アマカゼのお仕事
祭りの翌日から、早速大鬼釣りを再開した。熊村から見て、北西に一つ、南に一つ、北東から東に掛けての三つ、計5つの繁殖地が標的だった。
他村からの応援を含め戦力が集中するのは祭から15日後の明後日だ。だが、既に今日の時点で全ての繁殖地の大鬼残数は0となり、北西の繁殖地は熊村戦士団だけで殲滅した。
ワシは、その間に遠視L2を取得した。遠くの物がよく見えるだけでなく、吃驚した事に視点を移動させ直視出来ない場所をみる事も出来る。これは! 覗き放題ってことか⁉︎
「止めてよ! 幾ら役目でもフォロー出来ない事もあるのよ‼︎ それで覗いたらバレバレなんだから‼︎」
ワシの冗談にアマカゼが叫んだ。
「何故解るのだ? 伝承とかあるのか?」
「伝承も何も、この前ヒノカワ様が自慢しまくっていたわ。この魔術で、気付かれずに覗く事も可能だと。それに、接待係の娘達がキャーキャー叫びながら付き合っていたわ。後で話を聞いたら、覗きには向かないんじゃない? って教えてくれた。
『周りを見渡すと違和感を感じる。注意して見ると薄っすらヒノカワ様の姿が見える。』って。
この話かなり拡がってるから、見つかったら言い逃れなど不可能よ‼︎」
「…そうか、ヒノカワ様は僕に弱点を教える為にそんな事したのかもしれ…ない。」
「呆れた。ヒノカワ様に何処までビビっているの? あんなの単なるスケベ親父よ!」
まあ、でも弱点が早めに分かって良かった。迅速にやらないと遠距離狙撃に気取られるんだな。実戦前に基礎練が必要だな。
「さて、話は変わるが、実はアマカゼに頼みがあるんだ。かなり難しい話だけど、アマカゼに受けて欲しい。ワシと二人でゆっくり話す時間が最も多いのはアマカゼだから。」
「何でも言って、覚悟はあるわ。でも二人? アカユリさんもイモハミ婆さんもいるから、二人きりになる事はないわよ?」
「正確には、アマカゼ一人ではなく、何人もの人が関わらなければならない。だけど、誰かが責任を負って進めて行く必要がある事なんだ。極端に理解困難な課題だから理解出来るまでじっくりワシと話あう必要もある。」
「何でもするから、うじうじしていないでよ!」
「頼みたいのは『文字』の開発なんだ。『文字』という言葉自体、今造ったものだから訳が解らないだろうけど。
それがあれば、遠くの村にいる人に言葉を伝える事ができる。また、何年も後の人に、例え自分が死んでいても、言葉を伝える事が出来る。さらに、考えを整理し易くなり、今より遥かに難しい事を考えられる。
そんなものを開発して欲しい。」
アマカゼが絶句し、何故か少し頬を染めながら問い返した。
「ヒノカワ様が使うという言霊の魔術みたいなもの? 私は魔術士ではないよ?」
「実例を見せるよ。
この板には、『アマカゼは島一番の美人だ』と彫ってある。これは、今ワシにしかそう見えないけど、皆が同じく見えれば、さっき言ったような事が可能になる。魔術なしで」
「訳が分からない。……でも、これも神託なのね。
わかったわ。難解で困難な仕事を果たすのもタツヤを選んだ私の役目ね。で、まず何から始めれば良いの? 同じ物を100枚彫って、皆に同じ言葉を唱えさせるとか?
……冗談でも恥ずかしさに身悶えるわ」
「この実例は、検討が不十分なんだ。多分、彫る時に混乱する言葉が大量に発生する」
何と言っても、前世の国際音声字母をワシの主観で簡略化しただけだからな。さらに厄介な事に、前世の影響でワシは純粋な母語話者とは言えん。言語獲得期を経験したから、ここの音韻を扱えはする。だけど、前世の日本語の音韻も頭に残っている。だから、音素と音韻自体を検討しようとすると混乱が酷い。似た言語だというのもこの場合は支障になる。
ワシは、研究生活の為に語学は頑張ったが、言語学は学んで無いんだ。
ワシは、続けて説明した。
「各村で秘宝の武器を見せてもらった時に気づいた。海の向こうには、文字を持つ人々がいる。武器に彼らの文字が刻まれていた。
そうすると、大いに交流していたはずの昔のクニが、ここで使える文字を既に開発していたかも知れない。だったら、作業はかなり楽になる。
アマカゼには、まずは各村の古老から話を集めて欲しい。神託では、昔のクニについては触れられた事がない。自ら調べろとの試練の一種なのかも知れないが、ワシ自身では十分時間を割けそうにない。
だから、信頼出来るアマカゼに頼むしかない。無論、文字の概念を理解するために、ワシが造ってみた実例も覚えて欲しい。結果的に無駄足になるかも知れないが」
「既に文字を持つ人々が居るなら、そのまま手に入れれば早いのでは?」
「後でゆっくり説明するけど、言葉が通じない相手なので、そのまま利用する事は無理なんだ」
その後は、寝る時間が来るまで、ワシ、アマカゼ、アカユリ姉の三人で最初の実例を覚えるのに費やした。無論、アマカゼは恥ずかしさで真っ赤になっていた。更に、イモハミ婆さんは、青春よの〜と変なこと言いながら見ていた。
ああ、アマカゼとアカユリ姉は、ワシに同行するために二人でイモハミ婆さんの小屋に下宿している。ワシは、寝る時は戦士小屋だが、朝飯と夕飯は、そこで食べる事になっている。トンビ村長が熊村長に交渉した結果だ。実家のある若い戦士達と同じ動きなので違和感はあまり無いそうだ。
次は、タツヤの戦力強化の話です。




