イモハミ婆さんの最期
これまで読んで頂いてありがとうございました。
知らせを受けてワシは、最前線から王宮に文字通り飛んで帰った。まあ、王宮とは言っても、掘立小屋の集合に過ぎないんだが。
大恩あるイモハミ婆さんの最期に遅れる訳にはいかない。
到着したワシの着替えを王妃であるアマカゼに手伝って貰いながら、状況を確認した。
「なんとか、ギリギリ間に合った感じです。出征中の方々以外は、既に家族の皆さんが集まっています」
「そうか、兎に角、大師邸に急ごう」
別に、前世の律令制国家にする気は無いので、前世とは意味内容は全然違う。ここでの大師は、ワシがイモハミ婆さんに押し付けた尊称だ。
皆の前で、『大師は、真に必要と判断した時、王を廃する権能を持つ。王より偉い大事な役目だ。』などと大仰に宣言したが、まあ何だ、本音は皆んな解っている。
歳を取って身体が弱ったイモハミ婆さんに、王宮より更に居心地の良い小屋を贈りたかっただけだ。ここの建築技術はまだまだ低すぎる。
ワシは寝室に入り、イモハミ婆さんの枕元に膝をついた。
「イモハミ婆さん、タツヤです。声が聞こえますか」
「タツヤか、遅かったじゃないか。ババを何処まで扱き使うつもりだい。でも、良かった。タツヤに確認したい事がある。ババの聖約は、果たされたんじゃろうか。それが気にかかる。死んでも死に切れない」
ブナカゼさんから、イモハミ婆さんが抱える根源的な恐怖を聞いている。心配する必要など何も無いのに。
「何度も言ったけど、神託を怠けて神罰が下る事はあり得ないんだ。神託は、遠い未来を見通して、違反があり得ない者に下る物なんだ。
だから、何も心配する必要ないよ。
イモハミ婆さんの家族は、これからも益々繁栄するよ」
「しかし、それは普通の場合のことじゃろ。本当はどうなんだい」
「皆、今からの話は厳秘だ。
イモハミ婆さん。実は、直接確認済みだよ。『そのような思いをさせてしまったのか』と神々も困惑していた。本当に安心してよいよ」
「……あはは、乙女を脅かすんじゃないよ(^_-) 仮に、嘘だとしても安心できるね。安心して懐かしい友達に会いに行けるね。そうだ、タツヤ、私のひ孫、玄孫の中で最も魔術の才能が高い女の子は誰だい。安心したら、急に欲が出たよ。出来れば、誰かに私の名を継いで欲しい」
イキナリだなとは、思うけど、イモハミ婆さんの最期の望みだ。ワシは、周りを見渡した。
「やはり、スミレ坂とカニハミさんの血を引く娘が、有利だね。今いる中では、5歳のウタちゃんが最も高い才能を持つよ」
「そうかい、ウタちゃん。こっちにおいで、ババの最期の望みを聞いて。命名の儀を迎えたら、イモハミと名乗り、出来るだけ多くの人を癒す呪術士になっておくれ」
「うん。わかった。わたし約束守るから、おばあちゃんも元気になってね」
「優しい子だね。心がポカポカするよ。眠くなってきた。病気を治すために、少し眠るよ」
鑑定持ちのワシにとって、この瞬間は、何度見てもどんな事情であっても心を抉られる。この世界には死後の世界も輪廻も魂魄すら無い。そう確証してしまうから。奴らが捻じ曲げて、魂の無い世界を作ったのか、元々存在しないものなのか、ワシには判らないが……心が凍り付く。
しかし、天国が無いなら……なおさら、これだけの偉業をなして、これだけの人に惜しまれるイモハミ婆さんの人生を時の無常に埋もれさせて良いはずはない。イモハミ婆さんの偉業は、ワシの懲役が終わってからも永遠に残さねばならぬ性質のものだ。
「王、臨終です。大師は身罷れました。偉大な魂は天国で新たな生までの一時の休息を得ます」
「そうだな。だが、しばらくはここで婆さんの事を想っていたい。決して忘れぬよう。此処に居させてくれ」
「畏まりました。では、雑事がありますので、失礼いたします」
テンヤさん位に大臣が似合う人は他にいないな。しばらくは、ブナカゼさんとテンヤさんの持ち回りで問題ないだろう。今回は、喪主を務めねばならぬブナカゼさんの分も働いて貰わねば。
何にせよ。一つの時代の区切りだ。ワシの大師を務められる者はもう居ない。ワシは、後見なしでワシの国を背負わねばならん。でも、今はイモハミ婆さんの事を想っていて良いだろう。
熊村のイモハミ(通称、イモハミ婆さん)
ハテソラ暦前63年熊村に生誕、ハテソラ暦12年10月18日没
没後、国母と諡される。
熊村長夫人兼呪術士、七村連合議長、北部大連合議長、神聖太宰王国大師を歴任する。
17歳の熊村の戦いの時、自身瀕死の重傷の中、生涯を通じた努力を聖約し、治癒術を取得する。その後、村長になった夫と共に熊村の再建にあたる。また、盟友であるトンビ村のユウナギ、カラス村のホシカミの女性3人で、地方全体の存続に尽力する。
その最大の功績は、治癒術士の育成に努めた事である。イモハミ婆さんが、長年に渡り築き上げた基盤を使って、神聖太宰王国が建国されたのは衆目の一致するところである。
献身的に強い意志で人々の治癒を生涯続けた。また、好んで危険な役目を志願する勇敢な面もあった。生涯に8回の大戦において、最前線での救命に当たったという。
58歳の時、次女のクサハミと伴に、初代タツヤ王を見出し、その後見を務める。
62歳以降、タツヤ王を指導しながら、妖魔への反攻を次々深化させる。伝説のお見合連合から七村連合を成立させ、タツヤ王を中核とする戦闘方法を確立させた。そして、それまでに培った人脈を使って、シカ村の大戦に向けて大連合を成立させた。
63歳の時、自ら籠城戦に参加したシカ村の大戦で、圧倒的な大勝利を収め、その余韻でもって自らが議長を務める北部大連合を成立させた。
その後も、様々な難題に取り組みながら、連合を成長させ、ついに初代タツヤ王の成人と同時に神聖太宰王国を建国し、最初で最後の大師に就任した。
建国後は、訪れる多くの客の相談に乗ることで、初代王の治世を確実にすることに尽力した。
没後、タツヤ王より、国の母体を作ったとして国母と諡される。
伝記としては、孫娘のハナハミ、シオハミが共同で取りまとめた、「イモハミ婆さんの思い出」が有名である。




