妖魔王の誕生
気合を入れたが、翌日はあいにくの雨だった。
6月9日の朝、ヒノカワ様と二人で標的から5㎞離れた空き地に到着した。ここで息を整えてから、作戦開始だ。
飛行開始、こずえの直ぐ上まで上昇し、一気にトップスピードで狙撃地点まで飛ぶ。5分程度で狙撃地点だ。
狙撃地点周りに小鬼2と大鬼1の部隊が居る。空中からの連続攻撃で始末する、した。
地上まで降下、直感の探知範囲ギリギリで騒めきを感じる。ワシの魔力に気づかれたようだ。だが、まだ方向は特定出来ていないようだ。動き出す気配はない。
最大威力の魔力矢を放つ。ただ、こんな距離だと着弾まで一分以上掛かる。矢の速度は200㎞/h程度はあるはずなのだが……ww 本来、矢の速度で500mも飛ぶはずなかろうがw 何時もの事だが、思考のポイントがずれている。はしゃいでしまっているのだろうか。
繁殖地が見えた瞬間、小鬼がワシの視点を指さして叫んでいる。あれが、魔術小鬼なのだろう。だが、此方も名前付きの位置は把握した。逃がしはせぬ。
名前付きが闇雲に走り出した。矢の操作に集中が必要だ。頭が痛くなる。
芯は外したが、左腰当たりにカスった。上半身はまだピクピク動いているが……腹より下はグチャグチャだ。あの状態で助かる訳はないだろう。
イカンイカン、何も考えずに退避せねば、既に群れが動き始めている。
こずえの上に上昇、う、疲労が酷い。兎に角、移動だ。
トラウマで怖いが、飛行しながら疲労回復を掛ける。成功した。
そして、ヒノカワ様が待つ。空き地に到着した。
「おめでとう。名前付きは消えたよ。作戦は成功だね。では、さっさと距離を稼いで追撃をあきらめさせよう。丁度、お腹も空いたことだし、シカ村まで移動してお昼を取ろうか」
シカ村に着いて、ヒノカワ様に連れられて、イモハミ婆さんのところに行った。
「ヒノカワが来るとは珍しいものじゃ。もしかして、乙女の魅力に引き寄せられたのかい(^_-) 」
「そうだと言ったら、旦那に操を捧げていると返すんでしょw 時間が無いから、乙女ジョークは一昨日にしよう。
明日か、明後日には、妖魔王が誕生すると思う」
イモハミ婆さんが、一瞬にして表情を変えた。
「直ぐに、言霊と伝令を飛ばす。狼煙台でも連絡させよう。まだ合流していない部隊には、夜通し駆けてでも、明日の朝までに来るように指示を出す」
イモハミ婆さんが話している間にも、周りの者は動き出している。直ぐに伝令の若い男の子達が集まって来た。
側に居たブナカゼ村長が、伝言を整理して、次々指示を出している。イモハミ婆さんは、言霊の宿り木から、スミレ坂達に言霊を飛ばしている。
「一段落したら、腹ごしらえがしたいな。昼からはタツヤ君と偵察をしたいので。
まあ、心配する必要はないよ。どう考えても、完璧な必勝の体制じゃないか。ここまで有利な条件を揃えた大戦は、僕も始めてだよ」
ヒノカワ様があえてノンビリした口調で言った。余裕を見せるのも重要だな。
◇
昼食後、ヒノカワ様とシカ村から飛び立った。無論、偵察なんて嘘だ。少しでも、ヤバイ奴を減らすのが目的だ。
「次は、何を刈るつもりだい?」
「魔術持ちは、殺りにくい。ボス大鬼か弓持大鬼だが、戦死者を減らす意味では、弓持大鬼を先に削った方がよいだろう」
「午後だけで、三ケ所も廻るのは勘弁してくれよ。今日は、あと2か所だけにしよう」
確かに、欲張り過ぎだな。ヒノカワ様のサポートを受けながら、翌日の昼過ぎまでに、4回の襲撃を成功させ、矢持大鬼3匹とボス大鬼3匹を始末することに成功した。
ワシの計算では、敵の総戦力は現時点で次のようになっている。
・名前付きボス大鬼×1
・ボス大鬼×0
・矢持大鬼×0
・槍持大鬼×4
・斧持大鬼×4
・その他大鬼×10
・魔術持小鬼×5
・矢持小鬼×35
・槍持小鬼×60
・斧持小鬼×60
・その他小鬼×80
ヒノカワ様が突然、目を瞑って天を仰いだ。
「妖魔王が誕生したようだね。そう遠くないし、タツヤ君の鑑定が効くか確認しに行こう」
急いで、遠視の射程ギリギリまで接近して妖魔王を観た。
普通の大鬼に比べ遥かに大きく、身長が3m以上はある。肌は、虹色に輝いており、角も3つある。更には、額にも目がある。恐ろしく尻尾が長い、10mはあるな。
此方を見た。愚鈍な鬼に似ず、目に冷たい知性を感じる。
分析は後回しにしてさっさと後退しよう。
退避の飛行の最中にヒノカワ様が聞いてきた。
「どうだい何か判ったかい」
「魔術と毒を持っている。尻尾が長かったが、実はもっと伸ばせるようだ。生意気にも演説の技能を持っている。飛行の魔術は無い様だ。無限再生? ちまちま痛めつけている間に回復してしまうってことか。周辺情報把握(魔力器官持)……何だこれは…魔力器官を持つ生き物の分布を把握できる? 地域情報把握よりは、範囲は狭いが…人間の分布を把握してしまうってことか。
うん、黄泉路からの呪い? 死んだ時に、相手に呪いを掛ける? どういう意味なんだろう」
「多分、一番厄介な特殊能力だね。僕もそれで死に掛けた事があるし、ユウナギさんが戦死したガマ村の大戦やフブキ様の戦死理由は多分それなんだと思う」
「どんな能力なんだ」
「妖魔王にトドメを刺した相手を身動き出来るギリギリまで傷つけた上に、魔力を徐々に奪っていく呪いだよ。この呪いだけで命を奪われる事は無いけど、僕レベルの大魔術士でも無力化されてしまう。
ユウナギさんは、僕が無力化された後のガマ村の攻防の中で戦死してしまった。
また、昔ユウナギさんに聞いた話では、フブキ様もこの呪いで戦場から離脱しきれずに戦死したそうだ。
まあ、安心したまえ。時間が経てば効果が薄れるから、5日も逃げ回っていれば全快する。普通の大戦だと、その5日で酷いことが起きる場合がある。だけど、今回は妖魔王が居なければ、余裕で勝利できるでしょ。
さあ、兎に角シカ村に戻ろう」
次から決戦です。クライマックスに入ります。




