南方へ
今は、寒さが最も厳しい時期だ。山猫村作戦を半月後と想定し、その間に南側の村への使者をする事になった。ムササビ村の意思確認も含まれている。
南方への旅立ちまでの数日、留守中の出来事を確認した。
ワシが西方に行っている間、アマカゼは熊村にいて、有力者の娘らに文字の普及を始めていた。
「何人かで使ってみて改良を進めるのが重要だと思うの。そう考えると、村長夫人レースに参加する娘が一番食い付きが良いはずなの。
文字をやり取りする事で、村間の事情をやり取り出来れば、賢い娘としてレース上有利になるの。
呪術士見習いという強烈過ぎるライバルに対抗するには、何か武器が必要だわ」
この娘は、オオカゼ夫婦とミナミカゼ夫婦の村長レースを観て育ったんだな。同世代の村娘とは、考えの厳しさがかなり違う。
スミレ坂らは、頭の痛い夫婦漫才を愉しんで、仲良さそうだし、避難小屋の建設も決まった。暫く留守にして大丈夫そうだな。
カシイワ師匠に聞いた所、避難小屋建設の最大の問題点は、『乾燥済みの材木の不足』だそうだ。その影響で、建てた後での歪みが大きな問題になる。
他にも、収容人数が多い分、火事や暴風などの災害時に大惨事になる可能性が指摘されたそうだ。
今回は、短期間寝泊まりするだけと割り切って、『内部での火気厳禁(煮炊き小屋を別に作る)』と『毎日のチェック』で乗り切る。
使用後は、幾つかの実験をした後で解体して、木材は再利用する。
「どの村も積極的だった。上手く行くなら自分らも作りたいと。木を切り倒して、材木を増やしておくとも皆話しておった」
流行してくれると良いな。戦士の集結がやり易くなる。
そして、ミナミカゼさんカシイワ師匠と合流して2月3日に熊村から出発した。
鷹村を経由して狐村まで行き、南方の村々への説明会を開く予定だ。帰りに、ムササビ村に寄って従属の意思確認も行う。
なお、場合によっては他の村に寄る可能性もある。
一回遭遇殲滅戦をして、2月7日に説明会を開いた。まあ、十分に状況は知れ渡っているので、実質挨拶しただけだ。
それより、久しぶりにアカハナに会った。短い期間とはいえ兄弟子にあたるのかな?
「おほほ、下手だけど冗談が好きな男の子じゃないかw アカハナもそんなに緊張しなくてよいよ。タツヤさんが、困っているじゃないか」
アカハナの母親のサクラさんだ。治癒術も使えるこの村の呪術士だ。暫く雑談し、言霊の巣と宿り木を設置し、維持を依頼した。
そして、翌日にムササビ村に到着した。今回は、ワシが正使、ミナミカゼさんが副使で、それ以外にも各村の先鋭が参加しており、総勢は13人だ。ワシを抜いたとしてもムササビ村の総戦力を超える。
誤解されないよう慎重に振舞わねばならぬ。ワシは、出来るだけ笑顔で朗らかに振舞うよう肝に命じた。
手入れが行き届かず彼方此方傷んだ門を通過すると、村長夫婦が出迎えに来た。
「お待ちしておりました。タツヤ様。私共の要請に応じて、態々ご足労頂いた事、恐悦至極です。是非とも、この村の存続にお力添え頂けるよう伏してお願い申し上げます」
‼︎ マジで平伏された‼︎ 何処まで深刻なの‼︎
兎に角、頭を上げて貰って村長の家に移動し、話を聞く事にした。
ムササビ村は、山犬村と同様でいつ滅びても不思議じゃない状況だった。周りの村に従属を願い出ているが……
『村を棄てて移民するなら何時でも歓迎するが、援軍を送るような余裕はない』
どの村の返答も同じ。客観的に見てもそれが最上の好意だ。
「しかし、村を棄てるのは先祖に申し訳ない。思いを振り切れる者は移民させたが、ワシらは振り切れない。
そんな時に、七村連合と山犬村の噂が聞こえてきての。藁にも縋る気持ちなんじゃ」
そんな状況なのか…可哀想にのう。
「誤解して貰っては困るが、私どもは、狐村に大戦の説明に来ただけだ。ムササビ村についても調査はするが、希望に沿えるとは限らない。
ここは、私どもから遠すぎて、守るのが困難なのは同じだ。
狼村の目と鼻の先、多数の姻戚関係もあった山犬村とは相当違う話だ」
ミナミカゼさんがワシに黙っているようブロックサインを送りながら話始めた。事前に話合っておいた役割分担だ。
「なんとかならんのだろうか(T_T) 」
「それを調べるのが、今回の目的です。
聞こえて来た話を元に検討したところ、村長たりえる人材を送るだけでは、テコ入れとして不十分です。
もっと徹底的、例えば防衛し易い位置に村ごと移動させるとか、皆様が想像しなかったような事も考える必要があります。
果たして、それが皆様の希望に沿うものか……甚だ疑問です」
「やはり、厳しいのか……」
「はい。それが偽らざる所です。
村を次世代に残す方法として、一番安全確実なのは、10年か20年他の村に身を寄せる事です。そこで、子供を産み育て人数を揃えてから、ムササビ村に戻り再建を行う。
人数さえ揃えれば何とでもなります。
私どもは、今回の大戦を少しでも有利にするため、この方面への打通作戦も検討しています。先日の説明会で、付近の村の協力も取り付けました。経路の安全が確保されれば、重傷者が出ても熊村や隣の狐村に運んで対応を依頼する事が出来るでしょう。戦士数さえあれば、治癒術士が居なくても何とかなるようになります。
ただ、戦士不足で短期間に攻め滅ぼされるような事態に対しては……どの村とて助ける術がない。
例えば、ムササビ村出身だったり、縁がある人を集めて人数を確保する事が出来ませんか? 人数さえ揃えて頂ければ、従属などしなくても立ち直るまで援助する事で問題解決ですよ」
ムササビ村の話が続きます。




