スミレ坂の妊娠
キバヤリさんに促されて、ワシは鉄造りの構想について説明した。
機密保持も考えて、ムササビ村の近くに鉄造りの分村を作る。そこに、木炭と耐火煉瓦の窯を含め、鉄造りに必要な設備を揃え、研究と生産に集中出来る体制にする。
食糧などは、ムササビ村本村か、足りなければ連合から輸送する。対人戦も想定した防衛体制を考えると、現在のムササビ村の総戦力を超える数の戦士も必要だ。
正直、欲張り過ぎかも知れんが、多数の男手が必要だ。
「対人戦の考慮が必要な理由がよく分からん。
この付近で本気で私らに喧嘩を売る村が出るとは思えん。タツヤの考え過ぎでないか?」
「むしろ、鉄を売って欲しくて、擦り寄って来るだろ? そう考えると、専業の戦士は不要でないか? いざという時には、鉄造りの要員も闘えるはずだ」
「一度周りを掃討してしまえば、位置関係から考えて、巡邏の負担も少ないのでは?」
対人戦の想定に対し口々に疑問の声が上がった。
言われてみれば、ワシら既に付近では隔絶した戦力だなぁ。考え過ぎかぁ〜
「ありがとう。目が覚めた。対人戦は考え過ぎだったよ」
一息入れてから、ブナカゼさんが発言した。
「ただ、成功した場合は、激しく嫉妬される事は考慮せねばならん。特に、完全に独占した場合は、何か良からぬ事を考える輩が出るだろう」
「本当に大量に作れるようになってから、高値で売れば良いだけだろ? 奴隷売買は、イモハミ婆さんとタツヤが嫌うから、他の価値ある物を考える必要はあるが……大した課題じゃない」
「真っ先に思い浮かぶ鉄の用途は武器だ。売買するにも相当の信頼関係が必要だ。少しの事で要らぬ敵対心が生まれる可能性がある。
タツヤの懸念の背景はそういう事だろ?」
「しかし、先ずは自分の所が先だろ?」
「無論、私もそう思う。だからこそ信頼関係が必要だ。七村の武装強化が他の村の利益になると、信じさせる必要がある」
ヤクモさんとブナカゼさんの議論だ。信頼関係は重要だが、良いアイデアが浮かばないなぁ〜
「ワシも信頼関係が重要だと思う。ワシらに襲われるかもなどと、邪推されたら目も当てられん。
だが、ワシには良い知恵が浮かばない。ヤクモさんやブナカゼさんは何かアイデアは出ないかな?」
「『ワシらに襲われる』??? 何の話だ?」
ヤクモさんには、この視点が無かったのか……
「ワシの考え過ぎかもだが、ワシらは今でも他の村に比べ強過ぎる。ワシは、何度か他の村への使者をしたが、相手の警戒心を感じる事が何度もあった。
『何か無茶な要求をされるのでは?』そう警戒されているのを感じた。更に、差が開くとあらぬ疑い。例えば、ヤクモさんが誤解したように、奴隷狩りを警戒されると思う」
「ようやく解った。
ワシは、イモハミ婆さんの性格を知っているから、『ありえん』と断言出来るが、知らなければ……」
ヤクモさんも、理解してくれたようだ。
「一番単純で効果が高いのは連合に参加して貰う事では? ヘビ村や白ヘビ村から助力が得やすくなればウチの村は助かるし、逆に彼方が危機の時に無視出来るものでもなかろう?」
「タヌキ村やサバ村とて誘えば直ぐ応じるじゃろ」
山猫村のネコヅメ村長とクラゲ村のウオウミ村長が競って発言した。すると、ブナカゼさんが話を遮るように発言した。
「少し話が逸れてしまったな。鉄の生産体制が出来てから真剣に話し合うべき事だが、今はまだまだだ。至近の事として幾つか提案したい」
ブナカゼさんの提案を吟味して、密議では、4つの事が決定された。
・直ぐに、ムササビ村の従属の儀を行う。
・鉄鉱石のトンビ村への輸送体制を組む
・各村から、人を出して、試作を繰り返す
・輸送経路上の鷹村には厳秘を約した上で説明する
なんのかんの言っても鉄造りへの期待は大きいようじゃ。任せてしまって、ワシは大戦に集中すべきかのぅ。
◇
密議を終え、アマカゼと一緒にウオサシとスミレ坂の小屋にお邪魔した。
「あはは、面白いw タツヤの目が点になっている。結婚したから子供を授かるのは当たり前じゃないかw ウオサシも私も若い。何より、毎日幸せ一杯なんだよw
ウオサシ! 大好きだよ」
「スミレ坂、愛しているよ。日に日に、スミレ坂への愛おしさが深まっている。僕達の愛の結晶を必ず立派に育てようね」
いや。別に驚いていないよ。結婚を急ぐ理由の一つに、既に結ばれているってパターンが有るのは知っているよ。
でも目出度い。純粋に祝福せねば。
「不思議だわ。可愛い赤ちゃんがいると思うと、惚気も気にならなくなる。おめでとう。
ウオサシさんとスミレ坂さんの子供、強力な戦士になるか、偉大な呪術士になるか、何れにしても、連合の至宝が一つ増える事になるわ。
スミレ坂さんは、くれぐれも身体を労わってね。
タツヤもそう思うでしょ?」
「ああ、妊婦なのだから、2人分気を使う必要があるな。くれぐれも身体を労わってくれ。
おめでとう。幸せな家族を築いて欲しい」
「それはそうと、大戦の準備はどうなの? 私が参加出来なくて大丈夫?」
スミレ坂が心配そうに聞いてきた。
「うん? 元々、シカ村に立て籠もるのは、イモハミ婆さんだよ。大戦の本戦では、闘える男を総動員する必要があるが、ウオサシは闘う気あるだろ?」
「無論だ。親衛隊一同、スミレ坂様が居なくても立派に手柄を挙げると意気込んでいる。任せてくれたまえ」
「連合南部の対応に、治癒術士を一名は残す必要がある。その係りがスミレ坂になるだけだよ。言霊も習得したそうだし。適任だと思う」
「言葉の調子からみて、本当に大丈夫そうだねw 安心した。私は、本当にお腹の子供を優先して良いんだね」
「もちろんだともw 次の世代に繋ぐ立派な子を育む事に集中するのが一番だともw」
一種のマタニティーブルーなんだろうな。スミレ坂結構気にしてしまっているな。
そして、しばらく歓談して、心休まる時間を持った。
次は、南方作戦です。
スミレ坂とウオサシは……バカップルになっていますね。作者は、幸せだと描きたかっただけなのです。




