大戦大勝利の果実
6月16日の夕刻、掃討戦を終え、戦士達はシカ村に帰還した。クジラ村に待機していた治癒術士達も集結している。戦死した3名の勇者に全員で戦勝の報告をした後で、シカ村長他幹部達による演説が始まった。
だが、様子がおかしい。戦士達がヒートアップしていく、何か連合という言葉に反応しているようだ。
演説は、キバヤリさんの番になった。しかし、キバヤリさんは、演説では無く、短い扇動を行った。
「皆の気持ちは良く判った。妖魔への歴史的大反攻を行うためには、此処に居るイモハミ婆さんを議長にした、大連合が必要だ。賛同する者は、各々の村々の説得にあたって欲しい。何か意見のある者は居るか?」
「「「大連合」」」「「「恒久連合」」」「「「イモハミ連合」」」「「「北部大連合」」」
てんでバラバラながら、凄まじい大歓声が挙がっている。ワシは、思わず隣に居るイモハミ婆さんを見つめてしまった。
「タツヤは、殆ど居なかったから、気付かなかっただろうけど、何人もの男が精力的に扇動していたんだよ。ババは、逆らうのは愚かと判っているから、諦めている。だけど、タツヤは何か言いたいことがあれば言えば良いよ。タツヤやヒノカワなら、拒否権を発動できるだろう」
そこにふらりと、ブナカゼ村長が近づいて来た。
「七村の利益は私らが確実に確保するから、タツヤが気に病む必要は無い。任せてくれ。鉄の独占権も拘る必要は無い。
この際、最も重要な利益は、巨大な援軍を確保出来る枠組みだ。どの村長、どの村人に聞いても答えは明らかだ。だから、七村の事を想うならこの話に乗って欲しい。
そうだなぁ。敢えて欲を言えば、新しい神託があったら、真っ先に声を掛けて欲しい。そうすれば、大連合内でも更に豊かになれるだろう」
若しかして、扇動していた男の一人はブナカゼ村長なの!
「でも、ブナカゼさん、この大戦を契機に、イモハミ婆さんがのんびり過ごせるようにしたい。そう言っていたよね。大連合の議長なんって激務をさせて不満じゃないの?」
「無論、雑事は私や他の者が頑張って、母さんは座っていれば良い。そういう風にするさ」
「いや、巨大な組織の責任者なんって、座っているだけで心労が祟る大変な役目だよ。簡単に出来るような事じゃない。大変な努力が必要だよ」
「逆らうのは愚かと判っていると言っただろ。どんな苦難な役目も引き受けるのが、生涯を通じた努力を聖約したババの天命だろうて」
イモハミ婆さんが、何も気負わない自然体でそう言った。そうなんだ。イモハミ婆さんは全て覚悟の上なんだ。それなら、このチャンスを確実にするため、好意に甘えよう。
「それなら、イモハミ婆さんは、出来るだけ健康に長生きして。この今から作る大連合をしっかりしたものにするには、長い年月が必要になる。出来るだけ長生きして、時間を稼いで欲しい。代替わりは、連合が崩壊する一つのキッカケになってしまうのだから」
「……それが、新たな神託なの……いや、詮索は止めよう。
もちろんさ、玄孫を見て、成長を愛でる為にも元気にするさ」
何か、意味不明な事を呟いたな。まあ、良いか。元気に年を取る気持ちになってくれれば万々歳さ。ワシも、何か言った方が良いか……少し水を差した方が良いな。ワシも戦士達に語りかけた。
「皆、ありがとう。今回の大戦の大勝利と次からの大戦への決意、しっかり受け止めた。ワシは、安心した。これで、一人で抱えていた秘密の悩みを吐露出来る」
皆、何を言い出すのだろうと騒ぐのを止めて、ワシに注目している。
「ワシが受けた神託の本質は『世界を救う』だ。聞いた者もあるだろう。だけど、今までその本当の意味は曖昧にせざる得なかった。あまりに高い壁に、絶望が広がる可能性があるから。だけど、今のこの勢いなら、どれほど果てしない壁であろうと必ず勝ち取れると信じている。そうだろう皆」
「「……「「うぉぉぉぉぉぉぉ」」……」」、「「我らに不可能はない」」、「「妖魔など皆皆々殺しだ」」
「ワシが、神託を受けた時、神々に告げられた。『放置すれば人は滅びる』と
そのため、ワシに多数の力を与える事にしたのだと。ワシの神託『世界を救う』の本質は、『妖魔に人が滅ぼされるのを阻止する。』だ」
流石に、不吉すぎる言葉に沈黙が広がった。
「滅びを防ぐためには、もっともっと闘い、もっともっと妖魔を殲滅しなければならない。
しかも、この島の妖魔を皆殺しにしても、解決にならない。隣接する島で、人が滅びれば、何れ妖魔の大群が、この島に攻め込むようになるから。知りえる範囲の全てで、妖魔に勝利し続けるのが唯一の解決策だ。
果てしなく、絶望的な壁だ。今この瞬間までは、ワシもそう思っていた。しかし、皆の熱い決意を観て解った。必ず達成出来る。そうだろう、皆んな」
「「妖魔は皆殺しだ」」「大戦、勝利、大勝利」「ワシらなら出来る」
流石に、絶句した者も多いな。歓声が減った。
「ワシらなら、怯える必要は無い。
単に、毎年大戦に大勝利すれば良いだけ。勝つたびに、ワシらは格段に強くなる。
だから、ワシらなら必ず出来る!」
「「うぉぉぉぉぉぉぉ」」、「「ヤケクソに殺ってやる」」、「「恨みを晴らしてやる」」
「僕の話も聞いて欲しい!」
リュウエンさんだ。何だろう?
「僕に、闘う機会を与えてくれ。大連合の端から端まで、100の何倍もの殲滅戦に参加させてくれ。休む間も無く闘い続ける機会が欲しい」
∑(゜Д゜) 何なんだ、皆が唖然としている。
「妖魔を殺せば殺すほど、魔術士は強くなる。タツヤ君によると、弓や忍び足も上手くなるそうだから、戦士だって同じなんだろう。
僕は、この大戦で喪った勇者の仇を討つため、ガマの闘いでの屈辱を晴らすため、強くなりたい。戦いに戦いを重ね、妖魔を皆皆々殺しにして、何時かタツヤ君やヒノカワ様みたいに強くなりたい。
喪った者の仇を討ちたい。怯えさせられた屈辱を晴らしたい。その気持ちは判ってくれるだろ。皆」
「「……「「うぉぉぉぉぉぉぉ」」……」」、「「……「「皆皆々殺しだ」」……」」、「「……「「仇を討って討って討ちまくってやる」」……」」、「「村を返せ!!」」、「「父さんの仇だ!!」」、「「何度死んでも、殺してやる」」
会場は、今までに無いほど、沸騰してしまった。爆発寸前にしか見えない。ドロドロした憎悪のマグマが目に見えるような気がする。怖いよ~(T_T)
その日は、そのまま大宴会になだれ込んで、激しくカオスな状況になった。『熊と同居している気分』を体感できたよ。
だが、今ではこれも良い思い出だ。この日の興奮により、北部大連合が成立したのだから、最初の大戦の戦果としては、望むべくもない破格の成果だ。
ワシの国を作るのは、まだ先だが、それに向けて第一歩を踏み出せた。3000年の懲役の最初の一ページをめくる事が出来たのだ。
読んで頂いてありがとうございます。最後のエピローグは、今日中に投稿する予定です。




