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閑話 シカ村の攻防

 6月13日の朝、妖魔王は飢で起きた。生意気にも、小癪な襲撃を繰り返す人間どもへの怒りを抱えながら。


 飢えを癒すため、小鬼を一匹貪った後、「あちらに獲物が沢山居る。今日中に飯にありつくぞ!」と叫んで移動を開始した。


 ◇


 朝、タツヤ君、ヒノカワ様と一緒にいると、突然二人の気配が変わった。そして、ヒノカワ様が『動き始めた。それでは予定通り行こうか。そこの君、敵が動き始めたって伝令よろしくね』と呟くのを聞いた。弾かれたように3人の若衆が走っていった。


 始まったのか。さて、僕も任務を果たそう。火弾で大鬼を削る。無力だったガマ村の闘いの屈辱を晴らして見せる。


 才能を見出されて、ロン様から続く系譜を継ぐ者として、養子に取り立てて貰ったのに……あの時は戦が終わってからノコノコ治癒に向かうしかなかった。

 命名の儀での誓い『いつか、大戦に勝利出来る大魔術士になる』それを穢された屈辱は、決して忘れない。


 暫くして、妖魔の軍勢が南から近づいてきた。統制も隊列もありはしない。防壁上の戦士が激しく弓矢で攻撃を開始した。妖魔らは、矢で打ちのめされたまま、堀の外の逆茂木の撤去を開始する。一応は、弓や魔術での反撃はあるが、大したことは無い。妖魔の魔術ごときでは、胸壁は貫通できない。


 そう、ロン様が残してくれた防壁は完璧だ。フブキ様はロン様の盟友だったと聞いていたので、タツヤ君から事情を聞いた時は驚いたけど……イヤ良い。今考える事じゃ無い。


 見ている間に魔力が切れたのか、魔術での攻撃は、ほとんど無くなった。

 逆茂木が撤去され奴らは掘りを渡り始めた。だが、臭いのを我慢して、掘りには大量の汚物を流しておいた。さぞや傷口に染みるだろう。腐ってしまえ。

 見つけた。必中の距離に近づいた大鬼を見つけ、僕は火弾を放った。命中、即死だ。周りの小鬼に延焼して踊り狂っている。いい気味だ。


 あ、タツヤ君とヒノカワ様が、突撃を開始した。凄まじい。あれが、大魔術士の本気なのか、妬むとかの次元じゃない。妖魔王すら、瞬殺なんだ。

 火の如く侵攻し風のように去る。芸術的だ。殆どの者は、何が起きたか理解出来ないだろう。特訓に10日も掛かるのも納得だ。兎に角、今は目の前の敵を始末しよう。

「妖魔王は倒された‼ 最早、勝利は確実だ‼ 勇者よ、今こそ長年の恨みを晴らす時だ‼」

 柄じゃないけど、叫んでみる。雄叫びは、彼方此方から延々と続いていく。


 本来妬む所では無いが、才能の差が歴然としている。出会った時から、タツヤ君との差が開くばかりだ。でも、今でも誓いを捨てたわけじゃない。何十年掛けても、泥を啜って石に齧りついてでも、いつかあの領域に到達してみせる。その為には、もっともっと沢山妖魔を刈らねばならない。でも、シカ村の周りには……もう居なくなるだろう。


 もっと闘うためには、他村の繁殖地を殲滅する口実が欲しい。それには、恒久的大連合しかない。大連合を作って、どんどん加盟する村を増やす。そうすれば、僕が闘う機会は幾らでも作れるだろう。何とか、戦士達を扇動して、世論を築き上げよう。色々な理由で大連合を唱えている者はいる。七村連合のブナカゼさんやキバヤリさんも『優先権は主張させて貰うがな』とまんざらでも無い様だ。何より、遠くて加盟しえるはずの無いヒノカワ様すら、好意的だ。


 無論、他所事を考えているだけじゃない。任務も次々果たしている。だが、大鬼を8匹始末した時に、魔力の限界が来た。悔しい。まあ、大鬼は粗方始末したか。僕は、予定通り、魔力切れの合図を出して、後退する事にした。寝ることも作戦の内、それは納得できるが、忸怩たる思いがある。


 防壁を降りた時、門の方向で火炎が上がるのが見えた。リュウセツ祖母様による、門の奪回作戦が開始されたか。堀に落ちた死体に火を付けて、火の勢いで撃退する予定だ。上手くいけば良いのだが……歓声が聞こえる。敵が引き始めたのだろう。


 寝る前に治癒小屋に向かう。やはり、何人か戦死者が出たか。寝るのは黙祷をささげてからだ。


 おじいちゃん? おじいちゃんも戦死したのか。滅びた村から母さんを含む女子供を連れて脱出して、ずっとずっと妖魔への憎しみを抱えていた。だけど、タツハナ母上の養子になった後も、気難しい顔ながら僕の事は可愛がってくれた。もう60を超えていたはずだな。


「リュウエンさんかい。あんたの実のお爺さんだったね。済まん事をしたが、堪えてくれ。

 老人の救命は魔力が掛かり過ぎる。若者を優先するために、あんたの肉親を見殺しにしてしまった。

 非道な話じゃが、勝つためじゃ。どうか堪えてくれ」


 そういえば、そういう方針だったな。念押しされた上で、更に前線に出る事に強く拘ったんだった。よく見ると、戦死者は、皆『真の決死部隊』志願者だな。誘引するための贄にするため、極秘に老人から志願者を募ったんだ。妖魔王の偵察を終えて帰還したヒノカワ様が『確実にシカ村が戦場になる』と断言し、タツヤ君が血まみれになりながら挑発を繰り返した事で、無意味になったが、皆死に場所を求めていたんだったな。


「イモハミ(ババ)様、頭を上げてください。おじいちゃんは、『それでも、一矢報いたい』と覚悟して志願しました。勝利して彼らの慰霊としましょう」


「ところで戦況はどうだい。ババの魔力もかなり減っている。もし、戦況が悪いようだったら、もう一段非道な手を使わざる得ない。復帰可能な者を優先して、重傷者を見殺しにする」


 イモハミ(ババ)様が、小声で囁いた。声が震えている。どれほど苦渋の提案なのだろう。僕は、皆にも安心してもらうため、大声で応えた。


「誰も、伝令に来なかったのかい。酷い落ち度だな。確かに、見た通り此方の被害も酷いが、敵の打撃はもっと大きい。妖魔王も倒されたし、大鬼も粗方倒した。既に、敵の半分以上は、倒した。

 ケガをした方は、ゆっくり傷を癒してください。今防壁に居る者だけで、余裕で、奴らを皆殺しに出来ます。

 そういえば、此処の人手が足りませんね。防壁に居るものの内、女性と老人は、此方に回しましょう」


 そして、伝令を飛ばした後で、僕は魔力回復の眠りについた。


 しばしの眠りの後、僕は防壁に戻った。敵は、矢の射程からも遠ざかっている。完全に小康状態だ。いや、敵も魔力を溜めているのかも知れない。まあ良い。僕は、瞑想状態で待機だ。戦士達も交代で休憩と食事を取っている。


 夕方頃、敵に動きがある。しかし、かなり少数だ。弓矢の集中攻撃であっさり撃退した。その混乱の中で、僕は、護衛の火矢を使って魔術小鬼3匹の狙撃に成功した。これで、敵に魔術持ちは居なくなった。


 夜も、散発的に少数での襲撃があったが、正直脅威でも何でも無い。朝の軍議で、打って出る事が議題に上がった。皆、殺す気満々だ。


「タツヤ君が、徹底的な手を打ったのは少しでも戦死者を減らすためだ。計画通り、後詰を待って殲滅戦に移るべきだ」


「しかし、それでは日数が掛かり過ぎる。武功に焦って早駆する者が出かねない」


「それでは、明後日反撃に出る事にしよう。後詰は敵を混乱させる程度で十分です。ただ、一匹も逃さぬ為には、足の速い者が多数必要だ。高揚を掛けれる明後日まで待つべきだ。多数を打ち漏らしたら、人の領域の奪還を信じて戦死した者に申し訳が立たない」


 この意見に反論できる者はおらず、方針はすんなり決まった。


 昼頃、再度まとまった襲撃があった。結構、組織的だな。何かあったか? 遠視を飛ばして、敵の陣営を見ると、大鬼が居る。何故? 倒したはずなのに。そっか、周りに骨が散らばっているという事は、共喰いで進化してしまったのか。

 しかし、鬱陶しいな。タツヤ君をまねて超遠距離攻撃をするか。……一応、成功した。しかし、疲労が酷くて、気分が悪い。彼は、こんな事を連発で出来るのか‼ いや、羨むのは止めよう。


 散発的な襲撃と撃退が繰り替えされている間に、二日過ぎた。その間に、負傷者も次々と復帰している。救命対応と戦士の復帰の両方に対応できるほど、魔力の余裕も出ているためだ。正直言うと、シカ村にいる戦力だけで余裕で殲滅しえるだろう。まあ、明日は殲滅戦だ。辛抱するのは、後少しだ。

 日没後の軍議の時に、イモハミ(ババ)様が発言した。


「タツヤが呪いを克服したそうだ。明日朝、援軍に来る。これで全員に高揚を掛ける事が出来る。完全に詰みじゃな」


次が第一篇の最終話です。その後、エピローグがあります。

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