺の身の上に起こっている事態は……、俺の想像力を遥かに……、超えていた……!!
事件が起こったのは今を遡ること6時間と52分前。大阪は梅田にある阪急グランドビルの1階エレベーターホールに俺はいた。この阪急グランドビルの30階には俺がいつも頼りにしている楽器屋が入っていて、この日俺は調整に出していた愛用のベースを受け取るべく学校帰りに立ち寄ったのだ。
……で、このビルには6基の高速エレベーターが設置されているのだが、いつ来てもエレベーターがなかなか来ないのだ。まぁ、100メートル以上もの距離をエレベーターの籠が昇ったり降りたりをしているのだから当然といえば当然なのだろうけど、毎度毎度待たされるのでちょっとイライラする。そんなことでフロアを睨みながら6基のエレベーターの内どれが一番速く一階に到着するか目を光らせていた。……待つこと暫し。一基のエレベーターが到着た。ドアのオープンと同時に中からOLやらおばさんやらの集団が吐き出される。全ての人間が吐き出されたのを確認すると入れ替わりで素早く中に乗り込む俺。目的の楽器店のある30階のボタンを押して『閉』のボタンを押す。ゆっくりとドアが閉まり始める。…と、その時、制服姿の女子がこちらに向かって走ってくるのが見えた。俺はあわてて開閉ボタンを操作し、その女子を中に入れてやった。俺に軽く会釈する女子。今度こそドアは閉まり、エレベーターは唸り声を上げながら遥か上階を目指して上昇を開始した。
これが俺たちの人生を狂わせた運命のエレベーターだった。
俺はこのエレベーターに乗る度にいつも不思議な気分になる。というのは、目的の30階に到着するまで時間にすれば40秒ほどの間だが、まったく面識の無い人間と密室に閉じ込められることになる。だから、どこか落ち着かない少し不安な気持ちになるのだ。この時も、一緒に乗り合わせた女子との間に会話は無く、お互い目も合わせない。密室で二人。お互いがお互いの存在を無視するかのように振る舞い、この不安な時間から開放されることを祈っていた。
室内の階表示が25階を越えて目的の階に近づいた時、突然足元からドンッ!と凄まじい衝撃が俺を襲った。瞬間、俺の身体は宙に浮き上がり、天井にしたたかに頭をぶつけ、ドサッ!と激しく床に叩き落とされた。直後、ドドドドドドドッ!とエレベーターは恐ろしい音を立てて横に揺れ始めた。
「地震だ!」
俺は叫んだ。同時に天井の照明が消え、室内は真っ暗になった。
「きゃぁぁああぁぁぁ!!」
俺の隣に倒れていた女子が室内に響き渡る悲鳴をあげた。それは本当に生きた心地もしない身も凍るような恐怖の時間だった。横揺れはさらに酷くなり、俺たちの身体は凄まじい力に翻弄され狭い室内の壁に何度もぶち当たっては跳ね飛ばされた。何度も何度も壁にブチ当てられているうちに意識が朦朧としだし――、
――やがて俺たちは気を失った。
お初にお目にかかります。fun9です。
本作、サブタイトルがプロローグとなっていますが、ぶっちゃけ本編も短いので過度な期待はしないでくださいね。作品自体はもう完成しているので、明日にでも続きを投稿したいと考えています。
掲載予定日 2017年07月12日 19時 です。