懲役三千年
ワシは太宰竜也82歳じゃ。
既に引退したが学者をしておった。引退後も、多くの子や孫、友人や弟子に囲まれて、毎日好奇心一杯に暮らしている。
最新のソーシャルチートや人工地脳なども触れるほど、まだまだ頭も達者じゃ。誰にも呆けなどとは言わせん。言う奴は、この前の藪医師のように鉄剣制裁じゃ‼︎
今は、ひ孫のオルガン発表会のために夜の高速を飛ばしてるところじゃ。
何故!目の前からバスが突っ込んでくる‼︎
気づいたら真っ白な空間にいた。そして神々しい声が響いた。
「自分が何をしたか理解できてますか」
厳粛な気分になったワシは、自分の行動を振り返ってみた。
バスに衝突して……理由はワシが逆走していたから! そもそも明日息子が送ってくれる予定だからワシが運転する必要などない! というか免許など返納済みじゃ‼︎
思い浮かぶ自分の諸行に、ワシは心の中で絶叫していた。『こんな事見ず知らずの他人に言えるか……』
すると神聖な気配が苦笑気味に応えた。
「心を直接読んでいるので、叫ばなくても良いですよ。ついでに言うと、原因より結果の方が重要です。あのバスには修学旅行生が乗っていました。正面衝突すると死傷者40人を越える大惨事になります」
ワシは、余りのことに喚くしかなそかった。
「よく分かった。閻魔様、どんな地獄に落とされても文句なんかない」
「覚悟が良くて助かります。ただ、幾つか誤解されているようですね。まず、私は閻魔大王ではありません。また、落ちて頂くのは地獄ではなく異世界です。最後に、まだ衝突はしていません。衝突前に意識をここに移動させて時を止めました」
何を言われているのか混乱しながら、一言だけ聞いた。
「衝突を防ぐことが出来るのか?」
「通常なら衝突は不可避です。ただ、あなたの犠牲だけに変えることも出来ます」
「犠牲とは何じゃ?」
「どんな地獄でも文句ないんですよね? まあまあ、安心して下さい、地獄よりは遥かにましです。単に異世界に転生してもらうだけです」
「異世界だと?」
「人の知性の可能性を探るために、この世界に似た世界を創造し、追加の要素として魔法を加えたんですよ。そうしたら、予想に反して人が滅びそうです。そこでテコ入れの方法を考えていたら、丁度あなたが酷い事故を起こすところでした」
「ワシは、単なる文学部名誉教授で闘う力なんか全くないぞ」
「構いません。鍛える時間はたっぷり用意しましょう。というか、専門の考古学と、技術史全般への強い関心に期待しているのです」
「確かに昔はよく勉強したが、最近はボケて殆ど覚えていな……」
此処まで普通に話をして、ふと強烈な違和感に戦慄した。
ワシは、ボケていくのが激しく恐ろしかったのを覚えている。それなのに、何故今はこんなにクリアなんじゃ?
「冷静に考えて貰うために脳だけ30年程若返りさせています。人を直接不自然に弄るのは好きではありませんが、天罰としてなら我慢できます。あなたには、異世界に転生した上で幾つか罰を負わせます」
「どんな罰なんじゃ」
「5つです」
1.誓約
2.完全記憶
3.全素質
4.不老
5.加護の力
「助ける若者の人生の価値分苦労して貰います。いわば、懲役三千年です。とはいえ長過ぎるので、千年たったら恩赦の可否を考えてみましょう」
「どんな罰なのか全く分からんのじゃが?」
「いずれ分かるのでこれ以上説明しません。罰として受けて貰います」
「仮に、嫌じゃと言ったら?」
「特に、どうこうする気はありません。多数の若者を見殺しにするのは気分が悪いので、衝突は防ぎます。まあ、あなた一人だけでガードレールに突っ込んで死んで貰えば良いでしょう」
「それで良いのか?」
「転生して人生をやり直したいという人は幾らでもいますからね。罪人でないと余り恣意的な操作は出来ませんが、数を稼げば十分なテコ入れになるかも知れません。駄目でもまた世界を一から作り直すだけです」
余りの言い分にワシは絶句した。兎に角機嫌を損ねないようにせねば……
「罪人としてワシは何をすれば良いのじゃ?」
「その前に事情を説明しておきましょう。
その世界の文明レベルは鉄器時代への移行期です。100年程前の魔法導入時に反動で妖魔や魔獣が出現して、人と魔物の間で闘いが始まりました。
未来予知にて、放置すれば千年ほどで人は滅びるとの結論がでました。
その一因が技術進歩の遅延なので、技術革新のカンフル剤を探していたのです。
もう分かりますよね、転生した世界に技術移植するのがあなたの償いです。まあ、時間はたっぷりあるので、好きなようにして下さい」
「まて、妖魔とか魔獣とか、何も分からん! 詳しく説明してくれ‼︎」
「転生してから十分研究して下さい。百聞は一見にしかずと言います。それより罰を受け入れますか? 長く時間を止めるのは好ましくないので、早く決めて下さい」
情報が少なすぎる……しかし、ある意味第二の人生のチャンスと考えると好奇心がわく。何とかもっと情報とか有利な条件とか入手出来るよう知恵を絞ろう。
「心を直接読んでいるので、小細工も交渉も無意味です。罰を受けるか否か二択だけです」
「罰を受ける」
そう応えた瞬間、頭と胸を締め付けられる感覚がした。
「誓約が成立しました。これから誓いに反した場合、例えば
・何らの努力もせず無為徒食を決めた場合
・欠片でも人に残虐だった場合
・自殺を考えた場合
は耐え難い苦痛を感じます。では、頑張って下さい」
最終の言葉を聞いて、ワシは意識を失った。