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いつか……  作者: 那由多
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第八話

 翌朝、携帯電話の着信音に俺は起こされた。眠い目を擦りつつ、携帯電話の時計を見るとまだ六時半。

 なんてこった、人間の起きる時間じゃない。そんなことも無いか。くだらない一人ボケ一人ツッコミを心の中でしつつ、電話に出る。

「もしもし」

「あー、藍沢君。ごめんねぇ。寝てた?」

 電話の向こうから聞こえてきたのは白井さんの声だった。

「ああ……、白井さん……大丈夫です……よ」

「はは、そんなことも無さそうだね」

「……ふぁい」

 シャキッとせねばと思いつつ、口から出たのは欠伸混じりの返事。

「あのね、今日ちょっと用事があるんだ。お店、休みにするから、君もゆっくり休んで」

 会話は無理だと判断したのだろう、白井さんは必要事項のみを一言の中に詰め込んできた。

「あ……はい。分かりました」

 休みにするという部分だけ分かったので、それでいいと判断し、俺はそう答えた。

「それじゃあ、おやすみぃ」

 電話が切れる。俺は頭の中でせっせと白井さんの言ったことを整理しにかかった。寝ぼけているせいか、時間がかかる。

 ええと、今日は休みと言うことは、つまり丸一日暇になったわけだ。なるほど、それはそれでいいかもしれない。たまには出かけてみようか。ここのところ、一人でどこかへ出かけたという記憶が無い。

 そんなわけで、俺はとっとと寝床から出ようと起き上がった。

 猛烈に上半身が痛かった。筋肉痛と言うやつだ。昨日、慣れない力仕事を頑張りすぎたらしい。白井さんの片づけを手伝ったぐらいでこの様とは情けない。

 痛む体をゆっくりと動かし、どうにか寝床から出る。カーテンを開けると、日の光が差し込んできた。

 六時半ともなるとさすがに日は昇りきっている。いい天気だったけど、試しに窓を開けて見るとやっぱり寒かった。おかげで目も覚めた。慌てて窓を閉める。我ながら頭の悪いことをやってしまった。


 朝風呂でさっぱりしてからトーストとオムレツで簡単に朝飯を済ませ、その片づけを終える頃にはそれなりに良い時間になっていた。

 さて、問題はどこに出かけるか。あまり疲れず、それなりに成果の感じられるところが良い。わかりやすい成果というと、ショッピングだろうか。ふと本棚を見やる。

 そろそろ手持ちの本のストックが心許なくなってきた。行先は本屋に決定だが、問題はどこの本屋に行くか。

 悩んだ後、繁華街の大きな書店に行くことにした。この季節の繁華街は人が多くて好きではないのだが、近所の本屋ではどうしても絶対的な数と言う点で大きな書店に及ばない。ブラブラと書店の中を眺めているだけでも充分に楽しいので、時間潰しにももってこいだ。ちょうど満月堂の書棚整理を始めたところなので、書店がどういう並べ方をしているのかを学ぶことは大切だろう。

 

 ある程度は覚悟していたが、やはり繁華街の人では凄まじかった。

 目当ての本屋に辿り着き、俺はようやく一息ついた。なんて人の数だろうか。見渡す限り、人の頭だらけだ。電車でたったの二駅移動してきただでこうも変わるものか。まあ、この繁華街はアーケードになっていて、店も密集しているから何時でも人通りは多い。それでも今日は異常だと思う。冬休みだからだろうか。

 しかし、本屋の中はいつもと変わりなかった。大きいのに静かで、皆黙々と本棚を眺めている。たまに二人連れがあっても、この雰囲気に飲まれてか小声で喋ってくれている。

 エスカレーターで三階に上がり、文庫本の棚を目指す。その途中で新刊が平積みになっている台があったので覗いて見た。

「肉ジャガ」

 タイトルにそう書かれたやさしい色合いのカバーの本が目に留まる。作者は月夜満。言うまでもなく白井さんの新刊だ。これに関しては買うまでも無く作者、つまり白井さんがくれる。この本も貰って既に読み終わった。

 白井さんの本は表現が豊かで、読んでいる人の感情をそれとなく引き込んでくれる。全体的にまったりとした空気の中で話が進み、ラストではほろりと来ることもあれば、じーんと染み入る感動をくれたりもする。最近の殺風景な世の中に比べれば百万倍暖かい世界が白井さんの書く作品の中にはあった。

 それ以外もざっと見回してみたけれど、新刊で目を引くものは特に無かった。

 後は近くの棚からローラー作戦で出会いを探すのみ。珍しいタイトルの本を引っ張り出してパラパラと読んでみたり、好きな作家さんの作品で買い漏らしが無いかチェックしたり、なかなかに胸の躍る作業だ。

 結局俺は三冊ほど抱えてレジに行った。本当はもっと買いたいのだけど、生活費との秤にかけたとき、月に買う本の冊数はおのずと限定されてくる。レジで何枚かの千円札を出し、お釣りと本を受け取って俺は店の出口に向かった。

「あ、裕也さん」

 出口の手前で突然声を掛けられた。振り返ってみると、そこには水色のダウンジャケットを着た茜ちゃんがいた。いつもセットの明良の姿は見当たらない。

「やあ。明良は?」

「今日はいませんよぉ。私だって、たまには一人で出かけますよぉ」

 それもそうか。

「今日は買い物?」

「ええ、お菓子のレシピなどを」

 そういえば、何時か明良が言っていたのを思い出した。茜ちゃんはたいそう菓子作りが上手いらしい。

「最近、ちょっと明良の愛を感じることがあったのでぇ、新作ケーキなどでお返ししてやろっかなーって」

 はいはい、ご馳走様。のろけられても返事の仕様がない。蛇が出てくるとわかっているのに藪をつつく馬鹿もおるまいという事だ。

「あ、そうだ、この後、ちょっとだけ時間ありますかぁ?」

「え、ああ、別に構わないけど」

「この間のこと、私詳しい事情を言ってなくて……。そのせいで明良と裕也さん、訳がわかんなかったですよねぇ」

「ああ、まあね」

 どうやら、明良は無事茜ちゃんを説得できたらしい。

「明良ってば、涙まで見せられたからには、納得のいく説明が欲しいって、怒ってくれたんです。力になれないじゃないかって」

 そのままの台詞を俺も口にした覚えがある。オリジナリティーゼロで全部俺の受け売りとは頼りにされたものである。

 まあ、いいけど。

「それで、裕也さんには明良が説明するって言ってたんですけど、何か聞きましたか?」

「いや、聞いてないなぁ」

 昨日の今日なので、ひょっとすると今頃明良は俺を探しているかもしれないが。店は休み、家にもいない。もし、話す気があれば、電話の一つぐらいはよこすだろうけれど。

 最悪の場合、完全に忘れている可能性もある。茜ちゃんの前で格好良い事を言えたことに満足してそれっきりというパターンは明良ならば有り得る。俺は、そう言う意味で明良をこの上なく信用している。

「まあ、昨日の夜に話をしたところですからね」

「うん、さすがにそれはまだだろうね」

「明良には悪いけど、せっかくここで会えたので、私の口から説明しますね」

 それが良かろうと俺も思う。

「それじゃあ、その辺の喫茶店でお茶でもする?」

「そうですね、本屋の入口でするような話でもないですね」

 近くの喫茶店に場所を移すことにした。

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