トンビ村
翌日から四歳児とは思えぬ厳しい日々が始まった。当然リンとテルヒコが夜話についてこれる筈もなく、サトニナとワシだけの参加になった。
それから3カ月ほどで色々なことが分かった。
まず、この村はトンビを祖霊にしている。村の周りには、水掘りと二重の柵がある。いわゆる環濠集落という奴じゃ。丁寧なことに外側の柵は逆茂木になっており、集団戦を想定していることが見て取れる。
妖魔が集団で攻めて来たらワシなんぞひとたまりもない。どうせ転生させるならもう少しマシな場所にしてくれよ!
日々の営みは、田畑の農業と狩猟採取だ。近くに良質の石が取れる斜面があり、石器作りは盛んのようだ。鉄器や青銅器はこの村にはない。周りには権威の象徴としてもっている村もある。
村の主要な役持ちも分かった。クサハミ婆さんは、思ったより若く38歳らしい。ただ、すでに孫はいて『婆さん』呼ばわりは別に失礼では無いようだ。村長のクマオリが46歳、戦士長のハチカワが33歳と前世に比べると若い。平均寿命が短いから当然か。ちなみに村の最長老は、戦士長の祖母のマウソラで75歳だ。
村の人口は、7歳以上が100人程度だ。何故7歳かというとその歳で命名の儀を行ない村の一員として認められるからだ。
実はワシの『マル』は名前ではない。保護者の気分で何時でも変えて良いらしい。名前は命名の儀に自分で決めるそうだ。他の村人と重ならなければ何でも良いらしい。という事は前世と同じ名前でもよいのか?
周り13の村と交流があり、逆に5村とは敵対関係らしい。中でも二つの村との関係が深い。ひとつは、北に向かって流れる川の河口付近にある、タコを祖霊とする村だ。もう一つは南に向かって流れる川の中流付近にある、熊を祖霊とする村だ。どちらも田は余りしていないため、海の幸と米、森の幸と米の交換があるようだ。
なお、村々を束ねるような権力はない。また、多数の村での会議とかもない。それぞれの村が近くの村と細々と交流しているだけだ。
実は、妖魔の繁殖地も彼方此方にある。そのため、結構頻繁に遭遇戦が起きている。男には闘う力が何より重要らしい。
そう、ワシの体は異常に性能が良い。3カ月の走り込みで、村を10周位なら年長の子について走ることが出来るようになった。そして、近くの森にドングリを拾いに行くことが許された。
翌日、村の広場に大きい子が男女合わせて10人位と母を含む大人の女性3人、槍と弓を装備した15になったばかりの男が1人集まった。なお、ワシ以外は全員石斧をもっている。
集まったところで女性リーダーのハテソラさんが話を始めた。
「今日は東の森でドングリを集めるよ。何時も通り、余り離れないように注意して。何かあった場合、殿は私とこの若衆が務めるので、他の人は余計な事は考えず荷物を捨てて全力で村まで走るように。
特に、アオカワは足手まといな自分の子供に責任をもってね。村長が認めたんだから同行させるけど、命名の儀すら済んでいない子のために若衆に無理をさせる訳にはいかない」
母は何度かうなづいたあとワシに声を掛けた。
「マル、何度も言ったように、お母さんの手の届く範囲にいてね。変わった物を見ても大声を出してはダメよ」
少しでも安心させようとワシは応えた。
「うん。森には危険な生き物もいるから気付かれないように静かにするよ。怖いものが居たら、母さんの手をギュと握って指か視線で知らせるよ。皆が走り始めたら、母さんだけみて全力で走るよ。転んだって、無駄に泣いたりしない。歯をくいしばって走るよ」
しかし、ずい分と剣呑な話じゃ。本当に大丈夫なんじゃろうか?
さて、村の外に出るのは初めてじゃ。
簡単な門と丸太橋を渡って村の外にでた。排水までは手が回らないのだろう。刈り取った後の湿田の中の畦道を半周回って東の森の境界まで来た。
湿田側が出入口か、かなり不便なはずじゃが、一体何故?
「母さん、東に門があれば便利だよね」
「そういえば、テルヒコが居るから前の大戦については話した事なかったね。今からの話はテルヒコの前で話題にしてはダメだよ」
母さんは、そう切り出し語り始めた。
「以前は西の湿地帯にガマを祖霊とする村があったの。でもマルが産まれる三年前の夏、妖魔の大集団に攻められて滅んだの。東の門は、弱点になるという村長の意見で潰したの。
湿田の門なら足を取られている間に村から射ることが出来る」
思っていたより更に剣呑な状況じゃ‼︎
「そんな妖魔の大集団がまだ居るの?」
「マル安心して、その年の内に全ての村が連合して焼き討ちと追討で叩きのめしたわ。人を殺めた獣は徹底的に駆除しなければ危険性が増える。これは良く心に刻み込んで」
「そんな大事なこと何故テルヒコ兄には秘密なの?」
「テルヒコは、ガマ村の生き残りなの。ガマ村にいた姉さんが、瀕死の重傷でこの村まで逃げ延び、息を引き取った……そして家にテルヒコを託したのよ。
その年は闘いの影響で酷い冬になったわ。村の守りを強化するため、2年程は祭りをする余裕もなかった」
その後の採取は非常に勉強になった。この世界の植生はほぼ前世と同じと考えて良いだろう。また、ここは前世の日本に相当する土地と考えて良いようだ。しかし、森は歩き難い。慣れていないせいか、ついて行くのに必死じゃった。
R4.12.10 マウソラさんの年齢を71歳から75歳に変更しました。